だって潜航しないし。
「艇長バッテリーが・・・」
「トイレがまた調子悪くなりました。」
「ベント弁が開かねえ!」
「うるさい!いっぺんに言うな、一人づづ言え!」
三式潜航輸送艇、言わずとも分かるだろうが、日本陸軍の潜水艦、通称まるゆがモデルとなったものだ。
その性能はオリジナルにも劣らなかった、悪い意味でだが。
この世界の元になったゲーム内でも使用出来た物だが、余りの使い勝手の悪さから誰も使う者がいなかった奴だった。
一応潜水艦の部類だが、潜水するのは非常時だけで、通常は浮上航行を主としていると聞けばどれ程の物か想像出来るだろう。
武装も艦載砲と機関銃のみで魚雷は装備していない所はオリジナルとそっくりだった。
違いはトイレはちゃんとした物があり、空調装置も完備しているところだが、はっきり言って居住性は潜水艦の中では最悪で、ここ北方海では潜れる棺桶と揶揄される艦だった。
「くそったれ何でこうトラブルばっか起こるんだ機関長?」
司令塔上で憤慨している艇長の傍らに立つ機関長の男がため息交じりに答える。
「そうりゃこの艇がおんぼろだかでしょう・・・中古品を値切って買った奴ですからね。」
「馬鹿野郎、使える物は動かなくなるまで使うのが俺のポリシーだ。」
それでなくても使い勝手の悪い艦のしかも中古品、今回の話に登場する三式潜航輸送艇みやまはそんな艦だった。
「・・・その所為でこうなっているんでしょうが、ほんとうちの艇長はケチなんだから。」
「何か言ったか?」
「さあ何か言いましたか俺?そうだベント弁の修理もう少し掛かりそうです、それまでシーサーペントに遭遇しない事を祈りましょう。」
睨みつけて来た艇長に惚けつつも状況を報告する機関長、みやまは今潜航する為に必要な機構の一つであるベント弁が故障していた。
これが何を意味するかは説明の必要ないだろう、みやまは潜航する事が出来なかった、つまりここでシーサーペントに遭遇すれば最悪の事態と言う訳だ。
「くそったれ・・・レーダーどうだ?」
毒づくと艇長は電話機を取り上げてレーダー手を呼び出す。
『いや・・・何時も通り移りが悪くて・・・わかりません!』
「馬鹿野郎、何嬉しそうに言ってやがるんだお前は!」
そんなやり取りを機関長は苦笑しつつ傍らで双眼鏡を持って周りを見ている男に言う。
「頼りはお前さんだな。」
「いやいくら何でもレーダーの変わりなんて出来ませんよ。」
この中では一番若い男はそう言って困った表情を浮かべる、彼は最近みやまに来たばかりの人間だった。
「そうりゃそうだ、お前さんも難儀だなこんな艇に来ちまってな。」
機関長は同情した様に若い男の肩を叩きながらぼやく。
「トイレを始め機器は故障が当たり前、食事は缶詰ばかり、だが一番最悪なのは暑苦しい男所帯ってところか。」
「うるせい、みやまは男の城だ、女なんかいらん。」
艇長は機関長のぼやきを切って捨てる。
『要らないとゆうより乗せられないじゃないですか、ああ一度でも良いからそうりゅうに乗ってみたですよ私は。』
レーダー手が電話越しにボヤいてくる。
「まあ確かにな・・・あっちは食事だってちゃんとした物が出るし、居住性だって段違いだ、武装だって凄いからな。」
潜水艦(艇)乗り達にとってそうりゅうは羨望の対象だ、あらゆる面で既存の艦を凌駕しているからと機関長。
「何よりあちらはあの守護天使様の乗って居る艦だからな、しかも乗員だって女性ばかり、はあこっちとは段違いだ。」
「そうですね・・・でも僕は女性ばかりの艦に乗る度胸は無いですけど。」
見張り員の男は機関長の言葉に苦笑を浮かべつつ言う、まあ彼の一家が女系家族だからそう思うのだったが。
『そうかあ?何か期待してしまうんだが俺は。』
「女性は集団になると怖いですよ、ましてそこに男が少数しか居なかったら良い的ですよ。」
レーダー手の言葉に見張り員は肩を竦めて返す、実家に居た時は姉や妹に弄られたから経験があったからだ。
あっちは可愛がっている積もりの様だったが当人として大変だったのだ、ちなみにしょっちゅう『何時帰れるのか?』と連絡が来る。
『・・・っとあれ?艇長、レーダーに反応が、方位010です。』
そんな与太話をしていた司令塔上にレーダー手から報告が入る。
「何だ?おい何か見えるか見張り。」
その報告に艇長が問いかける、すぐさま見張り員は双眼鏡をその方向に向ける。
「あれは・・・艇長シーサーペントです!」
洋上を1匹のシーサーペントが向かってく来る、それ程大きくは無いがみやまとっては十分脅威だ。
「くっそ、機関全開、総員戦闘配置だ!」
艇長の指示に司令塔上は騒然となる。
「ああ悪い予感が当たりやがった、艇長全開と言っても今の状態じゃ半分も出せね。」
機関長が青い顔で報告する、少し前に故障し、先程やっと動く様になったばかりだったのだ。
「分かってる、応戦用意!早くベント弁を直せ。」
その指示に機関長は慌ててハッチから艦内に降りて行く、一方甲板に砲員が出て来ると艦首にある艦載砲に取り付き発射体制に入る。
司令塔上に設置された機関銃にも乗員が配置に付く。
「シーサーペント更に接近中!距離2千・・・大丈夫なんですか?」
接近して来るシーサーペントに対し、みやま搭載の艦載砲と機関銃は余りにも非力に見張り員は見えた。
「・・・何とかなる!気合と根性で!」
その言葉に見張り員は絶望に陥る、そんな物で勝てる程シーサーペントは甘くない事を船乗りなら誰でも知っているからだ。
ああ姉さん、妹よ、俺は帰れそうも無い、御免と見張り員が覚悟を決めた時だった。
飛来音がしてシーサーペントの進路上に水柱が数本上がったのだ、驚いた艇長と見張り員が周りを見渡し・・・
「艇長!左舷後方に船・・・いやあれ潜水艦だ、潜水艦が居ます。」
見張り員が指し示す方を見た艇長が驚愕の表情を浮かべ叫ぶ。
「あ、あれはそうりゅうか!?」
左舷後方に何時の間にか1隻の潜水艦が浮上していたのだ、それはみやまよりはるかに巨大な艦だった。
「そうりゅう、あれが・・・」
見張り員も写真等でその姿を何度か見た事が有ったが、実際に見るのは初めてであり、その大きさに圧倒される。
その浮上したそうりゅは、艦後方の艦載砲をシーサーペントに向けて発砲している。
「自分の方に引き付けてこっちを助ける積もりか。」
その言葉に見張り員ははっとする、確かにそうりゅうは命中させると言うより誘う様に進路上に着弾させている。
結果シーサーペントは狩りを邪魔したそうりゅうに目標を変更し向かって行く。
それを確認したそうりゅうは進路をみやまから離れる方に取りながら潜航して行く。
但し完全に潜航するのでは無く司令塔を海上に出しながらだった。
完全に潜航してしまえばシーサーペントが追うのを止めてしまう可能性がある、だからそうりゅうは危険を承知で姿を見せつつ誘導しようとしているのだろうと見張員は理解する。
「やってくれるじゃないか天使様。」
艇長もそう理解したのか苦々しく呟いて、見張り員と共にそうりゅうとシーサーペントを見送る。
「艇長、ベント弁修理完了、機関も出力半分位ならだせますぜ。」
機関長がハッチから顔を出して報告して来たのはそんな時だった。
「馬鹿野郎!もう遅いわ、シーサーペントはそうりゅうと共に行ってしまったよ。」
「へっ!そうりゅうが・・・来て居たんですか!」
艇長の言葉に機関長は司令塔上に飛び出して来ると辺りを見渡す。
「もう行ってしまいましたよ、シーサーペントを連れて。」
見張り員がそうりゅうとシーサーペントが消えて行った方を指さしながら言う。
「ちくしょう見たかったぜそうりゅうを。」
悔しそうに消えて行った方を見ながら機関長は言う。
「てめえの見たかったのはどうせ天使様だったんだろうが。」
そんな機関長を見て艇長は呆れた様に言う。
「まあそりゃあね、噂の北方海の天使様ですぜ一度はその顔を見たいじゃありませんか。」
呆れられたの構わず機関長はドヤ顔で答える。
そんな2人を見て見張り員は苦笑しつつ、出来れば自分も会ってみたいものだと思った。
危機が去りほっとした空気が流れる司令塔上の3人は次の瞬間、響いて来た轟音に一斉に聞こえて来た方を見る。
水平線上に上がる水柱を見て、3人はそうりゅうがシーサーペントを仕留めたのだと確信したのだった。
それから数十分後。
『艇長、接近して来る推進音を検知・・・シーサーペントじゃありません。』
その報告直後にみやまの左舷側に浮上して来るそうりゅう、艇長達は今更ながらその大きさに圧倒される。
世界最強の潜水艦であり、あの北方海の守護天使の乗る艦、それが今自分達の傍に居るのだ。
そしてそうりゅう司令塔上や甲板上に乗員達が出て来くるのが見える。
『艇長、そうりゅうより通信、何か援助する必要が有るか聞いてます。』
直後に通信士から艦内電話を通して報告が来る。
「・・・問題無いと言って置け。」
艇長は憮然とした表情で答える。
「いや艇長、まったく問題が無い訳じゃあ・・・」
「馬鹿野郎、助けられたうえに更に援助なんか頼めるか!」
シーサーペントの襲撃から救われたうえに助けを乞うなど男として出来るかと艇長は言いたいらしい。
「まったくプライドだけは高いんだから・・・」
「何か言ったかぁ?」
「いえ別に。」
呆れた様に言うと艇長が睨んで来たので機関長は惚けるとそうりゅうの方を見てぼやく。
「これ幸いに天使様と親しくなれるかもしれないのになぁ・・・それにしてあの恰好エロいなよなぁ。」
甲板上に出て艦周りの点検をしている女性達、いや少女達の潜水艦用艦内服、例のISスーツモドキを見て機関長。
一応上に防寒用ジャケットを着ているとは言え、ちらりと見える身体に張り付いてラインが出る艦内服は男心(スケベ心か)を刺激する。
「ははは・・・そうですね。」
苦笑しつつ見張り員は答える、まあ彼もそんな姿の少女達を見て感じる物が無い訳では無かったが。
「変な目で見たら怒られますよ、女性はそう言う視線に敏感ですから。」
甲板に居た少女の1人が機関長のそんな視線に気付いたのか、こちらを睨みつけているのに気づき機関長に言う。
「おっと・・・これは不味いな。」
言われた機関長は気まずそうに眼を逸らす、ちなみに見張り員がそう言った点に詳しいのは、姉や妹達に散々言われているからだが。
『そうりゅうより返信、貴艦の無事な航海を祈ります、との事です艇長。』
「ふん。」
その返信の内容に艇長は憮然とした表情のままで答える。
やがて点検が終了したのか甲板と司令塔上に出ていた乗員達が艦内に次々と戻って行く。
そんな中最後まで司令塔上に残っていた水色の髪で眼鏡を掛けた少女がこちらに手を振って来る。
それでも憮然としたままの艇長に苦笑しつつ機関長と見張り員が手を振り返すと、少女は微笑み司令塔上から艦内に戻って行く。
暫くしてからそうりゅうは潜航して海中にその姿を消して行く。
「行きましたね・・・」
「ああいっちまったな。」
機関長と見張り員はそう言って顔を見わせる、天使との突然の邂逅に2人は感慨深い思いを味わっていたのだ。
「ったく何時までも惚けているんじゃぞお前達、俺達も行くぞ、天使なんかに負けてられるか。」
そんな2人に向かって鼻息高く言って来る艇長に機関長と見張り員が呆れた表情で呟く。
「負けられるかって、元々勝負にならんでしょうがそうりゅうと天使様に。」
中古品の潜水艇にろくでなしな乗員の集まりでは艇長がいかに吠えようとも同じ土俵に上る事さえ出来ないだろうと機関長。
「一応助けてくれたんですから少しは感謝しましょうよ艇長。」
そうりゅうと天使様は危険を顧みないでみやまを助けてくれたのだからと見張り員。
「言われんでも分かっている、だがそれでもだ!」
艇長はそう言うとハッチから艦内に入って行く、それを機関長と見張り員は顔を見合わせて苦笑する。
「素直じゃないんですから艇長は。」
「まったくですね。」
「無駄話なんかせずさっさと行くぞ、輸送の仕事はまだ終わってないんだからな。」
艦内から聞こえて来る艇長の声に機関長と見張り員は再び顔を見合わせて苦笑すると艦内に入って行くのだった。
三式潜航輸送艇みやまとその乗員達は今日もお仕事に励む。
彼らもまた危険と隣わせの海に生きる者達だった。
主人公が出てこないうえに男ばかりと言う話は初めてですね。
まあこうした話は嫌いではありませんが。
元々潜水艦の作品はそう言うのが多いですし。
それでは。