地上500アージュ――――250アージュの高さを誇るオルキスタワーの更に倍。煌魔城の最上層で待ち構えているのはクロウと蒼の騎神、クロチルダとグリアノス。そして柱に埋め込まれた状態の<緋の騎神>と、その前で目隠しをされて椅子に座らされているセドリック皇太子と、一応黒幕ということになっているカイエン公。
「――――ったく、来るだろうとは思っちゃいたが。想定外すぎんだろ」
どこか引きつったような笑みを浮かべるクロウの視線の先には、粘つくような黒い“鬼の力”を纏った黒髪灼眼のリィンと、エリュシオン=ギアを解除して特務服に戻ったアルティナ。まさかⅦ組の仲間を置いてたった二人――――しかもまたどこかの、ミリアムくらいの歳の少女を引っかけている――――で来るとは思っていなかったし、どこぞの<火焔魔人>並の禍々しいオーラを纏ってくるとも思っていなかった。
『総テ………取り戻す―――――クロウ、お前もダ……』
「っ、リィンさん……」
少女が止めようとするが、眼中にない――――いや。単純にそんな余裕がないだけで、本当に暴走しているのなら襲いかかってもおかしくはないのだが。
だから、きっと。
あれは自分の姿だ、とクロウは思った。
(復讐を果たせず、じいさんの代わりに一矢報いることもできず。それでも這いつくばってでも前に進む――――ただひたすらに、前に進んで。それでも報われなかった。そんな姿だ)
恐怖も、嫌悪もない。
ただどうしようもない、くそったれな現実に打ちのめされた“同類”になってしまった後輩の背中を蹴っ飛ばしてでも元の道に戻してやりたいと思う。
「何があったのか知らねぇが―――――いいぜ、かかってこいリィン。俺が相手になってやる」
『戻ってきテもらうゾ――――――クロウ』
「お前が言うなっての。ったく、仕方ねぇ――――」
双刃剣を構え、対抗するようにリィンも刀を抜いて下段に構える。
幻視するのはリィンを中心に吹き荒れる漆黒の風――――それに、珍しく慌てた様子のヴィータが杖を構える。
「……クロウ、アレは尋常な状態じゃないわ。私も援護させてもらうわよ」
「野暮って言ってる余裕も無いか。それにあちらさんもやる気みたいだしな」
「……お願い、クラウ=ソラス」
ヴィータとアルティナなら、今のアルティナの特殊な状況を考えてもヴィータが数枚上手。特に<虚無の剣>が役立つわけでもない以上それは揺るがないだろう。
そして、リィンとアルティナが連携を取れそうにもない現状、普通に考えればクロウとヴィータという相棒と呼んでも差し支えないコンビに軍配が上がるだろう。
しかし、それでもなお―――――リィンから放たれる底知れない“力”が、クロウとヴィータの二人から余裕を奪い取っていた。
「さあ――――決着をつけようじゃねえか!」
『望ムところダ――――ッ!』
――――――――――――――――――――――――――
戦闘開始――――有無を言わさず突進するリィンの一撃を、クロウが双刃剣で受け止める。が、一瞬すら拮抗することなく跳ね飛ばされるように後ろに跳ぶことで、その衝撃を辛うじて受け流す。
(チィ―――――硬ぇ! 騎神とでも力比べしてる気分だぜ…!)
『一ツ―――――二ツ』
初撃として放たれた<疾風>から、流れるように次の<残月>へ。斬り上げるように放たれた一撃にクロウはガードを引き剥がされ――――。
『――――三ツ』
「ガハッ――――!?」
空中で振り下ろし、<業炎撃>。
派手に地面に叩きつけられたクロウを顧みず、追撃。
『四ツ』
「っ、――――クロウ!」
薙ぎ払うように<螺旋撃>。
咄嗟にヴィータが障壁を張るが、十分な防御力のはずのそれがまるで硝子のように一撃で砕け散ってクロウが吹き飛ばされる。
「こなくそ――――っ!」
『五ツ、六ツ――――七ツ』
<緋空斬>、<紅葉切り>――――なんとか反撃しようとした態勢を崩され、放たれるのは<鬼神覇斬>。
『八葉一刀――――――』
「させないわ―――――お聞きなさい、<蒼き深淵の唄>!」
無論、その無慈悲な連撃を黙って見ているヴィータではない。
いつの間にか展開されていた劇場に驚く暇もなく、その床の下に広がる深淵にリィンを引きずり込もうとする。
「【人はみな、誰もが枷ある咎人―――――怒り、苦しみ、嘆き、恨み―――――御覧なさい、深淵はすぐ傍に――――!】」
『グッ―――――――<無仭剣・改>!』
深淵に引き込もうとする強烈な魔術を無視し、強引に放った奥義が劇場を崩壊させる。
しかしそのお陰で辛うじて防御の間に合ったクロウは、派手に吹き飛んで地面を二、三回バウンドしたものの受け身を取ってアセラスの薬とティアラルの薬を呷るように飲む。
「げほっ、げほっ……悪い、助かったぜヴィータ」
「ええ。このままなんとか―――――」
猛攻の中でなんとか勝機を見出さんとする二人。
しかし当然のことながら、リィンがダメージを受けて黙っていることなどアルティナにできるはずもなく。
「させません――――アルティウムヒール!」
駆け寄ったアルティナがクラウ=ソラスからエネルギーを放つと、リィンの体力が回復する。
「クロノバースト! アルティウムヒール! アルティウムヒール!」
更に、一人だけ大技を放っていないのでとばかりにもう一発と見せかけて加速して二連打。冗談のような速度で回復したリィンだが、気力まで回復して万全になったのか“高揚”状態を示すかのようにそのオーラが膨れ上がる。
クロウも回復薬は飲んでいるのであんまり人のことは言えないのだが、どういうわけか体力と
「………おーい。嘘だろ」
「………………クロウ、死なないで頂戴」
「いや、待てヴィータ。ちょっとアレは―――――っていねぇ!?」
二人同時にやられたら回復できないので分かれるのは有効な戦術なのだがそれはそれ。
支援用の魔術をばら撒きつつもグリアノスに掴まって上空に戦術的撤退を試みるヴィータは無視して、リィンが構える。咄嗟にクロウは双刃剣を仕舞うと双銃を構えて遮二無二撃った。
展開される魔法陣は即座にリィンのすぐ近くにも現れ、放たれた魔弾はワープしてリィンに直撃する。
「おおおおぉぉぉぉッ! ―――――――クロス・リベリオン!」
タイミングは完璧―――――避けられないはずのSクラフト。
普通の相手ならある程度のダメージは見込めるはずなのだが、アルティウムヒールで極限まで防御力が高まったリィンには通用しない。
さしたる傷もなく牽制の魔弾を受け止めたリィンは向かってくる十字の斬撃を迎え撃つように剣を構え―――――漆黒の“鬼の力”が溢れ出す。
『鬼ノ太刀―――――覇煌剣』
「―――――っ、来い! オルディーネッ!」
最早、ヴィータの狙いであるらしい“場”がどうのという話を気にする余裕もない。クロウがオルディーネの核に吸い込まれ―――――激しい爆発が煌魔城を揺らした。
―――――――――――――――――――――
「ええい―――――何をやっているのだ!? 勝たなければどうなるか分かっているのだろうな!?」
『うるせぇ、アンタは黙ってろ!』
空気を読まないカイエン公に、若干本気で怒鳴ったクロウ。
しかし、オルディーネに乗っていてもなお感じる悪寒。リィンの鬼気。そしてまだ、リィンは<灰の騎神>に乗ってすらいない―――――。
辛うじてオルディーネで黒い極光を受け流すことには成功したものの、それでも一撃で体力を半分近く持っていかれた。騎神は<神気>で回復できる以上、致命傷にはならないのだがそれでもリィンとの間にある差に苦々しいものを感じずにはいられない。
―――――コイツは一体、どれだけのものを抱え込んでやがるんだ、と。
<鉄血>に一矢報いるために学院に入り、そのために学院を抜けた。
そのことを後悔するつもりなんて無かったが、悩んでいるように見えた“後輩”がここまでのものを抱えているとは欠片も思っていなかった。
想いは力を鈍らせる―――――だが、力を磨くのに必要なのもまた想いだ。
想いを己の糧にして、戦いにおいては力を振るう。
あれだけの力を振るうリィンが、生半可な想いを抱いて此処まで来ていないのは理解した。だからここで止め無くてはならないと思う。
(お前も、心配してくれるヤツがいるんだろうが―――――リィン!)
祈るようにリィンを見つめる少女を見て、思う。
またぞろ一人で突っ走り始めた“後輩”を止めるには、ここで簡単に負けてやるわけにはいかないと。こんな男を心配してくれるお人好しな後輩がいるせいで、目的を果たしてもなお自分もこうしてのうのうと生きているのだから――――。
『――――来イ、<灰の騎神>ヴァリマールッ!』
『応!』
まるで、始めからそこにいたかのように転移の光とともに<灰の騎神>が現れる。
すると、それに応えるかのように煌魔城が淡い光を放ち始め。ヴィータは、どこか諦めたような顔で呟いた。
「これは……やはり、舞台が整ったようね。―――――悪いわね、クロウ。勝てなくても構わないけれど、全力で戦って頂戴」
『―――――任せとけっての。元々そういう“契約”だった。アンタには借りがあるし、俺はアイツにも“借り”がある。―――――ったく、たかだか50ミラが高くなったもんだぜ』
これこそが、“最高のフィナーレ”のためにヴィータが用意していた舞台の最終幕。
想定外すぎるリィンの実力に、死線をくぐらせることになってしまったと嘆くヴィータだが、それでもクロウは淀み無くオルディーネに双刃剣を構えさせた。
『――――剣では遅れを取ったが、それでも
『……アア、そうダな。クロウ―――――燃エ尽きて、真っ白ナ灰になるまで――――』
双刃剣に、ゼムリアストーンの太刀。
騎神と騎神。<灰>と<蒼>の性能に大差はなく。故に、人智を超越した騎神同士の対決では起動者が<鋼の聖女>であろうと基礎スペックに変動はない。
必要なのは純粋な戦闘技術。センス。技。駆け引き。
それらに関して天才的なセンスを誇るクロウ・アームブラストは、内戦時のリィンより騎神での戦闘では確実に上回っていた。
ただ、不死者となったことで成長の余地を失い。急速に成長したリィンに追いつけなくなった――――故に、
「―――――…死なないで頂戴ね、クロウ」
「リィンさん…!」
『……リィン教官』
『――――――ぉぉぉぉおおおオオオッ!』
『らぁああああああああ――――――っ!』
一合。激しくぶつかりあった二体の騎神が一瞬だけ眩い光に包まれ。受け流した<灰>のカウンターが、態勢を崩された<蒼>を斬り裂く。
『ホロビヨ―――――<鬼神覇斬>ッ!』
『ガッ―――――まだまだァ! そんなもんかよ、リィン!』
装甲を大きく斬り裂かれつつも致命傷は避けた<蒼>が双刃剣を投げつけ、衝撃で僅かにひるんだ<灰>に向けて渾身の一撃を叩き込む。
『クリミナル――――エッジ! 隙だらけだぜ――――!』
攻め手を緩めず、一気に接近した<蒼>が回避しようとした<灰>を僅かながらも斬りつけ、そのまま<奥の手>であるリミッター解除を用いつつ大きく霊力を溜めて放つのは<蒼の騎神>最大の攻撃。
『受けてみな――――――デッドリー・クロスッ!』
騎神が放つそれは、生身で撃つものとは比較にならない破壊力である。
あまりの威力に煌魔城がビリビリと震えるような感覚さえあり――――。
それを防いだのは、灰色に輝くゼムリアストーンの太刀。
<残月>でデッドリー・クロスさえも斬り裂いた。それにクロウが動揺した瞬間をリィンが逃すはずもなく。
『神技――――――<星光剣>』
眩い煌きを放つ剣が、オルディーネを斬り裂く。
限界を越え、膝から崩れ落ちた<蒼>を見届けるように<灰>は太刀を収め。
オルディーネから排出されたクロウに、珍しく慌てた様子のヴィータが駆け寄る。
「――――クロウ!」
「………あたたた、ったく容赦のねぇ後輩だぜ……」
「はぁ。死んでいるかと思ったわよ。……もう少し上手く負けて頂戴」
「無茶言うなっての!? 全力で戦えとか言ってただろうが―――――……ったく、完膚なきまでに俺の負けだ。好きにしやがれ、リィン」
「……そうね。まさかこれ程とは思わなかったけれど――――これはこれでアリかしら」
降参だ、とばかりに手を上げるクロウに、軽く肩をすくめるヴィータ。
届かなかった――――若干の悔しさを滲ませつつも、そのうちあの生真面目でお人好しすぎる後輩に悪い遊びでも教えてもう少しマシな道に引きずりこまなくては――――そんなことを考えたクロウの耳に、何やらやかましい声が聞こえた。
「魔女殿、どういうつもりだ!? まさかここで終わりにするつもりか!?」
「……元より私と結社の目的はこの舞台を導くこと――――この戦いの結末以外に興味はないと申し上げた筈ですが?」
怒りに震えるカイエン公に、呆れたようにヴィータが言い放つ。
するとカイエン公が何やら黒いオーラを帯び始め―――――。
「っ……いいだろう、ならば私にも考えが―――――」
「クラウ=ソラス――――!」
「―――――がはっ!?」
容赦のない背後からのクラウ=ソラスの一撃で昏倒した。
地味にヴァリマールが<緋の騎神>を破壊しようとしていたので、アルティナがあらかじめリィンの意思を汲んでクロウを助けようとしていたのが<テスタ=ロッサ>を救ったようなカタチである。
最早残る敵はなく、これで帝国の内戦における全ての戦いは終わる。
クロウは生きて、誰も失うこと無くもう一度温かな日々が帰ってくるだろう。
―――――その瞬間、“声”が響いた。
それは、怨嗟の声だ。
リィンの扱う”鬼の力”を、もっと純粋な悪意にしたもの。
純粋な悪意であるが故に、聞いただけでヒトの魂を直接鷲掴みにするような、言霊が意思を持ってしまったかのような、ヒトを狂わせるナニカ。
それは、飢えていた。
あるべきカタチに戻ることがそれの望みだったからだ。
それは、怒っていた。
己の望んだ結果になるはずが、悉くを狂わされていたからだ。
『バカナ………キサマハ、ナゼ動カヌ―――――キサマガ“贄”ダ―――――ヨコセ………ヨコセ………ナゼダ――――!』
そしてそれは、歓喜していた。
突然、アルティナの視界に影が差す。
悪寒とともに振り返れば、転移の光と共に現れる<黒の騎神>イシュメルガ。
禍々しい黒剣を掲げるそれは、今にも腕を振り下ろそうとしており―――――。
思い通りにならない”贄”。鬱陶しい<灰の起動者>が大事に懐に抱え込んだ、”剣”。それを此処で無残に散らせてしまえば、全てが思い通りになると分かっていたからだ。
そう――――かつての、獅子心皇帝と同じように。
愚かなヒトは、感情に踊らされて簡単に全てを投げ捨てるのだから。
「――――――ぇ」
『―――――――コレデ、ワタシノモノダ』
眼下のアルティナを轢き潰さんと、容赦なく振り下ろされた。