第59話 逃亡
僕と提督、そして博士が陸軍の特殊部隊によって助け出されてから、数日後……僕達は有名になった。犯罪者として
北方棲姫を助け出した後、陸軍の兵士が迎えに来た車両に乗り、極秘の基地に隠れていた。いや、秘密ではない。陸軍の軍用飛行場である岐阜基地に送られた。場所はそこしかなかったらしい。先ほどの戦闘によって全員、疲労困憊であったため、食事と睡眠をたっぷりと取った。僕は、博士が用意してくれた資源と簡易用の
翌日、提督は身体中が筋肉痛で痛いと愚痴をこぼした。それもそのはずで、時雨を助け出されてから、無茶な動きと重たいロケット砲と自動小銃を抱えたまま戦っていたためだ。僕があれこれと世話をしたが、提督は苦笑いした
「どうしたの?」
「いや、これが実力差なんだなっと」
「実力ではないような気がする」
艦娘と人の身体能力の違いだろう。尤も、提督は軍人どころかスポーツマンではないため、ある意味仕方ないのだが。時雨は建造してからずっと戦っていたため、身体に支障はなかった。入渠したお陰で修復された
しかし、問題があった。僕の心は治っていなかった。毎晩、悪夢を見る。戦艦ル級改flagshipからひどい仕打ちをされた時の事が
気がつくと時雨はあの拷問部屋にいた。鎖は部屋の天井から伸び、時雨の両腕を固定し釣り上げている。しかも両足は、バタつくことができないように鉄の重りが取り付けられていた
「あ……嘘だ。これは夢だ……これは夢だ」
拘束を解こうともがくが、鎖に縛られた両腕両足を外す事が出来ない!
「夢だ……違う……」
「夢……イイ夢デモ見テルノ?」
時雨は凍りついた。いつの間にいたのか、戦艦ル級改flagshipがニヤニヤと笑いながらこちらを見ている
「あ……ああ……」
「サテ、始メヨウ。イイ鳴キ声ヲ聞カセテモラオウ!」
ナイフを手に取ると、時雨の腹にナイフで思いっきり刺したのだ
「ギャアアアァァ!」
時雨が懇願したが、止めてくれない。しかもナイフが自分の身体に刺さる度に激痛が走った。助け出されたのは、本当に夢なのか?殴られる度に全身の骨が折れたかと思った
暫くして時雨を殴り続けた戦艦ル級改flagshipは、時雨に痛めつけるのを止めた。気が済んだらしい
「オ前ハ存在シテハナラナイ。艦娘ノ力ヲ奪イ縛リツケ売春婦トシテナラ存在シテモイイ」
「違う。僕は……艦娘は奴隷ではない」
時雨は泣いていた。 治療されてない生傷を晒し、全身に血をにじませていた。近づく戦艦ル級改flagshipに対して震える声で懇願する。情けない姿だが、これしか出来ない
「お願い……もう止めて」
「ソウネ。デモ、目ガ反抗的」
戦艦ル級改flagshipは時雨の顔を右手で覆った
「何を……」
「天龍ニ憧レタ事ハアル?」
次の瞬間、右目に激痛が走った。戦艦ル級改flagshipは右目の眼孔に親指を突き立てたのだ
時雨は痛みの余り悲鳴を上げた
「痛い!止めて!嫌だ!」
「おい、しっかりしろ!夢だ!お前は助かったんだ!もう心配するな!」
提督の揺さぶりと掛け声で目が覚める。錯乱する時雨を提督が起こしたのだ。慌てて身体を調べるが異状は無い。右目はちゃんと見えている。ホッとしたが、身体を震わせていた。痛みはないものの、夢で見たものが生々しかった
こんなことは一度や二度ではない。浦田重工業によって捕らわれてから、廃工場の港の戦いによる出来事で時雨は、トラウマを抱えてしまった。毎晩、夢に出てくる。ミサイルによって仲間が撃沈された夢。戦艦ル級改flagshipに拷問されるという悪夢。逃げる自分を躍起になって攻撃してくる攻撃ヘリや無人攻撃機……
睡眠をとると、必ずそれらの夢を見てしまい、その度に起きる羽目になった。お陰で睡眠不足に陥ってしまった。博士から睡眠薬を貰ったが、それでも目が覚めた
睡眠時に提督の側で寝たが、効果は無い。子供のような考え方だが、仕方なかった。1人で寝るのが怖かったからだ。提督も了承した。だが、安眠する日は無かった。寝る度に悪夢にうなされ、提督に起こされるといった事案が発生した
僕は無力だ。何も出来ない。未来の提督が聞いたら、どう思うんだろう?
そして、悪いニュースも入ってきた。テレビでは、陸軍のクーデター残存部隊が浦田重工業を襲撃したとの事だ。僕達の顔写真まで。僕は名前不詳と書かれていたが、テロリストのナンバー2という犯罪者で報じられた。そして502部隊は、人類の敵である深海棲艦と組んでクーデターを企てているという出鱈目なニュースも流した。しかし、無人航空機や民間刑務所から撮影したと思われる航空写真や防犯カメラの映像が公開された事により信ぴょう性が増した。大本営や国会議事堂では報道陣とデモ隊と市民団体が殺到しているという。浦田重工業の悪事は、全く触れられていなかった
「政府からの発表は信じない癖に、浦田重工業の情報なら真に受けるのか?おめでたい奴らだ」
テレビを見た軍曹は吐き捨てるように言ったが、残念ながら浦田重工業の方が一枚上手だった。何しろ、こちらには身の潔白である証拠がない。こればかりは、どうしようもなかった
「胸糞悪いニュースだ」
「僕達……これからどうなるの?」
「分からん」
もう、基地の外に出る事は出来ないだろう。街を歩けば、警察か憲兵隊に通報されるのがオチだ。今は陸軍将校や軍曹達が匿ってくれたが、いつまでもじっとはしてられない
しかし現段階で、この状況を打破するのは難しい。浦田重工業の陰謀を暴露しないといけないのだが、その証拠が全くないのだ
提督と一緒に博士の所まで行ったが、今は忙しかったため話す事が出来なかった。陸軍将校も軍曹も状況を打開するため会議を開いたはいるが、会議が終わり出てくる彼らの顔は深刻な表情だった
「もう……どん詰まりだ……」
提督の呟きに時雨は項垂れた。もう、この状況を打開する案が思い浮かばないからだ
「提督……何か手は――」
「無理だ!これ以上!相手は政府も黙らせる程の力を持つ巨大企業だ!」
提督は吠えた。時雨は提督の反応に驚いたが、時雨はその反応を知っている。救助作戦に失敗した時の反応。自分の無力さを知り、嘆いた時の反応。悲しむのを他人に見せつけないために怒りで塗り替えていた
彼は、諦めていた。未来では逃げる事が出来ない。しかし、今は違う。文明が崩壊していないのだから
「時雨……ごめん。俺には無理だ。俺がお前達の指揮官なんて無理だ」
「そんな事はない。提督も戦った」
「戦って気付いたんだ。俺は……お前を助けるために人を殺した」
時雨は何も答えられなかった。刑務所と戦った際に陸軍兵士達と違って、提督は引き金を引くのをためらったらしい。しかし、相手は容赦なく撃ったためやむなく応戦したという。無我夢中で撃っていたが、命中した弾はほとんどない
「お前は悪夢に苦しんでいるが、俺もだ。誰を殺したかは知らないが、幽霊が出る」
「僕は地獄に見たよ!提督の悩みなんか僕と比べれば――」
「違う!そうじゃない!俺には無理だ!もう未来を背負えない!」
提督は歯を食いしばりながら悔しそうに言った。彼も限界だった。それに加えて、提督は軍人ですらない。にも拘わらず、武器を持って戦ったのだ。熱くなり過ぎて、何も考えていなかったが、冷静になって振り返った事が不味かったようだ
「未来の俺は……軍人だった」
「違う!若いけど、仕草や癖は本人だよ!」
「同じだ!間違いを犯して、危険に晒した!」
「提督、落ち着いて!」
「もう止めてくれ!……こんな事になるんだったら、軍人に目指すべきじゃなかった」
流石の時雨もあんぐりと口を開けた。まさか、提督がそんな事を言うとは思わなかった。未来の提督でも言わなかった。こんな事はあり得るのか?
……いや、違う!確かに未来でも心が折れかけていた!未来の記録に書いてあった!確か自殺しようとしてけど、神通達に止められた!
「提督、お願い!」
懇願しても提督は聞く耳を持たなかった。それどころか、部屋から出ようとする
時雨は無言だった。自分の無力さを感じた。戦艦ル級改flagshipを倒せたのも攻撃ヘリを撃ち落せたのも自分の運だったかも知れない。『艦だった頃の世界』では雪風は僕よりも長く海に浮かんだ。しかし、この世界では逆に入れ替わってしまった。色んな艦を見送った。でも、提督だけは見送りたくない!この人の代わりはいない!それだけだった
提督がドアのノブに手をかける直前、時雨はハッと思い出した
「そうだね……僕じゃ無理かな。説得させることなんて。提督本人が来たら上手く行っただろうけど。でも、あのタイムマシンは人間では耐えられない仕組みだから」
提督の動きが止まり、こちらを振り向いた。時雨は何を言っているのか、分からないと言う風に見ている
「僕はね、提督が戦って欲しくなかったんだ。だって、提督は撃たれると死ぬ。囮になってくれたり、助けてくれたりしたのは嬉しいけど、無謀かなって。でも、感謝している」
「……何だ?」
提督がぶっきらぼうに聞いてきた。扉のノブから手を放し、こちらに近づいて来る
「……僕を信じてくれたって事。僕が人外と分かって無茶したんだよね?」
提督は何も答えない。そうでなければあんな行動は取らないだろう。無人航空機からミサイルが迫って来た時もそうだ。CIWSがあったからと言って、近づくバカはいない。しかし、彼の返事は予想していた答えよりも違っていた
「……いや、お前に強敵を倒すよう押し付けただけだ。俺は……敵兵に向けて引き金を引けなかった。反射的に引き金を引いて1人殺しただけだ。お前を囮に使ってヘリを倒した。……楽して勝ちたかった!それだけだ!」
提督は拳を握りながら呟いた。そう言えば、夜戦時において戦艦ル級改flagshipの時に確実に倒すよう命令されたような……
「昔、親父から言われたんだ。軍人は憧れるものではないと。ただのヒーローごっこではない、とな。『狂人』という汚名を返上するためになったつもりだが……」
「提督」
「銃や大砲は恐ろしい。引き金を引くだけで相手の命が終わる。それが自分にも当てはまるのでないかと。お前は恐ろしくないのか?考えもしなかったのか?撃沈され海の底に沈む恐怖を?未来の俺は、お前達を残酷に――」
「提督!」
時雨は大声で提督を遮った。泣き言は、もう聞きたくない
「僕だって怖いさ!仲間が沈むのを見送って来た!だから、この時代に来た!」
気が滅入りそうだった。こっちは地獄を見て来たのに!しかし、精神問題は解決しなければならない。何とか、目の前にいる青年を提督にさせないと!
「誰だって初めは、上手くはいかないさ!僕は大阪の戦いで建造されたけど、吹雪達から聞いたんだ!指揮を間違えても研究して、新たな戦術と戦い方を教えていたって!攻撃ヘリや無人航空機だって、提督は一瞬で兵器の特徴や弱点を理解したじゃないか!」
「あれは軍人になるために兵器や戦術を勉強していただけだ。兵器については、資料を読んで調べただけだ。バイクと同じだ。趣味の一環だ。兵器は手入れしないと本領を発揮できない。機械いじりの延長線上のようなものだ。それだけだ」
「でも、僅かな時間で敵の兵器を把握して命令するなんて凄いよ!僕達だけだったら、戦艦ル級改flagshipに一瞬でやられていた!あの命令は正しかった!」
確かに戦艦ル級改flagshipの言うように、素質はあったかも知れない。しかし、それは指揮官としての素質だ
「指揮官はこんなに怖がったりしない。趣味や勉強の一環を艦娘に――」
しかし、時雨は提督の言葉をまともに聞かなかった。提督は諦めかけていた。僅かながら……タイムスリップする直前に見せた顔。あれは、迷いだ。それが見えたような気がした
僕は……どうしたら……
その時……時雨の心の中からどす黒いなにかが涌き出てくる。そのどす黒いものは、自分に向けて囁く。いや、閃いたといった方が正しいのか?
(提督と一緒に逃げれば僕達は助かる。世界や日本の事は……どうでもいい。どうせ僕達は、周りの人間から嫌われる。ひっそりと生きていけば……そうすれば……誰ニモ邪魔サレナズニ済ム)
自分も驚いた。自分は深海棲艦ではない。それはわかる。手足も人間だ。深海棲艦化という噂が一時期あったが、そういう事実はない。だから、己は深海棲艦ではない事は分かるものの……時雨の心にある欲望だけが涌き出てきた。提督を独占しようとする欲望が。全てを投げ出し、提督と一緒に過ごすという禁断の選択が
(もう、限界だ。あれだけ痛い目にあったのに何も変われなかった。何のために戦っているの?理想?人間を守るため?……戦う事しか能は無いの?違う道がある。駆け落ちすればいい。知らない土地で提督と一緒に暮らせば……他の艦娘はイナイ。チャンスダ)
時雨は頭を抱え込んだ。自分のどす黒い何かは、時雨に囁き続いている。例えるなら、自分の分身が現れたというものだろうか?悪魔と天使の囁きだろうか?今では悪魔が勝っている
(もう諦めよう。提督は疲弊している。彼を苦しむ姿を見たくないだろ?)
「違う!」
遂に大声を上げた。これ以上、囁いて来ないで!深海棲艦化になるわけでもないのに、心が痛い
「どうした、おい!」
提督は頭を抱えうずくまる自分に肩を叩いた。自分の欲望を抑えた時雨は、意識を失った
俺は悩んでいた。将来、自分は艦娘に対して酷なことをするだろうという恐怖があるのだろうか?あいつらから、怨みや怒りは無いのだろうか?艦娘は時雨だけだ。他の艦娘は文章と時雨の証言だけだ。まだ、会ったことがない。軍人になるんじゃなかった。理想と現実は違う。俺には無理だ。このまま身を引こうと思った。このまま……
その時だった。時雨は何か悩んでいた。疲れていたのだろうと思ったが、違う。苦しんでいた。おかしい……親父は時雨を完治させたはず!声を掛けたが、振り向いた時雨の顔はいつも時雨ではなかった。何かから怯えている。しかし、目だけはしっかりとこちらを捕らえていた。表情は怯えているものの、目だけはいつもの時雨の目ではなかった。まるで、引きずり込まれそうな……
後は説明するまでもない。時雨が気を失ったため、親父を呼んだ
「どうなんだ、時雨は!」
「身体は大丈夫だ。何処も異常はない」
手当てを終え部屋から出てきた親父を見るなり、俺は直ぐに聞いた。身体に異常はないと言ってる割には歯切れが悪そうな言い方だ
「では、何なんだ!浦田重工業か戦艦ル級改flagshipが毒を盛ったとか、それとも――」
「違う。原因はお前だ」
予想外の答えに俺は固まった。俺のせい?何も危害は加えていないはずだ
「まだ気づかないのか?全く……良いだろう。付いてこい」
俺は親父の案内により、時雨が寝ている部屋に入った。時雨はベットで横になっていた。点滴しているところ以外は、いつもの時雨だ。まるで気持ち良さそうに寝ている
「俺のせいって……何なんだ?」
「お前は軍人ではない。だから、そこまで責めるつもりはない。お前は才能はある。あの戦いを見て分かった。しかし、責任から逃げようとしている」
親父の指摘に俺は困惑した。俺が逃げている?そんな事はない
「もう逃げるのを止めた!ノートを見てそれで……」
「いや、お前はそのつもりでいただけじゃ。気持ちが変わっても行動は違う。お前……泣き言を時雨に言ったな」
俺は固まった。あの時……俺は未来を背負いたくないと……
「自覚はあるな。完璧な人間はおらん。しかし、相手はそうは見てくれん。そんなのは言い訳だ。言い訳は世の中には通用せん。例え、自分に非が無くても」
「でも、相手はあの大企業の浦田重工業だ!そんな相手――」
「そういう問題ではない!それをお前さんを信頼している時雨に言うな!時雨にとってお前は希望なんだ!」
俺は目の前が真っ暗になった。艦娘にとって俺が希望?
「時雨は先ほども寝言でうなされていた。お前の名を。それだけ信頼されている。だが、お前は時雨の期待を裏切った。それだけだ」
親父には今までの出来事を話した。それまで時雨は、寝不足により病気になったのか、と思ってしまった。しかし、実際は違う。俺のせいでこうなった
「お前が逃げようとしたことで時雨の精神が崩壊しそうになった!いや、もう崩壊してもおかしくないはずじゃ!未来で仲間を失い、元凶である浦田重工業と深海棲艦からいたぶられた!でも、時雨は屈しなかった!何故か分かるか!」
俺は今更ながら、間違った選択をしていたことに気づいた。親父の言う通り、俺は時雨の期待を裏切ろうとしている。例え、そんなつもりでは無くても、相手から見れば裏切り行為だ。だから……
「軍隊は仲間同士の信頼も大事だ!親友、若しくは家族と見てもいい!しかし、コレだけは忘れるな!」
親父は俺の胸当たりに指を指した
「お前は……艦娘を指揮する立場だ!皆を率いる者が不安を煽ってどうする!?司令官が仕事放棄をしてどうする!?公私を混同させるな!そして――共に戦う仲間を見捨てず、裏切るな!」
親父が部屋から荒々しく出て行っても俺は時雨の側にいた。そうだ、俺は逃げているばかりだ。いや、逃げても言い訳している。それで納得したのだ。時雨は俺を頼っているのに、俺は裏切ったのだ。いや、確かに囚われた時雨を助け出したりした。しかし、それは最低限だ。しかも、時雨を友達か何かと思っている節もある。それが不味かった。普段は、友達として接すればいいだろう。しかし、いざという時は戦わなければならない。その時、友達感覚で接したらどうなるか。任務に支障が生じるは言うまでもない
俺は甘かった。艦隊を指揮する事は、責任を背負う事だと。これはゲームではない。生と死の境で戦うことで遊び感覚でやってはいけない。戦うのであれば、最期まで責務を果たす事。それが身に染みた
「ごめんな、時雨……」
俺はそれしか言えなかった。未来の俺が見たら殴られているだろう
艦娘を裏切るなと
俺は、ベットの上で横たわり、寝ている時雨の傍に居る事しか出来なかった。いや、やるべき事がある
謝らないと
ここからは第7章から始めます
多分、第8章で章の付けは終わる予定です