時雨は落ち込んでいた。外はどうなっているか知らないが、地響きが聞こえて来るため何が起こっているのか分からなかった。ただ不吉な予感はしていた。いくら艦娘が集まろうと、あの最新鋭兵器を持つ敵を撃退する事は不可能だろう
それに加え、大問題が発生してしまった。タイムマシンの機械に故障が見つかったのだ。明石達は慌てて修理している。こんなので間に合うのか?
「明石さん、出してよ!」
「ダメ!じっとしてて!」
手足を縛っていた紐を時雨は強引に引きちぎり、開けるようカプセルを叩いた。しかし、夕張と秋津洲は無視して修理をし、明石自身は操作盤をいじっている。そうこうしている内に提督が戻って来てくれた
「提督!」
時雨は喜んだ。帰って来てくれた!まさか、防衛戦が成功したのか?やはり、奥の手を隠し持っていたのだろう。でなければ提督がここに来るはずがない。時雨は喜ぶ間もつかの間、提督から衝撃の事実が明かされた
「早くしてくれ!敵が迫って来ている!無線には誰も応答しない!」
「後少しです!夕張、電気系統に問題ある!?」
時雨は背筋が寒くなった。明石と夕張の怒号が遠くに聞こえ、提督の言葉だけが耳に反響する。敵が迫って来ている…。無線には応答しない……。まさか…、まさか提督と一緒に出て行った艦娘は……。将校と兵士達は……
「提督!僕も戦う!このままだと全滅してしまう!」
「いや、お前は過去へ行け!カプセルから出るな!」
提督は相変わらずだ。もう嫌だ!僕にこれ以上、辛い想いを味わいたくない!西村艦隊以上の悲劇を背負ってまで去りたくはない!
「それなら、皆と一緒に逃げよう!もう無理だ!任務は失敗した!」
「ダメだ!お前だけ過去へ行って生き延びるんだ!」
「他にあるはずだよ!隠れて生きる方法が!」
「いいか、二度と逃亡しようなどと口にするな!お前は過去へ行け!!」
時雨は信じられなかった。もう詰んでいるのになぜこんな非情な命令が出来るんだろう?提督の事が好きだったのに……
「例え任務の成否でも、この機械は破壊しないといけない。……過去の俺を頼む。命令だ」
提督の顔を見て時雨は知った。提督は微かに笑っていた。提督は死を覚悟していた
「今までありがとう、こんな事になっても俺を心配してくれて。しかし、まだゴールじゃない。お前の任務は終わっていない」
時雨は何も言わない。これは任務じゃない。こんなのは僕に向いていない
「提督、修理は終わりました!座標も時間もセットしました!」
「明石、始めてくれ」
明石はすぐさま操作を開始した。カプセルからプラズマが発生し、時雨はプラズマのまぶしい光を手で遮った。それでも目だけしっかりと提督を見ていた
突然部屋の扉が轟音を立てて破壊され、戦艦ル級改flagshipが現れた。深海棲艦が部屋に雪崩れ込んで来ている
「提督!」
提督に警告を発した直後、時雨の視界は光に包まれ…時雨は何が起こった分からなかった
時雨の転送を確認した直後、後頭部に激痛が走り床に倒れた。誰かに殴られたのかは分かる。戦艦ル級改flagshipが砲で提督の頭を殴ったのだ。戦艦ル級改flagshipはそのままうずくまっている提督の身体を軽々持ち上げると、野球ボールを投げるかのように部屋の端まで投げつけた。秋津洲、夕張、明石も悲鳴を上げた。重巡ネ級に暴力を振るわれ押さえつけられていた。夕張は抵抗しようとしたが、戦艦タ級に察知され攻撃を受けてしまい大破してしまった。
「くっ……」
自分が何があったのか把握するのに時間を要した。身体のあちこちに激痛が走る。額は割れ流血し、左目の視界が赤く染まった。立ち上がろうとした瞬間に、銃声が聞こえた。提督は苦痛を上げ再び倒れた。戦艦ル級改flagshipが発射した銃弾が足に命中したのだ
「オイ!オ前!ココデ何ヲシタ!?カプセル二入ッテイタ艦娘ハ何処ヘ消エタ!」
戦艦ル級改flagshipが吠えている。遠くには明石、夕張、秋津洲が捕まっていた。3人の他に数人の艦娘がいる。酒匂、プリンツ、摩耶、綾波そして鳥海もいた。恐らく、捕まったのだろう。皆、艤装は取り外され全身傷だらけでボロボロだ
「サッサト言エ!サモナイトオ前ノ仲間ガドウナッテモイイノカ?」
「分かった!何をしたのか言う!」
提督はゆっくり立ち上がりながら、左手に隠し持った起爆装置を操作していた。操作方法は地対艦ミサイルよりも遥かにシンプルだが、深海棲艦はこっちを警戒しているため中々上手く操作出来ない。それどころか奴らはとんでもない事をした
「ぎゃあああああ!」
「やめて!摩耶、摩耶~~!!」
「おい!よせ!やめろ!」
何と重巡ネ級はナイフを摩耶の背中を刺したのだ。艦娘と言えど艤装を外せば人間同然だ。最悪の場合、死ぬ可能性もある。鳥海は摩耶の所に駆け寄るが、暴力を振るわれ押さえつけられた。他の艦娘も暴力を振るれた。無抵抗にも拘わらず。苦しむ艦娘を楽しむ深海棲艦。初めはこんな事は無かった
「サア、喚ケ。イツモノ声ヲ聞カセロ。『提督、提督助けて』ト」
重巡ネ級の楽しむ声に俺は怒りがこみ上げてきた。それと同時に以前から深海棲艦に対してある疑問を思い出した
まさか……まさかこいつら……
「分かった!答えよう!」
「デハ、『新型兵器』ハ何ダ?」
身体のあちこちに傷だらけで瀕死状態の酒匂に砲を向けながら脅す戦艦ル級。他の深海棲艦も重傷を負っている艦娘に武器を向けていた。提督は艦娘の痛々しい傷を見た。どう見ても砲雷撃戦で出来た傷ではない。通常、艦娘が中破大破は艤装が壊れるのと服が破れるだけだ。しかし、捕まっている艦娘は虐待されたように見える。綾波や酒匂の肌に刺し傷と打撲の跡が複数あった
「その前に聞きたい。俺の仲間に……艦娘に何をした!?」
「人間ガ昔シテイタ事ヲ真似シタケダ」
戦艦ル級改flagshipは楽しそうに話す。自慢げに艦娘を虐待したかを。対艦ミサイルで艦娘を一掃した後に生き残りを見つけると拷問したらしい。しかも内容が尋常ではない
装甲のお蔭で何とか浮いて大破している旗艦である戦艦陸奥を見つけると深海棲艦は寄ってたかり虐待を始めた。殴る蹴るなどの暴力を振るった後、沈むまで楽しみながら砲撃したのだ。対艦ミサイルの攻撃から奇跡的に免れた艦娘達も降伏したが、深海棲艦は白旗を無視して沈むまで執拗に攻撃したのだ
「『新型兵器』ヲ素直ニ渡セバコンナ事ニナラナカッタ。オ前ハ愚カダ」
「提督……こいつら……頭がおかしい……。戦争は殺し合いだから……虐殺するのは当たり前みたいに……言ってやがる……」
摩耶の苦しむ声に提督は爪が肌に食い込むほどきつく握られていた。深海棲艦は現れた当初は、海や空を航行する船舶や航空機に対しては無差別に攻撃はするものの、人間を捕まえたりはしない。艦娘が深海棲艦と戦う当初は、捕まえて情報を聞きだすために拷問するなんて無かった
戦争中盤辺りから深海棲艦の戦い方が変わった。物資と食糧というエサをぶら下げて人間を味方につける、スパイを送り込んで攪乱させる、艦娘を叩くために反艦娘の人達に地対艦ミサイルという軍事兵器を与える、都市部や工場地帯など内陸や輸送網への攻撃を積極的にする、政府高官や上級士官など上層部や国の重要人物を暗殺する、捕虜を盾にして有力な情報を要求する、捕まえた艦娘を拷問し情報を聞き出そうする……
「誰に教わった!?捕虜の待遇は国際条約に書かれているのを知らないのか!?」
「ソレハオ前達人類ガ勝手ニ決メタ事ダ。ドウセ、ソンナ条約ハ戦場デハ完全ニ守ッテイナイ。人類の歴史ガ証明シテイル」
重巡ネ級の嘲笑いをしている最中、提督は今までの疑念が確信へとつながった
(時雨。過去は変えられると言ったが、これは大仕事だぞ)
しかし、その確信は証拠がない。時雨に下手な情報を与えてしまうと任務に支障が出る。時雨と昔の俺と『あいつ』がどこまでやれるのか……
重巡ネ級に床に押さえつけられボロボロになった酒匂が顔を上げ、俺を見た。微かに頷いたのを見て、俺は歯を食いしばった
俺は負けた。艦娘に対して非情な命令を下し屍を築くだけの無能な人間に成り下がってしまった。責任は俺にある。だから俺は降伏はしない。最後まで抗うつもりだ
時雨……後は頼んだ
「見せてやろう。これが『新型兵器』だ!」
左手の起爆装置を掲げ操作する。タイムマシンの隣にあるコンテナが破壊され崩れ落ち、あるものが姿を現す。コンテナから出て来たのは……たった1発の戦艦の砲弾。しかも艦娘用の砲弾ではなく実物の、しかも16インチ砲弾である。深海棲艦は砲弾を見て笑った
「何処ガ『新型兵器』ダ?」
砲弾が例え爆発しても大した事はない。深海棲艦から見れば痛くも痒くもない代物だ。しかし、砲弾に描かれているマークを見て戦艦ル級の顔から笑いは消えた。こっちが有利にも拘わらず、戦艦ル級改flagshipは追い詰められたかのように焦り始めた
「ナゼ、オ前ハコレヲ持ッテイル!?」
(この反応……やはりな!)
長い時間、ある疑問がようやく解けた。しかし、残念ながら時間切れだ。もうこの世に未練はない。提督は捨て台詞を吐いた
「くたばりやがれ!この外道が!」
戦艦ル級改flagshipが動くよりも早く、提督は起爆装置を押し砲弾を起爆させた。
戦艦ル級改flagshipにとっては、そこで世界が突然消滅してしまった。TNT火薬20キロトン分の爆発エネルギーはその場にいた者達に襲い分子になってしまった。火力発電所の近くにいるゲリラも深海棲艦も膨れ上がる火の玉に飲み込まれた。近くを飛んでいた艦載機も最新鋭兵器を搭載している深海棲艦も機能不全に陥った。付近を飛んでいたジェット機は錐揉み状態になって墜落し、最新鋭兵器はただの金属の固まりと化した
コンテナから出た砲弾の正体は、実は核兵器の一種である。提督がタイムマシン開発と同時に核兵器を開発していた。アイオワは提督に自身の近代兵器の全てを明かす他、長門やプリンツオイゲンや酒匂、長門そしてサラトガは艦だった世界の記憶を元に核兵器の存在を提督に伝えた。アイオワも艦だった頃はW23と呼ばれる核砲弾を一時期配備された事があると進言した。原料であるウランは鳥取県の人形峠で入手可能であり、製造もアイオワ所属の妖精の技術において核兵器の開発は不可能なものではなくなった。初め提督はその爆弾は不要だと考え許可しなかったが、負け戦が続くと開発を許可した。明石とアイオワ所属の妖精のお蔭で核爆弾は完成したが、残念ながら技術不足のためか、艦娘用ではなく実物だったため深海棲艦を撃破する能力を持たなかった。また日本各地にある軍関連施設が全て破壊されたため、1トン近くの核砲弾を敵地に運ぶ航空機も軍艦もない。しかも製造出来たのがたった1発だけで、戦局が逆転する訳がない。そのアイオワも味方を守るために奮闘し行方不明になってしまったため、タイムマシン破壊用に使用する事になった。つまり……自決用だった
火力発電所も雇ったゲリラも消滅したが、深海棲艦は無傷だった。開発された物は艦娘用ではなかったため熱と爆風と放射線を浴びたが、悪態をついただけで終わった。電磁パルス(EMP)の影響で近代兵器が使い物にならないが、修理すれば問題ない。しかし戦艦ル級改flagshipは怒り狂っていた。提督も艦娘も消滅したにも拘わらずである。あの砲弾に核のマークが描かれているため、戦術核砲弾というものは一瞬で理解出来たが、なぜ奴らはそんな代物を造る事が可能なのか?あのアイオワという戦艦の入り知恵なのか?
戦艦ル級改flagshipは火力発電所を攻略開始からリアルタイムで『主』に映像を送っていた。その『主』が一連の事を解析した結果を伝えた
あの機械が何なのかを。カプセルの中にいた艦娘が何処へ行ったのかを。奴らが何をしていたのかを。『主』も激昂し無線越しで戦艦ル級改flagshipを激しく非難した。核爆発で『新型兵器』を完全に消滅させるなんて誰が考えようか?このままでは何が起こるか分からない。自分達はタイムマシンというものを造る事なんて出来る訳がない!サンプルどころか設計図すらない!そもそも専門外だ!あの『狂人』はとんでもない土産を残しやがった!
火力発電所での戦闘で艦娘も提督も陸軍の戦闘部隊も全員戦死した。生き残りは……過去へ旅立った白露型駆逐艦、二番艦「時雨」だけだった
第1章『世界の終焉』は終わりです
まだ2章の題名は決めていませんが、第2章の方もよろしくお願いします