次の日、提督はアナウンスを流して艦娘全員を食堂にて集合させた。こんな朝早くなんだろうかと艦娘達は集まったが、数名は食堂に来なかった。至るところから何事かと口々に声があがるが、提督が姿を現した時に声は静まり返った
(もうこんなに少なくなったのか)
撃沈された艦娘の名前は常に把握していたが、この戦争の現状を嫌ほど思い知ってしまう。初めは食堂に入りきらない程いた艦娘の数も、今では空いている。彼女達の目には諦めが見てとれる。食料も弾薬も少なくなっているため、士気が低下している証拠でもある
「今から言う事をよく聞いて欲しい。大淀から連絡があった。『新型兵器』の完成は間近だ」
提督の知らせに食堂にいた艦娘は、歓声を上げた。嬉しさのあまり涙を流すもの、笑顔になり他の艦娘に抱き付く者、提督にどんな新型兵器かを詰め寄る者……
皆は喜んだが、喜ぶ艦娘の内、1人だけ違った。時雨だ。しかし、提督は1人だけ反応が違う事に気づく訳がない
「待て、気持ちは分かる。これから明石達と合流する。海と空は敵に掌握されているから、陸路で行く。俺の友人である将校と軍曹。そして彼等の部下達が護衛してくれる。一時間後には出発だ。全員、荷物をまとめるんだ。落ち込んでいる艦娘も連れて来るんだ。ここを放棄する」
艦娘は我先にと食堂に出た。提督は喜ぶ艦娘達を見送っていたが、ふと見ると1人だけ残っていた
「何している、時雨?」
「提督……本当にこの戦争に勝てるの?」
「どうしたんだ?」
時雨は提督に詰め寄った。まるで答えを求めているかのように
「まだ提督を信用したいんだ。でもその『新型兵器』が僕達に失望するのようなものだったら……。沈んでいった夕立や仲間に何て言えばいいんだ!僕は…」
次第に声が涙声になった。あの会議で何があったかは分からないが、失望させられるものだったら……。しかし、提督は『新型兵器』の詳細を一切教えてくれない
「時雨、お前の悲しみはよく分かる。済まない。お前に疑問を持ってしまった事は俺のミスだ。最善の策を練ったつもりだが、完璧ではなかった」
「でも!」
時雨は抗議しようとした。自分が会議で何かを聞いたのかを。この作戦において意味があるのかと。しかし時雨が口を開く前に提督は遮るように言い放った
「到着してから全て話す。最後まで信じてくれ。お前達の犠牲は無駄ではないと。俺も準備をしないといけない。大丈夫だ、まだ希望はある」
提督は急ぎ足で食堂に出たが、時雨は動かなかった。まだ頭の中が混乱していたからだ。食堂に取り残された時雨は、様子を見に来た陸奥に声を掛けられるまで暫くの間動かなかった
一時間後、艦娘達は将校が用意してくれた軍用車両に乗って目的地に向かう。将校と提督曰く、放棄された陸軍基地から拾い集め修理したものである。軍用車であるため乗り心地は最悪だが、悪くはない。車両も軍用トラック、兵員輸送車、装甲車、旧式戦車とバラついており、統一されていない。艦娘達は2台の兵員輸送車に分かれて乗り、その周りを戦闘車両が護衛している。時々、暴徒の集団が車両に向かって攻撃してきたが、こちらが威嚇射撃しただけで相手は逃げ出した。難民や生き残りも出会ったが、残念ながら救助する余裕はないため放置するしかなかった。足柄が異議を唱えたが、提督は無視した。何でも戦闘に巻き込まれないためだとか
「時雨、大丈夫?さっきからボーッとして」
「僕は大丈夫。夕立の事を考えてさ」
陸奥は未だに考え込んでいる時雨を心配したのか声を掛けたが、時雨は無理矢理笑みを作って答えた。空しい作り笑いであることは自覚している。しかし、自分の今抱えている不安を他の艦娘達に伝播させたくなかった。しかし、無駄と言うべきなのか。度重なる戦闘を目の当たりにして艦娘達は、二つの感情に別れていた
「新型兵器があっても無理だ……あんな奴らに勝てる訳が無い!」
「敵はいい装備を既に沢山持っている。もう雪風も島風もいない」
「私の計算では……もう全滅するのも時間の問題です……」
恐怖に駆られ、絶望している者達が大半である。幸運艦も足が速い艦も真っ先に沈められたのを見て、提督が開発している『新型兵器』が有効なのか疑問視していた
「やっつけてやる。……翔鶴姉の仇をとってやる!」
「気合いだけではダメ!金剛お姉様と榛名の死を無駄にはしません!」
「大井っちを沈めた奴を見つけ出して沈めてやる!」
もう一方は、深海棲艦に姉妹や仲間を撃沈され、怒りと復讐に燃える者たちであった
兵員輸送車の中で色々な思惑な声がしており、助手席に座っている提督も耳には届いてた。ただでさえ士気が下がっている中、無理もなかった
「何か言わなくていいんですか?」
運転している兵士が提督に声を掛けたが、提督は返事はせず首を横に振っただけだった。提督も知っていた。人の死を見た人間は冷静にはいられなくと。提督も幾度も見ていた
(何処も瓦礫の山ばかりだ)
車両に乗って3時間経つが、道路の周りには車の残骸しかない。すれ違う車も人もなく、街も燃え盛る火炎と崩れ落ちる廃墟になり果てており、人影は見当たらない。数年前までは自然が溢れていた山も公園も生命など到底存命する事など出来そうにもない程に焼き払われた。地面は焦土と化し、空気は熱に冒され、空は煙と塵の影響で灰色の空だった
『後8kmを走ったら休憩だ』
中佐からの無線で連絡が入り提督が返事しようとした時、兵員輸送車は急ブレーキをし止まった。勢い余って艦娘は危うく床に転げ落ちそうになり、提督も顔をしかめて運転手に問いただした
「どうした?」
「分かりません。前のトラックが急停止をしまして」
休憩地点はまだ先だ。止まるのは可笑しい。兵員輸送車の中にいた艦娘も何事かと運転席に顔をのぞかせていた
『ブラボー1、何があった!』
『道の前に瓦礫が散らばっているので退かします!』
『ダメだ、ブラボー1!強引に進め!繰り返す!止まらず進むんだ!』
無線から軍曹と兵士のやり取りの無線が流れたが、先頭に走っていた車両であるブラボー1からの応答がそれ以降ない
『各員、警戒しろ』
他のトラックと兵員輸送車から兵士が吐き出され辺りを警戒する。銃や兵器を周りで警戒するが、何もない。静かなのが返って不気味だ
『こちらブラボー2!ブラボー1の隊員がいません!』
『油断するな!誰かブラボー1の車両を運転――』
部隊を指揮していた軍曹がその先を言う事が無かった。何故なら、車両の周りから一斉に銃撃を受けたからだ。ロケット弾の攻撃を食らったのだろう。戦車もいきなり爆発炎上した
『撃ち返せ!各員、反撃しろ!』
『クソ!待ち伏せだ!援護射撃してくれ!』
『2時の方向にいるぞ!こいつら深海棲艦と手を組んでいる奴らだ!』
兵士が瓦礫の隙間や廃墟の影に敵影がいるのを確認し、反撃していく。敵は深海棲艦だけではない。深海棲艦に雇われた軍団である。深海棲艦は人類に対して中世のような奴隷のように扱わず、食料と物資をエサに人を雇っている。当初は家族や友人を殺され深海棲艦を憎んでいた人ばかりだったため敵視していたが、食料も物資も枯渇すると何人かは深海棲艦側に付いてしまった。そのため、陸地ももはや安全では無くなった。深海棲艦から軍事訓練でも受けているのだろう。行き当たりばったりの攻撃ではなく、的確に攻撃している。だからと言って、こちらも黙ってはいない。各兵士達と戦闘車両は将校の指示で反撃を開始した。幸いな事に敵は軽装備で戦闘車両も深海棲艦が持っているような特殊な兵器も所持していない。戦闘車両は敵に集中砲火を浴びせ、敵をなぎ倒して行く。一帯は戦場と化した。艦娘を載せた車両では混乱していた。悲鳴を上げる艦娘がいる中、提督に進言する者がいた
「提督、私を外に出してください。赤城さんの仇を討ちます」
「ダメだ!まだ目的地についていない!」
「あいつらは……あいつらは深海棲艦に魂を売った人間です!」
加賀は弓を強く握りながら怒りを顕わにした。艦娘の中には、浦田重工業から奪った兵器であろう攻撃を陸から攻撃受けたのだ。地対艦ミサイルと呼ばれる兵器だが、どう見ても深海棲艦の兵装ではなく、車両による移動式で人でも操作出来る兵器らしい。深海棲艦との戦いで大破し帰投している所を狙われるケースが多発したため、横須賀鎮守府以外の陸地は迂闊に近づけなかった。人間不信に陥る艦娘も少なくなく、助けを求める民間人を無視するケースが起こった。しかし、例え本当に助けを求めている人でも物資が少ない現状では、受け入れても何もしてあげられない。北海道に避難するよう促すしか出来なかった
「提督、僕達は艦娘だ。これくらいの銃撃なら平気だし、あいつらはあの兵器を持っていない。だから…」
「時雨、言いたい事は分かる。俺だって武器持って真っ先にあいつらを殺したい。だけど、今は任務に集中してくれ!ここでお前達の戦力と時間を無駄に消費する訳にいかない!」
時雨の提案をあっさりと蹴る提督だが、その顔には余裕がない。兵員輸送車の中とはいえ、外では兵士達の怒号と機関銃と戦車砲が鳴り響き自分達の乗っている車両に銃弾が食い込む音が聞こえる。機関銃程度なら弾き返せるが、バズーカような兵器が命中すれば無事では済まない。戦闘が行われている状況の中で論争しているのだから、気が気でない。そんな中、無線機から軍曹の声が流れた
『全隊員、よく聞け!ここに留まっていると狙い撃ちにされる!それに、あいつらは深海棲艦の増援を呼ぶだろう!部隊を2つに分けるぞ!ブルー7以降の車両は、『荷物』を目的地に確実に届けろ!それ以外の者は、俺とここで暴れる!』
無線の声で提督の顔は青ざめた。『荷物』とは艦娘と提督のコールサインである。つまり、軍曹を含めて囮になるという事だ。
「待ってくれ、軍曹!ここに残る必要は…」
『提督、あんたの考えには賛成した覚えはない。ただこれしかないのなら、腹を括る。ここは引き受ける!その代り、必ず成功させろ!『新型兵器』でこの地獄を変えてくれ!』
時雨は凍り付いた。会議で提督に反発していた軍曹だった。それが今では囮になると言っている。提督に反対していた軍曹が、今では協力を?なぜ?しかも囮と言う事は……彼は死ぬつもりなのか?銃を握っている兵士達も?気付けば、時雨は無線機を提督からひったくり軍曹と無線交信していた
「僕は白露型二番艦、時雨。僕達も数名残って一緒に戦う、時間を稼ぐよ!」
『バカ野郎!何処の誰だか知らんが、お前は俺の部下じゃねぇ!お前達はまだやる事がある!ここで無駄死する必要なんてない!おい、運転手!俺が合図したらさっさと移動しろ!艦娘を絶対に外に出すな!敵は待ってくれん!ブルー1から6!中佐の指示に従って目的地に行け!』
時雨の提案を一蹴され呆然とした時雨だが、反論する前に無線機は提督に奪い返された
「戦いたい気持ちは分かる。だが、これは命令だ!待機してろ!」
提督の鋭い声に時雨も加賀も席に戻ったが、顔は納得していない。相手は人間だ。艦娘が持つ兵装や防御力で軽装備の軍団を一掃出来る。だが、それは却下されたのだ
『よし!移動しろ!早く行け!』
軍曹の通信と同時に車両は急発進し激しく揺れた。艦娘が悲鳴を上げる中、時雨は確かに聞こえた。提督の呟きを
「許せ」と
15台もの隊列で進んでいた車両の半分は銃撃戦とゲリラを強引に突き進み、残りは時間稼ぎのためにゲリラを足止めを行った。人数はゲリラの方が多いが、兵器の質や所持している兵器は陸軍の方が上である。そのためゲリラは、圧倒的な火力に対して大苦戦した。逃げた車両を追おうにも邪魔してくる。ゲリラを率いるリーダーは、無線で応援を送るよう指示したが、応援を求めた相手は人間ではなかった
数分後、たこ焼きに似た深海棲艦の艦載機が軍曹を率いる車両部隊を攻撃し、軍曹を含む残存部隊は全滅した
艦娘はまだ戦闘せず