「もう、三年になるのか……」
麻帆良学園都市。その中にある、未成年である生徒や児童が近づかないよう隔離された、大人だけが入ることを許された区画。そこにあるバー『
カウンターにもたれるように前面に身体を倒し、常温のウィスキーを冷やす代わりに身を削られている氷塊の入ったグラスを弄んでいる。
「随分落ち込んでいるみたいだな。何かあったか?」
「時の流れが、残酷なまでに早いだけだよ……」
問いかけてきたバーのマスター、名瀬・タービンにそう答えるものの、千雨の心が晴れることはなかった。
「本来ならさ、さっさと片付けるべきなんだよ。なのに気がつけば三年も月日が流れ、未だに第二章を垂れ流し、挙句の果てには今年、ようやく本筋に雪崩れ込む有様。はっきり言ってさ……このまま続けていいのか、って考えちまう」
「いや、続けてくれよ。俺達の出番は?」
出てこないネタや使われていない
「おまけに作者の転勤だ。上京だから新しい部屋は狭くてロフトベッドを買う始末、しかも三連休を潰してようやく家具が組み上がった有様。その状況で聞きたいんだが……残った本の整理はいつしたらいい?」
「少しずつやれ、って作者に伝えてくれ」
「無理だな。あの作者だぞ。絶対に一日潰す勢いで並べていく上に、一度集中すると何かしら忘れる恐れのある男だ。その証拠に……マスターの口調もうろ覚えだし」
「第二章が終わるまでに、『鉄血のオルフェンズ』を見直してくれることを祈るよ」
「その件は、あまり突っ込まない方がいいな」
不思議そうに視線を向けてくる名瀬に、千雨は空のグラスをカウンター上で滑らせながら返した。
「今回、神奈川から東京へ引越する際、作者は手持ちの本を売ったんだよ……二百や三百というレベルで」
「いいことじゃないか」
「そして作者は……鬱度が増した」
千雨は溜息を漏らした。
「一度読んでもう読まなくなった本や、買ったはいいものの興味をなくした本を中心に売りまくった結果なんだが……売る度に思ったんだと、『読まない本に囲まれて、なんて無意味な人生なんだろう』と」
「普通物を減らすってことは、部屋や心を掃除して気持ちを軽くする印象なんだけどな……」
「その時作者は悟ったんだと。『物を減らす=それだけ無駄な物を抱え込んでいた証明』だってな」
「……そりゃ作者がまともに片付けてこなかっただけのことじゃないのか?」
「『心に余裕のない人間はそれで気持ちが軽くなるだろうが、心に余裕のある人間はその広さに孤独を感じる』とも言ってたな」
「少なくとも、心に余裕のある人間はそんなこと言わねえよ」
要するに、作者の心の余裕が、掃除程度でどうにかなるわけではなかった、という話なのだろう。
バーボンを入れた新しいグラスを千雨の前に流してから、名瀬は腕を組んで壁にもたれかかった。
「作者もさっさと勉強して、独立すれば解決するじゃねえか。変に拘ったりするから、ズルズルと転勤族なんてものをやっているんだろう?」
「その次の転勤先も、出張が多いから十中八九心がぼろくなるだろうし……また鬱病になって打ち切り、かな。これも」
「未読本も溜まる一方だしな。おまけにこの作者、別のペンネームでも書いているんだろう?」
「一応オリジナルだけど、そっちも頭打ちだろうしな……しかも聞いたか?」
「何を?」
他に客がいないとはいえ、聞かれたらまずい話なのか、千雨は周囲を見渡した。
そして名瀬を呼び寄せ、声を小さくして話した。
「『読者=
「マジかよ……」
訝しむ名瀬に、寄せていた顔を離しながらも、千雨は話を続けた。
「別のペンネームの方でな、話を思いついたからNTRものを試しに書いてみたらしいんだが……それがとんでもない
「それでNTRものが増えるって……」
「原作ではその時まだ灰原が出てなかったから本人に聞いても仕方ないだろうが、昔怪盗キッドが言っていただろう。『怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見つけて難癖付ける、ただの批評家にすぎねーんだぜ?』って。まあ、例えにしては少しずれているかもしれないけど、作者が言いたいのは……『与えられたものに満足できずに自分で生み出す』のが作家であり
「思い当たることがなくもないが……ちょっと極論すぎないか?」
「アスペ持ちの作者に言うなよ。白か黒かはっきりしないと気が済まない性格なんだからさ。そのせいでグレーになってた個人情報の取り扱いに関して、『掘り起こすんじゃない』と周囲からやっかみを受けたことがあるんだからな」
「そりゃやっかみを持った会社の方が悪い。それが個人情報流出の原因になるんだからさ……ということにしとこう。無関心=正解がこの社会なんだし」
とはいえ気になるのか、名瀬はノートPCを取り出して自らが経営する輸送会社『タービンズ』の個人情報取り扱いについて洗い直していた。
「まあ話を戻すと……探偵と名乗っている者は全員
「やめとけ、ファンに聞かれたらどうする? しかし、『読者=
「ありえなくはないだろう? 納得いかないから自分で用意しようとする人間もいれば、逆に現状で満足しようとありあわせの物を集める人間もいるんだからさ」
「その気持ちを執筆じゃなくて仕事に回せば、さっさと辞められたんじゃないのか?」
「辞めた後のことを考えると、作家として生きたいんだと。もしくはロト7で億万長者になって
「ロト7は難しいだろう。予想できても精々4,5等が限界だろうし」
実際、簡単に予想できれば誰も苦労しないのだ。難しいからこそ、予想が楽しいという側面もあるのだろうが。
「それこそ、株式とかカジノの方がまだ稼げそうだが……どっちも予算がある前提の話だろうし」
「地味に稼ごうにも成果が出るのは当分先だしな……まあ、北陸や大阪にいた時と違って、今は自宅で椅子に座って執筆できているんだ。いっそのことそっちで大成してもらいたいよ」
「ついでに仕事でコミュニケーション能力も鍛えてくればいいんだけどな」
「後はハラスメント耐性もな。じゃないとあの作者、何しでかすか分からないし」
「具体的には?」
「……引越前に趣味と資料用にってことで、ナイフ買ってんだよ。しかもカランビット」
カランビットナイフ。本来は農業用の道具で鎌状の鋭利な刃により扱いは難しいが、近接戦闘では通常よりも高い殺傷性を持つナイフ。
「……あ、扱いづらさで使わない可能性も」
「あの作者、使うだけなら大概の武器は使えるし、大抵の物は武器扱いできるだろ。その手のネタも一度小説化したこともあるし」
(ほとんど活かせませんでしたが……)
「それならさっさと社会から身を引いて、のんびり暮らした方が世の為人の為作者の為なんだよ。そもそも今の会社がおかしいからな」
「おかしい?」
「不平等なんだよ。作者がいるのは派遣会社なんだが、コロナのご時世で配属先が決まらず、未だに待機業務が続いている人間もいるからな。待機に入ったばかりの作者よりも、先に他の人間の配属先を見つけた方が合理的だろうが。お陰で作者、研修を挟んでいたとはいえまともに休む暇なく次の配属先が決まって、心折れかけているからな」
「それ、仕事のない人間から見たらただの嫌味だからな」
「だからさっさと独立してしまえ、って話に戻る」
ウィスキーを飲み干し、数枚の紙幣を差してからグラスを返した千雨は、肌寒くなった外気に備えて、コートを羽織った。
「まあ、出る杭は打たれるとはよく言うけど、その出る方向がトチ狂っているのがあの作者だからな。それをうまいこと活かしてくれないものかねぇ……」
気ぃ付けてな、と投げかけられた言葉と共に、千雨は店を辞した。
この後は特に予定もなく、そのまま自宅に帰ろうかとも思っていたのだが、微妙に小腹が空いてきていた。
「ここからだと近いのは……」
寄り道をしようにも、ここは健全な青少年育成のために設けられた区画。中ならともかく、その近辺には興味を持たせないよう、店を置くことはない。タカミチや涼宮の屋台ですら、この辺りにまで足を伸ばしていたことはない。
区画と学校施設を挟むようにして生み出された寂れた地域、その端に千雨の住むマンションがある。以前住んでいたところはゾフィスに襲撃されたので、再び被害を増やさないように、と人の少ない場所を選び、両隣や上下の階も押さえたのだが、ここまで来たら一軒家を購入した方が迷惑を掛けないかもしれない。
しかし、今の麻帆良学園都市から距離を置くのは危険な上に、一軒家を購入できる程の土地もない。だから千雨は、一人マンションで過ごすしかなかったのだ。
とはいえ、デメリットがないわけでもない。
カラン、カラン……。
「もう閉店……って、長谷川か」
帰り道から少し逸れるが、間には転移者である上条が経営する喫茶店『Imagine Breaker』がある。顔馴染みということで閉店後でも何か食べさせてもらえないかと、千雨は堂々と店内に足を踏み入れていた。
「小腹が空いてな。なんか余り物ないか?」
先程迄摘まんでいたのか、上条から差し出された野菜スティックを頬張りながら、千雨は周囲に視線を張り巡らせた。こなた達はいないのか、店には一人しかいない。
「こなた達は?」
「事件の調査」
食器を洗い終えた上条は、手を拭きながらカウンターから出てきた。
「ここ
「ああ……裏でスカリエッティの息が掛かった奴を捜しているあれ、か」
「そういうこと。一応高音さん指揮の下で動いているけど……実は犯人は「ネタバレやめろ」――いや、そもそも上条さん達の活躍、ちゃんと書かれるの?」
「そこらへん微妙だよな……誰かにおいしいところ持ってかれたり、伏線の説明に使われるだけで大して書かれなかったり」
「やめろ上条さん泣きたくなる前回の活躍なんだったんだよっ!?」
とはいえ、一応は活躍の場があるのは確かです。しかし、『
「早く独立して欲しいよ。せめて週刊連載復活できるくらいには、さ」
「まあ、さっさと話を進めて欲しいとは思うけど……それなら尚更、いらなくなるよな」
「何が?」
「何って、周年記念の特別話。今回なんでこの話にしたの?」
「ああ、それか。別に大丈夫だよ」
疑問で首を傾げる上条。千雨は肩を竦めてから答えた。
「だって今回のコレ…………ただ作者が愚痴りたかっただけだし」
「朝来さん!? 朝来さぁん!?」
余りの酷さに作者を呼びまわる上条を置いて、千雨は一人、自分用のコーヒーを淹れ始めた。
その様子を店外から伺いつつ、執筆していた作者だったが……。
「……もっとまともな話を書け」
「さ、さぁせん、した……」
路地裏に引き込んだシャーリー姐さんに締められました。
……すみませんでした。引越ししたばかりとはいえ、来年はもう少しまともな話を書くようにいたします。できれば銀魂ネタで謝罪のやつを。それでは皆様、来月からの連載もよろしくお願いします。
では最後に……キープ・ソーシャルディスタンス!!