第12話 未来の使者
4年半前……
日本のとある都市は平和そのものだった。そこにいる人達は己の事であくせく働いている間、深海棲艦が出現し大ニュースになっている事にも気を留めない。海は危険になれど、不思議と陸や都市には攻撃していない。現に駆逐イ級は漁船や駆逐艦を撃退する能力があるが、なぜか陸に対して攻撃しない。漁師や貿易関係の人達は被害を被っていたが、それ以外の人々は対岸の火事と同様に捉えられていた。勿論、他国の交易やシーレーンの問題はあるが、それは軍や政府の仕事である。まだ海と空は徹底的に封鎖されておらず、自分達の生活に影響が出ない限り自分には関係ないとばかりに人々は平和な暮らしをしていた
日は沈み、月が顔を出している深夜。夜遅くまで営業している店も閉まり、静まり返っていた。人気がない小さな路地に突然、プラズマが発生した。付近を通っていた野良猫は逃げ、道路標識に小さな焦げ目を産んだ。稲光のような眩しい光が数回光った後、少女がどこからともかく出現した。まるで雷から生まれた子供のように
「ッぐ…ッあ…」
三つ編みをし横ハネがある髪をした女性がうめき声を上げながら道路にうずくまっていた。荒々しい息をしてフラフラと立ち上がると辺りを見渡した。近くにハードケースを見つけるとそれを持ち、近くの電柱に背もたれて座り込んだ
「提督……ちょっと酷いよ……。時間旅行は……キツイと言ってよ……」
時雨は不満そうに呟く。未だに困惑していた
(ここは……僕は何をするんだったっけ…?)
何か大事な事を忘れているような気がする。思い出そうとするが、頭の中でフラッシュバックのように突然、記憶がよみがえってきた
『時雨、お前が過去に行け!お前が深海棲艦が出現した4年半前に行くんだ!』
『ダメだ!お前だけ過去へ行って生き延びるんだ!』
『今までありがとう。心配してくれて嬉しい。しかし、まだゴールじゃない。お前の任務は終わっていない』
頭の中で次々と記憶が蘇り、心は悲しみで一杯だった
「提督も、天龍さんも、加賀さんも、霧島さんも、明石さんも、綾波も皆……皆死んじゃった……」
生き残ったのは己自身、時雨だけ。全てを託し過去へ行くよう提督から与えられた任務。あの後、提督と明石さんはどうなったのか?タイムマシンを破壊し深海棲艦の手から逃げて無事に生きているだろう。そうだ。提督は奥の手を用意していたはずだ
(そうだ……絶対そうだ……まだ生きているはずだ……)
自分に言い聞かせているものの、時雨の視線は不安と恐怖にグラグラ揺れている。本当は分かり切っている。もう向こうの未来では既に……
「あの地図は……何処にあるんだ?」
提督自身が記した地図を思い出し、ハードケースを乱暴に開ける時雨。地図は見つかったが、残念ながらここがどこか分からない
(何処なんだ?ここは何処なんだ?)
「君、ちょっと遊んでいかない?」
時雨は作業の手を止め、声のする方へ顔を向けると3人の男と女1人が声をかけてきた。年齢は高校生のようだが、ニヤニヤ笑い悪そうな顔をしていた
「親と喧嘩して家出したんだ~。可哀想に」
「悪いけど君たちには興味ないんだ」
誰かに声を掛けられたが、無視する時雨。今はそれどころではない。時雨の冷たい態度を見た彼等はムッとして突っかかった
「ああん?何だ、その態度は?こっちは親切に声を掛けたのによ~」
時雨は逃げずに彼等を観察した。彼等の手からナイフが握られており、時雨に近づいていく
「年下の癖に調子にのるんじゃね!身体にたっぷりと教えてやるぜ」
彼等は時雨を囲むと一斉に襲った
「現在地は何処かな?この地図に指を指してくれる?」
「は、はい!現在地はここであります!」
男は道路の上で正座をし、時雨に現在地を教えていた。他の三人は道端で気絶していた。彼等は時雨の反撃によって全て気絶させたのだ。時雨がいた未来では、ゲリラや犯罪などから身を守るため、陸軍の将校が艦娘全員に戦闘術を教えたからである。目の前にいるチンピラは艦娘を執拗に攻撃するゲリラに比べれば些細なものだ。地対艦ミサイルは愚か重機関銃やバズーカと違って貧弱なナイフであるため、時雨から見れば脅威は皆無と言っていい。奪ったナイフを素手で曲げるのを見た高校生等は驚愕し、気がつけば一方的にやられていた。彼等から見ればそういう出来事だった
「では、僕は行くね。ついて来たら、今度は手加減しないよ」
「は、はいいいい~~!!!」
地を這ってでも時雨から逃げる男子高校生を他所に、時雨はある方へ向けて歩く。過去の提督に
「ここかな?アパートの名前は合っているから」
地図と電柱に書かれている住所を見比べる時雨。提督が地図に補足で書いてあった。アパート名も合っている
「それにしても……深海棲艦が現れているはずなのに平和なんだね」
時雨が建造された時は、既に深海棲艦は大都市と軍事施設を攻撃を仕掛け瓦礫と化していた。しかし、この町は攻撃された跡は一切ない。街の灯りや街灯もここまで明るいのかと思ったほどだ。時雨が通った所は住宅地だったが、遠くでは更に明るい灯りが見える
(深海棲艦が現れても平和だったんだ)
時雨はアパートに入り扉の前まで行くとノックしようとしたが、扉を見て絶句した。扉にはガムテープや紙が沢山貼られており、その上に誹謗中傷とも言える悪口雑言が書かれていた。色んな言葉があったが、特に多かった文字は『狂人』というものだった
(苗字は合っている……提督の過去……何があったんだろう?出発する前は教えてくれなかったけど)
一瞬、こんな真夜中に訪れるのは気が引けたが、ここにいても仕方ない。時雨は扉をノックした。応答がない。寝ている可能性があるため、もう一度強く扉を叩く。やはり応答はない。提督はアパートに帰らない日もあるかも知れないと言ったため、留守の可能性もある。タイムスリップも4年半前だが、日付や時刻まで正確ではない。先程の不良高校生から日付も確認済みだ。しかし、彼等はニュースに疎いのか不良高校生は深海棲艦の事を知らなかった
(待とうかな)
扉の前に座ると空を眺める。街や街灯のせいで空が明るいため星が見えにくい。しかし、全く見えないという訳ではなく明るい星は夜空に輝いている。その夜空の中からさそり座を見つけた
(さそり座。するとこっちが……見つけた。北極星だ)
アパートから一旦離れ路地に出ると、星座を見つけると同時に、この土地の方位の位置と経緯度を確認した。時雨が行った事は天体を観測する事で自分の位置が分かるという天測航法と呼ばれるものである。通常は六分儀などを用い、複雑な計算をするのだが、艦娘はその作業を必要としない。余談だが、艦の位置が分かっても敵と会敵するのは別である。島や建物など違い動く目標であるため、場合によっては専用の羅針盤を回す必要があった
(やっぱり場所は間違っていない)
もし、あの不良高校生が嘘を教えていたら戻って問いただそうと思ったが、今はその必要はなかった。場所も正確だ。時雨は再び過去の提督が住んでいるであろう扉の前まで行くと、座り込んだ
(提督……いつ帰るのかな?)
夜空を見上げながら、提督を待つ。確かその時の提督は、大学生だから帰って来るはずだ。しかし、提督は時雨が知っている提督ではないと念を押された。それでも……それでも、提督の傍に居たかった
「ねえ……ちょっとあんた……あんた。そんなところで寝てどうしたの?」
身体が揺さぶられるを感じ時雨は目を覚ました。いつの間に寝ていたらしい。太陽は高く昇っており、鳥の鳴き声が聞こえる。振り返ると白髪の老婆が声をかけていた
「ごめんなさい。てい……この部屋に住んでいる人はどこへ行ったか分かりますか?」
「この部屋は……」
老婆は訝しげに時雨を見たが、ため息をつくと
「あたしには分からんよ。何処へぶらついているのか。家賃はちゃんと払っている癖に誰とも話もしない。まあ、あんなことにならなきゃ良い人なんだけどね~」
老婆はこのアパートの大家であるが、過去の提督は何処へ行ってるか検討もつかないと言う。大学も夏休み期間に入っているはずなのに、普段は何処へ行っているか誰も知らないという。帰って来ない日も珍しくないらしい
「ところであんた……悪徳商法とかそういう類いではないわよね?」
「悪徳商法って?」
「違うんだったらいいんだよ。この人に訪れる客はいつも詐欺ばかりの人間さ。新聞、消防署の「ほう」、銀行員などがよく来て、その度に怒鳴り声が聞こえて五月蠅い、五月蠅い。この前だってこの人の友人が連帯保証人になってくれ、とばかりに言っててねえ。まあ、当の本人はハンコも押さずに書類を破り捨てて、その友人を蹴飛ばしたわよ。だから気をつけんさい」
大家は廊下に座っている時雨を置いて自分の部屋に戻っていった。尤も、大家も悪気で言った訳ではない。少女が待っている人は当分、来ないだろう。その少女も結局、金にたかる人間だと。本性を隠し、親切心で寄ってたかるずる賢い奴だと。初めはそう思っていた
昼過ぎに大家は買い物に出かけようとしたが、先程の廊下を見ると驚いた。まだあの少女がいる。しかもセールスマン達を追い返しているのだ。悪徳商法の中には性格の悪い者もいて脅迫する者もいる。にも拘わらず、少女は平然と受け流していた。暴力を振う者が何人かいたが、それすら軽々躱され投げ技で相手を沈黙していった
「くそ、何なんだ?化け物か?」
負傷し足を引きずるセールスマン達が逃げるのを見届けると、再び廊下に待つ少女に近づく
「今のあんたがやったのかい?」
「うん。だって、提督が帰って来た時に困るだろうって」
大家は少女が何を考えているか分からない。しかも……
「扉に貼ってあった紙やテープ……全部剥がしたのかい?」
誹謗中傷が書かれた紙やテープは全て剥がされ、扉は綺麗になっていた。こんな事は一度もなかった。当の本人以外が剥がすなど
「うん。提督が困るから。ゴミは何処へ捨てればいいのかな?」
大家は目の前にいる少女が理解出来なかった。他人のために悪徳商法を追い出し、悪口雑言が書かれた紙を剥がしている。何のためにやっているのか分からなかった。とりあえず、大家はゴミは自分が捨てると言いゴミを拾うと外に出て行った
大家は年金暮らしであるため、お金には困っていないが買い物には良く行く。体力も年を取るごとに衰退するのは自分でも分かる。そのため少しでも運動にと歩いて行くのだが、それも短いだろう。数年後には寝たきりになるかもしれない。全て終わった時には既に日が暮れていた。アパートの大家の跡継ぎをどうしようか悩んで帰宅する。アパートに着くと、大家は仰天した。あの少女があの扉の前でまだ廊下に座っている
「あんた……まだ居たのかい?」
「うん。提督に用があるから」
時雨という少女は、ニッコリ笑いながら答える
「食事はどうしたのかい?」
「僕には必要ないよ」
大家は唖然とした。少女の言う事が正しければ、食事抜きで半日も待っている事になる。いや、真夜中に来たに違いない。実際はもっと長いかも知れない
「あんた、何処の子だい?」
「秘密。答えられない」
「うちに入りな。あんたが待っている人は、いつ帰るか分からないから」
「ありがとう。でも断るよ。悪いけど信用出来ないから」
少女の言っている事がよく分からず、どうしていいのか分からない大家。しかも、こちらを警戒している。そして、ようやく時雨の言葉の異常さに気づいた
「ところで、提督って何だい?あんた、軍の関係者かい?」
「そんな感じだよ」
軽く答えただけで、話を切ろうとする少女。どうしていいのか分からなかったため、憲兵か警察に通報した方がいいかも知れない。しかし……
「ねえ、おばあちゃん。迷惑はかけないよ。だから変な事は起こさないでね」
大家は狼狽した。自分が何をするか分かったのか?この子は何者だろう?笑顔で話しかけているが、目は全く笑っていない。誰も信用しない目。一体、どうしたらこんな事が出来るのだろうか?普通の少女ではないのは確かだ
「分かったわよ。あんたを待っている人がいつ帰って来るか、あたしにも分からない。ただ家賃は必ず払う人だ。明後日には帰って来ると思うねぇ」
「ありがとう」
少女は笑うと再び空を見つめる。まるで感情が失われたかのような子だ。戦争にでも行ったのか?
「何か食べるかい?」
「いらない」
相変わらず、一蹴する少女。多分、親戚か誰かだろうと自分に言い聞かせるとそのまま部屋に戻った。老後生活に面倒事を起こされては厄介だ。何者か知らないが犯罪者でない事は確かなようだ
「あの婆さん、親切だったけど……警戒しないと」
時雨は別に人間不信に陥った訳ではない。ただゲリラを経験したせいか、やはり警戒はしてしまう。尤も、未来世界に比べれば雲泥の差だ。高圧的な態度をとっても、武器は持たず。時雨から見れば、脅威すらならなかった。また時雨は艦娘なので、限度はあれど食事せずに活動は出来る
(提督……何があったんだろう?)
提督が言っていた、時雨が知っている提督ではないという言葉。『狂人』の言葉と金にたかる悪人共。未来世界でも艦娘を快く思っていない人達から『兵器』と呼ばれ侮蔑された事がある。そのため提督はいつも艦娘を気にかけていた。それどころか、深海棲艦を倒せるという誇りを持て、と言われた事がある。もしかすると、帰って来ないのではなく、帰ろうとしないのでは?
(いつか帰るはず。あのお婆さんが正しければ、明後日には帰って来るはずだ)
翌日、提督は帰って来なかった。しかし、暇ではなかった。悪戯に誹謗中傷の紙を貼ろうとする者やセールスマンなどが絶えずやってきたため、追い出す事をしていた。対応は勿論、丁重に。中には脅す者や暴力を振るう者もいたが、投げ技を決めただけで相手は逃げていった。大家である老婆はただあんぐりと口を開けているだけで見守っていたが、時雨は気にせずに扉の前に座った
(まだかな……提督)
次の日になっても提督は来なかった。昨日まで寄ってたかる人達も訪れなくなった。何人かは来たが、時雨の姿を見ただけで逃げてしまった。今日は雨の日だ。時々、雷鳴が轟く。雨が降っても時雨は喜ばなかった
(今日は止みそうにもないな)
雨は夜も降り続ける。そんな中、時雨は待ち続ける。提督が帰って来るのを。これは任務なんだ。そう言い聞かせながら、彼女は待つ
(提督……酷いよ)
時雨は弱音を吐いた。もう限界に近かった。タイムスリップした日から仲間と会っていない。そうしている内に、彼女は座りながら眠る。しかし、ハードケースだけは片手で掴んでいる。盗まれても即座に対応出来るようだ。実際に泥棒から3回撃退することに成功したのだ。そんな姿を大家は遠くから観察していた。普通なら諦めて帰るだろうと思われた大家も、流石に呆れた。大した精神力だと褒めていいのか迷う所だ。そろそろ当の本人は帰って来ていいはずだが……
雨が止み、辺りが静かになった午前零時。真夜中の路地にバイクのエンジン音が鳴り響いていた。バイクはアパートに近づいて所定の駐輪場に止まると、1人の男が降りた。男はアパートに着くと真っ先に異常を感じた。いつも嫌がらせで貼っている紙もセールスマンもいない。全て取り払われている。扉の前には三つ編みをした少女が眠っている。学生だろうか?学生服らしい服をしていたが、自分が知っている学生服ではない。近所の中高学生ではないはずだ。ギリーケースを持っている所を見ると、家出か何かか?それにしては変だ。声を掛けようと近づいたが、後少しという所でいきなり腕を掴まれた
「誰?」
何と少女は跳ね上がるように起き上がり、臨戦態勢でこちらを警戒している。さっきまで寝ていたとは思えない反応で、いつでもこちらを投げ飛ばせる風だった。力も少女とは思えないほど、腕をしっかりと掴んでいる
「待て!ここは俺の部屋だ!お前は誰だ!?」
誰だか知らないが、この少女も俺に対する嫌がらせの人だろう。相手が女だろうと、こっちの態度は変わらない。少女に向けて怒鳴ったが、何と少女は力を緩めたのだ
「提督……遅いよ」
力尽きたのかその場に倒れ込む少女。慌てて身体を支えるが、少女は既に寝ていた。顔もまるで安心しきった顔だ。つい先ほどまで警戒していた者とは思えなかった
(こいつは誰だ?)
とりあえず、彼女を部屋に入れる。さっきの態度だと俺に用があるらしい
時雨がその男に警戒を解いた理由は……声が提督だった。容姿は違うが、間違いなく提督の声だった。当の本人は分からないだろう。将来、艦娘を率いる司令官になる事を
時雨、過去の提督と再開するが……
第2章は後ほど付けます