黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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大変長らく(4ヶ月半)お待たせいたしました。

他の方の作品更新の間や閃Ⅳ発売までの暇つぶしにでもどうぞ。


その21:帝都決戦、開始

 

 

 

 いつかの、夢を見た。

 

 

 

『――――だったらあの人の胸倉を掴んででも 違うだろう、そうじゃないよって分からせる! それがあたし達にしかできない「役目」なんじゃないんですか!?』

 

『貴方に教わってきた全てをそこに込めて、お返しします!』

 

『“終わっちまった”ヤツ相手に、ウダウダ足踏みしてる場合かよ!?』

 

 

 

 終わってしまった。それは、誰のことだろうか。

 世界の破滅の引き金を引いた自分だろうか、もう戻れない場所へ向かおうとしている肉親だろうか。それとも――――。

 

 

 

『――――――――リィンさん』

 

 

 

 

 心を、仲間を、笑顔を育んでいた少女のことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微睡みの中で、虫でも払うように腕を振るう。

 

 そのまま目を覚ますと、視界の端で“目”のような小型の端末――――“地精”の使う小型機器が真っ二つになっているのが見えた。

 

 八の型の一つ、己の手刀を刃として斬撃を放つ技。

 これならば斬鉄くらいは容易い。ユン老師だと素手で刀を刃ごと真っ二つにするとかいう意味不明なことをするのだが。

 

 

 

 なんにせよ“前”のときも気づかなかっただけでこうして監視されていた可能性を考えると、妙に都合の良い、ギリギリ対処できるタイミングで次々と事件が起きていたのも納得できる。

 しかし、ここで迂闊にも近づいてきたのは計画が狂っているのを感じ取っているからかもしれない。やはり警戒しておく必要がありそうだった。

 

 もちろん、こういうことも想定していたから寝る時までアルティナを護衛しているのだが。

 

 

 

 

「…………」

「………なんというか、本当に寝付きはいいな」

 

 

 

 ほぼまっすぐ、寝たときからほぼ動いていない(正確には、動いてもぴったり元の位置に戻っているのだが)アルティナは、例の特務服――――ではなく普通の寝巻きで、襲撃があったとも知らずにぐっすり眠っていた。微妙にうなされていたので手を伸ばすと、同じく護衛なのだろうクラウ=ソラスが瞬時に姿を表す。

 

 

 が。なんとなく、その頭部が責めるような目をしている気がした。

 ……考えれば、クラウ=ソラスとアルティナのリンクを斬って倉庫に放り込んだりしていたのでこうして至近距離でクラウ=ソラスを見るのは随分と久しぶりなのだが。

 

 

 

 

「………いや、危害を加えたりするわけじゃないからな」

 

 

 

 言い訳がましく言ってみると、それが通じているのかいないのか。クラウ=ソラスはアルティナを守るように、包み込むようにその腕を伸ばし――――。最初から起きていたかのように、アルティナはジト目を向けてきた。

 

 

 

 

「寝込みの相手に手を出すのはどうかと。………まあ、リィン教官が不埒なことは周知の事実ですが」

 

「………アルティナ?」

 

 

 

 

 起きていたのか、と言おうとして止めた。

 それは“彼女”が真剣な顔をしていたからかもしれないし、ただの直感だったかもしれない。ただ、そんなリィンにアルティナはどこか穏やかな表情で言った。

 

 

 

 

 

 

「リィン教官―――――明日の戦い、私が“剣”になります」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 帝国西部における突然の戦闘の沈静化。

 帝都決戦のためとされてはいたものの、小競り合いすらほとんど無くなるほどの急激な情勢の変化は、正規軍にとどまらず多くの人物に疑問を抱かせていた。果たして“黄金の羅刹”は帝都のために自らの周囲、本拠地を疎かにするような人物であろうか、と。

 

 そんな中の一人が、西部での激戦を憂慮して人道支援を行っていたオリヴァルト殿下であろう。

 

 

 

 

『――――いや、一体どういうことかと思ってはいたけれど……まさかそんなところに答えがあるとはね。流石はリィン君。我が妹の御眼鏡にかなっただけのことはある』

 

「私と致してましても皇女殿下がお望みとあらば従わぬ理由もありませんが、彼が示したものがあってこそのめぐり合わせではあるかと」

 

 

 

 カレイジャスのブリッジに設置された通信モニター。そこに表示されるオリヴァルト殿下の顔はどこか楽しげな笑みを浮かべていて。それに相対する貴族連合軍総司令であるオーレリア将軍も合わせて、どこか底知れない二人が笑顔で向かい合っていた。

 

 どちらかというと探りを入れたいオリヴァルト殿下と、のらりくらりとそれを躱すオーレリアという状況だったが、どちらにしてもリィンに意味深な流し目をくれたりしてリィンは若干胃が痛くなった。色々と世話になった関係もあって、この人達には未だに頭が上がらないのである。

 

 

 

 

 

『とにかく、帝都側の異変だろうと判断して急行していたからね。思っていたよりも早く到着することができるだろう』

「こちらも、ある程度の根回しをする時間はあったのでそちらも期待していただければ」

 

 

 

 と、普段はおちゃらけていたり超然としている二人が真剣に話をしていることで、ブリッジにいた生徒たちの空気もどこか引き締まったものに変わる。そんな中でも特に平然としているのが既に二度目だったり、こういう事態に慣れているリィンとアルティナだったりするのだが。

 

 

 

 

『というかリィン君、どうやってそこのルグィン伯爵殿と知り合ったんだい? 特別実習では特に機会は無かったと思うんだが……』

「アルゼイド子爵閣下に紹介状を頂きまして、一介の剣士として一騎打ちをお願いしました」

 

 

 

『………盲点というかなんというか、確かに受けそうではあるけれども』

 

 

 

 

 受けそうではある。そんなふうに力を求めて動き続けたが故の“羅刹”という呼び名である。勝てばそれなりに譲歩が引き出せるだろうことは想像に難くない。

 

 しかし流石に立場的にアルゼイド子爵が出向くわけにはいかないので、帝国軍ではなく、できれば貴族の方が良く(平民が貴族連合総司令に突撃するのは問題がありそうなため)、そもそも黄金の羅刹に勝つことのできる、正規軍に好意的な剣士――――そんな都合の良すぎる人材は本来存在しなかった。未来から来た剣聖という特大の爆弾が此処にはいるのだが。

 

 驚くというよりは呆れたようなオリヴァルト殿下に、その時の戦いを思い出したのか獰猛な笑みを浮かべたオーレリアが言う。

 

 

 

「これでも剣士の端くれ、挑戦は断りませぬので。――――無論、そう安々と破れるつもりもありませんが」

 

 

 

 次は負けない、むしろ戦いを挑ませろと雄弁に語るオーレリアであった。あとおまけにリィンに意味深な笑みまでくれたりする。

 

 

 

『リィン君、もう手遅れだとは思うけれどもあまり無茶はしないように。いやー、罪な男だね全く』

「勘弁してください…」

 

 

 

 と、周囲の女性陣からの冷たい、あるいはどこか悔しげだったり悲しげな視線の集中砲火に晒されるリィンを見たオリヴァルト殿下の感想に項垂れるリィンだが、底知れない笑みを浮かべたオーレリアまで爆弾を放り込む。

 

 

 

「――――ふむ、そなたが良ければルグィン伯爵家を継いでくれても構わぬのだがな」

「ええっ!?」

「いつの間に……」

「というかそれって」

 

 

 

 プロポーズと取れる、というか完全にプロポーズだが。本気なのかそうでもないのか判断のつかないオーレリアの笑みに、リィンに更なる疑惑の視線が突き刺さる。つまりは、『またか』ということなのだが。疑惑程度で済むあたりに日頃の行いが出ている。

 

 ミュゼが居たら更にここから混迷を極めそうなものの、一応まだ明かす時期ではないということで内密に殿下に相談する程度に留めているので不在だった。

 

 でもやっぱり女性陣の視線が痛い。男性陣は同情するような視線なのが幸いだろうか…。

 

 

 

「いや、本当に勘弁してください……」

「やはり、いつも通り不埒(リィンさん)ですね」

 

 

 

 と、話が不穏ならぬ不埒な方向に向かっているにも関わらず妙に落ち着いた雰囲気のアルティナに周囲が疑問を抱くより早く、ミリアムが大きな声を上げた。

 

 

 

「って、あーっ! アーちゃんリィンと手を繋いでる!? ボクもボクも!」

 

 

「………リィン?」

「いや、あのなアリサ……」

 

 

 

 別に気にしていなさそうなラウラとフィー、微笑ましげなエマはともかくとして、アリサにトワ会長、そしてミリアムの視線が痛い。何食わぬ顔で手を握ってこられた場合、リィンの性格的に振り払えるはずもない(ただしミュゼは除く)のだが残念ながらその辺りは考慮されなかった。

 

 判決はギルティ。とりあえずリィンが悪い、という一点においてⅦ組女子の連携は戦術リンクが不要なレベルである。まあ見た目お子様なアルティナがなにかしていても本気で怒るような人間はいないのだが、それはそれとしてリィンは冷たい視線を浴びた。

 

 

 

 

「――――わたしはリィンさんのパートナーなので、此処が定位置です」

「むむむ。ならボクも――――」

 

 

 

 すまし顔で、ミリアムに奪われるのを阻止するかのようにリィンの腕に抱きつくアルティナ。ならばと反対側に回り込もうとするミリアムだが、そこには既に黒い傀儡が鎮座していた。

 

 

 

「クラウ=ソラスも手をつなぎたそうだったので」

 

 

 

 いや、どういう理屈だ。

 割と皆がそう思ったが、見た目が完全に保護者と子どもだったので周囲からはむしろ微笑ましい視線を向けられ、微妙にもやっとした気分を味わったアルティナだった。

 

 

 

 

「むぅ~~……。じゃあユーシス、ボクたちも合体!」

 

「ええい、近寄るな! というかこんなところで戦術殻(アガートラム)を出すな!」

 

 

 

 アガートラムとミリアムに挟み撃ちにされ、華麗なというよりは手慣れた動きで躱すユーシス。日々の苦労が偲ばれる。と、アルティナとクラウ=ソラスに挟まれたリィンは何故か不満げなアルティナに苦笑しつつも言った。

 

 

 

「とりあえず、クラウ=ソラスはしまってくれ……」

「了解です――――え?」

 

 

 

 クラウ=ソラスが、いつもの不思議な言語で何事か言うと、アルティナが驚いたように目を見開く。そのまますぐにクラウ=ソラスの姿は見えなくなったが、アルティナは何か考え込むように虚空を見詰めていた。そんなアルティナの様子を心配そうに窺うリィンだが、一応静かにはなったのでオリヴァルト殿下が再び口を開いた。

 

 

 

 

『ふむ……? とにかく、改めて確認させてもらうが君たちトールズに頼みたいのはカレル離宮の解放になる。情けない限りだが、我々では手が足りなくてね。幸いにも、リィン君のおかげで状況はそう悪くはない』

 

「総参謀が直接指揮している部隊はともかく、西側の主力と東の一部部隊は誘い込む形を見せつつ機を見て退くように指示してある。戦わずにとは行くまいが、正規軍が決戦に間に合わぬということはあるまい」

 

 

 

 

 さも引き込んでの決戦をしようとしているように見せかけつつ、実際は何もないという正規軍の心臓にもカイエン公たちの心臓にも悪そうな作戦であった。そんな滅茶苦茶な指示が通るあたり、オーレリアの指導力が半端ではないのだが。

 サラッととんでもないことをしているオーレリアに、流石の放蕩皇子も表情が引き締まる。

 

 

 

『我々にすれば有り難い申し出だが――――いいのかい?』

「“あの方”の望みでもありますれば。それに――――“全てに決着をつける”と聞けば気になるのが人情ではないかと」

 

 

 

 

 人情というより、貴女の場合は剣士の本能なのでは。と割と多くの人物が思ったが。“決着”と聞けば気になるのは道理だった。

 

 

 未だに、リィンから細かい事情の説明はされていない――――。

 まあ、オリヴァルト殿下やミュゼのような所謂“指し手”達には察するところや感じるものがあり、また独自に動いているのだが。それでもこのカレイジャスに集った仲間たちは、リィンがなにか企んでいることを知りつつも、それを問いただしはしていない。

 

 

 

 それは端的に言って異常な状態だったが、主にどっかの太った青年などから<黒の工房>に情報が漏れないようにするための処置でもあった。そしてそうした事情も話さず、ただ“前回”と同じように士官学院の解放を目指して戦い。今度は皇帝陛下が幽閉されているカレル離宮の解放とだけ説明されている。

 

 

 

 

 ただ、リィンの有り得ない強さや貴族連合総司令がいつの間にか仲間になっている状況は異常事態を察するには十分に過ぎる。

 それでも仲間の誰一人として不満は抱いても不審は抱いてないのが、リィンが積み上げてきたもので。きっと、人望と呼べるものだった。

 

 つまりリィンなら、このどうしようもなくお人好しで大切な仲間なら、悪いことなど企んでいるはずもないという信頼である(ただし、不埒関係は除く)。こんな子どもに抱きつかれて困っている人間をどう疑えというのかという話でもあるが(ただし不埒)。

 

 

 

 事情が違う。生まれた地域が違う。立場が違う。

 それらを全て越え、此処に集った。それはきっと、単なる人数や戦力では測れない何か意味があるものだと信じられた。

 

 

 

 

 

「―――――皆、聞いてくれ」

 

 

 

 

 集まる視線に、信頼に、応えるようにリィンが口を開く。

 語れることは多くはない。ジョルジュのように潜入している人間がこのカレイジャスにはいる。あるいは、怪盗Bが侵入している可能性もゼロではない。

 

 

 

「今回のことは、帝国どころか世界そのものを揺るがす大きな問題だ。はっきり言って、“この前”の学院祭が中止になるかどうかとは比べ物にならないくらいの戦いだろうと思う。何が起こるのかも予想がつかない」

 

 

 

 

 かつて世界を滅ぼしかけた“巨イナル一”と帝国の呪い。そしてその一端でしかないこの内戦でさえ多くの人が傷つき、巻き込まれている。それは、実際にリィンが大切な仲間を失うほどに激しい戦いだった。真っ直ぐに、ただひたむきに前へ――――たったそれだけのことが限りなく難しいほどに。

 

 

 

 

「だがそれでも――――俺たちのやることは変わらないはずだ。勝手にいなくなったクロウを引き摺ってでも連れ戻すこと。そして――――自分たちの成すべき“道”を見出すこと」

 

 

 

 できれば、クロウにもこの帝国全てを巻き込んだ陰謀への“復讐”が終わった後の“道”を見つけ出してほしいと、それがトワ先輩たちと、そして自分たちと交わるものであってほしいと願いつつ。

 

 

 

 

 

「―――――カレル離宮を解放し、そのまま帝国に巣食う“呪い”を払う。総員、最大の警戒を! 必ず、何が起こったとしても全員で無事に帰るぞ!」

 

「「「「了解!!!」」」」

 

 

 

 

 今度こそは、必ず守る――――。

 今こそ、その“道”を貫くだけの力と意思が備わっているのか試される時が来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 12月31日、正午。

 遂に第三、第四機甲師団が帝都に向けて進軍を開始し、対する貴族連合軍も慌てて決戦の構えを見せる。

 

 しかし、本来動くはずだった帝都西側からの増援、数はともかく戦力ならば既に一部が脱落したクロイツェン領邦軍を越えているラマール領邦軍が全く動く気配を見せていなかった。

 

 

 

 

 

「―――――これは」

 

 

 

 当然、そのことに気づかないルーファス・アルバレアではない。

 パンタグリュエルから専用の飛行艇に乗り換えて“行動”に移るはずが、出だしから躓いていた。

 

 

 

「ラマール領邦軍、動きがありません。総司令であるルグィン伯爵が特殊任務で不在であるため動けぬという旨の返答がありました」

「ウォレス将軍の指揮する部隊も後退! 陣形が崩れています!」

 

 

 

(……ふむ、アルバレア公爵を切り捨てたことで不審に思われたか? いや、カイエン公はバルフレア宮の地下で“緋”に夢中のはず―――――そうか。いや、だが何者だ……?)

 

 

 

 

 帝都決戦で戦わずに退くというのは武名を誉とする帝国貴族では、それも“黄金の羅刹”とまで畏れられるルグィン伯爵ではおよそ考えられないことである。となると、普通に考えればそんな命令をできるのはカイエン公だけであるはず。

 

 しかしカイエン公は現在通信できる場所にはおらず、それによってカイエン公の仕業ではないと考えられる。だが、そうすると他にラマール領邦軍を従わせられる理由がないということでもあった。

 

 

 一瞬、一騎打ちで羅刹を破るほどの猛者がいればと考えるがすぐに切り捨てる。

 それができるとすれば光の剣匠くらいだが、彼女は師に敗れて大人しく従うよりは奮起するタイプだろうし、そもそも光の剣匠が動けば伝わらないはずがない。

 

 つまりは、カイエン公以外に彼女を従わせられる何者かが、“指し手”がいるという推論が成り立つのだが。それを解き明かすには時間も何もかもが足りなかった。

 

 

 

 

「(このままでは目的を達成する前に押し切られるか……)やむを得まい、私が指揮を取る。全軍に伝えよ、これより我々は機甲兵による機動防御を行う」

 

「了解!」

 

 

 

 “父”のため、こんな些事など放り出して、帝都での勝負を決定づけるダメ押しという役目を担いたかったがそれ以前に正規軍が帝都になだれ込むのは避けなくてはならない。せっかく整えた“舞台”なのだ。こんなところで崩させるわけにはいかない。

 

 

 

 

「やれやれ、厄介なことをしてくれたものだ」

 

 

 

 なんといっても、そもそも貴族連合に勝たせるつもりがないため、そしてバリアハート陥落から然程の時間も経っていないために帝都周辺の陣地構築は有り合わせ、不十分の一言に尽きる。そこでオーレリア率いるラマール領邦軍の力、というより有能な指揮官がいなければ貴族連合の敗北は必至。クロイツェン領邦軍は数こそ最大だが、人材は貧弱。その指揮を十分に取れるのはオーレリアかルーファスくらいしかいないのである。

 

 もちろん、ルーファスが本気で戦えば時間を稼ぐ程度はわけもない。

 流石にここまで戦力が離れると勝つのは難しいだろうが、それすらも不可能ではないとルーファスは自身を正当に評価している。

 

 この借りは返させてもらう、そう決意して素早く機甲兵部隊に指示を出して戦力の再分配と戦術の見直しを“翡翠の城将”と呼ばれるに相応しい速度で行ったルーファスだったが、その耳にとある知らせが飛び込んできた。

 

 

 

「報告! 敵軍に二体の機甲兵が確認されたとのこと。ドラッケンとシュピーゲルのようですが……」

 

「ふむ、双龍橋にあった機体かな。“赤毛”か、あるいは“剛撃”か。誰が乗っているのかは知らないがまともに相手をする必要はない。砲撃と数で頭を抑えさせろ」

 

 

 

 機甲兵が戦場を変えた――――それは事実だ。

 宰相狙撃からの機甲兵の帝都強襲は新型戦車アハツェンすら圧倒し、正規軍に質で劣る貴族連合の圧倒的優位すら確立した。

 が、それも帝都という戦車が自由に戦えない場所だったからに過ぎない。

 

 機甲兵とはどんな場所でも自在に戦ってみせ、戦車が不利になるような場所でこそ真価を発揮する、戦略および戦術が重要な兵器なのである。たかが二機程度が突っ込んできたところで、それでは局所的な優位すらもおぼつかない。砲撃で頭を抑えてしまえば、ただの歩く砲台以下の存在でしかない。それこそ騎神でもなければ――――。

 

 

 

 

「了解! 相手をする必要はない、弾幕で頭を抑え―――――何だと!?」

「……どうした」

 

 

 

 

 疑問と、若干の苛立ちを込めて問うルーファスに飛び込んできたのは、たった二機の機甲兵に一瞬で陣地を抜かれたという有り得ない一報だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ええい、何だあの動きは!? あれは本当にシュピーゲルか!?」

 

 

 

 

 爆発音が無数に轟く。

 無数の砲撃に、戦場を我が物顔で闊歩する新型戦車。高低差を利用して戦車を狩ろうとする機甲兵。 “個の力”など意味をなさず、投じられた鉄量が勝敗を分けるはずの最新の戦に、鹵獲機のためか“灰色”に塗装されたシュピーゲルが時代錯誤の単騎駆けで砲列を抜く。

 

 無論、シュピーゲルには砲撃を防ぐリアクティブアーマーが搭載されているのはわかっている。だが、それがあっても戦場の弾丸の豪雨を突っ切るのは正気の沙汰ではなかった。

 

 しかし本当に機甲兵なのか疑わしいほど身軽に動くシュピーゲルによって、戦車の砲撃はまるで意味をなさず、次々と無力化されていく。

 

 

 

 

 

 

 なんとか侵攻を阻止しようと機甲兵二機による十字砲火がそのシュピーゲルが襲うが、半身になって一発を躱すと、もう一発を持っていたブレードで逸らして一切の減速をせずに急接近。反撃で武器と片腕を切り落とす。

 

 武器を失った機甲兵にできることなどほぼ皆無であり、次の獲物に疾風の如く襲いかかるシュピーゲルの背中を、戦鎚を持ったドラッケンが守る。互いの動きが見えているような連携に、シュピーゲルを狙った機甲兵はドラッケンの戦鎚に、ドラッケンを狙った機甲兵はシュピーゲルの放った飛ぶ斬撃によって尽く無力化されていく。

 

 

 いずれもパイロットは無事だが、此度の戦場での復帰は不可能であり。もっと言うならば生きている以上は救助のための人手を差し向ける必要があった。

 

 

 

 

『何故だ!? 機甲兵は我々の兵器のはずだ! 何故あれほど――――うわぁぁぁああっ!?』

『畜生、本当に人間か!?』

『は、疾すぎる――――』

 

 

 

 

 一個中隊を軽く戦闘不能にしたそのシュピーゲルの操縦者――――リィンは、急ごしらえで設置されたのだろう、浅い塹壕が張り巡らされた陣地を見据えて言った。

 

 

 

 

「―――――アルティナ、大丈夫か?」

『問題ありません。……クラウ=ソラスの障壁もあります。むしろ、ヴァリマールを温存しているリィンさんの方が心配です』

 

 

 

 なんだかんだ、はっきり“心配だ”とアルティナに言われたことはなかったリィンは若干目を見開いてから苦笑する。

 

 

 

「ハハ、有難う。まあ法国の時の――――…あー、これくらいならなんとかなるさ」

 

 

 

 暗にもっと激しい戦いに参加したと零したリィンに、アルティナは呆れを隠そうともせずに言った。

 

 

 

『……貴方という人は。ミリアムさんより危なっかしいのでは?』

「いや、流石にそれは無い……と思いたいな」

 

 

 

『無軌道なミリアムさんと、無節操なリィンさんならリィンさんの方が危なっかしいですし、心配です。……いえ、どっちもどっちですね』

「それを言うなら俺も無防備なアルティナが心配だから、せめてカレイジャスにいて欲しいんだが」

 

 

 

 エリゼといいアルティナといい、どうして安全な場所にいてくれないのだろうか。

 そんなことを考えたリィンに、アルティナは淡く微笑んで言った。

 

 

 

『嫌です。というより、リィンさんの傍が一番安全なのでは?』

「………頼むから、離れないでくれよ」

 

 

 

『了解です』

「よし。行くぞ、あの陣地を落とす」

 

 

 

 

 

 降り注ぐのは、視界を埋め尽くすのではというほどの圧倒的な鉄量の砲撃。

 一度機甲兵を降りれば、地を揺るがすような爆音と振動を肌で感じることができるだろう。戦場は最早人と人の戦いではなく鉄と鉄をぶつけ合うような、剣で斬り合うよりも鉄と焔で焼き尽くすような戦いになっていた。

 

 並の機甲兵であれば、すぐにリアクティブアーマーを使いすぎて防ぎきれなくなるだろう火力の集中。特に正規軍ではほぼこれしかいない2機だけの機甲兵ということもあり、狙われ具合は他の比ではない。

 

 

 しかし―――――達人が武器を選ばないように、八葉一刀流を極めし剣聖もまた、ただ刀を振り回すだけの者ではない。

 

 

 

 

「―――――麒麟功。伍の型、残月!」

 

 

 

 

 リィンから溢れ出した闘気がシュピーゲルを覆い、奮った剣が弾丸を切り落とす。更に剣を右手で持っているために空いている左手が飛んできた砲弾を包み込むようにして逸す。

 

 

 

 

「二の型――――疾風」

 

 

 

 戦場の流れを的確に読み切り、急所となる場所を見切る。

 

 そして、麒麟功で高めたスピードを最大限に活かすように戦車に接近し、剣で砲身を切断。

 

 

 

 

 

「――――螺旋撃!」

 

 

 

 

 剣を振るい、飛来したいくつもの砲弾を焔の渦で吹き飛ばす。

 そしてそれを目眩ましに、ついでに高低差を利用するようにシュピーゲルを跳躍させ、爆発させないように加減しつつ一撃で戦車を切り裂く。

 

 

 

 

「七の型、無想覇斬――――!」

 

 

 

 

 おまけとばかりに迎撃に来た機甲兵を二体ほど機能停止させ、アルティナのドラッケンを狙っている戦車に優先的に襲いかかる。

 

 剣を投げつけて砲身にぶつけ、その隙にと飛んでくる砲弾は受け流し。機甲兵は手刀で切り裂き、あるいは蹴りで吹き飛ばす。オマケに代わりの機甲兵ブレードも奪い取る。まさしくちぎっては投げ、という状況にそれほど戦意の高くない貴族連合の兵士たちは目に見えて腰が引けはじめ――――そこをこじ開けるように、正規軍の機甲部隊が突撃を始めた。

 

 

 

 

「―――――アルティナ、無理はするな」

『……すみません、助かりました』

 

 

 

 砲撃の激しさに、最早クラウ=ソラスを隠さずに障壁を張っていたアルティナだが流石に戦車の主砲をそうそう何度も防げる障壁ではない。ドラッケンは左腕が吹き飛び、胴体の装甲が一部剥がれて内部が剥き出しになっていた。

 

 

 

 

 

『ですが、この機体は限界ですね。クラウ=ソラスでの支援に回ります』

「任せた――――さあ、一気に行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 機動防御において重要な『盾』となるべき部隊。それを突破された領邦軍は第四機甲師団の攻撃を受けきれずに瓦解しつつあり―――その一方で、『紅き翼』はカレル離宮に降り立とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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