第26話 深海棲艦が出現した原因
とある家のリビングでは重苦しい空気に包まれていた。時雨は未来で散った艦娘や提督がどれほどの戦いをしたか知ったからだ。時雨は経験していたものの、未来の提督が如何に苦渋な決断をしたのかが分かったからだ
「提督、これからどうするの?」
「親父に『艦娘計画』を急がせる必要があるな。未来の俺は親父の研究を引き継いだが、それでも完璧ではなかった。建造も中断したという記録もある」
問題なのは、提督が艦娘計画の理論を理解するのに1ヶ月掛かった事と支援がほとんど無かったのが、遅れを取った事だ。また、大本営と提督が対立した事も問題だ。双方の争いによって利を得たのが深海棲艦だった。結局、海域を取り戻すどころか国や世界そのものが崩壊する始末だ
「提督。父親とは……」
「大丈夫だ。お前が外で空気を吸いに行っている際に詳細を伝えた。大丈夫だ、今度は喧嘩しない」
時雨は安心した。これで双方の間に亀裂が空かない事を祈るしかないが、今度は大丈夫だろう
「とは言っても、貧しいのが痛手だ。研究するための資金や資源がない。おまけに国や世論に叩かれる始末だ。誰も支援してくれない」
提督は苦々しく言い、時雨も項垂れた。いくら志が高くても、資金や援助がなければ絵に描いた餅だ。仮に奇跡的に成功したとしても中途半端な戦力になってしまう。未来の提督は、国に仕えるまでの民間軍事会社を経営したらしいが、残念ながら満足出来る戦力は揃える事は出来なかった。民間経営で軍隊を経営するとなると、効率が一段と悪くなる。企業である以上、利益優先になってしまうため大作戦を行う事が出来ず、資源不足に陥りやすい。未来のノートによると、改修も改装も出来ず、練度は高くても改装を見送りされた艦娘が多く、問題になってしまったらしい
「それじゃあ……どうするの?」
時雨は提督に聞いた。八方ふさがりという現実からは逃れられない。2人が悩んでいる中、部屋の奥から大量の資料を抱えた父の姿が現れた。時雨がノートを読んでいる間に探したのだろう
「世間や国からどうこう言われようが、ワシの研究は独占したいという感情もあった。だからワシの身に何かあったら継ぐよう仕掛けた。妖精という手段で」
父親の肩からある生き物が乗っかっていた。いや、生き物にしては人の形をしている。妖精はニッと笑ってこちらに手を振った
「妖精……。まさか、もう存在するなんて」
時雨は驚いた。艦娘をサポートする妖精は欠かせない存在だ。いつ現れたかは艦娘ですら知らなかった。まだ艦娘を建造されていないにも拘わらず、既に妖精がいるとは思わなかった
「ああ、この妖精は研究で作り出されたものだ。いい仕事をしてくれる。興味本位で研究室に不審者が入って来るのを防ぐためにな」
父親は横目で提督を見たが、提督は何も言わなかった。心当たりがあるのだろうか?時雨の視線が気になったのか、提督は口を開いた
「親父、この書類……国家機密だろ?昔、あんたの部屋に忍び込んだ時に見た書類じゃないか?」
提督は駆け寄って資料を見たが、大文字で『国家機密』と書かれた紙を見て訝し気に聞いた。提督はこの書類を見た事があるらしい
「ここにあるものはワシが作成した書類だ。左遷された身が、国家機密と言っても説得力なかろう。それに国が滅んだら意味がないのではないか?」
提督の父親は優しく言った。あの喧嘩は嘘のようだった
「どうであれ、ワシもお前の……いや、未来からのメッセージを見た。時雨を見た時は、未来の事は何とかなるだろうと高を括っていたが、未来の息子のノートを見て、ワシの予想を超えておる。事態が事態だ。早急に手を打たなければならん。やる事は多いぞ。初めに、深海棲艦が現れた原因を話さなければ」
「深海棲艦って何者?日向さんがいつも疑問にしていた」
時雨は日向がいつも口走っていた事を思い出していた。
『敵艦隊は、何のために攻めてくるのだ…?』
日向は出撃中にいつも、独り言のように呟いていた。尤も、当の本人はその疑問よりも瑞雲やアイオワから提供されたSH-60『シーホーク』を奏でていたため、本気で疑問に思っているかどうか不明である
「結果から言うと、ワシもよく分からん。傍観者だ。ただ大まかな推測は出来る。時雨。確か鳥海という艦娘が、深海棲艦に現れる前に送り込んで深海棲艦が出現するのを食い止める提案を未来の息子に言ったようだな?」
「う、うん。確かに言っていた」
時雨はタイムトラベルする前に、鳥海が提督に提案していた事だ。しかし、未来の提督は深海棲艦が出現する原因を消す事は不可能だと。提督も父親を見た
「行かなくて正解だ。今から6年前の事を覚えておるか?世界中で大騒ぎが起こった出来事が」
「さあ?小さかった事もあるし、俺はそんなにニュースを見なかったから。でも、印象に残るような事件だったら俺でも知っているはずだ」
提督はかぶりを振った。本当に知らないのか、それとも提督だけが知らないのか。当然、時雨も知らない
「まあ、そうだろう。どこの国も必死に隠ぺい工作が行われたからな。……隕石が落下したんだよ。彗星が地球と衝突したんだ」
「「え?」」
時雨も提督も唖然として聞いた。彗星?彗星って空母組が持っている艦爆の事ではなくて、天体の事?
「彗星って……もしかして、宇宙の?」
「そうだ。その彗星だ。当時の彗星は、直径約50キロ。これが地球と衝突したのならば、天変地異が起こり人類滅亡の危機となる。恐竜が絶滅した説の1つだ。衝突する数か月前、世界各地の天文台が観測し、予想針路を割り出した。地球に衝突すると言う天文学者の警告を知らされた世界各国の政府は、この危機を国家機密にした。地下を掘り、自分達と一部の人間だけ安全に暮らせる地下シェルターを造った。ワシも見たが、それはもう突貫工事じゃった。だが、国民にはこの事は伏せていた。彗星が地球に接近するから、綺麗だと。そして、天文学者の予想通りに太平洋の洋上に落下した」
提督の父親の告発に時雨も提督も思考停止に陥った。まさか過去にこんな一大事が起こったとは夢にも思わなかった。それと同時に、その一大事を国民に伏せた各国の政府の姿勢に怒りを覚えた
「未来のノートで政府が札幌に首都を異動させたのは、それが理由だろう。札幌近郊にある。当時、世間には石炭の採掘のために工事を行っている説明しているが、実際は地下50メートルの地下シェルターだ。だが、深海棲艦には通用しなかったようだな」
提督の父親の説明に、時雨は納得した。未来で、なぜ政府高官達が北海道に逃げたのかを。尤もタイムスリップする直前、未来の提督は北海道は陥落したと告げられたことから、地下シェルターは役に立たなかったのは間違いない。時雨が考えている中、提督は訝しげに聞いた
「しかし、天変地異は起こらなかった。皆、無事だ」
「そうじゃ。確かに彗星は、天文学者の予想通り、太平洋上に落下した。しかし、いくら待てど天変地異は起こらなかった。衝突時に発生する地震すら観測されなかった。ある島民や漁船からの目撃者の証言では、火の玉が空から落ちて来たが、着水する直前に空中爆発したとの事だ」
つまり、最悪な出来事は回避されたとの事だ。時雨は安堵した。隕石によって人類は滅亡しなかったからだ
「良かった」
しかし、父親は暗い顔をしたままだ
「ところが、そうでもなかった。確かに危機は去った。大本営は早速、現場に調査隊を派遣した。ワシも技術士官として派遣された。墜落現場はトラック島から近かったから時間はかからなかった。皆、興味津々だった。なぜ、彗星が地球に落下しても被害はほとんどなかったのか?しかし現場を見た我々は、予想外の光景に圧倒された」
父親は書類の中から2人に写真を見せた。時雨と提督は、当時の写真を見て絶句した
海上から数メートルの上空の空に巨大な黒い穴が空いていた。穴は暗黒で光も通さないように真っ黒であり、写真では何があるのか確認出来ない。穴の周りは、放電でもしているのか、稲妻が走っている。別の角度から撮った写真が複数あり、中には航空機から撮ったであろう写真もある
「これは何?空に穴が空いている?初めて見るよ!」
「そうだ。大本営も軍部もパニック状態だ。予想だにしていなかったからな。専門家も頭を抱える中、ワシはあらゆる分野を模索した。アメリカへ渡り、様々な方向から見た結果、ある仮定に達した。隕石がなぜ空中爆発したかは不明。しかし、爆発の影響なのか時空や次元を超えた通路が開いたのだ。いわゆる、ワームホールだ」
衝撃の告発に時雨も提督も再び驚愕した。まさかこんな事が起こっているとは思わなかった。時雨は、どこと繋がっているのか、聞こうとしたが、口から言葉が出る直前、提督が先に質問をした
「それで、その後は?」
提督はかすれた声で父親に聞いた。提督も頭に付いていく
「結論から言うと、始めは余りにも突拍子もない仮説だから相手にされなかった。だが、大本営も認めざるをえなくなった。誰も説明出来なかったからな。その後、大本営は決死隊と呼ばれる飛行隊をワームホールに送り込んだ。ワシは警告した。ホールの向こうの世界がどうなっているか分からないと。生きて戻って来れる保証はないと」
「それで、帰って来れたの?」
時雨は恐る恐る聞いた。嫌な予感がした
なぜなら……隕石衝突しワームホールが開いた地点が、深海棲艦が初めて現れた場所と一致しているからだ。未来の提督の戦闘記録によると、この出現海域に行った事はない。尤も、出現海域にたどり着く直前に深海棲艦はミサイルなどの近代兵器を使用して、艦娘に大打撃を受けたため、たどり着く事は無かったらしい
時雨はは身震いした。まさか、深海棲艦は……
「その顔だと既に予想はしているようだな。答えは帰って来なかった。代わりに向こうの世界の住民が出現し、手あたり次第、我々を攻撃してきた。奴らは暗い海の底に住み、縄張り意識が強く、他者を徹底的に叩く。後に深海棲艦と呼ばれた集団だ」
時雨は息を呑んだ。深海棲艦はこの世界の住民ではない?いや未来では、足柄さん達による深海棲艦の説明では、船の怨念らしいと教わったからだ。これは一体、どういう事なのか?
「僕達では、深海棲艦は沈んだ船の怨念と教わった。船の乗組員の怨念によって生み出されたものだと」
「その表現は正しくもあるし、間違いでもある。実際に沈んだ船を模した深海棲艦も確認されている。しかし、証拠がないためワシからは何とも言えん。特殊な有機生命体である事しか分かっていない」
「もしかしてワームホールは、あの世と繋げたのか?」
提督は呟いたが、意外なことに父親は否定しなかった
「それも否定は出来ん。あの世があるとすれば、ワームホールの向こう側の世界じゃろう。それはともかく、大本営はこの深海棲艦に対して反撃を行った。侵略者を野放しにするわけにはいかないからな。しかし、深海棲艦は通常兵器に対して効果はなかった。結果、帝国海軍は敗走を続けた。トラック島は陥落し、我々も命からがらで逃げた。そこから先は言わなくても知っているだろう。太平洋は奴らの縄張りだ。これも極秘だが、奴らは海を赤く染めようとしている。変色海域も確認されている。赤い水は、向こうの世界ではごく当たり前のものだろう。しかし、この世界にとっては有害だ」
余りの衝撃の事実に時雨は呆然として話を聞いていた。初めて聞く歴史だ。未来の提督はともかく、艦娘達は知っているのだろうか?
「隕石を撃ち落とそうとは考えなかったの?こんな事態になると予想出来なかったといえ、防ごうと――」
時雨は聞いたが、父親は笑い声を上げながら首を横に振った
「音速の十数倍も落ちて来る物体をどうやって止めろと?幾ら何でも無理だ。人類は宇宙にすら行ってもいない。宇宙船なんて空想科学の世界だ。未来の息子も深海棲艦を消す事は、不可能と判断したのだろう」
父親の説明に時雨は項垂れた。分かっていたつもりだが、やはり聞かされると気が落ち込む。隕石は艦娘どころか、深海棲艦が持っていたミサイルですら止められないだろう。だから、深海棲艦が出現する原因の時期に送らなかった。未来の提督は、現実的な解決はないと判断したのだろう
(何か方法があるはず……)
時雨はあれこれ考えていたが、提督は何も言葉を発さず、考え込んでいた。しかし、意を決したかのように父親に聞いた
「なあ、親父。そろそろ本題に入ってくれ。艦娘の建造技術は、どこで手に入れた?」
「提督?どうしたの?」
時雨は提督の質問に疑問を持った。なぜ僕達の建造に質問するのか?しかし、提督は予想外の質問を父親に再びぶつけた
「まさかと思うが……艦娘の建造は、深海棲艦を参考にしたのか?」
「流石にそんな事ないよ。いくら何でも」
時雨は呆れたが、父親は顔を曇らせた。笑い飛ばさずに、真顔だった
「どうしたの?まさかそんな訳――」
「『創造主』か……。残念ながら、ワシにそう尊敬されるような男ではない。魔法使いでも神話に出て来るような創造神ではない。ワシはただの科学者であり、技官だ。息子の言う通りだ。時雨、どうか落ち着いて話を聞いてくれ」
父親はそう言うと、大きく息を吸った。一瞬だけ止めてから、肺の中の空気をすべて吐き出し、それから更に一拍置いて呼吸を整えると、父親は話し始めた。
「艦娘の正体は、沈んだ艦の魂に肉体を持たせた有機生命体。いわゆる人造人間だ。その造り方……建造技術は、深海棲艦を参考にしたものだ」
時雨は目の前が真っ暗になったような気がした。明石さんは、艦娘建造は科学の奇跡で生み出されたものと聞いた事があるが……
僕たち……艦娘は何者?
運営から正体に関する設定が一切公表されていないため、深海棲艦の正体は未だに不明でです
様々な説が飛び交う中、本作ではちょっと変わった設定にしました
怨念の集合体であるが、それは別次元から出現した特殊な有機生命体という事です。出現した原因が、隕石の衝撃で出来たワームホールです
第8話で時雨がタイムトラベルする直前に、鳥海が深海棲艦そのものを抹殺する事を提督に進言しましたが、拒否されました。その理由がこれです。隕石相手には勝てません。未来の提督は隕石を止める事は諦めたようです
次話は艦娘についてです