第12話
運命というのはとても残酷だ。
良いことにしろ、悪いことにしろ予測ができないからだ。
何の前触れもなく運命は廻り続け、世界を動かし、事態を引き起こす。
それは例え神であろうと逆らう事の出来ない、いわば『世界の法則』だ。
それに対し、当事者達は運命という舞台の上で踊り続けるしかできない。
とても残酷な話だ。
しかしだ、どうせ踊らされるだけなら、派手に踊った方が楽しくはないだろうか。
派手に、激しく、優雅に踊る。
せめて用意された舞台でどれだけ満足できるか、私たちが出来るのはそれだけだ。
「さぁ始めましょう、私達の
今宵開演されるは、幻想郷の竹林にて始まる『月の異変』。
今回の舞台の役者は選り取り見取り。
「霊夢、月がおかしいわ」
「そんなこと分かってるわよ、特に大きな被害はないようだけど……これも『異変』だって言うんでしょ、紫」
巫女と賢者。
「魔理沙、いるかしら? 月がおかしいみたいだから調査に行く所なの、あなたも来るかしら?」
「あー? 月がどうかしたのか? アリス」
「……不快だな、今夜の月は。お前もそう思わんか、咲夜?」
「はぁ……私には分かりかねますが、全てはレミリアお嬢様の仰せのままに」
メイドと吸血鬼。
「妖夢ー! ちょっと出掛けるわよー」
「えぇ!? ゆ、幽々子様? 一体どちらに……!?」
半人半霊と亡霊。
人間、そして妖怪達による異変の調査が間も無く幕を開ける。
そしてこの異変は後にこう呼ばれる……
明けることのない一夜、『永夜異変』と。
『東方永夜抄』開幕。
幻想郷に最近新しいルールができた。
名を『スペルカードルール』……一言で言うなら、決闘をするためのルールだ。
幻想郷には人間、妖怪と様々な種族がいる。
そして幻想郷に身をおく知性ある妖怪は、基本的に人間を襲う様な事はない。
人間もまた、そんな妖怪達に手を出すこともない。
しかし、時には人間と妖怪、又は人間同士、もしくは妖怪同士争う事がある。
何故なら人間も妖怪も『生きている』から。
生物として、それは取り除く事の出来ない本能のようなものだ。
しかし幻想郷は狭く、その実態は不安定な楽園だ。
争い事が毎日起きているわけではないが、力のある者同士が本気でぶつかり合うだけで幻想郷が簡単に崩壊する可能性がないとは言い切れない。
そこで考案されたのがスペルカードルール。
このルールは、定められた一定の力と技を駆使して、勝負をするというものだ。
つまり、強者と弱者、強者と強者、弱者と弱者だろうがなんだろうが、同じ土俵で戦えるという極めて公平な決闘ルール。
とても安全な勝負方法というわけだ。
とはいえ、怪我くらいはする。
しかしそれを差し引いても充分安全だと言えるルールだ。
特にここ幻想郷においては。
そしてもう一つ、最近幻想郷で変わった事がある。
それは『異変』と呼ばれる騒動のことだ。
空が紅い霧で覆われる『紅霧異変』。
春が訪れず、冬が長く続いた『春雪異変』。
この二つの異変が、つい最近幻想郷を騒がせた。
そして驚くべきことに、実はこの二つの異変、先程言ったスペルカードルールで解決されたらしい。
確か今代の博麗の巫女と……他にも居たらしいが、兎に角、人間によって妖怪が引き起こした異変を、スペルカードルールで解決したのだ。
それはつまり、そのルールが幻想郷に根付き始めたということだ。
うん、それについてはとても良いことだと思う。
しかし……しかしだ。
まさかその異変を、自分達が起こすことになるだなんて思いもしなかった。
「浮かない顔……かどうかはわからないけど、どうかしたの鈴仙」
隣で一緒に、師匠が本物とすり替えた『偽物の月』を見ていた姫様がそう聞いてきた。
「もしかして罪悪感でも感じてる? 大丈夫よ、確かに今回の件は鈴仙が原因かもしれないけど、私も永琳も迷惑だなんてこれっぽちも思ってないわよ」
……そう言ってもらえるのは嬉しいです、けど自分が思ってるのはそこじゃなくてですね……
「そうなの? ……あ、じゃあ異変を起こすことに対しての罪悪感かしら?」
まぁ……そうですね。
「ふふ、あなた感情は薄いはずよね? なら気にしなくて良いんじゃないかしら」
それも……その通りです。
けど、例え一瞬しか感じなくても、確かにこの感情は嘘じゃないんです。
それを蔑ろにするのは何というか……ダメな気がするんです。
「……そう、相変わらず優しいのね鈴仙は」
これを優しさと言っていいのかは微妙ですけどね。
「そうね……けどそれも大丈夫よ。永琳の計画が全て正しく進んだのなら、被害は何もないはずよ。だから永琳を信じましょう?」
……はい。
「ん、よろしい! じゃあ事が終わるまでゆっくりして……」
その瞬間、『夜が止まった』。
「……思ったより速く気付かれたわね、けどまさか夜そのものを『固定』するなんて大胆な事するのね」
どうやらゆっくりは出来なさそうですね、姫様。
「まぁ仕方ないわね、じゃあ鈴仙も予定通りの仕事よろしくね。私も頑張るから」
……えぇ、お願いしますね姫様。
事の始まりは一月前ほどの満月の夜だった。
その日は久しぶりに月にいる『友達』の声が聞きたくて、玉兎のテレパシーによる通信をした。
玉兎はお互いにテレパシーに似た交信をできる。
それは自分も例外なくできる芸当だが、能力が他の玉兎に比べて進化している自分は少しわけが違ったりする。
交信自体は問題なく行える、しかし自分の通信はまるでノイズが掛かっているような声らしく、聞き取る事が出来ないらしい。
加えて自分から相手に交信をするのは可能だが、相手から自分に交信をしようとしても何故か出来ないという欠陥電話となっている。
つまり自分のテレパシーは、相手に一方的にかけ、相手の声しか聞く事が出来ないのだ。
実に悲しい。
しかし自分の友達はそれを知った上で、そんな自分に一生懸命話しかけてくれるのだ。
返事なんて返ってこないのが分かっていながらだ。
良い友を持って自分はなんと幸せ者だろうか。
そんなこんなで、地上に来てからも何度か交信をしたことがあるのだが、大抵はちょっとした雑談で終わる。
しかし一月前の時は違った。
交信した瞬間、まず第一に友達の慌てふためいた声が聞こえたのだ。
『あ、なっちゃん!? 良かったーかけてきてくれて……実は今ちょっと大変なことが起きててね!』
と、何やら只事ではない様子だった。
ちなみに『なっちゃん』とは自分のことである。
その後も友達が落ち着くのを待ち、事情を聞いてみたのだが、驚くべき事実が判明してしまった。
『あのね、実はこの前、なっちゃんを探して月に連れ戻せっていう捜索命令が月の使者に出されちゃったの』
……正直耳を疑った。
何故なら、確かに自分は月から地上へと降り立った玉兎だ……
しかし、月の連中にとって玉兎とは替えのきく消耗品というような認識で、たかが地上に降りた玉兎一匹のためだけに捜索命令まで出すとは到底思えないのだ。
『もちろん私達はなっちゃんを連れ戻す気はないよ! なっちゃんの夢だったもんね、地上に行きたいって』
いや、夢というほどのものではないのだけれど……
けどまぁ、その気持ちは普通に嬉しいが。
しかしそうなると一体何故、どんな理由で誰がそんな命令を出したのか……
『ふふふ、れーいせん。暇なのでこの後どうです、
……あかん、今脳裏に心当たりがある人物が浮かんでしまった。
まさかとは思うが……
『あ、ちなみに命令を出したのは『依姫様』じゃないからね。もっと上の方からのお達しらしいけど……ごめんね、私も詳しい事情は知らされてないの』
そんな自分の杞憂を直感で感じ取ったのか、そう補足してきた我が友。
むぅ……あの人でないとすると本当に訳がわからない……
『何とかあれこれ手を打って引き伸ばしてはいるんだけど、そろそろ限界みたいで、次の満月の日に部隊が地上に派遣されちゃうの……でも、最後まで粘ってみるから、なっちゃんも万が一見つかんないように準備しといてね!』
と、最後にとんでもない情報を言い残して、その日の交信を終えた。
……次の満月か。
もし次の満月の日に、月の連中が自分を探しに幻想郷にやってきたとする。
間違いなく大混乱になるだろう。
最悪、争い事に発展するかもしれない。
となると、いっそのこと自分から月に出向いた方が全て丸く収まるのでは?
そう思い、一先ず師匠達にもこの事を伝えておこうと、事の顛末を話したのだが……
『やだ、絶対ダメよ。あなたの居場所はもうここなんだから』
何故か師匠に猛反対された。
しまいにはちょっと泣き出しそうになったので、仕方なく月に出向く事はやめると約束してしまった。
しかしこのまま事態が起きるのをのんびりと待つことはできない。
そこで師匠がなんとも大胆な計画を立てたのだ。
『月と地上の表側の通路……一般的な出入り口を、輝夜の能力を使って『永久的』に塞ぐわ。そのための台座となる部分は私が用意する』
これで奴等は『普通』の手段で地上に降りる事は出来なくなるわね、とニッコリしながら言う師匠はちょっと怖かった。
大まかな計画の流れはこうだ。
まず師匠が本物の月を台座となる『偽物の月』にすり替え、その間に姫様が能力を使い、偽物の月を媒介して通路の出入り口を『永遠』に固定して塞ぐという計画だ。
そして全てが終わったら、月を本物に戻すと……
うん、正直どういう仕組みだとか原理とかは自分にはサッパリだが、とにかく扉に鍵を掛けて開かないようにするという認識で大丈夫だろう。
しかしこの計画にも欠点がある。
師匠が言うには、偽物の月は本物に比べて地上への影響が強く出てしまうらしい。
人体に悪影響はないが、月の魔力などに影響を受ける妖怪などは、いつもより興奮してしまうらしいのだが……
『大丈夫よ、作業は半日も掛からないし、理論上では人間達は勿論、妖怪達も暴走する程興奮するというわけではないから』
ただし、『目敏い者』は月の異変に気が付いて、何かしらの妨害をしてくるかもね……特に博麗の巫女や妖怪の賢者さんなんかは。
そう付けたした師匠。
そう、例え被害が出ないものだとしても、自分達がやろうとしている事は『異変』を起こすのと変わらない。
幻想郷を混乱に陥れる可能性があるとするなら、どんな理由があろうと調停者である博麗の巫女は動き、この異変を解決しようとするだろう。
月を元に戻せと。
とまぁ、あっという間に一月が立ち、予定通り計画を実行した。
そして案の定、博麗の巫女が異変を解決するためか、夜の時間を固定させたのが数十分前。
おそらく今頃迷いの竹林内部だろう。
出来れば全てが終わるまでそこで迷ってくれてたら大変助かるのだが……
「良いウドンゲ、私達の勝利条件は輝夜を守り通す事よ。台座をコントロールするための術式やその他諸々を全て輝夜に託してあるから、輝夜が作業を終わらせるまで、それらを解除させない事よ」
合点です師匠。
……しかし、わざわざこんな異変紛いのことをしなくても、事情を紫さんらへんに説明すれば良かったのでは?
「いえ、それは無理ね。あの妖怪はこんなメルヘンチックな幻想郷を作り上げたけど、その中身は現実主義者に近いものよ。だから幻想郷が危険になるかもしれないとなったら、より手っ取り早く解決するために、ウドンゲを此処から追い出すとか平気でやりかねないわ」
うーん、そう……なのだろうか?
確かに紫さんは幻想郷大好きみたいだが、そこまで非道ではないような……
「それより、ウドンゲは大丈夫? 永遠亭の廊下の波長を操って迷路状にするのはとても良い案だと思うけど、負担が大きいんじゃない?」
む、大丈夫ですよ師匠。
疲労感が少しある程度です。
「そう、無理は禁物よ?」
勿論です。
しかし、廊下の波長という概念に近い波長を操れるようになるくらいは自分もここ数年で成長したというのに、相変わらず感情についての事柄が一向に解決できないのは一体全体どういうわけなのだろうか。
もはや何かの呪いなのでは……?
(ん? この波長は……)
すると突然波長レーダーに反応があった。
誰か此方に近づいてくる。
「どうしたの? まさかもう博麗の巫女が乗り込んできたのかしら」
いえ、確かに何者かが此方に来てはいますが……この波長はもしや。
「あ、鈴仙ちゃんに……薬師か。何か廊下が変なことになってるけど、何がどうなってんのこれ」
と元気の良い声が響く。
……やっぱり妹紅さんだったようだ。
「あなた……何をしに来たの?」
「え、何って……輝夜と勝負しに来たんだけど。ほら、最近流行りのスペルカードってやつで」
まさかの予想外の来客だった。
「……申し訳ないのだけど、今日は無理よ。明日また出直して来てくれるかしら、もこたん」
「もこたん言うな……まぁ立て込んでるみたいだし、今日はお暇するよ」
申し訳ないもこたん、お詫びに全てが無事に終わったら満漢全席のお裾分けをしに行きます。
(あれ?)
するとまた波長レーダーに反応があった。
今度こそ博麗の巫女か……そう思ったが、何やら様子が変だ。
(あの、師匠……)
「ん? どうかしたかしら」
(いえ……ただ博麗の巫女って、『八人』もいましたっけ……?)
「え?」
そして自分達の目の前に、それらは姿を現した。
「いたわ霊夢、異変の首謀者よ」
「ふーん……私の勘だとこの奥にもう一人いそうね」
それは、巫女と賢者の二人組。
「ちぇ、私達が一番乗りかと思ったが、違ったみたいだぜ」
「別に速さを競ってるわけじゃないでしょう」
それは、金髪の魔法使いらしき二人組。
「流石は霊夢ね、地上で最速にして最強のレミリア様を出し抜くだなんて。ふふ、やっぱり眷属にしちゃおうかしら」
「お嬢様、口から何か垂れてますよ」
それは、吸血鬼とメイドの二人組。
「ほら妖夢遅いわよー、そんなんじゃ修行になんないわよ?」
「ゆ、幽々子様だけ飛ぶなんてずるいですよー」
それは、幽霊らしき二人組。
合計、四人と四体の妖怪が現れた。
あれ、異変解決って基本巫女さんだけの仕事のはずでは……
「……これは予想外だったわ」
「え、これ何の騒ぎなの?」
流石の師匠も動揺を隠せないようだ。
どうしたものかと考えていると、ふと自分に向けられた視線を複数感じた。
「……そこの兎妖怪、あんたどっかで」
と、突然巫女さんがそう言った。
うーん、もう十年ほど前に一回会った程度だというのに、見覚えがあるらしい。
いやはや、子供の記憶力というのは侮れない。
というか、紫さんまで来るとは本当に予想外。
「奇遇だな霊夢、私もあの兎妖怪、どっかで見た気がするぜ」
と、これまた此方も見覚えがある面影と波長を持った金髪の片側の髪だけおさげの魔法使いさん。
確か、父親の為にタケノコを掘りに来て迷子になったあの子供だ。
風の噂で数年前に家出したと聞いたが、どうやら元気にやっている様子。
「……そう、じゃああの兎妖怪の相手譲ってあげるわ魔理沙」
「は? ちょ、霊夢!?」
巫女さんはそう言って辺りをぐるっと見回す。
「相手は二人と一体……私と紫はこの先に隠れてるやつ成敗しにいくから、そいつらの相手はあんたらに任せたわ」
そしてすっと、その場から姿を消した……あれ、どこにいった?
波長レーダーを広げて探ってみると、どうやら既に別の場所にいる模様。
へー、最近の人間って瞬間移動ができるのかー。
怖いなー、人間怖い。
「……ん? あの巫女二人と一体って……あれ、もしかして私も数に入ってる!?」
どうやらそうみたいですね妹紅さん。
申し訳ないのだけれど、この際なので自分達と共犯になってください。
「来るわよ、ウドンゲ、妹紅。巫女は行かせてしまったけど、何としても他の奴らはここで食い止めるわよ」
「いやいや! 何しれっと私を頭数に!? ……あーもうわかったよ、この際何だろうとやってやるよ!」
主人公の呼び方
レイセン
鈴仙
鈴仙さん
鈴仙ちゃん
ウドンゲ
薬屋
兎さん
兎妖怪
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