時雨の特殊任務   作:雷電Ⅱ

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第32話 新兵教育

 とある別荘が並ぶ道路に二人の人影が走っている。いや、緊急か何か急ぎ用事のために走っているのいるのではない。

 

ジョギング?いや、2人共、走るのが早い。息を切らし、汗が滴り落ち、それでも必死来いて走っている。偶然、道を歩いていた人達は何事かと首を傾げながら二人が視界から消え去るまで見送った

 

 1人は男性、もう一人は少女だ。屋敷にたどり着くと、2人共倒れ込んだ。何とか立ち上がり、用意していた水を飲んでいたが、水を飲む二人に罵声を浴びせられた

 

「貴様ら!昨日よりも時間が遅れているのに水を飲んでいる場合か!さっさと地面に伏せろ!腕立て伏せ60回だ!」

 

怒鳴られた2人は絶望的な表情をしていたが、彼は無視した

 

「さっさと腕立て伏せをしろ!男女関係ない!人間も艦娘も関係ない!貴様らは、軍を舐めているのか!」

 

2人はすぐさま腕立て伏せをしたが、心の中では悪口雑言を吐いていた

 

 

 

(あのクソ親父!急に教官気取りをしやがって!)

 

(提督に迷惑かけてるかな…?この怒りは、きっとぶつけてやるから)

 

時雨はゼイゼイと息を切らしながら提督と一緒に腕立て伏せをしていた

 

 

 

 一体、何があったのか?話は簡単だ。深海棲艦に対抗するため艦娘計画を実施しているが、作業は難航している。建造のユニットが思うように稼働してくれない。ある日、休憩している最中……提督の父親、博士が思い出したかのように聞いた

 

「お前は海軍に入るのか?」

 

「そうだ。本来はあんたを見返してやるために海軍に入隊するつもりでいたけど、今は違う」

 

博士は頷き、時雨も感心していた

 

「未来の提督と違うね」

 

「そりゃ、俺が悲惨な目に遭うというのが分かるのなら、考えは改まるさ」

 

 ここまでは良かった。しかし、海軍に入隊すると決意を決めた提督に対して、博士の目は鋭く光った

 

「そうか……なら、お前らを鍛えないとな!」

 

 その時の時雨も提督もポカンとして何を言っているか理解出来なかった。その後、彼の父親が何をしたかったのかが分かった

 

 

 

新兵教育だった

 

 

 

 次の日から、訓練に耐えるための基礎筋力、体力作りがメインのメニューが組み込まれ、提督をシゴいたのである。時雨も含めて

 

 世界を救う未来の指揮官とヒーローである艦娘が怠けちゃいかん!と言う事らしい。作業は工廠妖精に任せ(現在の所はこれといった作業は無い)、父親は軍の教官となった。提督も時雨も抗議したが、全く耳を貸して貰えなかった。社会見学の件も何かあれば対応すればいい、との事。この考えは間違いではないだろう。本当に深海棲艦だとしたら、あの場にいた人達は、一人残らず殺されていたに違いない。また、現段階ではどうする事も出来ないため、訓練第一となった

 

 日課は基本的に海軍の教育隊と変わらない。朝早くから起こされ、準備運動。午前中は軍事教育を勉強させられ、午後は筋トレと体育。夜は22時には寝るといった海軍と似た新兵教育

 

 特に厳しいのが、身辺整理だった。海軍の制服や作業服などどこから持ってきたか、2人分用意させられ、時雨と提督は皺がつかないほどプレスする羽目となった

 

 ベットもロッカーも用意され、ベッドメイキング、ロッカーの整頓まで厳しく指導された。しかも、少しでも不備があると居なくなった隙に部屋やベットをぐちゃぐちゃにされるというおまけ付き

 

 

「おお、今日も台風が来たな。さて、ちゃんと片付けろよ。ワシは用事をするからな」

 

 長距離走をやらされ、腕立て伏せをした挙句、部屋がぐちゃぐちゃされた2人が茫然自失しているのを楽しみながら帰っていく博士。2人は直ぐに片付けを実施した

 

「あの、クソ親父め!台風を起こしやがって!!」

 

「歴戦の艦娘に新兵教育させるなんて聞いた事がないよ!!」

 

 父親が居ないのを確認した直後、悪口雑言を吐きながら後片付けをする2人。もう滅茶苦茶だ。時雨は確かに歴戦だが、建造された当時は戦況がヤバかったため、教育や規律は曖昧になっていた。お蔭で提督の父親からは新兵と変わらん!と評価される始末である

 

「博士って技術士官だったよね!?何で士官学校の教官みたいな事をしているのさ!」

 

「知らん!親父の事なぞ分かるか!」

 

 怒鳴り合いながら整理整頓する2人。新兵教育と称して始めてから3日は経つが、未だに尻を叩かれている。2人共ストレスが溜り、爆発寸前だ

 

「どうして父親と喧嘩したのさ!?お蔭で僕まで被害受ける羽目になったよ!?」

 

「俺のせいか、これは!?俺も嫌な事があったんだよ!」

 

 次第に互いを非難する2人。口論をしたのは一度二度ではない。長距離走している時も互いを罵り合った

 

「だって、全部提督のせいでしょ!未来で新兵教育をしなさい、という任務なんて入っていない!」

 

「知るか!俺もまさか新兵教育やらされるとは思っていなかったんだよ!」

 

二人の間に火花が散った。時雨は艦娘だが、艤装はない。一方の提督も疲労困ぱいだが、まだ体力はいくばくか残っている

 

「どうなっても知らないよ。艦娘は人間の力より強いんだ」

 

「そうか。生憎、喧嘩は負けたことがないんだ」

 

 いつでも殴るよう拳をつくる時雨に指を鳴らす提督。互いの距離が近づきぶつかり合う直前、咳払いがした。時雨も提督も素早く気をつけの姿勢を取る。何時からいたのだろうか?

 

「さて、お前ら。喧嘩する程、仲がいいと言われているが、それは外の世界。軍隊で喧嘩はトラブルの種だ!そんなんで、深海棲艦と戦えるか!おい、二等兵!」

 

「はい!(勝手に階級つけるな!)」

 

提督は不満そうだったが、今はそうも言ってられない

 

「何が不満だ!お前がワシの息子だからと言って甘やかしてくれると思ったら大間違いだ!お前は何のために軍に入った!」

 

「侵略者を倒すためであります!」

 

「違うな!お前は社会ではクズだから入った!違うか!」

 

「はい!そうであります!」

 

 2人のやり取りに時雨は、身動き取らずに横目で観察していた。上官が新兵に怒鳴り散らすのは『艦だった頃の世界』で幾度と見た事はあるが、まさかこの世界に来て、しかも自分までやらされるとは思っていなかっただろう。だが、提督が叱られるのを見て少しだけニヤリとしてしまった。それが不味かった。博士の顔がこちらを向いた

 

「おい、誰が笑えと言った!まだ笑っていられるとは気合いの入ったひよっこだな!名前は!?」

 

「ぼ……時雨です!」

 

「何を言おうとした!?なぜ笑った!?」

 

「笑っていません!」

 

「大きい声で言え!聞こえんぞ!」

 

「白露型2番艦、時雨です!笑っていません!」

 

「艦娘だか何だか知らんが、お前はワシから見れば新兵だ!違うか!?」

 

「はい、そうであります!」

 

 お蔭で2人は罰として家の掃除を徹底的にやらされた。全てが終わったのが午前2時だ

 

 

 

「死ぬ……海軍なんて入隊しようと軽々しく言うんじゃなかった」

 

 夜、ベットで愚痴を漏らす提督。時雨も同感だった。まさか提督の父親が、士官学校の教員を経験した事があるとは思わなかった

 

「提督、それを言ったら……未来が…」

 

「変な足枷がついた感じだ…」

 

 まさか未来を変えるためにこんな事をやらされるとは思いもしなかっただろう。しかし、2人共下着姿で各ベットに寝ていたが、疲労困ぱいのせいで何も気にしないというのは別の話

 

 

 

 丸々2週間も罵声を浴びせられたため、2人は不信感を募らせていく。しかし、始めは火花を散らした二人だが、次第に不平不満言わずに訓練に食らいつく

 

 ランニングでペースが落ちた相手を励まし合い、声をかけ指定された時間内に完走しようとする。そして、体力測定で2人共、基準値まで達したのだった

 

「よし、体力は何とかついたな。ワシの指導のお蔭だ!有難いと思え!」

 

「「はい!ありがとうございます!」」

 

腕立て伏せ、腹筋、3kmの持続走を何とか基準値までつけた2人は……喜びもしなかった

 

(プロテインと自主トレのお蔭だろうが……)

 

(提督、早くあの博士の射殺許可を……)

 

 小声で文句を言う2人。とは言え、人間のなれというものは凄まじく、2人にとっては、いつの間にか地獄のような新兵教育も普通にこなせるようになっていた

 

 2人は見返してやるために様々な努力はした。幸い、提督は体力をつけるトレーニング方法をある程度は知っているため、こっそりと独学でやっていたのである

 

(まさか、喧嘩に勝つために筋トレしていたのが役に立つとはな。たんぱく質を摂取し続けて正解だった)

 

(長良さんなら喜びそう……)

 

確か、五十鈴の姉、長良さんは筋トレをよくやっていたような……

 

 

 

 その夜、時雨は部屋で貰った作業服をアイロンしている中、提督が謝って来た

 

「すまんな。俺が自分勝手で。父に見習って不真面目な生き方をしなければこんな事は……」

 

「僕も御免。変な事を言っちゃって……」

 

 提督は別に家を飛び出しただけで、そこまで悪さはしていない。未来の提督が過去の自分にクソガキと言っているのは正しかったが

 

父親に怒鳴られながらも、訓練に励む2人

 

 ここで疑問に思うだろう。なぜ新兵教育では、厳しいのか?『不信感』をわざと煽るようなマネをしたのか?

 

それにはちゃんとした理由がある

 

 新兵には『皆と協力しないと目標を達成できない』、つまり『チームワーク』の大切さを理解させるためである。軍隊というのは、他とは違い特殊な組織である。学生の集団生活とは訳が違う。つまり、わざと辛い状況へと追い込み、『仲間と助け合わなければ』と強く思う環境を作り出しているためである。規律も仲間意識も出来ない人は、軍人になる資格はない。そのために父親は教官をしていた

 

 

 

それに加え……まさかの体力訓練もあった

 

 

 

 それは水泳能力である。いや、可笑しい事はない。海軍軍人になるためには泳げなければならない。提督は問題ないだろう。問題なのは時雨である。水に立った事はあるが、泳ぐ、しかも水泳なんてやった事がない。泳げるには泳げるが、まさか8マイル(15キロ)泳がされるとは思いもしなかった。当然、艤装は許可されず。流石に駆逐イ級がうろつく海では泳がす訳にはいかないため、湖でやらされた

 

「提督、水着で着るのはビーチで遊ぶのが普通だと……」

 

「心配するな。俺も今、そう思っていた所だ」

 

 2人は父親の命令で水着を買ったのだが、提督はともかく、時雨は何を買えばいいのか迷ってしまった。結局、店員に聞いて買ったという事

 

「……」

 

「提督、どうしたの?」

 

「何でもない」

 

 提督は顔を赤めた。無理もない。時雨が選んだのはビキニを選んだのだ。しかも、時雨が着ていた制服をアレンジしたようなもので黒に白赤の線が入っている

 

「お前な……いや、何でもない」

 

 時雨を見ないよう顔を背ける。時雨のスタイルと水着で、彼は意識してしまった。大学生の彼なら無理もないだろう。普通の男性なら……

 

しかし、中年の男性で、しかも頭の固い海軍軍人には通用しなかったようだ

 

「それでは頑張って8マイル(約15Km)泳げ。ほら、さっさと泳がんか!」

 

2人はさっさと水に入り泳いだ。8マイルを泳ぐのは長い。クロールのような体力が消耗する泳ぎ方は出来ない。時速2km弱でのびのびと泳ぐ事になった

 

(艤装ないのが心細い……)

 

 そもそも時雨は艤装つけずに長く泳いだ事は無い。今は普通の人間と大差ない。特殊な艤装や酸素ボンベも無しに長時間潜水出来る潜水艦娘が羨ましかった

 

 後ろから博士がチャーターした船に乗りながら見守っていた。溺れも助けられるためだろう。しかし、ここでギブアップしたら、また博士にしごかれる

 

(さっさと終わらないと……)

 

 しかし、15kmを泳ぐのは容易ではない。どうしてなのか?歩くのならそんなに時間はかからない。だが、泳ぐのは別だ。水の抵抗を受けるのと人は魚のように泳げるわけではない(重ねて言うが、潜水艦の艦娘は別)。時間がかかるし、体力も地上よりも消耗する。父親が言うには、何と8時間は優にかかるらしい

 

 

 

「昼食も水の上でやるの?」

 

 時雨は不満そうに言ったが、父親は無視された。おにぎりと水という簡単な昼食を手渡されたが、ボートに上がらせてくれない。浮いたまま昼食だ。提督の父親曰く、士官学校でもちゃんとやっているとか

 

「これが洋上補給か?」

 

「速吸さんじゃないんだから」

 

速吸がいたら否定いただろう。流石にこれは違うと

 

 かれこれ泳いで8時間たったのだろうか?体力も気力も限界が近づきそろそろ不味いと思われた時、父親から声が掛かった

 

「よく頑張った。試験合格だ」

 

合格の声を聞いて、2人は船に引き上げられた。2人ともグロッキー状態だが、内心は喜んでいた

 

「提督……終わったね」

 

「地獄の新兵教育は終わった……」

 

船が陸地に着くまで船底に横になり、身動き1つもしなかった。

 

 因みに、遠泳の翌日、提督と時雨の首から上は日焼けで真っ黒になった。遠泳の天敵は日差しである。夏故に水面からの日光の反射もあったため、翌日は顔がヒリヒリしていた。時雨も艤装を外して泳いでいたため、提督と同様に日焼けにより真っ黒であったのは別の話

 

 

 

訓練は続く

 

 航海術、海戦、航空戦力の重要性。そして艦娘としての運用方法。時雨自身も戦い方は知っているものの、軍事学がここまであるとは思わなかった。未来の提督のノートにも、戦争は銃を持って引き金を引けばいいというものではない、と改めて認識した。こうしている間に、2人共、軍人として成長していく

 

 

 

自主的な訓練始めてから2か月後、天気は晴天

 

 2人は別荘の前に不動の姿勢で並んでいた。提督はきっちりとした軍服姿で、時雨は自前の服装で並ぶ

 

父親はそんな2人をゆっくり見回す

 

「本来なら、士官学校の教育期間は一年だ。だが、最低限の事は教えたつもりだ。お前は海軍の入隊試験、時雨はこれからも艦娘として戦うんだ!」

 

「「はい!!」」

 

「幸い、大学の卒業単位を既に取ったから良かった。時雨も改二であるから訓練について来れた!」

 

父親は2人を見渡すと高々と声を上げた

 

「それでは本日を持って貴様等の訓練は終わりだ!」

 

 同時に時雨と提督は叫び声をあげて抱き合った。まだまだ課題はあるものの、第一歩になるに違いない。時雨はそう思った

 

 因みに、その日の夜は打ち上げが行われた。提督は既に二十歳を超えていたためお酒を飲んでいたが、飲み過ぎたため親子2人酔いつぶれて寝てしまった。そのため、時雨が後始末する羽目になった。そして次の日に、時雨は親子を正座させ説教したのは別の話




おまけ
時雨「艦娘について僕が説明するよ。本来は、まず初期艦五人の中から選んで艦隊運営するんだ」
提督「つまり、ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメなど御三家から選んで旅立つようなものか」
時雨「提督の役目は、艦娘を建造したり、ドロップしたりして手に入れて、その娘の練度を上げる。そして、深海棲艦と戦うんだ」
提督「つまり、野生ポケモンを捕まえて育て戦わせる、というポケモントレーナーの事か」
時雨「艦娘は攻撃を受ければ小破、中破、大破する。それを直すには入渠しないといけない」
提督「つまり、ポケモンセンターのことか」
時雨「艦娘は改装すれば強くなれる」
提督「つまり、進化ということか」
時雨「中には、改装するために設計図が必要な艦娘もいるんだけど……」
提督「つまり、進化の石ということか」
時雨「僕達艦娘は深海棲艦と戦うんだけど、深海棲艦の中には強力なボスが居て、上手く撃破すればレアな艦娘がドロップ出来……」
提督「つまり、ロケット団やジムリーダーとバトルしたり、伝説ポケモンをゲットしたりする事か」
時雨「別の鎮守府に所属している艦娘と演習する事も可能だけど…」
提督「つまり、通信バトルということか」
父親「おい、なんでいちいちポケモンに置き換えるんだ!」
提督「別にいいじゃないか。あんたは川柳でも作っていればいい」
父親「誰がオーキド博士だ!」


建造ユニットが完成するまでの間、まさかの新兵教育
新兵教育については海上自衛隊を参考にしました。遠泳は海軍兵学校から続く伝統行事との事。遠泳をやらされた海自の幹部候補生は、日の光によって首から上は日焼けします。
艦娘はどうなのか?艤装のお蔭でしょう(多分)

それはそうと、艦娘や装備の図鑑は、ポケモン図鑑と同様に全て埋まりません(泣)。現在は8割止まりです
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