「全艦戦闘体制へ。」
簪の指示でそうりゅうの艦内にアラーム音が響き、照明が落される。
「全発射管に魚雷装填開始します。」
「ソナー及び各種センサー問題無し。」
「メインモーター及び燃料電池共に良好。」
照明の落とされた発令所内に乗員の娘達の戦闘体制に入る事を告げる声が流れる。
「総員安全ベルトを装着、シャルとクロエ、それから博士も。」
発令所内には何時も居るシャルとクロエ以外にこの時は田所博士の姿もあった。
本来なら戦闘体制中の発令所内に関係要員以外居させない規則なのだが。
当然の顔をしてシャルとクロエがおり、
「状況が分からないままで・・・と言うのはごめんだからな。」
と田所博士もまた当然と言う顔で発令所に居るのだ。
もう今更だと簪は思いその点については何も言わない事にしていた。
「魚雷・艦載火器管制室及び機関管制室も配置に着きました艦長。」
その報告に簪は頷く。
「それでは行きましょうか。」
海流の壁を通過しそうりゅうは海域の奥に近付きつつあった。
「ソナー感はありますか?」
操艦しつつ簪は確認する。
「今のところありません艦長。」
センサー担当乗員が複合ディスプレイを確認して報告する。
「・・・頭上の氷の厚さはどのくらいですか?」
「3~4メートルですね。」
その報告を聞いて簪は暫し考え込む。
「水上を見られないの辛いですね、ソナーを誤魔化せるとは思えませんが。」
だが油断は出来ない、シーサーペントは狩りについてはこちらの予想出来ない事はするからだ。
前にも短時間しか水中に潜れないにも係わらず流氷の下に潜み船舶を襲撃した事もあった。
「艦長、頭上の氷の厚さが薄くなってきました、現在1~2メートルくらいです。」
どうやら奥の方はそれ程流氷が無い様だった。
「速力を4ノットまで落しましょう、警戒を厳重に・・・此処はもう奴の縄張りですから。」
「了解です、メインモーターの出力を1/4へ。」
機関・ダメコンの担当乗員が答えると、速度表示の数値が下がって行く。
「水深が浅いな、こんな大型艦で大丈夫か?」
今まで口を挟んでこなかった田所博士が聞いてくる。
「そうりゅうではあれば問題ありません、まあ簪様の操艦技術があればこそですが。」
クロエが我がことの様に自慢して答えてくるので簪は反応に困ってしまう。
「守護天使は伊達ではないと言う訳だ。」
「はい田所博士。」
何でそんな風に納得しあえるのか、この2人結構気が合っている様だと簪。
「そんなの当たり前だよクロエさん、簪が居れば大抵の事は大丈夫だし、ね皆?」
「「「はい。」」」
シャルの言葉に3人の乗員達も声を揃えて返事をしてくる。
大きすぎる信頼感に簪は頭が痛くなってくるのだった。
「ソナー依然感無し。」
センサー担当乗員の報告に簪は眉を顰める、何か変だと言う予感を感じたからだ。
「居ないって事は無いんだよね。」
シャルも違和感を感じたのか呟く。
かなり奥まで来ている筈なのに、反応が無い事が簪達を不安にさせていた。
「と言う事はやつは何処かに雲隠れしたのかそれとも・・・」
田所博士が共用ディスプレイに表示されている海図を見ながら呟く。
「雲隠れ・・・まさか?」
「艦長!後方で流氷の破壊音が・・・」
簪の言葉にセンサー担当乗員の声が重なる。
「くっ!、メインモーター出力全開。」
「メインモーター出力全開!」
センサー担当乗員の声に簪が指示を出し、機関・ダメコンの担当乗員が復唱する。
艦長席に据え付けられたディスプレイ上の出力レベルが急速に上昇し艦体が揺れる。
その時だった、激しい衝撃音がセンサーを通さず発令所の乗員達に聞こえる、と言うより身体で感じられる。
「艦長、頭上から氷が多数落下してきます!」
そうりゅうの頭上から氷の塊が迫って来る、簪は艦体の進路を変え何とか逃げ切ろうと操艦するが。
「駄目です・・・逃げ切れません!」
センサー担当乗員の悲痛な叫びに続いて、そうりゅうの艦尾側から激しい振動が伝わってくる。
「艦尾区画に浸水!該当区画の防水扉を閉鎖、排水ポンプ作動。」
機関・ダメコンの担当乗員がディスプレイの表示を報告しつつ対応を行なう。
「・・・落下の方は?」
「止まりました。」
簪の問いにセンサー担当乗員が素早く答える。
「艦尾以外に浸水は?」
「ありません艦長、航行及び戦闘に支障無し。」
続いて問い掛ける簪に機関・ダメコンの担当乗員も間を居れず答える。
「了解です、ここから後退します・・・揺れますので皆注意して下さい。」
進路を変え簪はそうりゅうを海域から離脱させる、急激な変更に彼女が言った通り艦体が激しく揺れる。
海流の外へ一旦そうりゅうを離脱させると、再び進路を奥の海域に向ける簪。
「メインモーター停止、マルチセンサーポスト作動。」
そうりゅうの深度を上げながら簪は指示する。
やがて共用ディスプレイが流氷の続く景色を映し出すとシャルが深い溜息を付きつつ簪に問い掛ける。
「つまりあの巨大シーサーペントは・・・僕達が海域の奥に入って行くのを待ち構えていた訳だ。」
うんざりした表情を浮かべ簪は答える。
「はい、こちらがノコノコと入って行くのをね・・・」
「そして頭上の流氷を破壊し私達にぶつける様なまねをした・・・狡猾すぎますね。」
クロエが簪の言葉の続きを言う、普段感情をはっきり表す事の無い彼女にしては珍しく不愉快そうに。
「・・・言葉が無いな、聞いていた以上じゃないか。」
肩を竦め田所博士は呟く、こちらも普段は泰然している彼にしては深刻そうに。
「これがシーサーペントです、狩りに関しては人間以上ですから。」
田所博士は簪の言葉に深く頷く。
「シャルロット・デュノアのレポート通りな訳だ・・・中央海の連中がこれを知れば真っ青になるだろうな、まあ信じないだろうが。」
知能は人間以下、しょせん獣すぎない、大半の連中はそう考えているからだ。
「俺達はとんでもない奴を相手にしている訳だ・・・これでもあんたは戦うのか?}
簪は田所博士の問い掛けに肩を竦めてきっぱりと答える。
「言った筈です・・・私は諦めが悪いと、絶望的な戦いであっても自分の出来る事をするだけですよ。」
その言葉に周りの者達は頷き、その顔に絶望の色は無い、ふと田所博士はこれこそ天使と呼ばれる所以ではないかと思った、綺麗ごとを並べた言葉でなく、その姿で人々を鼓舞し戦わせる。
もちろんこの天使は自ら戦う事もいとわないのだが。
「やはり天使だなあんたは・・・この俺だって希望を持てそうだ。」
「・・・それは光栄ですね、私として恥かしいのですが。」
田所博士の言葉に簪は顔を赤くしつつ答える、こう言う所は歳相応だなと彼は意地の悪い笑みを浮かべる。
「艦長、レーダーに反応有り、前方より急速に接近中、巨大シーサーペントです。」
センサー担当乗員が複合ディスプレイを見ながら報告する。
全員の目が外部映像が縮小されレーダー情報が表示された共用ディスプレイに集る。
「せっかくの罠をかわされて頭にきたか・・・こう言う所は獣なんだが、迎え撃つのか艦長?」
レーダー情報で巨大シーサーペントが一直線にこちらに向かって来るのを見て田所博士が聞く。
「こちらとしても罠の礼をしないといけません、ただ魚雷は使えませんから・・・」
普段の簪に比べればかなり過激な事を言うと攻撃方法を考え始める。
「・・・噴進弾を使用します、発射準備を急いで下さい。」
「こちら発令所、魚雷・艦載火器管制室へ噴進弾の発射準備開始して下さい。」
『魚雷・艦載火器管制室、噴進弾の発射準備開始します。』
簪の指示に火器管制担当の乗員が管制室へ準備開始を連絡する。
「浮上します、メインタンクブロー。」
高圧空気がメインタンクに吹き込まれ、そうりゅうは小さな流氷の漂う海面に浮上する。
「格納庫の水密扉開け、噴進弾発射体制へ。」
そうりゅうが浮上すると火器管制担当乗員の指示が管制室に飛ぶ。
開かれた格納庫の中から噴進弾が引き出され、発射用レールに設置される。
『発射準備完了。』
「艦長、発射準備完了です。」
管制室からの報告を聞いて火器管制担当の娘が振向いて手を上げ報告してくる。
「噴進弾の照準を合わせます、方位を下さい。」
簪は準備完了の報告に頷くと、火器管制担当の娘に指示をする。
「了解、方位左へ20。」
火器管制担当の指示に簪はそうりゅうの艦首を目標に向けさせる。
「左20、目標へ軸線良し。」
艦長席のディスプレイを確認し簪が言う。
「目標、距離5千、突っ込んで来ます!」
センサー担当乗員の娘が複合ディスプレイから顔を上げて叫ぶ様に報告して来る。
「噴進弾発射!!」
照準を再度確認している時間は無かった、簪は束を信じ発射を命じる。
衝撃音と噴煙を残し噴進弾は発射用レールを走り空中に放り出されると、一直線に飛んで行く。
前に噴進弾の攻撃を受けた事のある巨大シーサーペントは慌てて進路を変え海中へ逃れ様とする。
「巨大シーサーペントが海中へ逃れます!」
共用ディスプレイ上に海中へ潜り込もうとする巨大シーサーペントの姿が映る。
そして次の瞬間、激しい閃光と水柱が立ち、その衝撃でそうりゅうが揺さぶられる。
やがてそれらが消えると爆発で粉々になった流氷の浮かぶ海面だけが残る。
「巨大シーサーペントは?」
「ソナー・・・海中のかく乱が酷く感度低下の為確認出来ず。」
簪の問いにキーボードを操作しながら複合ディスプレイを見てセンサー担当乗員の娘が報告する。
「簪様あれを・・・」
クロエが冷静な声で共用ディスプレイを指し示す。
そこにはふらふらになりながらも海域の奥へ去って行く巨大シーサーペントが居た。
「あれでも生き残るか・・・本当に化け物だなあいつは。」
その光景を見ながら田所博士は呟く、それは簪を始めとした発令所に居る者達の思いでもあった。
「帰りましょう・・・これ以上の長居は無用ですから。」
それに異義を唱える者は居なかった、そうりゅうは進路を変えると海域の外へ向かった。
海域の外に出たそうりゅうは一旦浮上する。
そして操艦をまた他の乗員に任せ簪は指令塔上に出てきた。
今回は田所博士だけでなくシャルとクロエも居た。
「収穫はありましたか博士?」
シャルが海域の奥を黙って見つめる田所博士に聞いてくる。
「・・・そうだな思ったより有ったぞ、巨大シーサーペントの事だけでなく色々とな。」
そう言って笑みを浮かべながら簪達を見る博士だった、
「その言い方では何かある様ですね私達に・・・」
博士の意味ありげな笑みにクロエが聞く。
「確かにシーサーペントに関しては得る物が多かったよ、まあそれ以上に天使様一行の方が興味深かったがな。」
「シーサーペントより私達がですか?」
双眼鏡で海域の奥の方を見ていた簪がそのままの体勢で聞いて来る。
「ああ、特に天使様についてだな、こんな世界でもあんたみたいなのが居るなら俺でも少しは希望が持てるんじゃないかとな、くくく不思議な気分だよ。」
その博士の言葉に簪は双眼鏡を下ろし溜息を付く。
「それは喜ぶべきなんでしょうか・・・シャル、クロエさん笑わないで下さい。」
簪の言葉にシャルとクロエも博士の様な意味深な笑みで見つめて来る。
「仕方が無いさ更識艦長・・・それがあんたの定めさ、まあ精々頑張ってくれ守護天使様。」
博士の多分にからかいの含まれた激励に簪は憮然とした表情を浮かべ、シャルとクロエの意味深な笑みを深くするのだった。
そのままそうりゅうは何事も無く港に帰還し、田所博士は中央海に戻って行った。
その後の話だが・・・
中央海に戻った田所博士は大胆な見解を発表し話題になったと簪はシャルから聞かされた。
『狩られているのはシーサーペントでなく人間ではないのか?』
学会やマスコミなどからは例の如く叩かれているとシャルは苦笑しながら話してくれたのだった。
だが博士の見解は、簪達最前線で戦っている立場から言えば理解出来る話だ。
しょせん机上でしか論議出来ない学会やマスコミの連中には永遠に理解出来やしないと簪は思う。
そしてある事に気が付く、田所博士も戦っているのだと、簪達と違い武器ではなく知識で・・・
また会ってみるのも良いのかもしれない、当人は迷惑そうな顔をしそうだが。