黒兎と灰の鬼神 作:こげ茶
真剣での仕合は当然ながら一撃必殺である。
異能の力やら鎧やらがある場合は傍から見て互いの攻撃が直撃しているように見えたりもするが、あくまで受け流したり躱したりしているので実際に直撃して無事な人間はほぼ皆無だろう。そのため達人同士の戦いでは自然と長い読み合いから一瞬で決着がつく――――少なくとも、アルゼイドやヴァンダールのような剛の剣同士の戦いではそれが顕著である。
直撃すれば鎧ごと叩き切る剛剣。
故に闇雲に振り回してもそれなりにはなる。が、<光の剣匠>ヴィクター・S・アルゼイド曰く剣を振るうのは『己の魂と意思』であるという。
これはある意味精神論だが――――その実、剣を振るう上で精神は切り離せない。
例えば、八葉一刀流の修業で瞑想や滝行が組み込まれているように精神を重視する流派は多い。それは達人ともなれば目線や僅かな筋肉の動き、あるいは気配からも相手の動きを見切るのだが、繊細な技術を発揮するためには精神力が必要になるのである。
一步間違えば命はない極限の状況下での揺るぎない精神こそが剣と剣の戦いにおいて勝敗を決するもの。“闘気”によって発動する戦技(クラフト)もまたそうした精神力によって支えられるものであり、時として揺るぎない精神は技術を覆しうる。
―――――そして、二人の達人の構えはいっそ正反対と言っていいほどに対照的であった。
黄金の闘気を溢れさせ、長大な大剣を正眼に近い構えで持つオーレリア。
“鬼の力”を解放しているにも関わらず、不気味なほど静かに闘気を纏って刀を下段に構えるリィン。
(八葉一刀流――――生憎とこれまで“剣聖”と呼ばれるほどの者とは手合わせをする機会に恵まれなかったが、なるほど。東方剣術の集大成というのは伊達ではないようだ)
リィンの闘気は徐々に穏やかになっていき、遂には凪いだ湖面のように静まって髪の色が元の黒色に戻る。そして―――“目を瞑った”。
(受け身の剣か? いや、これは――――)
挨拶代わりにオーレリアが軽く剣を振るい、闘気が黄金の衝撃波となってリィンに襲いかかる。が、それを分かっていたかのように“全くの同時”にリィンが一步横に動き、振り上げた刀で衝撃波を受け流す。
「七の太刀――――奥義、無想覇斬」
「なに――――」
瞬間、リィンの姿がかき消えた。
オーレリアが反射的に振るった剣が刀を受け止めて火花を散らす。懐に飛び込んだリィンが放つ追撃を間一髪で躱し、大剣を薙ぐように振るうことで距離を取ろうとする。
(まさか、完全に技の“起こり”が見えぬとは)
リィンが急に消えたように見えたのは“無拍子”と呼ばれる技と二の型の足運びの複合なのだが――――原因は目線も、殺気も、あらゆる予兆が無い状態からそれらが放たれたことである。当然、達人が行う気配察知も通じない。
それは“異能”により剣技を然程重視しておらず、どちらかというと本能的に剣を振るうマクバーンには通じないものの、剣の達人であるほどに異質に感じるであろう気配を読ませぬ太刀。
それこそが“無”の太刀――――すなわち、無我の境地に至ることで誰よりも疾く動き。そしてそれと同時に本質を捉える心眼を養うことで実現する、無想にして無双の太刀。
――――それらのことにおよその見当をつけたオーレリアの口角が釣り上がる。
「(東洋の剣士は時として仙人が如き境地に至ると聞いてはいたが)――――――面白い。ならばこの技、受けてみるか――――!」
武神功――――爆発的にオーレリアの闘気が膨れ上がり、身体能力が跳ね上がる。
空間ごと真っ二つに斬り裂くのではとさえ思わせる大陸でも屈指の豪剣が振るわれ、しかしその一撃は刀に触れるとリィンを避けるかのように素通りしていく。その太刀こそは“螺旋”――――円の動きが力を受け止めるのではなく受け流す業。
まるで剣が自然と避けていくかのような不可思議な感触にしかし、オーレリアは地面に剣の闘気を叩きつける荒業で応じる。
「――――四耀剣!」
四色の輝きが爆発し、それすらもリィンは無傷で躱すものの距離が開く。
その瞬間、最大まで闘気を高めたオーレリアが巨大な衝撃波を飛ばしつつリィンに向けて突貫する。
「王技―――剣乱舞踏!」
通常であればすれ違いざまに一撃加えてから跳び上がるところを、念には念を入れて省略。巨大な衝撃波とほぼ同時に、大地から無数の武器がリィンを串刺しにせんと襲いかかる――――。
螺旋の動きだろうと受け流しきれない密度の攻撃を、察知できない動きでも避けきれない範囲に放つ。豪快な力技でありながら繊細に制御されたオーレリアの渾身の戦技。
その中から、無傷の鳳凰が飛び立つ。
「――――奥義、鳳凰烈破」
およそ防ぐには撃たせないことくらいしかないはずの奥義を、平然と打ち破る。
あるいは師をも上回るかもしれない相手に、オーレリアは大笑する。
「く、ハハハハ! ならばこちらも奥義で応えよう――――」
一直線に迫る鳳凰に、オーレリアが光の剣を掲げる。
それこそはアルゼイドが奥義。
「奥義―――――洸凰剣!」
“螺旋”で受け流すリィンに対して、真っ向から打ち破らんと放たれる一撃。剣乱舞踏よりも一撃の威力では上回る洸凰剣に、流石に受け流しきれなかったのか互いに大きく弾かれて体勢を崩す。
が、それに構わず互いに闘気を剣と太刀に集める。
互いに同じ技が通じるような甘い相手ではないと分かっているが故に、放つのは異なる奥義。
それは、黄金の羅刹が極めたもう一つの流派。ヴァンダールの剣。
それは、数多の戦いの果てに至った境地。あらゆる雑念を排した無我の境地で放つ無想の太刀。
「我が全力を以って無双の一撃を成す―――――奥義・破邪顕正!」
「無念無想、我が太刀は“閃”――――終ノ太刀・暁」
強烈な爆発を起こすオーレリアの剣でリィンが真っ二つになり――――そのまま幻のようにかき消える。そして、その剣を紙一重で躱したリィンが、オーレリアの喉元に太刀を突きつけた。
「まさか、あの一瞬で分け身を放つとは」
「正直ギリギリでしたが」
互いに得物を収めると、今更ながらに冷や汗が出てきたリィンである。
実際のところ分校長とこれまでに戦った時には手加減されていたというか、ヴァンダールとアルゼイドの奥義は使っていなかったので何か拘りでもあったのかもしれない。
……ラウラの洸凰剣を見慣れていなければ鳳凰烈破ごと吹き飛ばされそうだったし、剣乱舞踏もああいう技だと知っていなければ対処が間に合うかは危ういところだった。おまけに最後の方はかなり受け流しにくい攻撃をしてきていたりと流石は黄金の羅刹というべきか。
「よくぞその歳でそれほどまでに練り上げた。そなたの師に会ってみたいものだ」
「……恐縮です」
どうしてか負けたオーレリアの方が満足げ、勝ったリィンのほうが疲れていたのは完全に余談であったが。何にせよ約束は約束。上機嫌なオーレリアは兵への指示をウォレス将軍に押し付けるとリィンとラウラを連れて専用の飛行艇で一路オルディスへ向かうのだった。
「しかし、私も八葉一刀流を習ってみたいものだな」
「…………えーと、ユン老師は自由な方でして。何処に居るのかはちょっと」
この人が八葉一刀流を極めたらどんな恐ろしいことになるのか、考えるだけで顔が引き攣ったリィンであった。
―――――――――――――――――――――――――
「――――まあ、いらっしゃいませルグィン伯爵様。そちらの方々はどちら様でしょうか?」
で、オルディスにあるイーグレット伯の屋敷でどういうわけかメイド服を着たミント色の髪の少女に出迎えられた。どう見てもミュゼ……もといミルディーヌだった。二年前なので若干幼いことに違和感はあるが、完全にこちらを騙すつもりである。思わず頭を抱えたくなったリィンだが、いつもからかわれる側だったので若干の悪戯心が芽生えた。
「いつもエリゼが世話になっているみたいですね」
「ぇ……―――――うふふふ、どちらかというと私がお世話されているんですけど」
ほとんど見たことのないミュゼの唖然とした顔に思わず笑ってしまい。ミュゼも笑顔になる。――――どちらかというと笑われて悔しかったのか黒い笑みだが。
「では、ミュゼとでもお呼び下さい。どうぞ、こちらへ」
「ああ、その方が助かる――――って、どうしたラウラ?」
「ああいや。そなた、もう少し私にも説明しておくべきではないか?」
メイドが出てきたと思ったら
ちなみにその後ろで分校長が(まだ分校長じゃないが)腹を抱えて笑っているのは見ないことにする。
ドッキリが失敗して拗ねたミュゼにイーグレット伯が面白いものを見る目で見てきたり、紅茶とお菓子をご馳走になりつつ話は進む。
「―――――なるほど、その煌魔城で決着を着けたいと」
「ああ。今回は結社と<地精>が対立しているが、今後は下手をするとそれらが手を組んで世界を滅ぼしかねない。だが――――」
「呪いが厄介なので、万全の体制で攻略したいと。そうですわね、私は呪いがどの程度のものかは存じませんが――――オーレリア将軍なら大丈夫かと」
「まあ、分……将軍で無理なら誰も無理だろうな」
一応伯爵家の当主なので、優雅にソファに座る分校長だがそのオーラは健在である。ちょっとこの人が呪いに操られるのは想像がつかない。この人で無理ならもう後はそれこそユン老師くらいしかいないだろう。
「ふむ、過分な評価痛み入る――――が、先程そなたに敗れたのだがな」
「もう一度やれば負けないという顔をしている気がするんですが……」
「ふっ、無論だ。だがそなたも負ける気はあるまい?」
「……それもそうですね」
一端の剣士たるもの、常に勝つつもりで戦いに望む。
特に命懸けでない仕合ならば勝つつもりでベストを尽くすものである。
しかし割と“螺旋”を見切り始めているオーレリア将軍とは戦いたくないような気もするリィンであった。
「だが、私であっても“呪い”などというものは斬れぬが」
「<西風>に<火焔魔人>、<怪盗B>に<鉄機隊筆頭>、そして<深淵の魔女>たち結社のメンバーに、<翡翠の城将>、<鉄血宰相>、<黒のアルベリヒ>、場合によっては<鉄血の子供達>や古の<紅き終焉の魔王>まで加わるので、はっきり言って人手が足りない状況でして……」
「……なかなか壮観だな」
めちゃくちゃ楽しみそうな顔の分校長と対照的に、若干真剣な顔になったミュゼはリィンに言った。
「では、こちらの戦力は?」
「……そうだな、恐らくオリヴァルト殿下にギルドの<零駆動>のトヴァルさん、アルゼイド子爵にラインフォルトのメイドのシャロンさん、クレア大尉にサラ教官、あと<
このうちシャロンさんとクレア大尉は場合により敵側になってしまうので、ハッキリ言って戦力不足である。しかし今思えばデュバリィみたいに特に考えてなさそうな面子を除くと、以前はやはり最後まで来てほしかったように思える。
「正直、分の悪い賭けになりそうですね」
「ああ。ただ、場合によっては結社と一時的に協力……とまでは行かなくても、休戦くらいはできると思う」
「うーん、困りましたね。流石に私も将軍を持っていかれてしまうのは……あ、それではリィンさんにこちらに来て頂くとか?」
「しません」
「――――うーん、でも私の護衛ということで簡単かつ安全にカイエン公の懐に潜り込めると思うんですけれど」
「いや、内戦後に大変なことになるだろう」
「残念、夏至祭のパートナーが欲しかったんですけれど……」
「…………はあ」
やっぱり厄介事というか、からかうネタを探していたらしい。
アルフィン殿下のダンスパートナーとか、エリゼが変な男と踊らないかとか、リィンにとって割とダンスパーティーは鬼門だった。
「むむむ、冗談ではないのですけれど………では、失敗したらリィンさんにも私の指揮下に入って頂くというのは?」
「……まあ、オーレリア将軍と同じくらい自由でいいなら」
と、めちゃくちゃ自由そうな将軍を二人で見る。
一人で優雅にティーカップを傾けつつ、何故かラウラをからかっているようだった。
「…………………むぅ。仕方ないですね、そういたしましょう」
「ありがとう、助かるよ。……それと、今回の話とは別に何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ。できる限り力になる」
「…まあ、素敵ですね。では是非私とアストライアでデートを……」
「それは俺が困ることだよな…?」
さすがにあの空気の中でデートなんかしたら胃が痛くなる。
そんなこんなでとりあえず一旦帰ろうとリィンがお暇しようとすると、何故かオーレリア将軍とミュゼも席を立った。
「……えーと、将軍? ミュゼ? そろそろお暇しようかと」
「なに、もうウォレスに全て任せて来たのでな。オーレリア・ルグィン、卒業生としてトールズ士官学院に協力させて頂く」
「わたくし、リィンさんに一目惚れしてしまいまして♥」
この後、見知らぬ女性たちを連れ立ってヴァリマールの精霊の道で帰ってきたリィンは女性陣に白い目で見られつつ驚かされた仕返しをする気満々のミュゼの攻勢を受けることになる。
土曜日まで忙しくなったので、次回更新は少し遅れるかもしれません。
GWが後半4日しか休めないって一体…。
最初に一撃必殺とか言っておきつつ奥義を三回連打していくスタイル。駄目だこの作者何も考えてない。
ちなみに精神力=CPみたいな感じということにしてます。