やはり俺の青春ラブコメ計画は脱線している。   作:おるぱわ

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本当に久しぶりの投稿で申し訳ないです……。


と、とりあえず本文どうぞ!




彼の解決方法は爽やかスマイルである(嘘)

 

 

「ごめん! ちょっとそこどいてッ!!」

 

ビュンッ!!

 

「うわっ!? あっぶねぇ!」

「なんなのよ、今走ってった奴!」

 

 

高速で後ろに流れる視界。俺は今、特別棟の廊下を激走していた。

 

全力疾走ではないにしても、徒歩を義務付けられている学校の廊下で出して良いスピードでは無く、ぶつかったらかなり危ないことは間違いない。今もカップルの間をギリギリですり抜けた。

……チッ。あと、数センチ横にずらして校舎内で交通事故が起きていたかもしれないのに。

普段なら、これよりもう一つ速度を落として走るのだが、今回は緊急事態だ。一刻も早く家庭科室に着かなくてはいけないのだから。

その家庭科室のプレートを視界に捕らえた。

 

「おっと!」

 

そう口に出したと同時に両足に体重を掛ける。地面との間に発生した摩擦によって、上履きからキュキューッと甲高い音と熱が発生する。

無理矢理ブレーキを掛け続け、速度がゼロになったときには、家庭科室のドアがすぐ隣にあった。

 

「よし! 間に合った……のか?」

 

「はぁ……残り13秒。時間に間に合わせる前に、鶴見君には学校のモラルを守って欲しいわね……。さっき言われたことさえ忘れたのかしら、この鳥頭君?」

 

「さすがに鳥頭は言いすぎだ。別にルールとか守らないだけで……スイマセンでした」

 

呆れの混じる冷たい声が聞こえ、上を見上げると、雪ノ下が諦観にも似た目で俺を見ていた。

またもや背後には怖いオーラが見える。思わず、即座に謝ってしまったぜ。

そういえばさっき、「廊下を走って良いなんて言ってないわよ」とか言ってたよな……。

おぉ、やばい……。十分も経たない内に命令を破ってしまった。

次にどんな言葉が掛けられるのか怖さでブルブルしている俺に、違う方向から声が聞こえた。

 

「な、なんか今のすごかったね!! こう、ビュワーンっと!」

 

由比ヶ浜が身振り手振りで、今の俺の速さを表現しようしてるのかよく分からないが、手をワチャワチャ動かしていた。俺を少しでもフォローしようとしているのだろうか。

すごいと言われて嬉しいっちゃ嬉しい…のだが、雪ノ下は相変わらず眉をひそめていてそんな気にあまりなれない。

 

「由比ヶ浜さん、褒めては駄目よ。この男はすぐ調子に乗って増長するから」

 

「え? でもさっき雪ノ下さん、小学校の話でちょっと褒めてたような----」

 

「そういうことを言っているのではないのよ由比ヶ浜さん。あくまでこの男の現在のマナーの悪さを言っているであって、昔のことは関係ないわ。あと廊下を走るという行為自体に問題があるのだから、それをすごいと言うのは根源的に間違っていると思うの」

 

「ご、ごめん……」

 

お前は俺のお母さんか。どれだけ厳しい教育する気だ。雪ノ下に子供が居たらその子供大変だろうなぁ……とか思ってしまう。

とりあえず息をしっかり調えてから、ドアを指差して二人に声を掛ける。

 

「堅い話は置いといて、そろそろ入ろうぜ。比企谷も待っていることだろうし」

 

「……何故あなたが仕切ろうとするのかしら。一番遅れたのはあなたでしょう?」

 

「えー…。ちゃんと時間には間に合ったのにか?」

 

「それとこれとは話が別よ。ちゃんと反省しなさい」

 

「ぐっ…………ごめんなさい」

 

歯向かいたくなる気持ちもあるが、ここはぐっとこらえることにした。答えるまで間があったのは、俺のなけなしの反抗である。

ちょっとだけ反抗期な俺とは違い、すぐに思考を切り替えたのだろう雪ノ下がコンコン、とドアをリズムよくノックする。

中から、「どうぞ」と抑揚の無い比企谷の声が聞こえ、俺達は顔を見合わせる。

俺が先に入ってくれと無言で二人に促すと、雪ノ下を先頭に、由比ヶ浜、俺の順番で家庭科室へと入っていく。

 

「さっき、随分と騒がしかったな。何かあったのか?」

 

「いいえ、何もなかったわ。強いてあげるなら、そこの男が高速で家庭科室に突っ込もうとしたことくらいかしら」

 

「それ一大事じゃねえか……」

 

雪ノ下と比企谷の会話を聞きながら、俺も比企谷のいる家庭科室の一角へ近づく。

……というか、二人とも俺を危険物扱いしないで下さい。

 

ふて腐れながら、のそのそと歩いていると、比企谷が俺に向かって不思議な物を見るような目を向けてきた。

 

「……? 鶴見。お前、何か探しに行ったんじゃなかったのか」

 

……うん。誰かから言われると思った。

行く前には、「図書館で何か借りてくる!」とか、「勝利の方程式を見つける!」とか、カッコよく言ってみたのだが、結論から言えば。

 

借りたい本が借りられていたのである。

 

借りたい本とは、お菓子の作り方の書いてあるごく普通の本だったのだが、それはそれは見事に借りられていた。五冊くらい目星をつけてあったのに全部借りられていたのだ。

……誰だよこんなにお菓子作りたい奴! 一冊くらい残してくれよ!

と叫びたかったくらいだ。しかし、そうも言っていられず、というか時間も無かったので、急いで戻ってきたという、まさに滑稽な結果になってしまったのである。

 

「あぁ……。それ、無かったんだよ。とある事情で持って来れなかった」

 

俺が、ちょっと悔しくて俯きがちに言うと、雪ノ下が後ろを振り返って、こちらを凝視してきた。

それは残念だったわね、とか慰めの言葉を掛けてくれるのかと少し期待したのだが……。

 

「さっきまであれだけ大口を叩いていたのは、どこの誰だったかしら? 本当に無様ね」

 

「くっ……だ、だけどこれは仕方が無いというか何というか……」

 

「そうやって言い訳しないで頂戴。見苦しくて、視界にすら入れたくないわ」

 

「ぐぅ……! マジでそれ以上は勘弁してくれ……」

 

見事なまでの精神への追撃をしてきやがった。どこまで本気でどこまで冗談なのか分かんないので、全て本心から言っているかもと考えてしまうと、グサグサと言葉の棘が刺さって本当に痛い。

もう聞きたくないとばかりに耳を押さえてうんうん唸っていると、その様子に満足したのか、雪ノ下は比企谷のほうに体を向きなおした。

 

「そこで頭を抱えている男は置いといて、比企谷くんの『本当の手作りクッキー』とやらを見せてもらえるかしら?」

 

「雪ノ下、お前って本当に容赦無いな」

 

「あら? 比企谷くん、この部活ではこんなこと日常茶飯事よ。心の強い人なら、これくらい耐えられるもの」

 

「それもう、一種の猛者じゃねえか……。お前、部活メンバーの精神削り殺す気なの?」

 

比企谷がうんざりした顔をしているが、その言葉は自分も言い表してるんだぞ!

つまり、ここに入れられた時点で、お前もその猛者と言うことだ。俺は、ほぼ自分から入ったから、猛者のさらに上だもんね!……ごめん、半分くらい平塚先生に脅される形だったわ。

入らないと、もう少しで抹殺のラストブリット食らわされるところだった。今思い出しても怖い。

その猛者たちを取り仕切る雪ノ下も、比企谷にそこまで言われると考えを変えたのか、真剣な面持ちになる。

 

「……なら、少し検討しておくわ。それよりも今は由比ヶ浜さんの依頼の完遂よ。早く手作りクッキーを見せなさい」

 

「これだ。この皿の上に乗せてあるやつ」

 

「これって……さっきの?」

 

雪ノ下はそのクッキーを見て首を傾げていたが、少し後ろを振り向き、由比ヶ浜を見ていたから、多分ある程度分かっているんだろう。

雪ノ下の視線を感じてか、由比ヶ浜もヒョコッと横からそのクッキーを覗き込み、笑いを堪え切れず噴き出した。

 

「ぷはっ、大口叩いたわりに大したことないとかマジウケるっ!食べるまでもないわ!」

 

「……ま、まあ、そう言わずに食べてみてくださいよ」

 

比企谷が、笑顔で由比ヶ浜に食べるよう促す。だが、その引き攣っている笑顔が、隠し切れない怒りを表していた。俺から見てもちょっと怖い。

一方、比企谷に食べるよう促された由比ヶ浜は、半信半疑でクッキーを摘む。それに習って雪ノ下と俺も一つ、焦げ目のついたクッキーを手に取った。

 

「そこまで言うなら……い、いただきます」

 

「……」

 

パク、サク、サク。と二人から小気味良い音が響き、両者とも目を閉じてその味を審査するようにゆっくりと噛み砕く。

その様子を俺と比企谷は無言で見ていたが、突然由比ヶ浜が目をクワッと見開いて、比企谷を見る。その妙な迫力に、体が強張ってしまった。

 

「特に特別何かあるってわけじゃないし、ときどきジャリってする! はっきし言ってそんなにおいしくない!」

 

取り繕わないで言われたその言葉は、本当に素直な感想なのだろう。

「このクッキーはおいしくない」

それが、比企谷のクッキーへと言った、真っ直ぐな感想だ。

俺がその言葉言われたら、多分泣いて帰るだろう。こういう精神的メンタルは弱いし…。

案の定、その言葉を受けた比企谷は、そっと目を伏せると、クッキーの入った皿を机から取り上げ、くるりと回ってゴミ箱のほうに歩き出した。

 

「そっか、おいしくないか。…結構頑張ったんだけどな。……わり、これ捨てるわ」

 

「ごめん……ってちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「……何だよ?」

 

その比企谷の手を掴んだのは、由比ヶ浜だ。比企谷が振り返ると、由比ヶ浜は返事もせず無言でその皿を奪い、その上にある、形も大きさもバラバラなクッキーを掴んで、口へと流し込んだ。

口に入れた全部のクッキーを食べ終わると、顔を伏せて比企谷にこう答えた。

 

「べ、別に捨てるほどの物じゃないでしょ。……言うほどマズくないし」

 

「……そっか。満足してもらえるか?」

 

その言葉を受けて、比企谷はフッと笑いかけた。

……ちょ、今の笑顔はやべぇだろ! 目を閉じて笑ってる分、腐った目のマイナス点が無くて、イケメン度が普段の三割り増しだぜ!?おもわず俺までドキッとしちまった。

その笑顔のせいなのか、夕日のせいなのか、由比ヶ浜は無言で頷くと、プイッと顔を逸らす。

その様子は傍から見れば、付き合いに慣れない男女二人のようなシチュエーションに見えなくもない。

こういう甘ったるい空気が苦手な俺にとっては、今すぐブラックコーヒーが欲しい展開であった。

……まあ、それもさっきとは打って変わって、してやったり顔しているこの男には通用しないんだろうけど。

 

「ま、それは由比ヶ浜がさっき作ったクッキーなんだけどな」

 

「……は?」

 

しれっと、何もなかったかのように比企谷が答えを告げた。

その答えに由比ヶ浜は、どういう事か全く分からないようで、アホみたいに口をぽかんと開けていた。

ここで、俺が『ドッキリ大成功!』のプラカードでも持っていたら、さぞかし決まっていたことだろう。さすがに雪ノ下に怒られるか。

 

「えっ、えっ!?」

 

未だに理解できていない由比ヶ浜が不憫に思えたので、まだ口にしていなかったクッキーを少し齧り、ちょっとだけ声のトーンを落として比企谷に問いかける。苦味によって渋い顔になっていて、緊張感が出ているはずだ。

 

「もうネタ晴らししてもいいんじゃないか? 比企谷」

 

「復活したのか……ってお前、俺の考えてること分かってたのかよ?」

 

怪訝な目を向けてくる比企谷。そりゃ当然だろう。何も言われて無いんだから。

でも、分かるんじゃなくて『未来を知ってる』んだけど。……まあ言ったところでこうなる。

 

『俺、未来を知ってるんだ』キリッ

 

『『うわぁ……』』

『鶴見くん……病院行く? 良い精神科を紹介するわ。』

 

……うん。言うとみんなから痛い目で見られるどころの騒ぎじゃなくなるから止めておこう。

もしかしたらあったかもしれない世界を想像しながらも、不自然にならない返答を探す。

 

「大体だが見当はつく。仮にも同じ男子だからな」

 

思いついた適当な理由で誤魔化すと、比企谷は鼻で笑って視線を逸らした。

 

「ハッ……そういう奴ほど、的外れなことを言うんだよな。ソースは中学時代の友達の友達」

 

「な、なんか、トラウマ抉っちまってゴメン……」

 

「ばっか、お前。謝んじゃねえよ。友達の友達って言ってるだろうが」

 

しかし、比企谷の別のトラウマスイッチをポチッと押してしまったようで、何となく俺まで沈んだ気持ちになってしまった。二人揃って気分をどんよりさせていると、痺れを切らしたのか雪ノ下がジロッと睨んできた。

 

「……結局、二人して何が言いたいのかしら?」

 

比企谷と俺、この場合は主に比企谷の言いたいことが分からず、かなりご不満らしい。

若干置いてけぼりを食らい、不機嫌になっている雪ノ下に優越感を持ったのだろう、比企谷が少しニヤリとした。

 

「お前らはハードルを上げすぎてんだよ。雪ノ下、ハードル競技の一番の目的は何だと思う?」

 

「ここでその話題を出す理由がいまいち分からないのだけれど……。一位を取ることではないの?」

 

「それも正解の一つだ。だが、その為に絶対ハードルを飛び越えなきゃいけないというルールは存在しない。だから……」

 

「ハードルをなぎ倒そうが、吹き飛ばそうが、下を潜ろうが構いはしない。……って訳だろ?」

 

蛇足だが、ハードルはちゃんと跳んだほうが早い。じゃなきゃ、今頃世界陸上のハードル競技は吹き飛ばされたハードルが飛び交う戦場になっているだろうし。

だが、ここでそういうことを言うのは野暮だ。

比企谷の言うであろう言葉だけをドヤ顔で奪うと、比企谷は心底驚いていたようで、普段はドヨーンとしている目が見開かれ、俺から二歩三歩と距離を離す。何故か胸の前で腕を組んで、上半身をガードする体勢に入っていた。あれ? 何かデジャヴ?

 

「鶴見って俺のストーカなの? ちょっ、冗談でもそれは止めてくれない?」

 

「あなた、前からもしやとは思ってはいたけど……。ごめんなさい、気づいてあげられなくて」

 

雪ノ下も雪ノ下で俺の心を抉ってきた。……前から思っていたってどういうことだ!?

さすがにそんな特殊な趣味は持ち合わせていないので、早急に取り消しを求める。

 

「男にストーカする趣味なんてねえよ!……あ、念のために言うが、女子にもストーカーするつもりは無いから! 雪ノ下さん、由比ヶ浜さんに俺を見せないように目隠しすんの止めて!」

 

選んだ言葉が悪かったのか、何故か更に女子二人からも距離が開いていた。もしかしてホモ疑惑は取り除けたけど、ストーカー疑惑は残ったの?どれだけ不審人物に思われてんだよ、俺……。

 

「この男子二人、ちょっと怖い……」

 

「なんで俺まで入ってんだよ……。今のはどう考えても鶴見だけだろうが」

 

「由比ヶ浜さん、安心しなさい。あなたを決して危険な目に合わせないから」

 

「ゆきのしたさん……」

 

不満を言う比企谷など見向きもせずに、雪ノ下が凛々しい目付きで由比ヶ浜を諭していた。

……それ主人公がヒロインとか守る時に言うセリフでしょ? 何でお前が言うの?

由比ヶ浜、見蕩れてうっとりしちゃってるし。

雪ノ下は、男子二人に今の行動を見られたことが恥ずかしかったのか、少し頬を朱に染め、コホンと軽く咳払いをして少し強引に話を進める。

 

「と、とにかく。 あなた達の言いたい事は分かったわ。……手段と目的を履き違えていたという訳ね」

 

「……まあ、そういうことだ」

 

比企谷は、釈然としないと言った感じに、渋々だが首を縦に振った。

 

「せっかくの手作りクッキーなんだ。手作りの部分を強調しなくちゃ意味がない。店と同じようなクッキーを出されるよりも、少し味の悪いクッキーの方がいいんだよ」

 

「……ほ…がいいの?」

 

「あん?」

 

比企谷の言葉に反応したのは、意外にも由比ヶ浜だった。

この場の全員に見られ、伏せ目がちだった視線はさらに下を向く。が、意を決したように比企谷を見て言った。

 

「おいしくないほうが…いいの?」

 

至極正しい質問だと俺は思う。

仮にも男の子に手料理をあげるんだから、それが美味くなくていいと言われたら不安にもなる。

由比ヶ浜の、下から見上げる+少し涙目のコンボで、頬を若干染めた比企谷が、頬を掻きながら答える。

 

「まあ、その、なんだ……上手に出来なかったとしても、『頑張って作りました!』ってアピールすれば、悲しいことに男心は揺れるんだよ」

 

「……どうも信憑性に欠けるわね。一応、保険として聞いておくけど、鶴見くんはどう思うの?」

 

「…………えっ! 俺!?」

 

比企谷の持論に納得し切れなかったのか、雪ノ下は唐突に俺へと話を振ってきた。

というか聞かれても、聞くことに徹し過ぎて何も考えてなかったんだけど……。

どんな答えを言えば良いのか分からず、頭をガシガシ掻いてみても出てくるのはボツ案ばかり。

思考がごちゃごちゃになってオーバーヒートしそうだったので、思い切って逆に素直に言ってみることにした。

 

「多分、男としては嬉しいんじゃない……か? そりゃ、その人の気持ちが入っている物だから」

 

「質問と違う答えが返ってきたわね……。私は何故そう思うのか、その根拠を聞いているのよ」

 

「こればっかりは……ちょっと待って」

 

雪ノ下さんマジで厳しいッスよ……。彼女の辞書に妥協という文字はないらしい。

しかし、こういう、人の感情に理屈をつけろと言われる方が困ってしまう。

俺なりに考えをまとめながら、比企谷、由比ヶ浜を含め、全員につっかえながらも話し始める。

 

「えっと……極端な話なんだが、女子全員が……人類全員でもいいかもしれないけど、料理がすごく不味かったとする。つまり味に優劣がつかない世界だ。そうなると、料理の味は評価基準から外れるはず」

 

「……まあ、当たり前だな」

 

比企谷がその世界を想像したのか、苦い物を食べたようなしかめ面をする。

でも、俺にとって相槌を打ってくれるのは地味に嬉しかったりするので、自然とテンポが上がる。

 

「そんで、次に料理の見た目も同じだとする。……そうなると、もう料理自体は、評価にならないだろ?」

 

食料が、全てプロテインとビタミン剤と水の世界を想像して話していると、雪ノ下がこの話に疑問を持ったのか、顎に手を当て、まるで探偵のような仕草で聞いてきた。

 

「……では、どう評価すると言うの? 料理その物で評価出来ないのなら、作った人の…人柄とか地位で判断するのかしら?」

 

後半の言葉には、嘲笑と、少し自虐めいた声音が混じっていた。

実際、雪ノ下なら料理その物じゃなくて、「雪ノ下雪乃の作った手料理」というブランド物扱いされた事は、少しくらい経験しているのかもしれない。さすがに、そんな細かい所までは知らんけど。

だが、その言葉を全部は否定しない。こう言われるのは、折込済みだからだ。

 

「確かにそれもある。けど、一番大事なのは、さっきも言ったようにきっと気持ちなんだ。純粋に自分のことを考えて作ってくれたのか、その料理にどれだけ自分への気持ちが込められているのか、それが分かると無性に嬉しいんだよ。……多分だけど」

 

正直に言ってしまえば、これはほとんど留美のお母さん、つまりはこの家庭科室の主、俺の叔母さんからの受け売りである。

幼稚園のお遊戯で「おとーさん! おかーさん! ありがとう!」と、言われると親が泣いてしまう原理に良く似てると俺は思っているが。

邪な気持ちや計算が一切ない感謝の気持ちは、人の心にズドンと届くと思うから。

 

……というか関係ないけど、あの人、留美の叔母さんは正直、親バカだ。留美関係になるとかなりベタ甘になる。誕生日に、留美から手作り料理作ってもらった時なんか、その話を半日近く聞かされたからね?

俺に泣きながら報告するぐらいなら、本人に言って下さいと言いたかった。

俺も将来、そんな親バカになることもあんのかなぁ……。と、妙に悟った考えを一旦破棄し、思いっきりの笑顔で、由比ヶ浜に向かいビシッとサムズアップを決める。

 

「俺だったら、今の由比ヶ浜くらい頑張って素直な感謝の念を込められたら、例え真っ黒な料理でも喜んで食うね!」

 

よし!言い切った! 最後の辺りは、ちょいと勢いで乗り切った気がするけどまあ気にしない。

話はこれで終わり、と一息ついていると比企谷がボソッと一言。

 

「……さっき、真っ黒いクッキーを食って白目剥いた奴のセリフじゃねえな」

 

「ぐっ……」

 

それは言わないでくれよ! 内心気づいてたんだから!

少しダメージを受けてよろめいていると、雪ノ下が誰に言うでもなく呟いた。

 

「……素直な気持ち、ね。そういう考えもあるのかしら」

 

「ある。ほとんど直感だけで生きてきた俺が言うんだから、間違いない」

 

「……それで言い切ってしまう辺り、凄いわね。本当に愚直に、そして愚かに生きてきたのね。偉いわ、鶴見くん」

 

「なんでわざわざ言い直したんだよ!?」

 

雪ノ下は笑顔なのに褒められている気が全くしなかった。凄いって言葉は肯定的な意味ではなかったのか。

これ以上は言っても無駄だろうなと目を逸らすと、由比ヶ浜と目が合う。雪ノ下とは違う、ほにゃっとした笑顔で微笑んでいて、鼓動が一瞬高鳴る。……俺、最近トキメキ過ぎじゃねーか? 笑顔向けられただけで惚れかけるとか、イマドキの中学生より耐性低いかもしれん。

 

「そっか……。そう考えるとちょっとだけ勇気出たかも。ありがと、つるっち」

 

「お、おう。どういたしまして。…………え、つるっち?」

 

ここで新たなあだ名である。何でこうなったのか追求したい気持ちになったが、由比ヶ浜はすでに比企谷に目を向いていており、俺の最後の呟きは届いていない。

 

「……ヒッキーはさ、真っ黒なクッキーでもおいしく食べられる?」

 

その言葉は、遠回しに考えれば由比ヶ浜の感謝の相手は誰なのか、特定できるヒントだろう。

だが目の前の男は、それを考えから外したのか、首を横に振って質問に答えた。

 

「いや、最低限食えるレベルじゃないと無理だな。……まあ、食える範囲内なら相手に聞こえないように『うわっ、マズッ』って言いながら食うね。あとヒッキー言うなっての」

 

「感想が妙にリアルだ!? ……今はそれでもいい、かな」

 

たははと苦笑いを浮かべた由比ヶ浜は、最後に一言呟くとドアに向かって歩き始めた。

ドアに手を掛けたところで、雪ノ下が声を掛ける。

 

「由比ヶ浜さん、依頼はいいの?」

 

「ごめん! 自分でどうにかしてみる! ありがとね、雪ノ下さん」

 

「……そう。頑張ってね」

 

「うん、頑張ってみる! ばいばい! また明日」

 

雪ノ下と少し会話を交わして、由比ヶ浜は手を振って家庭科室を出て行ってしまった。

良くも悪くも、嵐のような依頼人が居なくなってしまうと、静かな時間が訪れる。

雪ノ下が初対面の人で応援の言葉を掛けたのは、ちょっと意外だったけど。

 

 

普段からそうしてればいいのに、という言葉は、心の中にしまっておいた。

 

 

 





実はもう少しだけ続くんですが、一回ここで区切りました。

何か感想や、誤字報告あったら、気軽にオネシャス!(戸部感)



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