このゲーム世界には歌姫が居る。
南方、中央、そして私の居る北方海であまりにも有名な歌姫。
神代レイ。
実はゲームのクエストの一つに、歌姫と共に冒険を繰り広げる、というのがある。
彼女はそのクエストに登場するキャラクターだ。
ただ、主に中央海で進行するクエストだったので、こちらの世界に来るまでにやってみた事が私は無かったのだけど。
『本日は、この度北方海で行なわれるコンサートに関して、神代レイさんにお話をお聞きしたいと思います。』
見ているテレビの中で、女性アナンサーがそんな事を喋っていました。
夜、食事をしながら家のリビングで私と姉さんは、今度行なわれる神代レイのコンサートに関するニュースを見ていました。
『それではよろしくお願いします神代レイさん。』
『はい、こちらこそお願いします。』
女性アナンサーの言葉に、眩しい微笑で答える神代レイは本当に美少女だった。
流れる様な銀の髪を腰まで伸ばし、青い水晶の様な瞳を持っている。
もちろん容姿以外にも、その声の素晴らしさでも知られている、まさに歌う為に生まれてきたと言われている存在だ。
『早速ですが今回のコンサートは、神代さんが自らがご希望なさったとお聞きしましたが。』
『はい、その通りです、今回関係者の方々にご迷惑をお掛けする事になりましたが。』
彼女は一瞬顔を俯かせるが、再び顔を上げて続ける。
『しかしどうしてもやりたかった、何故なら、この北方海こそ私が歌う事の原点になった所だからです。』
その言葉に女性アナンサーは驚いた表情を浮かべる、もちろん私達もだが。
「彼女ってここの生まれだったかしら?私は南方海の方と聞いた覚えがあるんだけど。」
姉さんが不思議そうに呟く、それは私も聞いた事がある、まあ乗員の娘からだけど。
神代レイのファンはまほろば乗員達にも多い、休憩中に聞いているのを見かける。
そういったファンの娘から神代レイの事をよく聞かされたものだ。
『歌う事の原点ですか?でも神代さんは北方海にいらっしゃった事があるんでしょうか?』
私達の様に疑問に思ったのだろう、女性アナンサーが質問している。
『はい、昔、短期間ですが北方海の港がある街に住んで居た事があります、その時出会った方の言葉が、私が歌うことになった原点なのです。』
神代レイの言葉に質問した女性アナンサーだけでなく、周りに居た他のゲスト達も驚いた顔をしていた。
それはそうだろう歌姫神代レイの生まれた原点なのだから。
だがそうなると俄然その人物の事に興味が集中するのは当然だろう。
案の定、ゲストの芸能レポーターらしい男性が身を乗り出す様にして質問している。
『その方、と言うのは貴女とどんな関係なんですか?一体どういう素性の?』
『ち、ちょっと落ち着いて下さい、と言うかまだ質問時間ではありませんよ。』
興奮している芸能レポーターを女性アナンサーが必死に宥めている。
一方の神代レイはそんな質問攻めにも何時もの笑みを浮かべて答えている。
『ご期待に添えず申し訳ありませんが、その方は女性ですよ。』
『女性ですか?』
何を期待していたのか女性アナンサーは失望した様な表情で聞き返している。
『ええ、私がまだ幼い頃出会った同じくらいの歳の女の子です、短い間ですが2人で過ごしたんです。』
とても大事な思い出なのか、神代レイは何時もとは比べ物にならない微笑を浮かべて答えている。
『その娘のお名前を是非聞きたいんですが?』
またその芸能レポーターが身を乗り出して質問しようとするが。
『残念ですが、私にとっては大切な思いでなので、それは言えません。』
そう言われれば追求出来ず、アナンサーとレポーターは黙ってしまう。
「ふーんどんな娘なのかしらね、簪ちゃん?」
姉さんが聞いて来たが私はそれに答えなかった、いや別に無視したわけではないのだ。
彼女を見ているうちに、私の脳裏に浮かんできたある光景の所為で答えられなかったのだ。
『かんざしちゃん、また会えるよね?』
『うん、・・ちゃん、きっと会えるよ。』
名前も顔をもはっきりしない女の子との会話・・・これは一体、何時、何処で?
しかし幾ら考えてもはっきりしなかった、だが少なくてもここに来る前のものではないと思う。
これはこの世界の更識 簪としての記憶に関係しているのかもしれない・・・
「簪ちゃん?」
再度掛けられた姉さんの問い掛けに、私は我に帰る。
「あ、すいません、ぼんやりしてしまって。」
番組内では既に今度のコンサート内容に話題に移っていた。
歌う曲とか演出などについて、神代レイが説明している。
「気分が悪いなら、早めに休みなさい。」
心配そうに姉さんが言ってくる、私は微笑みつつ答える。
「大丈夫ですよ姉さん、でもお言葉に甘えてもう休みますね。」
明日も早いし、姉さんの好意も有るので食事の後片付けを済ませて休もうと考えた。
ちなみに食事の準備と後片付けは、何も無ければ、交代でやっている。
前の世界ではそんな事した事など無く、料理の心得など持っていなかったと思うのだが、こちらの更識 簪はその辺のスキルは持っていた様で助かっている。
「そう、それじゃそうしなさい・・・後で添い寝してあげるわ。」
「・・・それは止めて下さいね姉さん。」
どうやら好意だけじゃなかったらしい、私は深い溜息を付くのだった。
所で私は先程脳裏に浮かんだ光景の事を深く考えるのを止めて置いた。
結局は更識 簪の記憶かもしれないし、まして神代レイと関係は無いと思ったからだ。
しかし、それが間違えだと私は後になってから思い知る事になる。
『貨客船こばやし丸より救援要請、我シーサーペントの襲撃により航行不能なり。』
「前進全速、本艦はこれよりこばやし丸の救援に向かいます。」
中央海と北方海と繋ぐ、通称接続海域に向かっていたまほろばに救難要請の通信が入って来た。
「まさか哨戒任務最終日に船が襲われるなんて・・・」
相川副長が思わずそんな言葉を漏らす。
「接続海域では暫らくシーサーペントの出現は聞いてなかったですから、こばやし丸も油断していたんでしょう。」
艦内通話器の受話器を戻しながら私は言う。
念の為と言う事で船員ギルドから哨戒を依頼されていたのだけど、まさかその予想が当たるとは・・・
「こばやし丸の見張り、居眠りでもしていたんじゃないですか?」
皮肉っぽい笑みを浮かべ相川副長が言う、確かに見張っていれば接近に気付けるし、そうなれば逃げ様もあるのだけど、損傷を受ける程接近されたとしたなら、相川副長にそう言われても弁解の余地はないかもしれない。
『こちら前方見張り、シーサーペントとこばやし丸を確認。』
その報告に私は艦長席から立ち上がり、艦橋前部の窓に寄り、双眼鏡を構える。
まほろばの前方、浸水で傾いたこばやし丸の周りをシーサーペントが徘徊しているのが見える。
幸いまだこばやし丸に取り付いていない、獲物をいたぶっているつもりなのだろうか。
「第一主砲射撃準備、目標に当てる必用はありません、こちらに注意を引き付けるだけで十分です。」
「第一主砲射撃準備、目標の注意をこちらに向けさせる様に着弾させて下さい。」
砲術長が私の指示を、射撃指揮所に伝える。
『こちら射撃指揮所、主砲射撃準備よし。』
射撃指揮所からの報告を聞いた砲術長が私を見てきたので、頷いて見せる。
「第一主砲射撃開始!」
艦の全部から砲撃音が響き、砲弾は正確にシーサーペント近くに着弾するのが見える。
そして攻撃に気付いたシーサーペントはこちらを脅威と感じたのだろう、進路をまほろばに向けてくる。
「面舵一杯、こばやし丸から離れます、後部第2、3主砲及び第1、第2魚雷発射管発射用意。」
「面舵一杯。」
「後部第2、3主砲射撃準備。」
「第1、第2魚雷発射管発射準備。」
私の指示に即座に、操舵員と砲術長、水雷長の復唱が重なって聞こえてくる。
『艦長、こばやし丸から十分離れました、攻撃に問題無し。』
やがて電探室からの報告が艦橋天井のスピーカーから流れる。
「取り舵一杯、左舷砲雷撃戦用意。」
私はその報告を聞くと即座に指示をする。
「取り舵一杯!」
操舵員が復唱しながら舵輪を回す。
「後部第2、3主砲、左舷へ急いで!」
砲術長が復唱する。
「第1、第2魚雷発射管、左舷へ向けて!」
続いて水雷長の復唱が続く。
「舵戻して下さい。」
「戻せ!!」
私の指示を操舵員が復唱すると舵を戻し、まほろばは左舷を直進して来るシーサーペントに向ける。
既に主砲も魚雷発射管も攻撃準備は終わっている。
「攻撃開始して下さい。」
「後部第2、第3主砲、打て!!」
「第1魚雷発射管発射!!」
主砲の砲撃音と魚雷の発射音が重なって聞こえてくる。
私は左舷見張り員の娘の傍に立って双眼鏡を構える。
先ず主砲弾がシーサーペントに直撃し大きくバランスを崩した、そこへ4本の魚雷が命中する。
激しい爆発音と水柱を見た私は双眼鏡を下ろすと指示を飛ばす。
「確認、急いで下さい。」
『電探の反応消失を確認しました艦長。』
電探室から即座に報告が入ってくる、左舷見張り員の娘は私が問う前に答えてくれる。
「シーサーペント沈んで行きます、撃破確認。」
その声に艦橋は安堵に包まれ、私もほっと一息付くと艦長席に戻り座る。
「お疲れ様です艦長。」
相川副長が微笑みながら言ってくる。
「ええお疲れ様です・・・もちろん皆もですが。」
「「「はい、艦長。」」」
乗員の娘達も微笑んで答えてくれる。
「それではこばやし丸の所に戻りましょう、航海長よろしくお願いします。」
「了解です艦長。」
乗員達はまほろばをこばやし丸の居る海域に戻す為、動き始める。
それを見ながら、私はこれで全て終わったものと思っていたのだけど。
残念ながらそうでは無かったのだ、私に限って言えば・・・
予定としてはあと2話続きます。
それでは。