まあ完成していたのですが、年末・年始もあって今になってしまいましたが。
「お前さんはこの世界に絶望した事はないのか、終末を迎えつつあるかもしれないと?」
「私は・・・生きている限り絶望するつもりはありません、自分の出来る事をするだけです。」
イリオモテ島・退避港
名無し猫艦上
「そうりゅうか、これであそこにいけるわけか・・・乗せてもらえるんだろうな?」
初老の男性、よれよれの白衣姿は名無し猫の傍らに停泊しているそうりゅうを見て言う。
「・・・本当に乗られるつもりですか?非常に危険ですが。」
「構わん・・・俺はどうあっても其処へ行かねばならないんだからな。」
簪の問いに男性はそうりゅうを見つめながら答える。
そんな男性を見て、聞いた通り頑固な人物だと簪は内心苦笑する。
だがこれでも優秀な学者らしい、シャルに言わせればシーサーペントの研究に関しては。
ただこの頑固さもあって中央海の学会では干されていると、シャルは言っていたが。
事の起こりは10日前に遡る。
巨大シーサーペントの居る北方海奥へ中央海の学会から来た調査隊を乗せてそうりゅうで向かって欲しいと要請が派遣艦隊にあったのだ。
簪は非常に気が進まなかった、それでなくても北方海奥への接近はそうりゅうでもかなりの危険が伴う。
それに一般人を乗せろと言うのだから無理難題だと簪だけなく真耶も難色を示した。
『まあそちらの気持ちは分かる・・・だが依頼してきた人物がな。』
通信器越しに連絡してきた織斑ギルド長も困惑している事が分かる。
『海洋生物学者の田所博士、中央海では有名な学者らしいな。』
「田所博士ですか織斑ギルド長?」
話を聞いていたシャルが驚いた声を上げる。
「シャルはその田所博士を知っているんですか?」
シャルは簪の問いに肩を竦めて答える。
「シーサーペントの研究に関して言えば、中央海だけでなく世界中で第一人者と呼ばれている人だよ。」
その生態研究では知らぬ者が居ないが、その言動で保守的な学者達からは忌み嫌われている存在らしい。
「学会の方針なんてまったく意に介さず、自分のやり方を貫き通すらしいね、だから業績の割りに扱いは酷いものだよ・・・」
このゲーム世界でも出る釘は打たれるものらしいと簪は思った。
そして場面は冒頭に戻る。
3日後にイリオモテ島の退避港に着いた田所博士は早速名無し猫に乗り込んで来るとそうりゅうを見せろと言ってきたのだ。
その為今回の調査を指揮する簪が案内しているところだった。
「専門外だが篠ノ之 束の事は知っているぞ、優秀な技師である彼女の傑作だからな期待しているんだ。」
生物学者である彼が束の事を知っている事に簪は驚きを隠せない。
まあ束もかっては中央海のドックに居たが、その言動でこちらに来くる羽目になったらしいから、田所博士にしてみれば合い通じるものがあるのかもしれないと簪は考える。
「もちろんそうりゅうは優秀な艦です、ですが何が起こるかは予想は出来ません、それを忘れないで下さい。」
そんな簪に田所博士は皮肉めいた笑みを浮かべて言う。
「その点も心配しとらん・・・何しろ北方海の守護天使様が付いているんだからな。」
簪は深い溜息でそれに答えた。
田所博士達が到着してから2日後そうりゅうは出発した。
「出航準備願います。」
艦長席に座り席のディスプレイを確認しつつ簪が指示する。
「機関系に問題なし。」
「レーダー及びソナー、各種センサー問題なし。」
「全兵装問題ありません艦長。」
火器管制及びセンサー、機関・ダメコンの各担当乗員の声が答える。
「準備はいいですか、シャル、クロエさん。」
「僕がOKだよ簪。」
「私もです簪様。」
シャルとクロエは今回の航海にも当然の顔をしてそうりゅうに搭乗して来た。
「「簪(様)が行くなら当然僕(私)も行きます。」」
まあ何時もの事なので簪も苦笑しつつ受け入るしかなかったのだが。
「では出航します、メインモーター始動、名無し猫に出航の連絡を。」
「メインモーター始動します。」
簪はディスプレイの出力レベルを見つつそうりゅうを前進させる。
「名無し猫より返信『調査の成功と航海の無事を祈ります。』との事です。」
センサー担当の乗員が名無し猫からの通信を報告する。
「感謝すると伝えて下さい、港を出ます、潜航用意。」
「「「了解です艦長。」」」
港を出た所で簪はそうりゅうを潜航させる。
「深度50・60・70トリム水平、航路の設定良し、自動操舵に切り替えます。」
ディスプレイ上の表示を確認し簪は両手をキーボードから離す。
「艦内シフトを第3警戒配置に移行・・・ではお客様の様子を見て来ましょうか。」
座席から簪が立ち上がるとシャルとクロエもそれに続く。
艦内通路を通り居住区に向かう簪達、田所博士は助手を含め4人が乗艦していた。
「更識です、入ってもかまわないでしょうか?」
田所博士に割り当てられた部屋の前に着くと簪は室内に声を掛ける。
「ああ良いぞ。」
「失礼します。」
返事を聞き簪は扉を開け中にシャルとクロエと共に入って行く。
室内は雑然としていた、運び込んだ資料があちこちに山積みされて足の踏み場も無いくらいだった。
博士本人はやはり資料が山積みにされた机に向かったままで簪達に顔を向けようともしない。
「無事出航しました、そうりゅうに乗った感想はどうですか?」
簪の声にようやく田所博士は顔を上げて言う。
「分かった・・・しかし案外快適なものだな潜水艦ってやつは。」
田所博士の感想に簪は肩を竦めて答える。
「スペースだけはありますからそうりゅうは。」
大型の潜水艦であるが、高度の省力化と自動化により乗員は全部で20名程だ。
お陰で乗員は個室が持てるくらいだ、食堂などの施設も広く充実している。
「潜水艦ってのは狭い中に人間が押し込められているって思っていたんだが。」
手に持っていた資料の束を机の上に置いて田所博士は言う。
だが博士の印象はけっして間違いでは無い、この世界の潜水艦と言えどもそれが普通なのだ。
つまりそうりゅうが例外中の例外なのだ、何しろあの『天災』が作ったものなのだから。
「まあ快適で良い・・・それなのに助手連中は青い顔して部屋に閉じこもってやがる。」
博士のぼやきを聞きいて簪は苦笑する、その助手達には乗艦時にあったが、確かに顔色は悪かった。
だがそれは仕方が無い話しだ、巨大シーサーペントの巣窟に乗り込もう言うのだ、簪達の様に危険を覚悟のうえで乗艦している人間なら兎も角、一般人の彼らにそれを期待するのは酷だと簪は思う。
「今後の航海予定ですが、前に話した通り北方海奥へ向かう前に、ある島の調査に向かいます。」
巨大シーサーペントの潜む海域に向かう前に無人となった島の調査が航海予定に付け加えられたのだ。
「・・・そうらしいな、まあ文句を言っても仕方が無い、俺は構わんぞ。」
じろりと簪達を睨みながら田所博士は答える。
「そう言って頂けると助かります、あと派遣艦隊のシーサーペント調査責任者の紹介を。」
そう言って簪は一緒に付いてきたシャルを紹介する。
「シャルロット・デュノアです、初めまして田所博士。」
挨拶したシャルをどうやら癖らしくじろりと睨む田所博士が言う。
「お前さんがシャルロット・デュノアか、論文読ませてもらった・・・中々面白い内様だったぞ」
シャルは半年前に巨大シーサーペントに関する論文を書き、中央海の学会に提出した事があった。
まあ反応は殆ど無く、無視同然の扱いだったらしいと簪は聞いている。
「それは光栄です田所博士・・・」
複雑な表情を浮かべるシャル、まさか田所博士の目に止まっていたとは思っていなかったからだ。
「まあ学会の奴は田舎のにわか学者の書いた論文と言って見向きもしなかったが、元々連中にそれを期待するだけ無駄だ。」
辛辣な物言いに簪達は苦笑する。
「であんたは?」
シャルと簪の一歩後ろに佇んでいたクロエに同じ様にじろりと睨みつけながら田所博士聞いて来る。
「クロエ・クロニクルと申します、艦隊の技術顧問を篠ノ之 束様の代理として行なっております。」
「ほう・・・あの篠ノ之 束の代理をね。」
自己紹介をしたクロエを感心した様に眺めて言う田所博士。
「と言う事はあんたも優秀な技師な訳だ。」
「恐縮です田所様、以後よろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げて帰すクロエに田所博士は苦笑いを浮かべて答える。
「様なんぞ俺には似合わん、普通に呼んでくれ。」
「それでは田所博士と?」
「ああ、それで構わん。」
まあ博士にしてみれば孫の年齢みたいな少女に様付けされるのは落ち着かないらしい。
『艦長、予定海域に到達しましたので発令所へお願いします。』
艦内放送が入り発令所から呼び出しが掛かる。
「それでは失礼します田所博士。」
簪はそう言うとシャルとクロエと共に博士の部屋を出て発令所に向かうのだった。
発令所に入ると、既にマルチセンサーポストが洋上に上げられ、共用ディスプレイには目的の島が映し出されていた。
その映像を見ながら艦長席に座った簪が報告を求める。
「ソナー及びレーダーの方はどうですか?」
「双方とも反応無しです艦長。」
センサー担当の娘が複合ディスプレイを確認しながら答える。
「分かりました、操縦系をこちらに戻して下さい。」
「了解です艦長」
簪が発令所を離れている間、操艦を機関・ダメコンの担当乗員がしていたものを艦長席側に切り替える。
「切り替えを確認。」
操艦系が自分の方に切り替わった事を席周りのディスプレイで確認する簪。
「あれが例の島だね」
共用ディスプレイに写っている島を見ながらシャルが呟く。
「そうです・・・」
言葉少なに答える簪。
「初めて見ますが・・・酷いものですね。」
クロエもそれを見ながら呟く。
3人とも状況を知っているだけにそれ以上言葉が続かなかったのだ。
それは他の乗員の娘達も同様で言葉無く共用ディスプレイを見つめている。
「浮上します、上陸班は準備を。」
首を振るとそう指示を出し簪はそうりゅうを浮上させる。
「「「了解です艦長。」」」
浮上したそうりゅうは島にある程度近付くと接岸する事無くその場に停止する。
・・・最早接岸出来る港が無いからだ、破壊されてしまった為に。
『上陸班は直ちに出発して下さい。』
アナンスを受け艦内服にジャケットを着た娘達が甲板に出て来ると、手早くゴムボートを用意し、島に向かう。
その様子を指令塔上から見ていた簪は、持って来た双眼鏡を島に向ける。
まず見た港には沈められた漁船が数隻見える、そして破壊された桟橋と倉庫群。
港から吹き飛ばされて来た漁船が近くの民家を押し潰している。
一応無事らしい家屋もあるが街にはまったく人の気配は無い。
「酷いもんだな・・・これがシーサーペントに襲われた結果か。」
何時の間にか指令塔上に上がってきて簪の隣に立った田所博士が言う。
「で島の人間はどうなったんだ?」
博士の問いに簪は深い溜息を付くと答える。
「不明です、船で脱出した可能性も考えられたのですが結局発見できなかった様ですね。」
今から三ヶ月前、この島はシーサーペントの襲撃を受けた。
直後近くの海域に居たハンターの武装船が島に所属している漁船からの救難要請を受け向かったのだが・・・
到着した武装船の乗員達が見たのは今目の前に広がる光景だった。
その後周辺海域を捜索したものの、何も発見出来ず武装船は空しく帰還するしかなかった。
「やはりそうか・・・」
島に上陸し街を調査しているそうりゅうの乗員達を見ながら博士は呟く。
襲われた人々がどうなったかを簪も博士もあえて言わなかった。
「まるで墓を見て周っている様なものだな・・・気を悪くしたか?」
そう言ってから博士は気にしたのか簪に問い掛けて来る。
「いえ間違ってはいませんよ・・・自分としては悔しいですが。」
双眼鏡を下ろし簪は肩を竦める、全てを救いきれないのは彼女にも分かってはいるつもりだったが。
「お前さんはこの世界に絶望した事はないのか、終末を迎えつつあるかもしれないと?」
暫らく指令塔上に沈黙が続いた後、博士はそんな事を聞いて来る。
「絶望ですか?」
聞き返す簪に博士は島を見つめながら続ける。
「洋上にては連中の方が勢力が強い、我々は今辛うじて押し返しているが、正直言ってジリ貧だ。」
人間達は居住している島と一部の海域、それらを結ぶ航路を何とか維持しているに過ぎないと博士は断言する。
「だがそれらだってかなり危うい、まあそんな事は最前線に居るあんたなら分かっているだろうがな。」
「・・・・」
それについては簪は答えなかったが、博士の言った事は間違ってはいないと内心は思っている。
彼我の力の差を考えればはっきり言って状況は絶望的なのだと。
だが例え状況が絶望的でも簪に出来る事は戦う以外に無い。
「私は・・・生きている限り絶望するつもりはありません、自分の出来る事をするだけです。」
だからそれが絶望的な戦いであっても簪は諦めるつもりは無かった。
「私は諦めが悪い性分なんです、戦う力がある限り止める気はありませんよ。」
そうきっぱり言う簪を見て博士は肩を竦めて笑う。
「なるほどねえ・・・そこはやはり守護天使と言われるだけあるか。」
博士は最初『守護天使』と呼ばれるこの少女が理想論でも言うかと思っていたのだが、どうやら彼女はそうでは無かった様だ。
現実を弁え、それでも前進する事を諦めない人間だったのだと博士は理解した。
それが若さ故なのか簪と言う少女の本質的な所から来る物なのか興味が沸いてきた博士だった。
「私は天使と呼ばれているだけで違うのですが・・・」
思いっきり困惑した表情で簪は肩を落して呟く、何で周りはそんな風に自分を見るのだろうと思って。
「こう言う時代だからすがれる者を求めるものさ、人間はな。」
困惑している簪を見て肩を竦めて見せる博士。
「随分と皮肉な見方ですね・・・」
もちろん簪にもそれは分かってはいるつもりだった。
だから困惑しつつも天使と呼ばれる事を受け入れている簪だった。
そこで会話は途切れ簪と博士はただ黙って島を見続けるのだった。
島での調査を終えそうりゅうは再び潜航すると目的地である巨大シーサーペントの巣窟に向かのだった。
今回登場した田所博士は、今でも日本SF最高だと思っているある作品からです。
分かる人には分かるかな?
それでは。