更新すっごく遅くなってごめんなさい。
ちょっとシリアス?成分が多いのでサブタイトルも真面目です。
サブタイトルに意味はあまりないけど。キリッ
今回もクッキーの呪縛から逃れられなかったよ……(汗)
……何気に今まででこの話が一番長い。
「…………ん」
目を開けてみると、見知らぬ天井が見えた。頭の回転がまだ鈍いので、周りを把握するように、上下左右を見る。というか、腹が尋常でなく気持ち悪いんだけど……。
そう考えている内に、最近見知った目と視線が合った。まだピントボケをしているが多分、比企谷だろう。数秒間目線が合ったところで……。
「…………」
「…………。」
話しかけてこなかった。というか、視線を逸らしやがった。
絶対、俺だから声掛けないだけだよね? 由比ヶ浜や雪ノ下だったら、声掛けてるよね?
なんとなく確信めいた思いを抱きながら、体を起こす。
どうやら、家庭科室の床に寝かされていたらしい。どおりで体が痛いわけだ。
ちょっと間を置いてから、いかにも今起きましたよ的な感じで、ボソッと呟いた。
「……なんだ、比企谷か」
「……その残念そうな目でこっち見るのやめろ。昔を思い出しちゃうだろうが」
どうやら、ガン無視という訳ではないらしい。なんとなく今の手段は雪ノ下が使いそうかなと少し思ったが、今は気にせず、現状把握に努める。
「なぁ、比企谷。俺ってクッキー(仮)食った後どうなったんだ?」
雪ノ下の恐ろしい形相が見えたところまでは覚えているが、そこからの記憶がかなり曖昧だ。あと、口の中が超苦かったのも、強烈だったから覚えてるけど。
俺の言葉を聞いて、比企谷は少し思案してから、淡々と事実を話す。
「食った後に白目向いてぶっ倒れたぞ。その後、雪ノ下は何事も無かったように、次の作業に取り掛かったけどな」
「ひどい……」
雪ノ下は鬼か。まあ、相手側に過失がある時は、容赦しない性格だから仕方ないのかもしれない。
ふと思い至って、雪ノ下の方向を向くと、由比ヶ浜に身振り手振りを交えて、何かを伝えているようだった。それを見て、由比ヶ浜は首を傾げて「もう一回お願い!」と頼み込んでいる。雪ノ下は渋々、といった感じで、もう一度説明していた。
俺が気絶している間に、そんなに距離が縮まったのか。
まあ、この二人は相性的に仲良くなるとは思うんだけど。凸と凹みたいな感じで。
「比企谷。あの二人、何かあったのか…?」
そう比企谷に聞くと、思い出したように、俺が気絶していた間の事を掻い摘んで話し始めた。
由比ヶ浜のネガティブな発言を受けて、雪ノ下が「最低限の努力をしない人間に才能を羨む資格はない」「成功できない人間は成功者の努力を想像できないから成功しない」と辛辣に言い放ったらしい。
さらに、由比ヶ浜に反論もさせず、ちょっとした人格否定までしたそうな。
いや、人格否定は言いすぎじゃない? 確かに「あなたの人付き合いのスキルは、自分の欠点の原因を他人に押し付けてるだけよ」みたいな事を睨みながら言われたら、そりゃ甚だ理不尽かもしれないけど。特に由比ヶ浜に対して。
だが、話を終わる頃に、比企谷の顔に同情や恐怖といった負の感情はあまり無かった。
「……最終的には、逆に由比ヶ浜が雪ノ下をカッコいいと褒めてたけどな。建前を言わないのがカッコいいんだと」
「雪ノ下のそこに痺れる、憧れるってか? そりゃまあ、アイツはそういうの言わないからなぁ…」
誰がなんと言おうと、自分の思ったことは口に出すのが雪ノ下だ。引っ込み思案っぽい由比ヶ浜から見れば、その堂々とした振る舞いは、本当にカッコよく見えるのだろう。
……そう言えば、俺のクラスにも雪ノ下を崇めてる女子がいたな。正直ソイツは由比ヶ浜と違って、憧れとかではなく、ガチの百合らしいので全力で遭遇するのを阻止しているが。
おっと、少し話が逸れた。
「それで、今は雪ノ下さんの指導の下、絶賛特訓中って訳か…」
「いや、アレはどう見ても由比ヶ浜が、雪ノ下を振り回してるだろ」
俺がふむっと納得して頷くと、比企谷が呆れ顔で、料理をする女子二人を視線で指す。
どうやら、少し言い合いになっているようで…。
「違うの、違うのよ。隠し味とかは要らないの。あなたの手に持っている桃缶は、クッキーに入れないで、また今度食べましょう」
「えー!? 絶対入れたほうがおいしいよ! 多分、桃の甘さで、フルーツの味が出来るかもしれないし!」
「何一つ、美味しくなる根拠が無いのだけれど……。第一、桃なんて入れたら水分で生地が死んで、死地になるわ。止めておきなさい」
「う~ん。そこまで言うならやめておこうかなぁ…」
比企谷が、これで間違いないだろ、と言わんばかりの目をしていた。
「…こりゃあ、料理が出来ない俺でも、危険性が分かるな……」
「俺はあんな物体を二回も食ったらぶっ倒れる自信がある」
「それは、一回ぶっ倒れてから言えよ!」
結果的に、少ししか食べていない比企谷をジト目で見た。
しかし、確かにあれはひどい。雪ノ下が焦る姿なんて、ほとんど見たこと無いぞ。
蚊帳の外から見てるこっちとしては、結構楽しいんだけど。
その後も同じような問答を何度も繰り返し、由比ヶ浜のクッキーpart2をオーブンに入れる時には、二人とも肩で息をしていた。
「これで後は焼けるのを待つだけだね!」
「や、やっと終わったわ……」
超大作を仕上げ終わった、っていうくらい疲弊していた二人(主に雪ノ下)を見ていると、さすがに見て楽しむのは良くないと思い、労いの言葉を掛けることにした。
「お疲れさまだな、雪ノ下さん」
「あら、鶴見君。起きていたのね。体調が優れないのなら、そのまま最終下校時刻まで寝ていても良かったのに」
「……その体調不良とやらに追い込んだ誰かさんのせいで、今の言葉は皮肉にしか聞こえないんだけど」
「……誰のことかしらね。遠回しに鶴見君を戦力外通告するその人、許せないわ」
誤魔化すのか、反省するのか、ハッキリして欲しい。
後、何気に俺を卑下する言葉を言わないで欲しい。言っても無理かもしれないけど。
諦めたように俺が溜め息をつくと、むっと雪ノ下が俺を睨む。
「……あなた、あれだけの事をして謝る気が無いの?」
「へ? 俺が雪ノ下さんに何したって言うんだよ。むしろ被害者じゃないか……」
俺が反論すると、雪ノ下は後ろを肩越しにチラッと見た。
何かあるのかと思い、その方向に視線を向けると、由比ヶ浜が雪ノ下の背中に隠れて、小さくなっていた。どうやら俺は、本当に避けられているらしい。泣きたい。
「私じゃなくて、由比ヶ浜さんに言うことがあるでしょう?」
「つ、鶴見くん……」
あ、あぁ……。これは完璧に距離が開いちゃった感じだ。さっきまであだ名だったのが、元に戻っている辺りで。気を遣っているんだろうけど、むしろそっちの方がダメージでかい……。
こういうのって、謝るタイミングを逃すと、その後、すっげぇ謝りにくいんだよ……。
でも、実際傷つけたのは俺なんだ。変な意地を張るのは良くない。
頭をガシガシ掻いた後、ふぅっと息をゆっくり吐く。
そして、上体を直角近くまで一気に折りたたみ、頭を下げた。
「由比ヶ浜さん。さっきはごめんなさいっ!」
「…………」
対して由比ヶ浜は無言。目線を下に向けているから、顔を見れないのがさらに怖い。
一回のミスでも、人間関係が大きく崩れるなんてことは、別に珍しい事じゃない。
例え、「料理がマズイ」と言っただけでも、一生口を利いてもらえない夫婦もいるくらいだ。
本当にどうしよう……。とネガティブな思考が頭を埋め尽くす。
そこに投げかけられた一言は、春の日差しのように暖かかった。
「いいよ。あたしだって、悪かったトコあったし…」
頭を上げ、ほっと息をついた。どうやら、由比ヶ浜は予想以上に優しい子だったみたいだ。
少しでも評価を取り戻すために、由比ヶ浜のためになる条件を出してみる。
「次のクッキーは、出来るだけおいしそうに食べる努力をしてみるさ」
「うん!それでいいよ! …ってそれ、おいしくないって最初から決め付けてない!?」
「ち、違う! どんなクッキーでも、責任持って食べるって意味だってっ!」
「むぅ~。なんか、バカにされてる気がする……」
どうやら、考えてることが上手く伝わらず、また怒られそうになった。日本語って難しい。
横を見ると雪ノ下がちょっと優しげな目でこっちを見ていた。
「……由比ヶ浜さんは寛容ね。私だったら絶対許さないけど」
「……雪ノ下さんはもっと寛容になって欲しいっす、俺に対して」ボソッ
「何か言ったかしら? 夢見がち君」
「い、いえ! なんでもないですよ!」
ボソッと言っただけなのに、聞こえてたらしい。あと、夢見がち君って、『見』しかあってないんだけど。確かに夢見がちだから否定はしないけど。
「あ、あのさ……」
由比ヶ浜が、雪ノ下に遠慮がちに声を掛けていた。が、その雪ノ下を見る目は、俺が気絶する前とは違って、しっかりと意思がある。
「鶴見君のおいしくないって感想も、さっきの雪ノ下さんとおんなじで、真っ直ぐな本音だと思ったから、かな?」
「あれは、単に取り繕う暇が無かっただけよ。勘違いしてはいけないわ。由比ヶ浜さん」
「違う。俺はただ、頭より体が先に動くタイプなんだよ。言わば、野生の勘みたいな」
ハッキリ言って、これは言い訳だ。
さすがに、「全部本当です!」って言っちゃうと由比ヶ浜に失礼だろうし。
すると雪ノ下は、呆れたように溜め息をついて、こめかみに手を当てる。
「はぁ……。それは、一般に『単細胞』と言われる人種よ。あなたの悪い所だわ。考え無しで突っ走るから」
「一言多いぞ、雪ノ下さん。良いじゃないか、真っ向勝負、ど真ん中ストレート」
裏があったり、変に捻じ曲がっているよりも、分かりやすくていいと思う。もしかしたらここらへんの思考が、平塚先生と話が合うのかもしれないな。
目の前の由比ヶ浜が、俺と雪ノ下の様子を見ながら、クスッと笑った。
「ほら、二人とも素直で何も飾ってない気がするじゃん。ね? ヒッキーもそう思うでしょ?」
「お、おう……」
今まで、だんまりだった所でいきなり話し掛けられたので、比企谷の体は、中途半端に固まっていた。その目は、「急に話し掛けんじゃねぇよ、あとその笑顔こっち向けんな」とでも言うかのような感じだ。口には出してないけど。
比企谷は、取り繕うようにオーブンの方に視線を向ける。
「お前ら良いのか? クッキー見てないと、さっきみたいに焦げるぞ」
「あ、そうじゃん。ちょっと忘れてたかも」
まだ、入れてからそんなに時間経ってないと思うんだけど…。ま、いいか。
由比ヶ浜の方は、ちょっと重症な気がしてきた。将来の家が火事にならないか心配である。
比企谷の言葉を聞いて、雪ノ下が、まるで命令を出すように、腕を組んで、俺含め三人に伝える。
「じゃあ、焼きあがるまで少し待ちましょう。私がいる限り、火事にはならないわ」
「え? 火事? そんなおおげさには、ならないと思うけど……」
由比ヶ浜が、いくらなんでもオーバーじゃない? と首を傾げていた。
すると、雪ノ下が、めったに見せない満面の笑顔で俺を見てきやがった。
「昨日、家庭科室でボヤ騒ぎを起こした人がいるの。誰とは言わないけど、注意して欲しいわね」
そう言いながら、絶対に視線を俺から外さない。
比企谷は、雪ノ下の目で全てを悟ったようで「マジか、あの騒ぎの犯人ここにいたのかよ……。ファイナル・フュージョン、承認か……ぷっ」と小声で、噴き出していた。
めっちゃ、比企谷殴りたいんですけど…。
でも、押さえろ俺。黒歴史は、あくまで、大人数にばれなければいいのだ。
この二人は、幸か不幸か、交友関係はそんなに広くない。なら、由比ヶ浜にばれなければいい話だ。案の定、由比ヶ浜はちょっと驚いた顔をしているが、俺は視線の対象外らしい。
主に雪ノ下と話をしていた。
「あ、私も噂で聞いた! 確かE組の調理実習であったんだよね?」
「ええ。そうよ」
「確か、犯人は男の子だったとか言ってたけど…」
「そうらしいわね。由比ヶ浜さん、誰なのか検討が付くの?」
「そこまでは、言ってなかったけど……でも、後で調べれば何とかなると思う!」
「!?」
一瞬にして、余裕の感情が無くなった。なんでそこまで分かってんだよっ!?
由比ヶ浜結衣。彼女のリア充情報網がハンパなかったことを、これほど恐怖に思ったことは無い。
真犯人が分からず、事件が迷宮界入りして、話が終わることを切実に願った。
~~~~~
……数分後。
「え! あの騒ぎって鶴見君が起こしたの!?」
「ははは、ははっ……、はぁぁ……」
見事に真相に辿り着かれました。
あまりに早すぎて乾いた笑いしか出てこない。どんな名探偵だよ、本当に。
「……とりあえず、今は聞かないでくれません? 心がヤバイんで」
「う、うん。約束する」
俺がもう止めてくれとハンドサインを送ると、由比ヶ浜は納得してくれたようで、追及するのをすんなり止めてくれたので助かったけど。
「おーい、そろそろ焼けんぞ」
間延びした比企谷の声で、オーブンへと意識を集中させる。中からはいかにも美味しそうなにおいがしてきた。
雪ノ下がオーブンを開け、クッキーを皿に移す。
ちょっと焦げ目が付いているが、クッキーだ。クッキーと言える物が出来ている。
やべっ、ちょっと感激して涙が出てきた。
だが、由比ヶ浜と雪ノ下はあまり納得がいっていないようである。
「う~ん、なんか違う……」
「どう教えれば上手く伝わるのかしら……」
「そうか? さっきのに比べれば相当美味そうなんだが。…なぁ、これ食ってもいいか?」
「……由比ヶ浜さん、この男にまともな感想は期待できないけれど、それでもいいかしら?」
「ちょっと不安だけど……良いよ!」
その聴き方だと俺はまともじゃないみたいに聞こえる。てか、雪ノ下はそのつもりで言ったんだろうけど。不満を抱えながら、皿へと向き直る。
「……じゃあ、いただきます!」
そう言って、クッキーを恐る恐る掴み、由比ヶ浜の方を向くと、すごく期待してる目をしていた。そんなに見られても困るんですけど……。
さすがに二回目は良い所を見せようと、口の中にクッキーを放り込む。
サクサクジャリサクサク……ゴクン。
「ど、どうだった…?」
俺の言葉がどんな物か想像が付かないのか、由比ヶ浜が不安そうに聞いてくる。
そして俺はそれに一言。
「普通に美味しいぞ!普通に」
あまりに普通においしいので、二回言ってしまった。それほどこれは重要だ。
だが、その言葉を聞いて何を思ったのか、すっごく落胆したように肩を落とす二人。
「……はぁ。やっぱダメかぁ…」
「もう一度、最初から作り直す必要があるようね」
「ちょっと待って!? 俺、おいしいって言ったんだけど…」
俺がそう言うと、雪ノ下が、ん?と首を傾げた。どうやら、俺と二人の認識が噛み合っていないみたいだ。
比企谷はその違いに気づいたようで、目線だけは窓の外に向けながら話す。
「鶴見。お前は、雪ノ下のクッキーを食べてないから、そういう風に見えるんだ」
「えっ? 三人だけで食べちゃったの? 俺に一枚も残さずに? あの、雪ノ下…さんのめっちゃおいs…、上品なクッキーを?」
「何でそんなに、会話に疑問系が多いんだよ……。てか、上品なクッキーって何?」
俺の反応に、若干引き気味で答える比企谷。必死さが顔に出てたかもしれない。
俺はゴホンと咳払いして話を元に戻す。
「そ、それで、俺が雪ノ下さんのクッキーを食べて無い事と、今の由比ヶ浜さんのクッキーの感想にどんな関係があるんだよ?」
俺が、まるで意味が分からんぞ、とばかりに聞くと、比企谷が待ってましたとばかりに口元を歪ませる。
つまり、ここから何か、この状況に対して持っている切り札を出すつもりだろうか。
「雪ノ下のクッキーはレベルが高かった。ス○ラおばさんのクッキーかと思ったくらいだ。……が、由比ヶ浜の今のクッキーは普通だ。悪く言えば、平均以下かもしれない」
「何気にヒッキー、ひどいこと言ってるし!」
由比ヶ浜が、ぷくっと頬を膨らませながら言っても、どこ吹く風である。
「人の話を聞け、お母さんに言われなかったのか。……とにかくだ。二人は由比ヶ浜のクッキーを雪ノ下並みのおいしいクッキーにしようとしてる。その認識でいいんだよな?」
「ええ、そうよ。何か問題でも?」
比企谷の質問に、雪ノ下が至極当たり前だと堂々と答えた。
……というか、やっぱこういう時には、俺の方向を見てないのは何でなんだ。もう、ちょっと慣れ始めたけど。
脳内で、若干ネガティブになっている俺など眼中に入れず、比企谷は雪ノ下の言葉を聞いて、フッと優越感に満ち溢れた顔をした。
「ふぅ~…。…どうやらおたくらは本当の手作りクッキーを食べたことが無いと見える。十分後、ここにきてください。俺が“本当”の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」
……言い方がちょっとイラッと来るんだが。これも比企谷の策略なんだとしたらすげーんだけどな。現に目の前の女の子は、ムッとなって、お団子髪を揺らしながら比企谷を睨んでいる。
「何ですって……。上等じゃない、十分後、楽しみにしてるから!」
そう言って、由比ヶ浜は雪ノ下を引っ張って廊下に出て行こうとする。
なんか、意外だった。普通、雪ノ下が連れて行くような気がするんだけどな…。
出て行く二人から目線を外し、比企谷を見るが……
「……なんか忘れ物でもしたのか?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
視線に敏感なのか、すぐに気づいた比企谷が怪訝な目で見てきた。まあ、買ってきたパックを除けば俺が持って来た物なんて無いしな。
だけど、聞きたいことはあった。
多分、由比ヶ浜にはこの勝負で料理よりも大切な物があると、俺は思っていたから。
比企谷は、それをどう思っているか聞きたかったのだ。
「なぁ、比企谷。由比ヶ浜の料理の特訓は、無駄だと思うか?」
比企谷は、少し答えに窮したようだが、一度口を開くとスラスラと言葉が出てきた。
「……さあな。けど、由比ヶ浜が、上手くなる見込みの薄い料理をするよりは、他の事をやった方が良いと思うぞ。人付き合い上手そうな見た目してるし」
「そうか……」
つまりは肯定だ。別に悪いって訳じゃない。ただ、比企谷と俺とは、考え方が違うと改めて分かっただけだ。
例えば、どうしても倒せないラスボスがいたとして。
比企谷は、無駄に頑張るくらいなら逃げるという選択肢を選ぶ。
俺は、無駄かもしれない頑張りを信じて、逃げるというコマンドを選ばない。
多分、それだけの違いだろう。俺の方が印象だけは良くは聞こえるが、どちらも対して変わらん。結局、ボスには勝ててないんだから。「それでも」と声に出す。
「俺は、そうは思わないけどな。本当の意味で無駄な努力なんて無い。子供の時から、そう思ってきたんだ」
「……随分昔から、大層高い理想を掲げてたんだな」
俺が、強い口調で比企谷の言葉を否定すると、皮肉を込めた嫌な笑顔で返された。
しかし、そんな事で言うのを止める俺ではない。こっちは十年近く、周りから見れば、『無駄な努力』を続けてきたんだ。ドアの向こうにいるアイツに勝てるように。
これは、人生経験から得た教訓だ。まだ十六年しか生きてないけど。
比企谷に負けず、母親譲りの鋭い眼光を返す。そして、口元はニヤリとして。
「あぁ、そうだな。確かに理想だ。でも、無駄な努力だろうと、最後には必ず勝つ。そう信じてるからな」
「……正義や主義は持たないんじゃなかったのか?」
「うげっ……。よく覚えてるな、そんな言葉」
俺がその時を思い出して苦笑いすると、今までの空気が一気に弛緩する。
険悪だったムードも、無くなるまではいかないが、少し緩んだようだった。
比企谷が、手元のクッキーを一枚掴み、ヒラヒラと揺らしながら俺に言った。
「……準備するから、外出ててくれ」
「おう。俺も寄るトコあるしな。お手並み拝見、といこうじゃないか」
これで、俺らの会話は終わり。俺は、比企谷に背中を向け、家庭科室の敷居を跨いだ。
~~~~~
後ろ手で、やっぱり固いドアを無理矢理閉めると、少し離れた所から声を掛けられた。
「出てくるのが遅かったわね。男二人で何を話していたのかしら?」
声の方向を見ると、雪ノ下が腕を組んで立っていた。若干、軽蔑の眼差しを送っているのは何故だ。別にやましいことなんて話してないと思うんだが。
俺を見て、不機嫌そうに髪を払う彼女の後ろで、由比ヶ浜がスマートフォンを普段からは想像もつかない早さで操作していた。多分、そろそろ最終下校時刻なので、誰かに連絡メールくらい打ち込んでるのかも知れない。
とりあえず視線を戻し、雪ノ下さんに体ごと向きなおす。
「いや、特に重要なことは話してない。まあ、比企谷と話して、会話からヒントを得ようとしただけだ」
ふーん、と興味なさ気に聞いていた雪ノ下だったが、『ヒント』という言葉に、ピクッと物音を聞いた猫みたいに反応した。
数瞬の間の後、フフッとまるでいたずらっ子のような、意地の悪い笑顔になる。
しかし、比企谷のように見る者を遠ざける笑みではなく、逆に虜にさせるような笑顔だ。
ほんの僅か、見蕩れている俺の内心は他所に、俺に話しかけてくる。
「……まだこの勝負、諦めてなかったのね。意外……でもないのかしら」
だが、表情は一転して心配…というよりは、どうやって活路を見出せるのか分からない、と顎に手をおいて、首を捻っていた。
「でもどうする気なの? 料理は、私どころか並以下。もし比企谷君が…いえ、あの男が万が一にも有り得ないけれど、私と同等の解決方法を出してきたら、それこそあなたには勝ち目が無くなるわね」
「おう、まだ勝ち目は見えないな。だから、今から探しに行くんだが……」
「……鶴見君。あなた、それなのによく堂々としていられるわね……」
その返答に俺も頷く。正直、あんだけ啖呵を切っておきながら、活路なんて全く見えていないのである。もう一つの最終手段はもう構築してあるんだけど。
由比ヶ浜作、『物体X 別名ダークマター』の試食係。
背に腹は変えられない。発癌リスクが何パーセントか上がるかもしれないが、勝負のためなら俺は望んで、レートに賭ける。
……まあ、約束のこともあるっちゃあるからな。喜んで受けておこう。
てっきり俺に起死回生の打開策があるとでも思って、少し身構えていた雪ノ下だが、俺の言葉を聞いて、カクンと肩を落とした。すっかり気が抜けたようだ。
その様子を見ながら、自分が行かなくてはいけない場所があることを思い出した。
少し聞き耳を立てていたのか、バレない様に流し目でこちらを見ている由比ヶ浜と、気の抜けた体勢を立て直していた雪ノ下に、一言掛ける。
「じゃあ、二人とも。俺はちょっと探し物があるから、少し席を外す。多分、比企谷の言った時刻にはギリギリ戻って来れると思うから」
そう言って、俺は階段のある方へと歩き出した。早くしないとタイムリミットの十分なんてすぐ来ちゃうからな。ちょっと駆け足で行かないと間に合わないかもしれないし。
「鶴見くん、一体どこ行くの?」
だが、数歩進んだあたりで、後ろから元気な声が聞こえた。多分、由比ヶ浜の声だ。
立ち止まり、半身で顔だけを後ろに向ける。場所を言うべきかどうか少し迷ったが、結局はバレてしまうだろう。素直に言うことにした。
「図書館だ。ちょっと借りたい本があってな」
「へぇ~。どんな本借りるつもりなの?」
「…………」
……こういう急いでる時って、相手に悪気が無くても、焦ってるからイライラしてしまうんだよな…。これ以上言ったら、マンガで言う、次回作のネタバレになってしまうし!
変なポーズのまま固まって俺は返答に困っていたが、雪ノ下が呆れたような声で言った。
「由比ヶ浜さん。この男にも、遺憾な事に忙しい時があるのだから、その質問は後にした方が良いわ。結局、最後には分かってしまうのだし」
「ちょっと気になるんだけどなぁ……」
雪ノ下……。一言多いような気がするが、とりあえずは心の中で感謝する。
由比ヶ浜はその本が気になるようで、指をモジモジさせていた。その仕草は止めるんだ! なんというか心にグッと来る物があるから!
「……早く用事を済ませてきなさい。万が一、遅れでもしたら許さないわよ」
「りょ、了解!!」
雪ノ下の視線が突き刺さり、返事の勢いそのままに、逃げるように廊下を走り始める。
残り時間は約八分。
その間で、絶対に勝利の方程式を見つけてみせる。
「さあ、ここからはタイムアタックだっ!!」
「鶴見君。廊下を走って良いなんて、私、一言も言ってないわよ」
「あっ、ハイ。スイマセン」
……我が部長は、無駄に規律に厳しかった。
またまたなんですが、テストが近いので活動がストップすると思います。
スイマセン。(><)
更新は早くても、一ヵ月後になるかと……。
次回でクッキー編を終わらせるため、ちょくちょく頑張ります。