黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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その22:二正面作戦

 12:20、カレル離宮――――。

 

 

 

「近衛兵中隊、装甲車2両も確認――――」

「さすがに対応が早いねー」

 

 

 

 帝都上空を通過し、カレル離宮で軟禁されている皇帝陛下を救出するべくカレイジャスで着陸したトールズ士官学院の生徒たちを迎えたのは、ただの領邦軍とは練度の違う近衛兵たちの部隊だった。

 

 

 

「Ⅶ組A班、離宮に突入! B班はこの場を確保しつつ、状況を見ながら動きなさい!」

「「「「イエス・マム!」」」」

 

 

「状況を開始する――――!」

「行くぞ、Ⅶ組A班!」

 

 

 

 A班であるサラ教官、マキアス、ユーシス、ミリアム、フィー、ラウラが突入し、B班であるアリサ、エマ、ガイウス、エリオットが2年生たちと足止めおよびカレイジャスの防衛を担う。

 

 “重心”であるリィンこそ不在なものの、リィンやオーレリアによって特訓を積んだ上に“紫電”も加えた彼らの足取りに不安はなかった。“黄金の羅刹”レベルの相手などそうはいないのだから、少なくとも生き残ることに関しては全く問題ないと確信していたのだ。

 

 

 

 

「いたぞ……!」

「ここは通すな!」

 

 

 

 

 当然のように迎え撃ってくる近衛兵だが―――――その瞬間、味方のはずの近衛兵に後方から攻撃されてダウンした。

 

 

 

 

「………な、何事だ!?」

「ん、仲間割れ……かな」

 

 

 

 バタバタと倒れる数人の近衛兵を、他の近衛兵たちが手際よく縛って道の脇に捨てていく。そうこうしている間に特に偉そうな雰囲気の近衛兵が前に出て、サラに向けて敬礼して言った。

 

 

 

「―――――オーレリア閣下よりご指示を受けております。『オリヴァルト殿下、アルフィン殿下からのご依頼により、トールズ士官学院生を援護せよ』、と」

 

 

 

 何を隠そう、ここの近衛兵は帝都防衛のための練度が高い兵士、つまりはその多くがオーレリアの部下であるラマール領邦軍最精鋭の兵士たちであった。

 第三機甲師団、第四機甲師団の兵士たちがゼクス・ヴァンダールを、赤毛のクレイグを支持するように、彼らもまたオーレリア・ルグィンに心酔する兵士たちなのである。そんなわけで、オーレリアが皇帝のために働くのなら喜んで従う者たちだった。

 

 そんな彼らのやる気を示すように、無線でひっきりなしに『成果』が伝えられる。

 

 

 

『――――こちら第三中隊。“掃除”は完了した!』

『こちら第四中隊。Dブロックは数が多い。Cブロックから挟み撃ちにしてくれ』

『了解した。70秒待て』

『こちら第一中隊、異常なし。だが陛下がセドリック殿下の行方について――――』

 

 

 

「………なるほど、リィンがこっちに来なかった訳が分かったわ」

 

 

 

 流石にこれは想定外だったのか、サラも呆れ顔になる。

 どうやら、カレイジャスが来て混乱した隙に一気に中央から制圧していったようである。皇帝陛下が無事なようなのは嬉しいが、それはそれとして釈然としないものを感じざるを得ない。しかしその時、通信機越しに悲鳴が響いた。

 

 

 

『――――っ、なんだ…? うぉおおっ!?』

『こ、こちら第六中隊! Fブロックが謎の機械を纏った者たちに襲撃を受けている! 応援を―――』

 

 

 

 

 そういった事態の急変に対して生徒たちが落ち着いていられるのは、<Ⅶ組>の潜り抜けた修羅場の数を示しているのだろう。サラはそんな彼らを誇らしく思いつつも、共に前に出る。

 

 

「――――うーん、ボクたちの出番みたいだね?」

「何がなんだかわからないが――――」

「放って置くわけにはいくまい!」

「A班、突入! 状況を確認しつつ、カレル離宮を守るわよ!」

 

 

「「「イエス・マム!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「「「対象を確認――――障害を排除します」」」

 

 

 

 

 

 飛び交う光線、銃弾を受け付けない装甲――――戦術殻を纏った少女たち<人形兵器(ホムンクルス)>は、膨大な蓄積データから常に最適な行動を選択し、精鋭部隊すらも圧倒する。

 

 オーレリアに鍛えられたラマール領邦軍からすれば“強者”との戦いなど日常茶飯事である。なんとか食い下がるが、しかし銃弾も剣も効かない相手を足止めするのはほとんど不可能に近かった。

 

 しかも、そのホムンクルス達は数十人もの規模でカレル離宮に押し寄せていた。

 

 

 

 ここまでくれば狙いは明白――――本当に皇帝を害そうとしていると思われる不審人物たちに近衛兵たちも決死の抵抗を試み、力及ばずに突破されようとしたところで――――。

 

 

 

 

 

「―――――――ノーザンライトニング!」

 

 

「来い、シュトラール!」

「ガーちゃん!」

「行くよ、ラウラ―――」

「――――任せるがよい!」

 

「くっ、なんて数だ!」

 

 

 

 駆け抜けた<紫電>が、廊下を埋め尽くそうとしていたホムンクルス達を纏めて吹き飛ばし。白馬に乗ったユーシスが、白い戦術殻が、Ⅶ組最強のコンビが追撃をかける。更に取りこぼしをマキアスが吹き飛ばし―――――それでも、<人形兵器(ホムンクルス)>たちは何事もなかったかのように起き上がった。

 

 

 

 

「「「再起動します。排除対象を更新、危険度を再設定――――」」」

 

 

 

 

「ば、馬鹿な!? 効いていないのか―――!?」

「ううん、これは――――」

 

 

 

 事態をおおよそ察したのだろう。悲しげにホムンクルスたちを見つめるミリアムに言わせるのを避けるかのように、サラは言った。

 

 

 

 

「効いていないんじゃない―――――“わかっていない”のよ!」

 

 

 

 

 血が流れている。動きが鈍っている。

 しかし彼女たちはそれに気づいていないかのように動き続ける。

 

 “痛み”は身体への深刻なダメージを防ぐためのリミッター。

 それを『感じるように造られていない』彼女たちはミリアムやアルティナとは違う、『戦闘用ホムンクルス』と呼ぶべき存在で。それこそ人形(ヒトガタ)の“人形兵器”だった。

 

 

 

 

「―――――っ! 行くよ、ガーちゃん!」

 

 

 

 

 アガートラムが巨大なハンマーに“変身”する。

 戦術殻と戦術殻、互いに尋常ではない特殊素材同士が真正面から衝突し、ホムンクルスを一撃で気絶させる。

 

 流石に意識が無くなれば動かないのか、吹き飛ばされたホムンクルスは起き上がらず――――。

 

 

 

 

「「「Oz-38の停止を確認。外部刺激による再起動を試行」」」

 

 

 

 

 セラスの薬に、気付け薬――――回復アイテムで目を覚ます。

 しかし戦闘不能でなくなっただけで、到底本調子ではない。それでも、そのどこかミリアムに似た顔の人形(ホムンクルス)は、茫洋な眼差しのまま武器を構えた。

 

 

 

 

「対象を脅威と認定―――――排除します」

「そんな――――」

 

 

 

 “それ”が、自分ととても近しいものだと察していたから――――わずかに逡巡したミリアムに、簡易版<アルカディス=ギア>と呼ぶべき戦術殻を纏ったホムンクルスはその機動性を活かして懐に飛び込み――――。

 

 

 

「させるか――――!」

「――――鳴神!」

 

 

 

 割って入ったユーシスが危ういところで剣で受け止め、サラの放った雷撃がホムンクルスを再び気絶させる。

 

 

 

「ユーシス!?」

「お前は下がっているがいい――――!」

 

 

 

 

 感情が無いが故に、戦術リンクすら不要な“完全な連携”で襲いかかるホムンクルス部隊に、戦術リンクを活かした“無駄のない連携”でⅦ組メンバーたちは必死で食い下がるものの、相手はこれまで相手取ったことの無い完全な<死兵>。近衛兵たちの支援を受けてやっと戦線を維持できる有様だった。

 

 特に、ミリアムを庇って一撃を受け止めたユーシスはダメージが響いてきたのか徐々に動きが鈍くなりつつあり――――。

 

 

 

 

「っ………ごめん、ユーシス。ボクのせいで――――」

「気にするな――――――俺も、兄上との戦いで全力を出し切る自信はない。“そういうもの”だろう」

 

 

 

 

 

 想いは“力”を鈍らせる―――――だからきっと、姉妹を相手に全力を出しきれないのはミリアムに心がある証明で。

 

 

 

 

「今は俺たちに任せておけ―――――くっ」

「「「戦技発動――――標的を排除します」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリアントビームやブリューナクに匹敵するだろう幾筋もの熱線が、ユーシスに襲いかかり―――――激しい爆発が、カレル離宮を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 帝都――――。

 東部戦線を突破したリィンを迎え入れるかのように、魔女の声が響く。

 

 

 

 

『響け 響け とこしえに―――夜のしじまを破り 全てのものを 美しき世界へ―――』

「アルティナ、このまま突っ込むぞ!」

「了解です―――!」

 

 

 

 

 その声が、禁じられた<魔王の凱歌>が煌魔城を呼び起こす――――。

 それに間をおかず、灰色のシュピーゲルが帝都に突入する。領邦軍の機甲兵を一蹴し、一般兵が立ちふさがる隙もない。

 

 それを阻止するためか、にわかに帝都内に出現し始める魔煌兵だが――――帝都市民が事態に気づくのとほぼ同時に、黄金のシュピーゲルがそれを斬って捨てた。

 

 

 

 

『―――――帝都の危機とあらば、参じぬわけにもいかぬな。ウォレス!』

『承知――――総員、我に続け! 蹴散らして“道”を確保する!』

 

 

 

 貴族連合の精鋭たる機甲兵師団が、真正面から魔煌兵を蹂躙する。連携と武術を併せ持つ彼らからすれば、ゴーレムの群れもただの土塊のようなものなのかもしれない。リィンもそれを見て問題はないと判断し、行く手を阻む敵だけを切り捨ててヴァンクール大通りを一息に突破してドライケルス広場へ。そこに待ち受けているのは煌魔城への侵入者を阻む“門扉”であり―――――。

 

 

 

 かつて<灰の騎神>と<鬼の力>を併用することでようやく破ったそれに、リィンはシュピーゲルのコクピットを開いて飛び出すと、黒ゼムリアストーンの太刀を構えた。

 

 

 

 

「……リィンさん?」

「コォォォオオ――――神気、合一!」

 

 

 

 門扉に対してあまりにも小さすぎる刀。

 それこそ素手でゴライアスに挑むレベルの無茶に、アルティナも思わず口を挟む。

 

 

 

 

「流石に無茶では…? せめて<アロンダイト>を―――」

「いや、その必要はない――――!」

 

 

 

 激しく吹き上がる“力”――――かつてと違うのは、薄っすらとリィンの頬に紋様のようなものが現れていることだろうか。

 渦巻く黒い焔は完全に制御されて刀に集い、鞘から漏れ出す輝きは徐々に強く、太陽のように眩くなる。その輝きが限界まで達した瞬間―――――。

 

 

 

 

『灰の太刀――――――鬼神、覇斬ッ!』

 

 

 

 

 極限まで圧縮された“黒い斬撃”が門扉を真一文字に斬り裂き、炸裂する。

 ただ一振りの斬撃が起こしたとは思えない、凄まじい熱と光に咄嗟にアルティナはクラウ=ソラスに障壁を展開させようとするが、それより前にリィンが庇うように前に立って爆風を遮る。

 

 

 

 

『守ってみせるさ―――――絶対に』

「―――――え」

 

 

 

 

 

 不意に、リィンがアルティナの後ろに回ると膝と肩を支えるように抱き上げる。いつかどこかで――――というか、パンタグリュエルで披露したお姫様抱っこである。

 アルティナからするとなんだか分からないうちに抱き上げられていて、しかも顔が近い。

 

 

 

「リ、リィンさん――――!? いったい何を――――」

『悪いが急ぐぞ。舌を噛まないようにしてくれ――――!』

 

 

 

 

 クラウ=ソラスに乗った方が早いのでは、そんな言葉が出かけて、凄まじい速度で流れる景色と共にどこかに消えた。

 

 一歩で地面に別れを告げ、二歩目で壁を蹴り、三歩で装飾を蹴って次の足場へ。

 パンタグリュエルでもそうだったように、完全にルートを無視したショートカットにこれはクラウ=ソラスでも追いつけそうにないと悟る。

 

 

 

 それはそれとして、落ちないように必死にしがみついているので文句の一つでも言いたくなるのだが。

 

 

 

 

「っ……やはり、これをアルフィン殿下にしたのは相当に不埒なのでは…っ?」

『――――っ、アルティナ!』

 

 

 

 

 瞬間、やはりいつかのアルフィンのようにリィンに米俵よろしく担がれたアルティナに見えたのは、背後から迫る十数人の<人形兵器(ホムンクルス)>で――――。

 

 

 

「「「「ブリューナク、照射」」」

 

『孤月一閃―――!』

 

 

 リィンの振った刀と無数の熱線が激突し、その爆発すらも利用してリィンは加速する。

 

 

 

「っ、クラウ――――」

『まだいい! このまま突っ切るぞ!』

 

 

 

 通路を埋め尽くさんばかりに“飛来”する、戦術殻を“装備”したホムンクルスたち。

 放たれた熱線が煌魔城の壁面を焦がし、その数は30を下らないだろう。クラウ=ソラスに乗っていたら間違いなく“堕とされて”いただろう光景に思わずリィンに強くしがみついたアルティナに応えるように刀が振るわれる。

 

 

 

 しかし、どんなにリィンが人間離れしていても限界が無いわけではない。

 ギリギリで躱しながら、開けた広間のような部屋に出た瞬間。待ち構えていたのだろう十数体のホムンクルスが一斉に、全方位から熱線を放ち―――――。

 

 

 

 

 

 

 その8割をリィンが吹き飛ばし、残ったものが炸裂する。

 

 

 

 

 

 特徴的な形状の”盾”と、”マント”で受け止められて。

 

 

 

 

 

「―――――あーもう! 一体なんですの!?」

「フハハハ、まさかこういった趣向で来ようとは――――!」

 

 

 

 

 

 鎧を身に着けた女騎士に、幾度か邂逅した奇術師。

 

 彼らこそはこの場所を任された者たちであり。<神速>に<怪盗紳士>―――――そして、何者かが差し向けたおよそ30ものホムンクルス。

 煌魔城は、早くも乱戦の様相を呈しようとしていた。

 

 

 

 

 






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