数分前
艦娘が深海棲艦と戦っている間に大鯨達と準備していたのは、深海棲艦がゲリラに艦娘を陸から攻撃するよう渡した地対艦ミサイルである。戦争においてよくある事は、技術が敵に奪われる事である。この世界も例外ではない。陸軍将校が率いる部隊が艦娘を苦しめているゲリラを排除すると同時に地対艦ミサイルが搭載している車両1台を無傷で手に入れる事に成功した。操作や威力については構造を理解したアイオワから聞いたが、技術差があり過ぎているため提督どころか明石や妖精もこの兵器を把握するのに手こずったのである。残念ながら量産は現時点では不可能であるため、装填している数しか使えない。結局、タイムマシンの護衛用として倉庫に眠らす事になった
使われる事はないと思われていた兵器も、今日の海戦でこの地対艦ミサイルを使う事を提督は決意したのである。艦娘に有効であるなら、深海棲艦にも効くはずだ。ただ、やはりと言うべきかよく分からない兵器を突然扱うのは難しい。アイオワが作ってくれたマニュアルもチンプンカンプンだ
「後、どれくらいですか!?」
「とにかく終わるまでだ!」
提督と妖精は操作パネルと格闘している最中、大鯨はミサイルで撃沈される艦娘の光景に涙を流しながら訴えていた。間宮も速吸も同じだ。これは戦争ではない。ただの虐殺だ。敵のミサイル攻撃で味方の被害は甚大である。砲雷撃戦で何とか押し戻しているものの、いつ防衛線が崩れてもおかしくはない
「まだですか、提督!?」
「もう少しだ!」
「早くして下さい!私には耐えられません!」
大鯨は悲鳴じみた声を上げた。提督も焦っていた。大砲なら弾を込めて引き金を引けばそれでOKだが、目の前にある兵器はそんな単純なものではない
「空母が艦隊戦に参加していません!今がチャンスです!」
「速吸、言われなくても分かっている!」
空母ヲ級改がなぜ砲雷撃戦に参加せず離れた場所で待機しているのか不明だが、こんなチャンスは滅多にない。しかも、この兵器は長門型戦艦が持つ41cm砲よりも遠くに届き、確実に命中する
「ミサイル全て空母ヲ級改に攻撃するぞ!撃沈させてやる!ロックオンは!?」
「準備中です!」
妖精も提督のサポートをしていたが、それでも手こずっていた。アイオワ曰く、ミサイルはボタン1つで発射するという説明に怒りを覚えた。何処が簡単だ!
「あの空母、ジェット機をまた吐き出すつもりです」
現場が見渡せる所だが、提督と妖精はそれに構わず操作パネルと奮闘していた。適当にいじる訳にもいかない。時間が長く感じたが、実際は数分だったかも知れない。そして……
「空母ヲ級改にロックオン出来ました!いつでも攻撃出来ます!」
発射準備完了の報告を受けた提督は、空母ヲ級改に突進している神通と天龍を呼び戻すよう無線で連絡した後、即座に命令した
「よし、撃て!」
妖精が発射ボタンを押した直後、馬鹿デカい発射音と噴煙が提督と大鯨達に襲ったのは言うまでもない。提督達が悪態をつく中、発射された6発の地対艦ミサイルは空母ヲ級改に目がけて突進していった
艦娘達は絶望した。空母ヲ級改からジェット機の発艦を許したら、こっちが全滅してしまう。提督の命令も分からなかった。なぜ離れろ!と言ったのか?
皆が疑問に思った瞬間、何処から飛来して来たのか、ミサイルが空母ヲ級改に殺到し命中、爆発炎上したのだ。搭載していたジェット機は誘爆し、空母ヲ級改は炎に包まれながら、断末魔を上げた。空母ヲ級改は、6発のミサイルの直撃を受けてから、沈むまで艦娘が味わった恐怖を皮肉にも味わう羽目となった。余りにも突然の出来事に艦娘どころか戦艦ル級flagshipまで呆然としていた
「一体、何が…?」
吹雪が呟くが、この現象に応える者がいない。いや、応える者がいた。無線からだ
『危機一髪だったな』
「「「「「提督!」」」」」
どうやって攻撃したか知らないが、提督が空母ヲ級改を撃沈させたらしい。実際は違うのだが、艦娘達からは歓声が上がった
戦艦ル級改flagshipは驚愕した。まさか相手が地対艦ミサイルを持っている夢にも思わなかったのだ。空母を守るはずのイージス艦を砲雷撃戦で使った事を悔やんだ。
「撤退シロ!」
戦艦ル級改flagshipは生き残っている深海棲艦に撤退するよう命じた。20近くいた深海棲艦も今では5体しかいない。それも全て大破している。空母もイージス艦もジェット戦闘機も失った。こうなるんだったら、潜水ソ級も連れて来るんだった。悔やんでも仕方ない。直ちに応援を呼ばないといけない
『提督、流石ね』
「ああ、この兵器は深海棲艦に効くんだな」
陸奥を始め、艦娘達が提督に向けて感謝してくれた。散々、自分達を苦しめて来た敵を押し返す事に成功したのだ。こちらも損害があるものの、最新鋭兵器を持つ敵を撃退出来た。大鯨と速吸が歓声を上げながら抱き合っているのを他所に提督は地対艦ミサイルが搭載された車両を眺めた
(この兵器は本当に何なんだ?浦田重工業が開発したものか?)
深海棲艦の戦術は画期的だ。いや、画期的過ぎた。そもそも、こんな兵器を渡す深海棲艦の神経が分からない。ゲリラが裏切る事を考慮していないのか、それとも奪われても何とも思っていないのか?深海棲艦がわざわざ人間のために最新鋭兵器を造って渡すのだろうか?スパイならともかく、高度な技術が詰まっている軍事兵器を与えている時点で色々とおかしい。この兵器だと深海棲艦が出現する前の時代の軍艦でも撃沈出来そうだ。様々な疑問が出て来るが、今はどうする事も出来ない。不意に無線から連絡があった。天龍からだ
『提督、喜ぶのは早いぜ。あいつら、援軍を呼びやがった』
「……そのようだな」
水平線上は黒かった。海がまるで汚染されたかのようにどんどんと広がり、こちらに迫ってくる。双眼鏡を覗くと、敵の大艦隊がこちらに迫ってきている。空もあのジェット戦闘機が大編隊を組みながら空を飛んでいた。もう敵は容赦しないだろう。大鯨も速吸も間宮も呆然として敵の大艦隊を見つめていた
『提督、明石の方へ行ってください』
「それは出来ない相談だ、霧島」
『違います。『新型兵器』の確認と破壊工作の準備をして下さい。私達がここで食い止めます。私の計算によると残された時間は僅かです』
霧島の意見も尤もだ。時雨を送り出す事が出来なかったら、全てが水の泡となる。タイムマシンが敵の手に渡れば、敵は過去へ送り込むだろう
「……健闘を祈る。また会おう」
『はい、あの世で』
提督がタイムマシンの方へ行ったのを確認した陸奥は、自分達の状況を確認した。善戦したとは言え、全員ボロボロである。喜んだ彼女達も今では絶望に歪んだ顔で空を眺めていた
「嘘でしょ……」
足柄の声は震えていた。他も同じだ。もう手はない。弾薬も燃料も艦載機もチャフもフレアもほとんどない。CIWSも弾切れだ
「陸奥さん、指示をお願いします」
「あらあら、本気なの?無線のやり取りを聞いてなかった?」
吹雪の問いかけに陸奥は笑顔で答えた。久しぶりに笑った。姉である長門を失い、仲間を失っても『新型兵器』という希望を持って戦った。『新型兵器』の正体がタイムマシンという事に失望したが、それでも……ほんの少し希望を持てた。艦娘も提督も一緒に笑えるような鎮守府を夢見ていた。この目で見る事はかなわないが、その夢は叶えられそうだ
「これから戦って沈むけど…何でだろう…あまり…悔しくはないわ…」
海岸では瑞鶴とサラトガがいた。艦載機がない彼女達はもう戦える戦力はない。空母の役目を失った二人は、海岸で砲雷撃戦を眺める事しか出来なかった。戦いは勝ったが、敵は増援を呼んだ。もう艦載機はない。空から押し寄せるジェット機の大軍に瑞鶴もサラトガも逃げる事も隠れもせず空を見上げていた。絶望的な状況なのに、2人は呑気に話している。いや、気を紛らわしていると言った方がいいか
「サラさん、あいつに勝てる方法ってないの?」
「ないわ。アリが象に勝てないのと同じよ」
「スズメバチみたいに飛び回る、あのジェット機は何なの?」
「3種類の内、1つだけ知っているわ。笑えないジョークだけど……あれはF/A-18E『スーパーホーネット』という機体よ。ホーネットの意味はスズメバチ」
「何で知っているの?残り2つは?」
「
本当はサラは知っていたが、ワザと教えなかった。1つは対空戦闘に特化した機体、F-14D『トムキャット』。もう1つはF-35Cと呼ばれた機体だ。どれもアイオワから聞いた。サラトガもアイオワもまさか、『あの戦争』から数十年進歩した兵器を敵が使っているなんて言えなかった。そして本当の理由は……
(最新鋭兵器の正体が、未来のアメリカ製の兵器だったなんて言えないわ)
本当は恐れていた。他の艦娘から嫌われる事に。特にドイツやイギリスの艦娘が最新鋭兵器の正体を知ったら、半殺しにされるだろう。もしくは深海棲艦のスパイとして敵視されるかも知れない。だからアイオワは、提督以外は曖昧に言って誤魔化していた。幸いな事に艦娘が持っている艦の記憶は、曖昧な所が実際にあるため他の艦娘はそれ以上追及しなかった。それを利用してはぐらかしていたが、今では明かしておくべきだったと後悔した。タイムマシンで真相を話した時の反応を見ればわかる。提督と艦娘の絆は強かった
しかし、真実を話しても何も出来ないだろう。この世界の軍事技術は、まだそこまでたどり着いていない。対抗手段なんて一朝一夕に造れない。アイオワが提供したミサイル防衛システムも泥縄式のようなもので有効とは言い難い。浦田重工業がなぜ4年前にイージス艦というものを造れたのかは不明だ。アイオワも分からなかった。しかし時雨という駆逐艦と過去の提督が解決してくれるだろう。出来ればあれを葬って欲しい。この世界には不要なものだ
(一緒に戦えて光栄でした、提督)
海と空から発射されたハープーンミサイルが、こちらに向かって来ても不思議と恐怖を感じなかった。着弾するまでの間、サラトガは静かに泣く瑞鶴を優しく抱きしめていた
提督は走った。霧島の言った通り、タイムマシンが無事に作動したか確認する必要性がある。時間は15分以上も経っているから、既に転送しているはずだ
「明石、そっちはどうだ!」
『……まだ転送出来ていません!』
予想外の返答に提督は、思考停止に陥った。時雨を過去へ送り出す事が出来なければ、この作戦の意味がない
「なぜだ!何が問題だ!?」
『転送作業中に故障がいくつか発生しました。急ピッチで修理していますが、それでも五分かかります!』
「急いでやれ!こっちはもう限界だ!防衛線はもうじき破られる!成功しなければ全員、無駄死だ!」
もう武器もない、艦娘も戦えない、陸軍将校に無線を呼びかけたが返事がない、もう陸軍もダメだろう
「行ってください!ここは私達が食い止めます!」
「バカ言うな!」
地下施設に入る扉の前で大鯨は艤装を起動させた。速吸どころか間宮まで戦おうとしている。間宮も艦だった頃は自衛用の14センチ砲を2門備えていた
「あの大艦隊を見たでしょう?この武装で艦隊戦は無茶かも知れませんが、時間稼ぎくらいは出来ます!」
「分かった」
提督は再び走る。正直言って、あの大艦隊を食い止める手段は皆無だ。それでもここを爆撃しなかったのは、『新型兵器』の噂を広めたお蔭かも知れない
『新型兵器計画』が完成すれば、如何に最新鋭兵器を持つ深海棲艦だろうが、一瞬で撃破し、我々人類はこの災禍から救われる
勿論、出鱈目だ。しかし、この出鱈目のお蔭で敵は慎重に攻撃している。敵が一気に攻めてこちらを殲滅しなかった理由は恐らくそれだろう。しかし、それは敵に注目されるという副作用を産んでしまった。タイムマシンが敵の手に落ちれば、この世界は終わりだ
本来なら解析できないよう分解して、海に捨てるつもりだったが、今はそんな悠長な事が出来ない。だから時雨を送った後は、タイムマシンを完全に破壊する必要がある。設計図も同様だ。再びタイムマシンの部屋に入ると頑丈な鉄の扉を閉めた
時雨はまだカプセルの中にいた。迫りくる時間に提督は焦りを感じた。自分の命はどうなってもいい。ただ、やるべきことがある。時雨を過去に送る事だけ成功してタイムマシンを破壊すれば任務成功だ
死は覚悟していたが、無駄死は御免だ。酒匂から渡された起爆装置がポケットの中にある事を確認するとタイムマシンに向かって駆け寄った
現在分かっている事
・深海棲艦(空母ヲ級改)の艦載機……F-14Dトムキャット、F/A-18Eスーパーホーネット、F-35CライトニングⅡ
・軽巡ツ級(イージス)……イージスシステムを取り込んだ事でイージス巡洋艦となる
・深海棲艦は何故かアメリカ製の、しかも未来の兵器を使用
・浦田重工業とイージス艦などの兵器との関係性は不明