ー西村班長と孫娘ー
少女は自分にとって人生最大の岐路に立たせられていた・・・訳では無かった。
「う~んどうしよう・・・」
『艦隊司令部』と書かれた看板のある建物の前で彼女は先程から悩んでいた。
受付と思われる小さな建物前には警備だろうか厳しい顔つきの男性が立っている。
そのお蔭で少女は近づけないでいたのだ。
「連絡はしたけど何時行くとは言ってなかったからな~お爺ちゃん怒るかな・・・」
少女はぶつぶつ言いながら行ったり来たりうろうろしている、はっきり言って不審者だが、周りに人が居ないせいか今のところは問題になっていない、今のところは・・・
そんな少女の元に誰かが近付いて来たのだが、彼女は考えに夢中で気付かない、だから結果的に。
「何か此処に御用ですか?」
「ひぎゃああ!?」
声を掛けられ、奇怪な(笑)な悲鳴を上げ、文字通り飛び上がる羽目に陥ったのだった。
「す、すいません別に怪しい者では・・・」
慌てて振り向いて弁解しようとした少女は相手を見て言葉を止める。
自分と同じ年頃の少女だったからだ、水色の髪と眼鏡を掛け、白い制服見たいなものを着ている。
「すいません驚かす積もりは無かったんですが、大丈夫ですか?」
奇怪な(笑)な悲鳴を上げた少女にすまなそうな表情を浮かべて彼女は問い掛けてくる。
「い、いえだ、大丈夫ですは、はい。」
恥かしさの余りどもってしまう少女。
「そうですか・・・それでセキュリテイーブルーに何か御用ですか?」
そんな彼女に相手の少女は柔らかな笑みを浮かべ再度問い掛けてくる。
「えっと・・・こちらにいる肉親に会いに来たんですが。」
兎に角落ち着こうと深呼吸して少女は答える。
「肉親の方がですか、失礼ですがその方のお名前は?」
「西村 庄司です、私の祖父なんですが・・・ああ私は西村祥子と言います。」
その名前を聞いた途端相手の少女は驚いた表情を浮かべる。
「西村班長のお孫さんですか・・・分かりました。」
そう言って先程の柔らかな笑みを再び浮かべる相手の少女。
「あの・・・お爺ちゃ、祖父をご存知なんですか?」
確か西村班長と呼んでいた、艦隊の人なんだろうかと祥子は考える。
「はい、西村班長には何時もお世話になってます、それで班長に貴女はお会いに来られたわけですね。」
「そ、そうなですけど、ちゃんとした約束をしていた訳で無かったので、どうしようかと・・・」
やはり祖父の知り合いらしい、だけど彼女が艦隊で何をしているのか祥子は分からなかった。
もちろん自分と同じ歳で働いている者は珍しくはないけどと思う祥子だったが。
「なるほど・・・では少し待って頂けますか。」
少女はそう言うと厳しい顔つきの男性の所へ歩いて行く。
「あ、あのう・・・」
祥子は焦って声を掛けるが少女はじろりと眺める男性に躊躇する事無く近寄って行く。
怒鳴られるんじゃないかと祥子は気が気では無かったが、次の瞬間目を丸くしてしまう。
「これは更識艦長、何かお忘れ物でも?」
そう言ってあの厳しい顔つきの男性が姿勢を正し敬礼したからだ、しかもその少女を艦長と呼んで。
「いえ、実は西村班長のお孫さんがお会いに来ているのですが、会う約束をしていなかった様で、出てこられるか確認して欲しいのですが。」
男性がこちらを見てくる、思わず背筋が伸びる祥子。
「分かりました、暫らくお待ち下さい。」
男性はそう言って建物の中に入って行く・・・それを見て祥子はほっと息を吐く。
やがて出てきた男性は艦長と呼ばれた少女に答える。
「西村班長は直ぐにこちらに来られるそうです更識艦長。」
「ありがとうございます。」
「いえ、お役に立てて光栄です更識艦長。」
男性の敬礼に少女は微笑むと祥子の元に戻って来る。
「こちらに西村班長が来てくれるそうなので私と一緒に来て下さい。」
「は、はい。」
再び背筋を伸ばして返事をする祥子、さっきから状況に付いていけずにいた。
何しろ自分とほとんど歳の変わらない少女が艦長と呼ばれているからだ。
その少女と一緒に祥子は先程の男性のところに向かう。
男性の鋭い(本当は物珍しそうに見ているだけ)に愛想笑を浮かべつつ通り過ぎ構内に入る。
「暫らくここで待って下さい。」
「わ、分かりました。」
少し構内に入った所で立ち止まり、2人は暫し佇む。
そうしながら祥子は隣に立つ少女を見ながら考え込む。
(本当に艦長なんだよね?)
さっきの男性も言っていたし、彼女も否定しなかったのだから間違いでは無いと祥子は思ったのだが。
それでも祥子は中々納得出来ずにいた時だった、車の走行音が聞こえそちらに目を向ける。
「お爺ちゃん。」
若い男性の運転する車に乗っている祖父を見つけ祥子は安堵する。
やがて祥子と簪の前で車が止まると、西村班長が降りてくる、そして・・・
「この馬鹿もんが、来るなら来るとちゃんと連絡せんか!!」
艦隊名物、西村班長の怒声が響き、祥子は思わす比喩ではなく飛び上がってしまう。
ちなみに簪も運転していた男性も涼しい顔だ、まあ慣れてしまったからだが。
「で、でも行くとは伝えたけ・・・」
「正確な日付と時間を言わなきゃ意味はない、まったくお前は・・・」
祥子の弁解を切って捨てる西村班長。
「まったく・・・ああ、更識艦長迷惑を掛けてすまんな。」
深い溜息を付いた後、西村班長はそう言って簪を見る。
「いえ気にしないで下さい、班長のお孫さんにお会い出来ましたからね。」
そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる簪に西村班長は苦笑する。
「不肖の孫娘だがな、何だ祥子?」
西村班長の袖を掴み、祥子は何か聞きたそうな目で祖父を見る。
「ああそうか、こちらはセキュリテイーブルーの更識 簪艦長だ、でこいつが不肖の孫娘の西村 祥子。」
2人を交互に西村班長は紹介する。
「更識 簪ですよろしく。」
「あ、はい西村 祥子と言います、こちらこそよろしくお願いしま・・・って、あれどこかで聞いた様な?」
首を傾げて考え始める孫娘に西村班長は肩を竦めて教える。
「北方海の守護天使様だ・・・お前だって知っているだろうが。」
「そうか更識 簪って北方海の守護天使だった・・・ってえええ!!」
祖父の言葉に再び飛び上がってしまう祥子だった。
「そ、そ、それは本当に?」
「落ち着かんか・・・本当だ、なあ更識艦長?」
祥子を落ち着かせながら西村班長はにやりと笑って簪に問い掛ける。
「そう言われているだけですよ西村班長、あとお孫さんをあまりからかうの止めてあげて下さい。」
苦笑しつつ西村班長を止める、まあこれが班長と祥子のコミニケーションの取り方の様なのでそれ以上は言うつもりは無い簪だが。
「そうだな・・・この辺で止めておくか、それで祥子、お前これからどうするつもりだ?」
簪に止められた西村班長はそう言って頷くと、祥子の方を見て聞いてくる。
「え・・・それはお爺ちゃんに会ってから決めようと。」
その言葉に西村班長は頭を抱えてしまう。
「お前な・・・俺はまだ仕事が残っているんだぞ、終るまで何処に居るつもりなんだ?」
「ははは・・・どうしようお爺ちゃん?」
西村班長の言葉に祥子は真っ青になる、会う事ばかりを考えていて、その後の事など何にも考えていなかったらしい。
「どうしようじゃないだろうが、この中で待ってもらう訳にはいかねし。」
規則上部外者は入れない、いや入れたとしても祥子の居れる場所など無いだろう。
班長と祥子は途方に暮れた表情になる、そんな2人を見て簪は声を掛ける。
「それでは班長、良ければお孫さん、祥子さんは私がお相手してますよ、街でも案内していれば時間を潰せるでしょう。」
簪の提案に西村班長は目を丸くして答える。
「良いのか?更識艦長はこれから休暇だった筈だが。」
「構いませんよ、正直言ってこれから1人で何をすればいいか困っていたところでしたから。」
西村班長の問いに簪は肩を竦めて答える。
今回補給物資の補充の為港に名無し猫を指揮して戻って来た簪だが、スケジュールの都合上1人だけで休暇を取る羽目になってしまったのだ。
「会長はどうしたんだ?何時もなら帰って来たら一緒に過ごしていたじゃないか。」
更識商会・会長の更識 楯無は簪が港に帰ってくる度に一緒に居ようとするのは皆がよく知る話だったからだ。
「姉さん、会長はギルドの会合が有って今日一日缶詰状態です・・・説得するのに苦労しましたよ。」
『行きたくない、簪ちゃんと一緒に居る!!』と駄々をこねる姉を何とか説得して簪は行かせたのだ。
「お前さんも苦労してるな。」
「・・・心遣い感謝します班長。」
力なく笑う簪に西村班長は同情の眼差しを向けて慰労する。
「と言う訳で今日一日大丈夫ですから。」
話題を変える様に言ってくる簪に西村班長は肩を竦めると答える。
「まあそうしてもらえるなら助かる、更識艦長に更に迷惑を掛けない様にしろよ祥子。」
「迷惑って、私そんな事しないもん。」
西村班長に言われ祥子は口を尖らして抗議するが・・・
「馬鹿もんが、もう十分迷惑を掛けているだろうが。」
そんな抗議は西村班長には通じなかったらしく祥子はぐうの音も出なかった。
「ふふ・・・では行きましょうか祥子さん、夕方までには戻ります班長。」
そんな2人を微笑ましく見つめていた簪が言う。
「ああ、頼むよ更識艦長。」
こうして西村班長に見送られて簪と祥子は出発したのだった。
「とは言え観光出来る所なんて限られますね・・・」
何処へ案内しようと考え始めた簪を改めて祥子は見る。
そしてあの北方海の守護天使と目の前の女の子が中々重ならないなあと祥子は考える。
何しろ最初に見た印象が、学校のクラスによく居る内気で大人しい娘だったからだ。
この娘が軍艦に乗ってシーサーペントと戦っているとは失礼な話しかもしれないが想像出来なかった。
「どうかしましたか?」
「ふぇ!な、なんでもないです更識艦長さん。」
そんな事を考えていたところに話しかけれ祥子は変な声を上げてしまう。
「そうですか・・・あのう祥子さん、出来ればですが艦長では無く簪と呼んで欲しいのですが。」
祥子の変な声を気にする事も無く簪はそう提案してくる。
「良いんですか?」
「構いませんよ、私達同じ歳ですし、第一祥子さんは艦隊の人間ではありませんから。」
まあ簪にしてみれば同じ歳同士の祥子に艦長と呼ばれるのは何だか気恥ずかしいものがあったからだが。
「わ、分かりました簪さん。」
祥子の返答に簪は微笑んで見せる。
「それじゃ行きましょか。」
「はい。」
取りあえず街へ出ようと簪と祥子は歩き始める。
「祥子さんは学生ですか?」
歩きながら簪は聞いてくる。
「はい、中央海の学校に行ってます。」
簪の問いに祥子が答える。
「そうですか、今回はお休みで西村班長の所に?」
「中々帰ってこないからお爺ちゃんは・・・だから会いに来たんですけど。」
以前からそうだったが、特に最近はそうだったからと祥子は言う。
「それは多分西村班長がセキュリテイーブルーに所属したからですね。」
名無し猫に乗り込んでほとんど洋上生活になったせいだと簪は思う。
「まあ忙しいのは分かっているけど・・・両親も心配していましたから。」
祥子はそう言って肩を竦めるのだった。
結局簪は自分のお気に入りの場所、港を見渡せる所に祥子を案内した。
「わあ良い所ですね。」
景色を見ながら祥子は感嘆に満ちた声を上げる。
「気に入ってもらって嬉しいですね、ここは私がもっとも好きな場所ですから。」
隣に立ち、微笑みながら港を見ている簪を祥子は見つめる。
ほんとこうして居ると自分と変わらない女の子にしか見えないと改めて祥子は思った。
だが彼女は、戦闘艦に乗りシーサーペントと戦っているのだ。
「あの・・・簪さんは怖くないですか、シーサーペントと戦っていて?」
ふと気になってて祥子は聞いてみる、自分と歳の違わない少女がどんな思いで居るのかと。
「・・・怖く無いと言えば嘘になりますね、でも私は自分の出来る事ならば躊躇無くやるつもりです。」
最初に抱いた内気な娘と言うイメージは今は無く、そこには自分より大人びた女性が居ると祥子は思った。
「凄いですね、私なんか簪さんやお爺ちゃんみたいに出来ませんね、何かのほほんとしていて。」
自虐な笑みを浮べ祥子は肩を落とす、勉強の事とか友達と楽しく過ごす事ばかり考えている自分を恥じて。
「いえそれで良いと思いますよ祥子さん。」
「えっ?」
意外と思える言葉を掛けられ祥子は思わず簪を見つめてしまう。
「私は、西村班長や艦隊の皆さんは・・・そんな人達の生活を守る為に戦っているんですから。」
天使だ、本当にこの人は天使だと祥子は確信してしまうのだった。
日が暮れる頃、祥子と簪は艦隊司令部に戻った。
「帰ってきたか。」
西村班長は作業着から着替えて門の所に立って居た。
「更識艦長に迷惑を掛けていないだろうな祥子。」
「もうお爺ちゃんってば、迷惑なんか掛けていないわよ、ねっ簪さん。」
祥子は少し怒った表情を浮かべて答えると簪に声を掛ける。
「ええ、そんな事はありませんでしたよ、私も楽しかったです西村班長。」
簪はそう答えて微笑む、それを見て西村班長は肩を竦めて見せる。
「とりあえず礼を言うぜ更識艦長、助かったよ。」
「私も退屈な休暇にならなかったですから、お気にせず。」
そう言って微笑む簪を見て西村班長は複雑な気持ちにさせられる。
こう見ると年頃の娘に見える、いや本来なら孫の様に同じ年頃の娘達と人生を楽しんでいても不思議でないのだが・・・
現実は最前線に立たせている、その肩に大きな重責を担わせて。
そんな感傷的な事を言っている場合で無い事は西村班長には分かっているが、やはり罪悪感は消えない。
「老い先短い自分でなく、若いこいつらに押し付けているんだからな・・・」
「何か言いましたか西村班長?」
その声は小さく祥子と簪には聞こえなかった。
「何でもねえ、さあ行くぞ祥子。」
首を振って話を打ち切り西村班長は祥子に声を掛ける。
「あ、うんお爺ちゃん、それじゃ簪さん、今日はありがとう。」
歩き出した西村班長に慌てて付いて行きながら祥子は簪にお礼を言う。
「どういたしまして祥子さん、また会いましょう。」
そんな西村班長と祥子を見送りながら簪は答えるのだった。
こうして簪のたった一日の休暇は終わった。
余談だが、商会に帰った簪は既に戻っていた姉の楯無に、しつこく今日一日何をしていたか尋問を受ける羽目になった。
18:00
更識 簪の休暇終了。
西村班長のモデルは、ある特車課の整備班長だったりします。
かなり古いアニメと漫画ですが。
それでは。