2日後、そうりゅうは晴風と同じくブルーマーメイド商会に所属する黒潮と共に中央海の洋上にいた。
そうりゅうの目的の一つ、中央海の商会との演習の為だった。
「あの連中は本当に相変わらずだな・・・」
そんな晴風の艦橋で副長のましろがぼやいていた、苦々しい表情を浮かべて。
「気持ちは分かるけど・・・落ち着いてシロちゃん。」
苦笑しつつ艦長の明乃がなだめている。
「ですからシロちゃんは・・・いえ、すいません艦長。」
落ち着いたのかましろは顔を赤くしつつ謝って来る。
「でも副長の言っている事ももっともです艦長・・・本当に困った連中です。」
タブレットを抱きしめながら幸子が言って来る。
「まあ今に始まった事じゃないけどな。」
「うぃ。」
芽依と志摩も同様に苦々しい表情を、まあ志摩は普段と変わらないが、浮かべながらぼやく。
「私も許せません・・・簪さんにあんな事言って。」
普段は怒りを表わす事の無い鈴までもがそう言って震えている、怒りの為に。
何故晴風の艦橋要員達が、皆こうまで憤慨しているのかと言えば、それは演習出発時に起こったトラブルが原因だった。
演習出発の為、ブルーマーメイド商会専用桟橋に集合したそうりゅうと晴風、そして黒潮の乗員達。
ちなみに黒潮は晴風同様の陽炎型航洋艦がモデルだった。
そしてそんな黒潮の乗員達の注目は自分達の艦より大きいそうりゅうに集まっており、先程から質問攻めにそうりゅうの乗員達はあっていた。
中央海では見られない大型潜水艦だけに仕方が無い話ではある、もちろん艦長である簪が集中して質問されている。
「かんちゃん大人気だね。」
「いえそう言う訳では無いと思いますが。」
その光景を微笑ましく見ながら言う明乃にましろは苦笑しながら答える。
「へっこれがそうりゅうか、まあ大きいが所詮潜水艦だからな。」
「まあな良い標的だぜ。」
和やかだった桟橋に無粋な声が響き、その場に居た者達がその声の主を見る。
それは白いシャツにズボンの艦内服に身を包んだ数人の男達だった。
「奴ら・・・」
ましろが顔を顰めて呟く。
ブルーマーメイド商会と共に今回演習に参加するホワイトドルフィン商会の連中だった。
そんな彼らに晴風と黒潮の乗員達の向ける視線は決して好意的なものでは無かった。
何しろホワイトドルフィン商会の中では問題児として有名な連中で、他の商会の者達からも嫌われているからだ。
それは今の言葉でも分かるだろう、常に上から目線で他の商会の者達を見下した言動を平気でするのだ。
「そう言えば北方海の守護天使様も居るんだろう、どいつだ?」
晴風と黒潮の乗員達の向ける冷たい視線も気にする事も無く彼らは桟橋に居る者達を見渡す。
「天使ではありませんが、私がそうりゅう艦長の更識 簪です。」
「艦長・・・」
彼らの前に出て簪はそう名乗る、すると周りに居た乗員の娘が心配そうに声を掛けてくる。
その娘に大丈夫ですよと微笑み、簪は彼らに言う。
「出来れば自己紹介して頂けますか?それとも中央海の海の男はそんな事も出来ないのですか。」
簪の言葉に彼らの表情が引きつる。
「何をふざけた事てめえは・・・」
激怒した男が手を簪に伸ばそうとするが。
「次は暴力ですか・・・それでも『海の上では紳士たれ。』のホワイトドルフィン商会の人間なのですか。」
男は手を止め苦々しい表情を浮かべる、ホワイトドルフィン商会が常日頃うたい文句にしているセリフを出されて。
「まあ良い、演習で思知らせてやるからな覚えて置けよ天使様。」
そう捨て台詞を残してホワイトドルフィン商会の男達は帰って行き、桟橋にほっとした空気が流れる。
「すまなかった更識艦長、あの連中何時もあんな調子でな。」
そう言って謝罪してくるましろに簪は微笑みながら答える。
「いえ気にしていませんから宗谷副長、それにしてもあんな人達は何処にでもいるのですね。」
「まあ更識艦長が冷静に対応してくれて良かったですね。」
ましろがその時の事を思い出して言う、天使は少々のことでは怒らないのだと感心しながら。
「まあそうなんだけど・・・かんちゃん、結構怒っていたと思うな。」
そんなましろの言葉に明乃が苦笑しながら答える。
「そう何ですか?」
「うん、かんちゃんが本当に怒ると口調が物凄く冷静になるから。」
まあそれは自分の事を馬鹿にされたと言うより、人を見下した言動に対してだろうと明乃は確信している。
簪があの手の類の人間を嫌っている事を明乃は一緒に練習艦に乗っていた頃から知っていたからだ。
そして怒りが強くなるほど彼女が冷静な口調になる事も、様は普段滅多に怒らない人間が本当に怒ると怖いと言うやつだ。
「なるほど天使の怒りを買ったと言う訳ですね、『お前たちは天使である私の逆鱗に触れた、報いを受けよ。ああ、お許しください。』。」
幸子の何時もの一人芝居に皆苦笑してしまうが、明乃は冗談になっていないなと思う。
「かんちゃん演習ではきっと容赦しないと思うな、連中ボコボコされちゃうでしょうね。」
「天罰が下るって感じだな、いい気味だぜ、なあタマ。」
「うぃ。」
「当然です、連中にはいい薬です。」
明乃の予想に芽依と志摩、鈴は当然だと言った顔をして頷き合う。
今回の演習ではそうりゅうはシーサーペント役をする事になっていた。
それは半潜水状態での電探の反応がシーサーペントとそっくりな事と、簪が行動パターンを熟知しているからだ。
だからこそブルーマーメイド商会作戦部長である宗谷 真雪は簪をわざわざ北方海から呼んだのだ。
「もっとも私達相手でもかんちゃんは手を手を抜かないから皆心してね。」
例え旧知の中であったとしても簪は決し手加減などしないだろう、そんなところは生真面目な彼女らしいと明乃は思う。
『皆さんにはシーサーペントの本当の恐ろしさを知ってもらう積もりですから。』
演習前に明乃達に簪が言っていた事だ。
「確かに手強い相手ですね、北方海の最前線で常に戦っている歴戦の艦長ですからね更識さんは。」
ましろは明乃の言葉に表情を引き締めて答える、何しろ簪については様々な話が、ここ中央海にも伝わっている。
中には誇張されたものもあるが、それを抜きにしても明乃達にとっては驚嘆すべき事が多い。
その任務の性格上、複数の艦による船団護衛が主の晴風と違い、そうりゅうは潜水艦の為単独行動が主だ。
特に巨大シーサーペントに対する監視と封じ込めは非常に危険で困難な任務だと明乃は真雪から聞いている。
艦長としてその肩に掛かる重圧は並み大抵の事では無いだろう事は同じ艦長である明乃には十分理解できる。
簪はその重圧に耐え任務を全うしているのだから凄いものだと明乃は尊敬の念を覚える。
まあそう称賛された簪は困った表情を浮かべながら『私は出来る事をしているだけです。」と言うだけかもしれないなと明乃。
その辺は誇っても良いと思うのだが、そうじゃないところが簪らしいと明乃は心の中で微笑むのだった。
「くしゅっん・・・」
そうりゅうの艦長席に座っている簪が可愛いくしゃみをする。
「大丈夫ですか簪様?」
傍らに控えていたクロエが心配そうに簪の顔を覗き込んで来る。
「ええ大丈夫ですよクロエさん。」
微笑みながらそう答えた簪は、誰かが噂でもしているのかと思った。
まあ先程のホワイトドルフィン商会の連中が自分の悪口でも言っているのだろうと簪は考えたのだが。
自分が褒められているなんて考えない辺りは簪らしいと言える。
「・・・間もなく演習海域です、総員戦闘配置について下さい。」
頭の中からそんな事を追い出すと簪は指示を出す。
「了解です艦長、総員戦闘配置つけ。」
センサー担当乗員が答えると、艦内放送を行うと共にアラーム音をそうりゅう内に流す。
『魚雷・艦載火器管制室準備良し、何時でも行けます。』
『機関管制室配置完了、メインモーター及び燃料電池に問題無し。』
その返答に満足そうに頷くと簪は言う。
「それでは行きましょうか。」
演習だからと言って手を抜く積もりは簪には無かった、先程明乃が言っていた通り皆にシーサーペントの本当の恐ろしさを知ってもらいたいからだ。
だがそれは叶わなかった・・・
『艦長!救難信号を受信、船名はまみや丸・・・シーサーペントの襲撃を受けつつありとの事です。』
晴風の艦橋に無線室から電信員である八木 鶫(つぐちゃん)の声が響く。
「!?」
明乃と顔を一瞬見合わせたましろは直ぐに艦内電話に取り付くと無線室の鶫に詳細を訪ねる。
『幸い沈没にまでは至っていない用ですが、シーサーペントに取り付かれている為船からの退避が出来ないらしいです。』
鶫の言葉にましろは艦長である明乃に振り向き詳細を伝える。
「分かりました、晴風は演習を中止し救助に向かいます、黒潮とホワイトドルフィン商会の艦に・・・」
『こちら前方見張り、ホワイトドルフィン商会の二隻が急加速して離れて行きます。』
マスト上の見張り台に居るマチコから入って来た報告に艦橋は困惑に包まれる。
「あいつら・・・勝手に何を。」
ましろは艦橋の窓に取り付き、急速に晴風と黒潮から離れて行く二隻の艦を苦々しく見る。
「艦長!」
「本艦も直ちにまみや丸に向かいます、リンちゃんお願いね、あと黒潮にも指示を。」
「了解です艦長、直ちに向かいます・・・進路情報お願いします。」
「八木さん、進路情報を頼む、あと黒潮に晴風に続く様に伝えてくれ。」
指示を受けた鈴とましろがそれぞれ行動を起こす。
「全艦戦闘配置、但し救難活動を優先します。」
明乃の指示を幸子が復唱して、艦内放送を行う。
「全艦戦闘配置、但し救難活動が優先です、繰り返します・・・」
晴風の艦内に幸子の声とアラーム音が響き、乗員の娘達が駆け足で配置に付いて行く。
30分後、晴風と黒潮は現場海域に到着するが、状況は明乃達が思っている以上に最悪だった。
「あんな至近距離に居ては攻撃は・・・」
双眼鏡で状況を見たましろはそう言って絶句してしまう。
何しろシーサーペントはまみや丸の船体にまとわり付く様にしているのだ、幸い大きな損傷は無い様だがそれも時間の問題だろう。
「くっこれで撃ったらまみや丸にも当たっちまうぜ。」
「うぃ、これは危険。」
砲術長である志摩が芽依の言葉に頷いて答える。
「あれでは船からの退避も無理です艦長。」
幸子も悲痛な声を上げる。
だが状況は彼女達の予想を超えて更に悪化して行く。
「ホワイトドルフィン商会の艦が砲撃を開始!」
右舷見張り員の内田 まゆみ(まゆちゃん)が双眼鏡を見ながら叫ぶ。
「なっ・・・」
慌ててまゆみの傍に行き、双眼鏡を構えたましろの視界にホワイトドルフィン商会の艦が砲塔を向けシーサーペントに射撃するのが映る。
「正気なのかあの連中は!?艦長!!」
振り向いてましろは明乃に呼びかける。
「ココちゃん、直ぐに連絡を、射撃を止める様に伝えて。」
「は、はい艦長。」
明乃の指示に幸子は艦内電話を取り上げ、無線室に明乃の指示を伝える。
しかし砲撃は止まず、砲弾の幾つかはまみや丸を掠め、ついに一発がマストに命中し吹き飛ばしてしまう。
「連絡は付かないのか?」
ましろがそう叫ぶ。
「はい艦橋・・・駄目ですか、艦長!ホワイトドルフィン商会はこちらの呼び掛けに応答なしだそうです。」
無線室からの答えを伝える幸子は絶望的な表情で報告して来る。
どうすべきか?明乃は考える、最悪晴風を彼らとシーサーペントの間に入れてでも止めるべきかと苦悩していると。
「えっ?そうりゅうからですか・・・艦長、そうりゅうから通信、『魚雷攻撃を行うので距離を取る様に。』との事です。」
「ココちゃん、本当にかんちゃんがそう言ってきたの?」
「そんな更識さん・・・貴女まで!?」
幸子の言葉にましろと明乃は顔を見合わせて動揺の声を上げる。
「う、嘘・・・簪さんがそんな事を言うなんて・・・」
「おいそれじゃあいつらと同じだぜ。」
「・・・信じられない・・・」
鈴が信じられないと口元に手を当て呟き、志摩と芽依も困惑の声を上げる。
皆あの簪がそんな事を言って来るとは信じられなかったからだ。
「はい・・・なるほど分かりました・・・艦長、そうりゅうは近接信管をセットした魚雷でシーサーペントの注意を逸らす積もりの様です。」
「そう言う事か更識さん。」
ましろは簪の意図を理解し満足げに頷く。
様はシーサーペントの注意を引き付けて、まみや丸から引き離す、そうすれば救助がしやすくなる、そう簪が考えていると分かったからだ。
「うんかんちゃんらしいね、彼女はどんな時でも人命第一だったからね。」
そう言う所も海洋学校時代と変わっていないと明乃、もちろん艦長としての判断でもあるのだろうが。
「リンちゃん進路変更、一旦離れます、黒潮も伝えて。」
「了解進路変更します、面舵30。」
「八木さん、黒潮に晴風に続く様伝えてくれ。」
鈴が進路変更を復唱して舵輪を操作、ましろが通信室の鶫に黒潮への連絡を頼む。
そして晴風と黒潮がまみや丸から十分離れた所に到達すると。
『こちら水測、そうりゅうからの魚雷発射を確認、30秒後に本艦の右舷を通過いたしますわ。』
水測員の楓からの報告にましろと明乃が右舷の窓に駆け寄り、晴風の右舷海面下を走行する魚雷を確認する。
そしてそうりゅうの放った魚雷はシーサーペントの手前で起爆、水柱を派手に上げる。
水柱はシーサーペントだけでは無く、まみや丸にも掛かるが、砲弾の命中に比べればまだましだった。
『シーサーペントがまみや丸から離れて行きます。』
マスト上の見張り台からマチコの報告が入る。
「よっしゃやったぜタマ!」
「うぃ。」
芽依がガッツポーズを取り、志摩も嬉しそうに(表情はあまり変わらないが)頷く。
「流石です簪さん。」
「守護天使は伊達ではありませんね。」
芽依達同様嬉しそうに微笑む鈴に、何故かドヤ顔の幸子。
「晴風と黒潮はこれより救助活動に入ります、医務室のみなみさんに準備する様伝えて。」
離れて行くシーサーペントを確認すると明乃が救助活動に入る事を宣言、医務室のみなみさんこと鏑木 美波に準備する様にと指示する。
「了解です艦長、これよりまみや丸の救助に入る、救助艇の用意を急げ!」
「こちら艦橋、鏑木さん負傷者多数の模様です、準備願います・・・はい手の空いている者を手伝わせます。」
明乃の指示を受け、ましろと幸子が行動を起こす。
「水測及び電探での監視と見張りを厳重にして、シーサーペントが1匹だとは限らないから、リンちゃん出来るだけまみや丸の近くへ。」
「はい艦長、前進微速、接近します。」
鈴が明乃の指示通り晴風をまみや丸を接近させて行く。
『電測室より艦橋へ、付近には離れて行くシーサーペント以外の反応は味方だけです。』
『水測より、付近に感はありませんわ、引き続き監視いたします。』
楓と電測員の慧の報告が艦橋に入る。
『こちらは問題無し、まみや丸がボートを降ろし退避を開始。』
「黒潮続きます艦長。」
前方見張りのマチコと左舷見張りの山下 秀子(しゅうちゃん)の報告も続く。
「右舷も問題は・・・って艦長!ホワイトドルフィン商会の連中がシーサーペントを追って行きます。」
右舷見張りのまゆみが振り向いて報告して来る。
「一体何を考えているんだあの連中は!?」
まゆみの隣に駆け寄り、双眼鏡でホワイトドルフィン商会の艦を見ながらましろが叫ぶ。
よりにもよって彼らは救助を求める者達をほっておいてシーサーペントを追っていったのだからましろが憤慨するのも当然だった。
確かにシーサーペントの撃滅は重要だが、そんな場合でも人命救助を優先させるのが自分達の義務だと思っているからだ。
「・・・ほっといて良いです、救助を優先します・・・私達は。」
特に海の仲間は家族だとの思いが強い明乃の怒りはましろ以上だったが、艦長としての責務を思い出し冷静に振る舞う。
そして今頃海中のそうりゅうの中で簪も同じ思いで居るんだろうなと思った。
「シーサーペント離れて行きます、まみや丸は無事です艦長。」
センサー担当の乗員がほっとした表情で報告して来る。
「良かったです・・・後は晴風と黒潮に任せましょう。」
簪も同様にほっとした表情で答える。
「流石だね簪。」
隣の補助席に座っているシャルが称賛の声を送って来る。
「はい簪様お見事です。」
隣に控えて立っていたクロエもシャル同様に。
「いえそれは火器管制担当の・・・」
「私は指示に従っただけです、艦長の決断の結果です。」
シャルとクロエの称賛に簪が否定しようとするが、火器管制担当の乗員はそう言って微笑む。
「はい、あそこで冷静な判断を下された艦長のお陰だと思います。」
機関・ダメコン担当の乗員もそう言って簪に称賛の表情と声を掛ける。
「・・・皆さんそれくらいでお願いします。」
皆のそんな声に簪は顔を赤くして困惑してしまう、相変わらずこの手の称賛には弱いのだった。
それを見て微笑みを更に深くするシャル達、まみや丸が無事だった事もあり皆安堵していたのだが。
そんな発令所の空気を吹き飛ばしてしまう状況が起こる。
「!?ホワイトドルフィン商会の艦がシーサーペンを追って行きます、何やってんのあの連中。」
複合ディスプレイを見ていたセンサー担当の娘がましろの様に憤慨して叫ぶ。
皆がマルチセンサーポストが捉えた映像を映す大型共用ディスプレイを見る。
そこにはまみや丸に見向きもせずシーサーペンを追って離れて行くホワイトドルフィン商会の艦が見えた。
「最低だねあの連中。」
シャルの軽蔑を含んだ言葉に火器管制担当と機関・ダメコン担当の娘達も頷く。
皆ホワイトドルフィン商会の行為に怒りを覚えていたがそれは至極当然な話だ。
それは仕事上の責任感から来るだけでは無い、海の上ではお互いがそんな時には助け合うと言う暗黙のルールが有る。
だからこそ皆海の上で生きていく事が出来ると思っているのだ。
彼らの行為はそのルールを破り、海で生きる者達の間の信頼関係を傷つけるものだ、皆が怒りを覚えるの無理はない。
「簪様・・・」
そんな中、クロエは黙り込んでしまった簪を心配そうに見る。
簪が海の上で何より人命を第一にしている事を明乃同様、クロエは知っていたからだ。
その心中は怒りと深い悲しみに満ちているだろうと思いクロエは心を痛めてしまう。
優しい故に様々な物を抱え込んでしまう簪にクロエは何も出来ないと内心深い溜息を付いてしまう。
その優しさに自分は何度も救われて来たというのに。
「せめて・・・後で美味しいコーヒーを入れて差し上げます簪様。」
クロエは小さくそう呟くのだった。
「・・・そうりゅうはこのまま晴風と黒潮の護衛に回ります。」
何事も無かった様に指示する簪の声は何時もに増して冷静に聞こえたが、それが彼女の内心を表している事に皆気付いていた。
それは付き合いの長い乗員やクロエは元より、短いシャルにさえ分かるくらいに。
それ以降簪はそうりゅうが港に着くまで、指示以外に喋る事は無かった。
晴風と黒潮の救助作業は1時間で終了した、船体は破棄せねばならなかったが、幸い死者は一人も出なかった。
「晴風より通信、これより帰港する、との事です。」
演習は中止になった、まあ状況が状況なだけに仕方が無いだろう、結局ホワイトドルフィン商会の艦は戻って来る事は無かった。
「引き続き晴風と黒潮の護衛をしつつ帰港します。」
多くの遭難者を載せている為、晴風と黒潮は満足に戦闘出来る状態では無かったので、そうりゅうは2艦の護衛を行いながら帰港するのだった。
救助は成功したものの、後味の悪い結果に簪と明乃の表情は帰港するまで晴れなかったのは言うまでも無い。
だが・・・この事が後に大きな問題となって自分達に降りかかって来るとは、その時点で簪と明乃は想像する事は出来なかった。