……とある少年は今、静かに戦いのゴングが鳴るのを心待ちにしていた。
「起立、礼ッ!」
号令と同時にガタッと椅子から立ち上がり、しっかりと礼をする。この瞬間から、俺の勝負へのシグナルは鳴り響いている。あとは号令が…
「ありがとうございました!」
終わった! と思うと同時に、カバンを拾い上げ、背中に背負う。教室内のざわめきも気にせず、早歩きでドアへ向かい、教室から出た。そして廊下を走り始める。幸いにも、チャイムが鳴ってまだあまり時間は経っていないので、歩く人はまばらで障害物も少ない。
「今日こそは勝つ!……っと、やべぇっ!」
気合を入れて、もっとスピードに乗ろうとしたが、隣の教室のドアが開けられ、茶髪?の女子生徒が目の前に飛び出して来た。このまま行けばぶつかるのは当然なので、すぐにブレーキをかけ、右にターンして回避!…をしたかったのだが、カバンが避けきれず、その女子の肩にぶつかってしまった。
「痛っ!ちょっと、何すんの!」
「あぁ、ごめん!ちょっと急いでるから!」
その子は、ぶつかった衝撃でよろけていたが、特に怪我はしていないようだった。だが、よろけた時、胸の辺りが別の意味で危険だった。並の高校生の大きさとは思えないぜ……。
とりあえず、半身で謝る仕草をしつつ、また俺は走り始めた。とにかく今は時間が惜しい。
廊下を、安全に気をつけながら、それでも速く駆け抜ける。
そして、そのまま職員室の前も通過しようとして……
「ぐはっ!」
職員室のドアの隙間から出てきた謎の腕に、ラリアットをぶちかまされた。しかも犯人は俺を見ていないはずなのに、首を確実に捕らえてきた。 痛い!というか、息出来ない!
「ゲホッ、ゲホッケホッ!」
「全く……。やはり君だったか、鶴見」
「ケホケホッ……誰だよこんなことしたのは……って、平塚先生!?」
やっと呼吸が落ち着いたので、やけに艶のある声のする犯人を確認しようとすると、目の前には
生徒の間で美人女教師と噂される、平塚 静先生が呆れた顔でこちらを見下ろしていた。
あと、女教師のルビは『オンナキョウシ』だぞ。こことても重要な。
「君は小学校で何を習っていたんだ? あんな速さで廊下を走る人間は、君以外には見たことがないぞ。なぜそんなに急ぐ必要がある?」
「部長との勝負ですよ。ずっと負けてばかりは、癪ですから」
説明を求める平塚先生に俺は簡潔に理由を述べた。すると、平塚先生は立ち上がった俺に向かってやれやれと深い溜め息をついていた。
「私が言った勝負と言うのは、そういう物ではないのだがな……」
「まあ、細かいことはいいじゃないですか。振り返らないのが若さだって、誰か有名な人が言っていましたし、俺は振り返らないのが主義なんですよ!」
「君は若さの意味を履き違えてないか?」
「だって俺のほうが先生よりかなり若いじゃないですか。大人の先生よりは、若さの意味を現在進行形で実感してると思いますよ」
「ほぅ……。君は遠回しに私の年齢のことを言っているのかぁ? そうなんだなァ?」
俺が、勝負を邪魔された怒りを、お返しとばかりに軽口を返しておいた。が、先生がこめかみに青筋を浮かべながら拳をポキポキ鳴らし始めたので、ここから逃げることを決断し、離脱を試みる。
「じゃ、じゃあ部活に行って来ますんで、失礼します!!」
しかし、その計画はあっけなく終わる。左肩にとんでもない抵抗がかかり、前に進めない。ついでにその左肩はミシミシと音を立てている。めっちゃ痛い、折れる!折れちゃう!
「待て。君には用事があるんだ。逃げることは許さんぞ」
「よ、用事があるのなら先に言って下さい。俺は急ぎたいんですけど」
「……J組なら、移動教室で遅れて、まだHRが終わってなかったはずだ。焦らなくても勝てるから心配するな」
「そうですか。……勝ち星がやっととれる!」
「喜んでいるのは良いんだが、君にはこれを見てもらいたい」
テンションが上がる俺に平塚先生は、右手に持っていたプリントを渡してきた。
それを見て、目を見開き、先生に問いかける。
「先生、これって前に配られた『高校生活を振り返って』のアンケート用紙ですよね?」
「ああ、そうだ。ひとまず読んでみてくれ」
先生に言われたとおり、そのアンケートに目を通してみる。名前を見たときに動揺したが、読み進めることにした。 だが、三行目を超えたあたりからなんとも言えない感動が溢れ出し、後半に入ると、これから起きることを想像し、口元が歪むのが抑えられなくなった。そして、最後の行に大きく書いてある『リア充爆発しろ』の文字まで読み終わり、無言で先生にアンケート用紙を返却した。
「読み終わったか。じゃあ、このアンケートの感想を…というか、鶴見!スゴイ邪悪な笑顔になっているぞ!?」
俺の心から溢れ出る気持ちが、完全に顔に出ているのだろう。平塚先生は、俺の肩をがっしり掴み、ガクガクとシェイクしている。
「大丈夫ですよ、先生。ちょっとお楽しみが増えただけです。それより、これの感想を言えばいいんですよね?」
俺の思考がさらに顔に出てしまう前に、俺の肩を掴んだままの先生に話の先を促す
「あ、ああ。このアンケートの感想を一言で表してくれ」
「捻くれてますね。完全に。」
ほぼノータイムで即答した。この作文を生で見れば、この感想が出るのも無理はないだろう。
目の前の平塚先生は、苦笑いをしながら、アンケート用紙を眺めていた。
「そうか…君も同じ感想を持ったか。…やはり『彼』には更生が必要なようだな」
そう言いながら、なぜか少し頬を赤く染めてつぶやく平塚先生。すごくかわいく見えるのだが、頬を染める理由が俺ではないので超どうでもいい。
「…恋する乙女みたいな顔をしないで下さい。それとも先生は『そいつ』が好きなんですか?」
「なっ!そそそそんな事は断じてないぞっ!ただ『こいつ』は少し変わっているから気になっているだけで別に、す、好きという訳ではない!」
俺のちゃかしに必死になって反論する平塚先生。反応の仕方まで恋する乙女っぽかったので、なんでこの人本当に彼氏できないんだろうと思ってしまう。これが普段の姿なら、三ヶ月も掛けずに、ゴールインまでしちゃうんじゃないだろうか?
……その一方で話すら始まっていないこの時点でフラグを立てている『あいつ』にも変な感心をしてしまった。いや、マジですごいね。主人公補正。もう少ししたら、本人に出会えるので楽しみである。
そう思ったのが、きっかけなのかは知らないが、この数分の雑談にも終わりが来たようである。
平塚先生の後ろから、別の国語担当の先生が近づいて来たからだ。
「平塚先生。先生がさっき呼び出した教え子が来てるわよ」
「あ、分かりました。すぐに戻ります。……鶴見、くれぐれも廊下は走るなよ」
さっきまでの慌て振りが嘘のように、平塚先生は落ち着いて答えると、俺に一言釘を刺しておいて、ターンしてドアへと向かっていく。何気にこの人、振り返り方が超カッコいいんだよな…。
その姿を見ていて、俺も部活に向かう途中だったということを思い出した。そのまま無言で行くのも失礼だと思ったので、職員室に入っていく平塚先生に一言掛けておく。
「じゃあ、今度こそ部活行って来ます!」
俺もドアの反対側に振り返り、特別棟に向けて一歩目を踏み出そうとしたところで、少し後ろから平塚先生の声が聞こえてきた。
「一つ伝え忘れていた。『雪ノ下雪乃』に伝えておいてくれ。今日新入部員が入るだろうとな!」
我が部の部長への伝言だった。それはさっきのアンケート用紙の主が入ってくる間違いはないだろう。一層、胸の中のワクワク感が高まっていき、俺のエネルギーとなっていく。
「了解しました!」
周りの人が少し驚くような大声で返事を返し、そしてこれから始まるであろう、
『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』 の物語に心躍らせながら、俺は部室へ続く渡り廊下に向かい始めた。
俺の自己紹介をしておこうと思う。俺の本名は、鶴見 雷治(つるみ らいじ)。
ちょっと特殊な記憶を持っている総武高校二年生。 簡単に言えば、転生者だったりする。
……あと、友達関係で悩む年頃の従妹と一緒に暮らしているのである。
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プロローグ的な感じです。
筆者は、投稿が初めてなので、優しい感想も、厳しい感想もどんどんしてください。