黒兎と灰の鬼神   作:こげ茶

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その23:駆け抜ける風

 

 

 

「いきなり何なんですの――――って、リィン・シュバルツァー!? お前たちの仕業ですわね!? ここで会ったが百年目――――」

 

 

 

 以前も煌魔城のこの場所で戦った<神速>と<怪盗紳士>。ホムンクルスたちに包囲されつつも出会ったデュバリィは、いつかの戦いでは仲間として戦ってくれたのだが。それはそれとして今はバリアハートで戦って以来の敵だった。

 

 

 

「フフフ、心憎い登場ではないか――――」

 

 

 

 そして相変わらずの仮面で、何を考えているのか分かりやすいようでよく分からない変態。ノルドで戦ったようなそうでもないようなブルブラン。

 

 その決して油断はできない(空気はゆるいが)二人に対して、リィンはアルティナを抱きかかえたまま言った。

 

 

 

「アルティナ、ここを“抜ける”ぞ―――!」

「了解です。クラウ=ソラス!」

 

 

 

 ノワールシェイド――――リィンごとステルスモードに移ったアルティナの姿が消え、出会って即座に姿を消して逃げようとする敵にデュバリィがキレた。

 

 

 

 

「――――ええぃ、出てきなさい! 卑怯ですわよ――――!」

「ふむ。私としても不満はあるがしかし……それどころではないのではないのかね?」

 

 

 

「へ―――――」

 

 

 

 

 珍しく真面目な雰囲気のブルブランに疑問を覚えたデュバリィが周囲を見渡すと、そこには臨戦態勢の約30体のホムンクルス。彼女らは今にも解き放たんばかりにエネルギーを充填させていた。

 

 

 

 

 

「「「―――――対象をロスト。ステルスモードと断定」」」

「「「全方位攻撃による面制圧を実施――――出力最大――――」」」

 

 

 

「ちょっ、名乗りくらいしたらどうなんですの――――!?」

「では期待にお答えして。執行者NO.Ⅹ、<怪盗紳士>ブルブラン――――」

 

 

 

「アナタじゃありませんわよ――――!」

「「「――――ブリューナク」」」

 

 

 

 解き放たれた1人2本、60もの熱線が広間を真紅に染め上げる。

 流石にそれをマトモに受けてはデュバリィといえどもタダでは済まない。が、おとなしく攻撃を受けるようならば鉄機隊の筆頭など名乗れはしない。

 

 

 

「何処の誰だか知りませんが、私はマスターに此処を任されているのです――――」

 

『緋空斬!』

 

 

 

 

 

 デュバリィの姿が広間から消え、次の瞬間に広間が閃光に包まれた。

 しかし閃光が晴れた広間には誰の姿もない。それが示すのは<神速>の異名――――それは決して、帝国とクロスベルの往復速度から来たものではなく――――。

 

 

 

 

 

「鉄機隊筆頭、<神速>の剣―――――とくと受けてみやがれですわ!」

 

 

 

 分け身を使い、3人になったデュバリィの剣が数体のホムンクルスを叩き落とす。

 そこでようやくデュバリィに気づいたかのように、ホムンクルスたちが一斉にデュバリィに向かって振り返った。

 

 

 

 

「「「「敵対行動を確認―――――排除対象と認定」」」」

「って、ただの巻き添えだったんですの!? ……ええぃ、やりますわよブルブラン!」

 

「ふむ、観客がいない中では気分が乗らないのだがね……」

 

 

 

 そうこうしている間にも倒れたはずのホムンクルスたちが再び起き上がり、乱射されるブリューナクがデュバリィを掠める。

 

 

 

「アナタなら動きを止めるくらい簡単でしょう!? ええぃ、覚えてやがれですわリィン・シュバルツァー!」

 

 

 

 

 誰もいないはずなのに上に向かうエレベーターに向けて吼えるデュバリィ。

 さり気なく最初のブリューナク爆撃の時にどこかの誰かの放った斬撃がデュバリィに当たりそうな熱線を防いでいたので、悔しさからか微妙に顔が赤かったりした。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 カレル離宮――――。

 

 

 

 

「―――ユーシス!」

 

 

 

「そこまでだ――――!」

 

 

 

 唐突に、“何の前触れもなく”発動したアーツ、エクスクルセイドがホムンクルスたちを吹き飛ばす。まさに瞬時に発動したと言っていい早業であり、しかし威力は十分。そこでできた隙に、すかさずサラがユーシスとミリアムのカバーに入り。駆けつけた金髪の男に声をかけた。

 

 

 

「トヴァル――――助かったわ!」

「いや、まだだ―――!」

 

 

 

 それでも平然と起き上がろうとするホムンクルスたちの前に立ちはだかるのは、ひと目で高齢と分かる神父であり―――――しかし、誰もそれを止めようとしないほどの“気配”を持ったその人物もまた、Ⅶ組の仲間に接点を持つ人物。ノルドの十字槍を構えた、ガイウスの師匠であるその人物こそは――――。

 

 

 

 

 

「我が深淵にて煌めく金色の刻印よ―――――!」

 

 

 

 

 吼天獅子に零駆動――――カレル離宮での戦いは佳境に入りつつあった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――なんや、フィーはおらへんのか」

「ふむ……舐められたものだ―――と、言いたいところだが」

 

 

 

 

 ホムンクルスたちをデュバリィとブルブランに押し付け、突破した先で待ち受けていたのは<西風>の二人――――<罠使い>ゼノに<破壊獣>レオニダス。

 

 既に罠が張り巡らされ、“正面からしか突破できない”ようにしてあるその広間でリィンを待ち受けていた。

 

 

 

「脅威度推定―――――…<猟兵王>よりはマシだと思いますが」

 

 

 

 実はその猟兵王すらどこかに隠れていて、そのうち投入されるのでは、と先程ホムンクルス部隊に強襲されたせいか若干疑いの視線を周囲に向けているアルティナに意識を向けさせないように、リィンが一歩前に出て言った。

 

 

 

「まあ、確かにこういう戦闘なら彼の方が厄介だろうな――――」

 

 

「む、ビミョーに否定しにくいとこを……」

「<西風>を知るもので、団長となんでもありの戦いをしたい者などそうはいるまい――――何処でそれを知ったのか聞かせてもらいたいところだが」

 

 

 

 

 早くも黒い闘気を滲ませつつある二人にリィンも刀を構えつつ言った。

 

 

 

「さあ、どうだろうな――――『報酬は自ら掴み取るもの』、じゃあ無いのか?」

 

 

 

 それこそが、フィーも受け継いだ<西風>の流儀。

 リィンも度々聞く機会のあった、今は亡きルドガー・クラウゼルの言葉に二人も笑みと共に闘気を爆発させる。それこそは<戦場の叫び(ウォークライ)>――――。

 

 

 

「ッハ! ええやろボン! 最初から全力で行かせてもらうで――――!」

「後悔しないことだな――――」

 

 

「悪いが、それはこちらの台詞だ――――アルティナ!」

「クラウ=ソラス、お願い――――」

 

 

 

 リィンも対抗するかのように即座に<神気合一>し、それに合わせるかのようにアルティナが<ブレイブオーダー>を起動する。

 

 

 

『心頭滅却、我が太刀は<無>―――――灰の太刀、絶葉――――!』

「ノワールクレスト、展開します――――!」

 

 

 

 

 

 さて。周囲には突破できないように罠が張り巡らされている。

 そんな中で、八葉一刀流の奥義を無差別に放てばどうなるだろうか。

 

 ゼノが、以前ガレリア要塞で圧倒されたリィンに最大限の警戒をしていたからこそのミス。もしかすると<猟兵王>もこうした搦手を使ったかもしれないが、“全ての罠が、リィンによって一斉に起動させられた”。

 <絶葉>で巻き起こる剣閃の嵐が、罠とゼノとレオを一緒くたに巻き込んで炸裂したのである。

 

 

 

 

「嘘やろ――――!」

「ぐっ――――!」

 

 

 

 結果、巻き起こるのは先程のブリューナクの連射以上の大爆発である。

 一度ガレリア要塞で戦ったリィンの実力から、突破できないだろうと思われるほどの罠をしかけていたことが裏目に出た。

 

 

 もちろん普通はそんな危険すぎる真似はリィンでもできない。

 ただ、アルティナとクラウ=ソラスの障壁を最大限に利用すればそれこそ防げないのは<火焔魔人>や<鋼の聖女>の一撃くらいのもの。

 

 凄まじい閃光と爆炎の中――――そこを突破しようとしたリィンの前に、レオニダスに庇われてなお焦げてボロボロになったゼノが立ちふさがる。

 

 

 

「罠で死んでたまるか――――これ以上好き放題させへんで!」

 

 

 

 

 自らの負傷を無視するかのような、ウォークライでの戦闘続行。

 しかしホムンクルスが無理に戦っているだけなのに対して、瀕死が近づくにつれてより一層研ぎ澄まされる――――これこそが一流の猟兵の真価かもしれなかった。

 

 

 

(倒しきれなかったか―――――)

 

 

 

 

 いわゆる<高揚>状態。罠を排除した今ならば無理に突破できなくもないのだが、リィン一人ならまだしもアルティナを確実に守るためには何か一手が必要で。

 

 

 

 

「なら、こちらも――――」

 

 

 

 

 

 “次”の手を打つべきかと決意したその瞬間。

 リィンの背筋すらも凍るような、圧倒的な闘気が広間を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

「―――――では、此処はワシに任せてもらおうか」

 

 

 

 年齢を感じさせる白髪。しかし衰えを感じさせない巨躯に、構えるのは長い柄とい巨大な刀身―――斬馬刀に似た大業物。

 彼こそは生ける伝説。現在のトールズ士官学院にて最強の人物。

 

 

 

 

「――――が、学院長!? どうして此処に―――」

「うむ。しばらく見ぬうちに見違えた――――内戦に関わるつもりは無かったが、お主のお陰でそうも言ってはいられなくなったのでな」

 

 

 

 

 ヴァンダイク学院長。内戦後に軍に復帰する伝説の名将であり――――後の分校長同様、達人級の使い手である。実力者の登場に、ゼノとレオニダスも警戒したように距離を取る。

 

 

 

 

「………伝説の元帥か」

「いやぁ、できれば邪魔しないでほしいんやけど―――――」

 

 

「そうは行くまい。生徒が獅子心皇帝の理念を体現しようとしておるのじゃ――――もはやこの戦いは“貴族と正規軍の戦い”ではない。ならば、学院長としてせめてその礎となろう――――」

 

 

 

 

 闘気が溢れ、広間全体を震わせる。

 その冗談のような、爆発的な闘気に<西風>の二人も冷や汗を流しつつ武器を構え直した。

 

 

 

「おいおい―――嘘やろ」

「……ふむ、伝説扱いは伊達ではないらしい」

 

 

「我が校の生徒と戦うのであれば、まずワシを倒してもらわねばな――――」

 

 

 

 

 

 巨躯が地面を蹴り―――疾い。練り上げられた武術が、学院長の巨躯を無駄なく躍動させることで実際よりも更に疾く感じさせられるのだろう。

 そうして振り上げられた斬馬刀が全ての衝撃を無駄なく伝達されてレオニダスの篭手と激突し――――凄まじい火花と金属音を撒き散らし、レオニダスの巨体ごと後方に弾き飛ばした。

 

 

 

 

「っ!? ぬぅぅう――――」

「レオが吹き飛ばされるやと――――どんな馬鹿力しとんねん!?」

 

 

「ふむ、機甲兵並には硬いようじゃが―――老いたとはいえ、この刃。甘く見てもらっては困るのう――――!」

 

 

 

 老いてこれなら若い時は一体どれほどだったのかと考えずにはいられない、大威力の斬撃が流れるように連撃で放たれる。トップクラスの実力者であるはずの<西風>の二人が子どものように翻弄される様はなかなかに信じがたい。

 

 

 

「分校長といい、トールズの学院長にも強さの規定でもあるのでしょうか…?」

「いや、それは無い……と思うんだが」

 

 

 

 あまりの馬鹿げたパワーに、クラウ=ソラスでも押し切られそうだと判断して若干呆然とするアルティナに、苦笑いのリィン。

 敵に回すと厄介この上ないが、味方になってくれるのであればそれこそ分校長と同じくらい頼もしい援軍に、リィンも安心してエレベーター目掛けて駆け出す。

 

 

 

 

「すみません、学院長――――お願いします!」

「……お願いします(ぺこり)」

 

 

「うむ。外にはベアトリクス教官達も来ておる――――後ろは気にせず、全力を尽くすがよい」

 

 

 

 

 

 

 乗り込んだエレベーターが動き出す。

 

 次に待ち受けるのは、結社でも最強クラスの魔人――――。

 “本気”になられれば煌魔城が燃やされかねない化物。かつて<光の剣匠>に後遺症を負わせた、マトモに倒すのであればそれこそ“虚無の剣”が必要になるだろう相手だ。

 

 

 

 

「―――――リィンさん?」

 

 

 

 不思議そうにリィンを見つめ返すアルティナには、気負いも不安もない。まるで、“昨夜の会話”を覚えていないかのように。

 

 

 

 

「そうか―――――いや、そうだな」

「……?」

 

 

 

 なにかに納得したように呟くリィンに聞き返そうとするアルティナだが、リィンに頭を撫でられてジト目を向けた。

 

 

 

「……なんだか釈然としないのですが」

「いつもアルティナには助けられてるからな。その礼だと思ってくれ」

 

 

 

 

 そう、いつだって助けられてきた。

 クロスベル占領から、“要請”で帝国各地を巡り―――――教官になってからも、アルティナが“剣”となってしまってからも。

 

 やはり、連れてきたのは間違いだったかもしれない。

 そんな想いを隠すように、刀の柄を強く握った。

 

 

 

 

 


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