月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第14話

 

 

 

 

 

 

「はーい、もっと中央によってくださーい。はいそうです、あと出来れば笑顔でお願いします。特に鈴仙さんと、その隣の銀髪の……八意さんでしたっけ、二人とも極上の笑顔を一つお願いします」

 

「別に笑わなくても良いでしょうに……撮るならさっさと撮りなさい」

 

 そーだそーだ、世の中には笑いたくても、作り笑いすらできない可哀想な兎とかいるんですよ。

 例えば自分、鈴仙・優曇華院・イナバさんとか。

 

「うーん、個人的には異変の黒幕らしく、『してやったり』みたいな凶悪そうな笑顔を撮りたかったのですが……まぁいいでしょう。じゃあ撮りますよー、さん、にい、いち……」

 

 カウントダウンの終わりと同時に、鴉天狗という妖怪の『射命丸文』により、カメラのシャッターがきられた。

 

「……はいおっけーです! ご協力ありがとうございました、記事が出来たらサンプルをお渡しするので、これを機にどうです? 私の新聞、購読しませんか?」

 

 ふむ……新聞か。

 彼女、射命丸文は趣味の一環で新聞作りをしているらしく、天狗達の住処の『妖怪の山』という所では結構人気らしい。

 そんな新聞だが、今までは妖怪の山に住む者にしか新聞を売らなかったが、近々人里など山の外でも新聞を売る計画を立てていると以前聞いた。

 自分達に勧めるのもその一環だろう。

 

(そうですね……では、購読させて頂きます)

 

 文さんとは数年前にみすちーの屋台で知り合ったのだが、彼女と話していると中々面白く、ユーモアに溢れていると感じる。

 そんな彼女が作る新聞だ、きっと読み応えのあるものなんだろう。

 お金も薬売りのお陰で余裕はあるし、買って損は無いはずだ。

 

「おぉ、ありがとうございます! では引き続き『宴会』を楽しんでくださいね。それでは!」

 

 そう言って、カメラ片手に去っていく文さん。

 そう、実は今自分達は、博麗神社で宴会に参加させられているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、自分達が起こした異変は解決されてしまった。

 しかし、姫様が博麗の巫女に倒される前に何とかギリギリで術式を完成させたお陰で、月の通路を閉ざすという目的は達成された。

 勝負には負けたが、賭けには勝ったのだ。

 

 そして異変解決から三日が経ち、自分達は異変の首謀者として博麗神社にお呼ばれされた。

 てっきり何か重い罰が下されるのかと思いつつ、師匠達と博麗神社に向かうと、神社には博麗の巫女と紫さんがいた。

 そして神社に来るなり紫さんに突然こう聞かれた……

 

『此度の異変に対して、反省の色は出ましたか?』

 

 と、たったの一言。

 それに対して、『勿論です』と答えると……

 

『よろしい、では今夜行われる予定の宴会の準備を手伝い、それに参加しなさい。それで今回の件は不問といたします』

 

 きっぱりあっさりとそう言われた。

 まさか宴会の準備を手伝い、宴会に参加するというだけで全てを水に流す……なんて言われるとは思わなかった。

 というか、何のための宴会なのだろうか。

 

 疑問を抱いたまま、準備を手伝い、やがて宴会が始まった。

 参加者は顔見知りもいれば、全く見たことない者もいた。

 聞けば、今回の異変解決に関わった者やその身内らしい。

 

 そしてなんと驚くべき事に、みすちーやリグル、慧音さんまでもがいた。

 どうしているのか訊ねてみると、どうやら三人とも異変解決の際、通りすがった博麗の巫女に『異変の関係者かもしれない』という理由で強制的にスペルカード戦をさせられたらしい。

 

「いいえ、気にしてませんよー」

 

「冬眠前の軽い運動程度でしたし、大丈夫ですよ」

 

「まぁ異変を起こすとは褒められた事ではない……が、薬屋が異変で被害を出すつもりなんてなかったという事はとっくに理解してるよ。それに何か重大な理由があったんだろ? なら私が責め立てる理由はない。ただ、そういう事はちゃんと私に相談してからでも良かったんだぞ? 日頃お前には感謝してるし、こういう時だからこそ私を頼ってくれても」

 

 巻き込んだ事を謝ると、三人とも許してくれた。

 一人だけ、先生のありがたいお言葉という名の説教が始まったが。

 

「よっ、呑んでるか? えーと……鈴仙だっけ」

 

 姫様やてゐが他のメンバーと共に飲み比べをしにいって居ないため、師匠と二人で静かに呑んでいると、先程まで慧音さんと何か話し込んでいた少女、霧雨魔理沙がほろ酔い顔で話しかけてきた。

 そしてそのまま自分の空いてる右隣へ座り込み、グイッと持っていた酒瓶の中身を軽く飲み込んだ。

 

「……なぁ、お前喋れないんだっけか。それ、辛くないのか?」

 

 と、唐突に聞かれる。

 

(特には、困る事はあるけど辛いとはちょっと違うかな。何も意思疎通は言葉に限らずだし)

 

「ふーん……」

 

 再び酒瓶を口に運ぶ魔理沙。

 

「えっと……そうだ、私のあの最後のスペルはどうだった? パワー溢れる良い物だったろ?」

 

 ふむ、最後というとあの超絶突進攻撃の『ブレイジングスター』とやらのことだろう。

 確かに名前の通り、流星の如くといったようなスペルだった。

 しかし、そのスピード故であろう、制御不能をどうにかした方が良いと思う。

 自分を轢いた後、自身も急停止出来ずに壁に激突したのは文字通り痛い思い出だろうに。

 

「そ、そうだよな。うん、少しスピードを落としてもいいかもだぜ……」

 

 そして三度目の酒瓶を口に運んだ。

 なんというか、様子が変だ。

 会話に無理をしているというか、無理矢理話題を引っ張り出そうとしている感じがする。

 ソワソワしていて、落ち着きがない様子だ。

 

「霧雨魔理沙」

 

 と、そこで隣にいた師匠が突然彼女の名前を呼んだ。

 

「言いたい事、気持ちはハッキリと伝えなきゃだめよ。じゃないといつか後悔する日が来るかもしれないから……」

 

 少し目を伏せがちにそう言い放つ師匠。

 

「……ふ、ふん。言われなくたってそのつもりだったぜ」

 

 ちょっと心の準備が足りなかっただけだ、と何やら変な言い訳をしながら魔理沙は口を開いた。

 

「その……手を繋いでくれないか?」

 

 手?

 全くもって意図が理解できないが、まぁ別に構わないので素直に手を差し出す。

 すると少し照れ臭そうに自分の手を握り返した魔理沙。

 

「……あぁ、やっぱりそうか」

 

 そして何か納得したような様子で、呟いた。

 

「礼を言っとくぜ、ありがとうなっ!」

 

 そして何故かお礼の言葉を述べて、恥ずかしそうにその場を走って去っていった……

 うーん、何かお礼を言われるようなことをしただろうか。

 スペルカード戦をしたから?

 師匠は何か心当たりありますか?

 

「さぁ、私にはさっぱりね。それより卵焼きってもうないのかしら?」

 

 おや、もう全部食べちゃいましたか師匠。

 師匠のためだけに卵焼きを沢山用意したのだが、どうやらまだ物足りない様子。

 確か卵はまだ余っていたはずだから、さっと作ってくるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視線を感じた、それと覚えのある波長も。

 

(おや、『霊夢ちゃん』?)

 

「ちゃん付けはやめて、なんだかこそばゆいわ」

 

 背後に振り向くと、今代の博麗の巫女が居た。

 というか、『昔』と変わらず勘とやらで自分と意思疎通できるのか。

 あ、卵焼き食べる?

 

「……食べる」

 

 すっと小皿に乗った出来立ての卵焼きを差し出すと、手掴みでひょいひょいと食べていく。

 お味はいかが?

 

「甘くて美味しい」

 

 それは何より。

 それで一体どうしてここにいるのだろうか。

 もしかして霊夢ちゃんもまだ食べ足りなかったとか?

 

「厠の帰り道に寄っただけよ」

 

 左様ですか。

 でもついでだから、食べたい物あったら追加で作るけど……余った材料で出来る範囲ではあるが。

 

「じゃあその卵焼き、もっと頂戴」

 

 ほう、どうやら霊夢ちゃんもこの甘さたっぷりの卵焼きが気に入ったらしい。

 よろしい、ならば大量生産だ……と言いたいところだが、残念ながら卵がもう余っていない。

 ふむ……仕方ないので、師匠の分を少し分けるとしよう。

 

「……ねぇ、あんたってさ」

 

 と、小皿から別の小皿へと卵焼きを移していると、霊夢ちゃんが口を開いた。

 

「『お母様』の事、まだ覚えてる?」

 

 ……お母様、とな。

 お母様というと、『先代の博麗の巫女』の事だろう。

 一度紫さんに神社に連れてこられた時、彼女とは会ったのだが、あの後すぐにお亡くなりになったらしく、結局一度しか会ったことがない。

 しかしインパクトの強い人だった為、記憶にはしっかりと残っている。

 それがどうかしたのだろうか。

 

「そう……なら、一つ頼み事があるんだけど」

 

 ふむ、頼み事とな……

 まぁ霊夢ちゃんには異変とかで迷惑をかけてしまったし、頼み事の一つや二つくらい別に良いのだが、その頼み事と先程の質問がどう関係しているのかが全く予測できない。

 

「別に難しいことじゃないわよ、ただ……お母様の事、ずっと覚えておいて欲しいのよ」

 

(……霊夢ちゃん)

 

 何となくだが、彼女の言葉の意味が理解できた。

 

「私が死んだ後も、ずっとずっと覚えておいてあげて。これは私の勘だけど、あんたは長生きしそうだし、約束は守る奴っぽいし」

 

 人間というのは、本人達が思っている以上に脆い存在だ。

 寿命という枷によって生が限られ、更には怪我や病が原因で終えてしまう場合もある。

 そしてそれらは、いつ起こり得るの分からない代物だ。

 故に人間は死を恐怖する。

 

『だから単純なことだ……今目の前にいる『博麗霊夢』も、怖いのだ。

 死ぬことによって積み上げてきたものが、全て崩れ去るその瞬間が。

 ……良いよ、霊夢のお母さんだけじゃなく、霊夢の事も、そして未来に続く霊夢の後継ぎの事も記憶に残しておこう』

 

「……ふっ、やっぱりあんた妖怪らしくないわね」

 

 何故か鼻で笑われた。

 うーん、何度か変な妖怪だとか、変わった妖怪とか言われた事はあるが、そんなに変だろうか。

 

「それと……やればできるじゃない、あんた」

 

(……? 一体何のこと、霊夢ちゃん?)

 

 結局答えは教えて貰えないまま、卵焼きが乗ったお皿を片手に師匠の元に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その暖かなぬくもりを覚えている。

 小さな自身の手を包み込むように、暖かく柔らかな大きな手と手を繋いだのを覚えている。

 しかしおそらくだが、当時はまだ物心がついて間もなかったため、具体的な内容は全くもって覚えてない。

 ただ、その心地良い暖かさだけ覚えていた。

 

 母親が居なく、父親だけが唯一の肉親だったため、それが父親のものではないのは確かだった。

 そして当然顔も知らぬ母親のものでもない。

 それが一体何だったのか、いくら思い出そうとしても無理だったので、歳を重ねていくうち気にしなくなっていた。

 

「魔理沙!」

 

 と、どこか聞き覚えのある声が自身の名を呼んだ。

 

「お、先生じゃないか。久しぶり」

 

「何が久しぶりだ! 皆お前の事をどれだけ心配したことか!」

 

 そして不意に思い切り抱き付かれる。

 

「いたたた! け、慧音先生……! 折れる!」

 

「あっ、すまない……」

 

 半分は妖怪なだけあって、その力は普通の人間からしたら強すぎる。

 普通にへし折られるのではないかと思った。

 そしてその様子を見て、視界の傍で笑いを堪えてるアリスには後で仕返しをしてやろうと心に決める。

 

「……それで、先生は何でここにいるんだ? ここには今回の異変の関係者しか……あぁ、もしかして霊夢のやつに『あんた異変の首謀者と関係がありそうね』とか難癖つけられたとかか?」

 

「まさしくその通りだが……よく分かったな」

 

 ……霊夢とはそこそこの付き合いではあるが、時々あいつが本当に平和を守る巫女なのか疑う時がある。

 まぁでもそれがあいつらしいといえば、そうなのだが。

 

「……そういえばこの前私も変な難癖つけられて一方的にやられたわ」

 

「奇遇だなアリス、私もだ」

 

 以前『鬼』とかいう妖怪、『伊吹萃香』がちょっとした異変を起こした。

 そしてそれに真っ先に気付いた霊夢は、『怪しい妖気とやらを追いながら、出逢った奴を片っ端からボコボコにしていく』という強引な解決方法で異変を解決させた。

 そしてその時の一番最初の被害者は、実は私こと霧雨魔理沙だったりする。

 

『あんた何か隠してない?』

 

 出会い頭いきなりそう言われ。

 

『なんだ、あんたは何も隠してないようね』

 

 一方的に私をボコボコにしてからそう言って去っていたあの時の霊夢は、普通に通り魔か何かに思えた。

 

「ま、まぁ個人的な意見ではあるが、今代の博麗の巫女からは悪意の類は感じられなかった。きっと其れ相応の理由があってのことなんだろう」

 

「いや先生、確かに霊夢の奴には悪意なんてないだろうが、善意でってわけでもないと思うぜ?」

 

「そうね、多分『面倒臭いから立ち塞がる奴全員ぶっ飛ばす』みたいな考えだと思うわ」

 

「…………」

 

 とはいえ、それ以前に起こった異変も大体そんな感じで解決した上に、私もそれに参加したことがあるのだから人のことは言えないが。

 

「……そ、それはともかくとして、たまには家に帰ったらどうだ魔理沙。お前の父親も随分と心配して……」

 

「はんっ、あいつが心配してるのは店の後継ぎだとかそんな心配だろ。私は誰かに指図されて生きていくなんて真っ平御免だな」

 

「そうだな、そこらへんの事情は私がとやかく口を挟むことはできない。だが、それでもお前の『親』だろう。今すぐに仲直りしろとは言わないから、せめて顔くらいは出してやれ」

 

「…………気が向いたらな」

 

 わかってる。

 親父の言い分も、家出したのも単なる私の我儘だってことも。

 けれど、私はもう道を進み始めてしまった。

 後戻りはもう出来ないのだ。

 

「全く、昔はあんなに可愛くて素直な子供だったというのに……」

 

「へぇ、魔理沙って昔と今では性格違ったの? よければお話聞かせてくれないかしら」

 

「おいアリス、それ以上踏み込むというなら其れ相応の覚悟をしてもらうぜ」

 

「あら、こわいこわい」

 

 確かに私は変わったんだと思う。

 昔は子供特有の臆病が表に出すぎていたが、今の私は違う。

 わざわざ黒歴史を掘り返されるのを黙って見ているわけにもいかないし、それが仮にアリスに知られたら一生からかいのネタにされそうだ。

 

「あ、昔話といえば魔理沙。丁度良い機会だし、薬屋に昔の礼をしてくると良い」

 

「……? 薬屋? 礼? 一体何の話だぜ先生」

 

「ん? 何だ覚えてないのか……いや、覚えてなくて当然か。正体も本人から言わないでくれと言われたが……まぁ今のお前になら明かしても問題ないだろう」

 

 一体何のだろうか、此方にもわかるように説明してほしいものだ。

 

「ほら、昔お前が父親のために筍を取ってくると勝手に迷いの竹林に迷い込んだことがあっただろう?」

 

「…………」

 

 そんなこと……あっただろうか?

 いや、先生がわざわざそんな嘘を言う訳がない性格だということは、私も十分理解してる。

 だから本当にあった出来事なのだろう。

 

「あら、親孝行な所もあったのね魔理沙」

 

「……うるさいぜ」

 

 やめろ、そんなニヤニヤした顔で私を見るな。

 

「それでな、そんな迷ったお前を傷一つ付けず竹林の外まで案内してくれたのが……ほら、あそこにいる妖怪兎なんだ」

 

 そう言って先生が指差す方向へと目をやる……するとそこには、今回の異変の関係者でもあり、私達とスペルカード戦をした妖怪兎がいた。

 

「……嘘だろ?」

 

「本当のことだ、まぁ私も事件の少し後に彼女のお蔭だと知ったのだがな」

 

 今明かされる衝撃の事実。

 

「ついでに言うと、よく人里に薬を売りにくるやつがいただろう? あれもあの兎だ」

 

「はぁ!?」

 

 さらに明かされる衝撃の真実。

 

 人里に薬を売りにくるやつ……それは私自身も覚えている。

 なんせ印象がとても濃いからだ。

 大きな背負いカゴに、笠をかぶっていて、素顔の類は慧音しか知らず、それでいて何故か評判がとても良い謎の人物。

 それが霧雨魔理沙が薬屋に抱いていた印象だ。

 まさかその正体が妖怪だとは思いもしなかった。

 

「おいおい……良いのかよ先生。人里に妖怪なんて招き入れて」

 

 何より一番驚きなのが、その正体を知っていながら妖怪を人里に招いていることを咎めもしない先生だ。

 常識なら、人里に妖怪の類は入らせないようになっているはずだが……

 

「うむ、確かに私も最初は警戒したさ。しかしどうにもあの薬屋が人里に危害を加えるつもりだとは全く思えないし、感じないんだ。それに事実、彼女が売る薬は非常に助かってるしな……」

 

 確かに、私自身薬屋の薬はよく効くということは、人里に住んでたときよく耳にしたし、実感もしたことはあるが……

 

「……何だよそれ、それが全部本当なら、なかなか変な妖怪だな」

 

「あぁ、薬屋は確かに変わってるな。半分人間な私ならともかく、妖怪の身でありながら人間に危害を加えないどころか、善意を与えてる……まぁ、ここ幻想郷ではそんな妖怪は何人かいるし、実際何らおかしくはない話なのかもな」

 

 人間を襲わない妖怪……ここ幻想郷ではそんな妖怪がいくつかいるということは魔理沙自身も知っている。

 というか、実際に今この場にいる連中(妖怪)が良い例だ。

 そいつらが、単に人間に興味がないのか、それとも本当に人間が『好きなのか』はわからない。

 しかし、そうなると妖怪とは一体何なのか……疑問に思ってしまう。

 

 人に害を与えるのが妖怪なのか、それとも人に歩み寄ろうとするのが妖怪なのか……

 『人間』の私にはその答えがわかることは永遠にないだろう。

 

「とにかくだ、礼の一つくらい言ってこい」

 

「行ってらっしゃい魔理沙、恥ずかしがっちゃだめよ」

 

 そして気が付けば逃げ道を塞がれる始末。

 ……まぁ礼を言うくらいならどうってことない。

 

 酔いで少しふらつく足取りで、例の妖怪兎の所へと歩き出す。

 そしてふっと、ある事が頭に浮かんだ。

 

 あの兎を対峙した時のあの違和感、何処かで会ったことのあるようなあの感覚。

 もしやあの感じは気のせいではなかったのだろうか?

 だとしたら……

 

(あっ……)

 

 突如頭にかかっていた靄が晴れたような感覚。

 それと同時に微かに蘇る記憶のページ。

 

(あぁ、なんだ。じゃああの暖かな感触の正体って……)

 

 それを確かめる方法は一つ。

 しかしそれを行うのは少し恥ずかしいという気持ちが無くもない。

 

「……ま、当たって砕けろってやつだな」

 

 そして銀髪の女と静かに呑んでいる兎……鈴仙に声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は人間だ。

 人間で、博麗の巫女……『博麗霊夢』だ。

 前の名前はもう忘れた、博麗霊夢にはもう必要がないものだからだ。

 

「あらー? 霊夢ったらこんな所で一人で呑んでるの? それならあっちで私達と一緒に呑みましょうよ」

 

 縁側でいつものように、のんびりとお茶を飲むような感じで一人酒をしていると、煩い奴(八雲紫)が来てしまった。

 

「ねぇ無視? 今もしかしてゆかりんシカトされてる? ねえってばー」

 

 嗚呼、本当にこの妖怪は昔から騒がしくて鬱陶しいやつだ。

 まだ式神の方が常識というものを持っていると感じるのは、決して間違いな見解ではないだろう。

 

「……騒がしいのは嫌いなのよ、大体なんで毎回毎回うち(神社)で宴会なんてやるのよ。百歩譲って宴会をするのは良しとしても、ここでやる必要ないでしょうに」

 

「えー、別に良いじゃない。ここの景色は中々のものだし、それなりにスペースがあるから丁度良いのよ」

 

 どの口が言うか。

 ここで異変後の宴会をひらくのはもっと別の理由だろうに。

 

「それより霊夢、一つ聞いても良いかしら?」

 

「なによ」

 

 さっきまでの不真面目な顔を引っ込め、八雲紫は言った。

 

「どうして『手を抜いたの』?」

 

 ……何を言うかと思えばそんなことか。

 

「異変は解決したわ……まぁ世間では月がすり替わったことより、夜が長く続いたことの方を異変だったと思っているらしいけど、それはそれで別に構わないわ」

 

 扇子で口元を隠し、目つきを鋭くして続ける八雲紫。

 

「けれど結局月の連中の本来の『目的』とやらは達成されてしまった……ねぇ霊夢、貴女にしては、あの月のお姫様を打ちのめすのに随分と時間が掛かったと私は思うんだけど?」

 

 扇子をたたみ、私の鼻先に向ける。

 

「今の貴女の実力なら、もっと迅速に月を元に……」

 

「あのね紫、何か勘違いしてるみたいだから教えてあげるけど」

 

 向けられた扇子の先を手で弾きつつ、私は言った。

 

「少なくとも私は全力だったわよ、私は私の直感を信じるままに動いた……つまり『あの瞬間』の私の実力とやらは、あれで全力なのよ」

 

「…………そう、なら良いわ」

 

 分かったのなら早い所何処かへ行って欲しいものだ。

 せっかくの一人酒が台無しだ。

 

「あら、何処に行くの?」

 

「厠よ、私がここに戻ってくるまでにどっか行ってなさい。じゃないと退治する」

 

「……本当に素直じゃないのね」

 

 何を寝ぼけた事を言っているのかこの妖怪は。

 私はいつだって自身に素直だ。

 気の向くまま、『空に浮き続ける』。

 それが私という人間だ。

 

「……あぁそうだ、その前に私もあんたに一つ聞きたい事があったのよ」

 

「え……な、何かしら?」

 

 私が質問してくるのは予想外だったのか、呆気にとられる紫。

 

「あんた、お母様のことまだ覚えてる?」

 

「……当たり前じゃない」

 

「ふーん……そう」

 

 答えを聞いて、私はその場を立ち去る。

 

 私は博麗霊夢だ。

 博麗の巫女として、この幻想郷の調律を保つ使命がある。

 別にそれ自体に不安や恐怖はない。

 しかしそんな私でも、怖いものが一つだけある。

 

 それは『母親の死』だ。

 先代の博麗の巫女であり、私の育ての親でもある母親。

 既に亡くなってはいるが、それは本当の死とは私は捉えていない。

 

 本当の死とは、『誰からも忘れ去られる』ことだと私は思う。

 時が経つにつれ、記憶または記録というのは、引き継がれなければ薄れていき、いずれ忘れ去られるものだ。

 

 私の母親が亡くなったことにより、母親を知る者達からはその記憶は徐々に消え去って行くだろう。

 人間はいつかは亡くなり、妖怪はあるひと時の記憶など永くは覚えていられない。

 そして歴史書なんかでもダメだ、あれは事実を記録しているだけに過ぎない。

 

 大好きだった母親、そんな彼女が誰からも忘れ去られ、死んでいくのが怖いのだ。

 勿論私は、母親の事を忘れる気は絶対にない。

 しかし、母親の事を覚えている私もいずれ亡くなってしまう。

 紫などの妖怪も、今はまだ覚えてるようだが、いずれその時が来てしまう。

 そうなれば、私の母親は完全に死んでしまう。

 それがとてつもなく怖い。

 

 しかし何事にも終わりは来てしまうものだ。

 だから私にできる事は、出来るだけ永い時間母親を死なせないことだ。

 少しでもあの優しい母を、生きさせてあげたい……それが私の恐怖に対する対抗策であり、願望でもあるそれはきっと間違いではないと思う。

 

「…………」

 

 そして不意に良い匂いが鼻をくすぶった。

 厠からの帰り道、それは台所からしてきた。

 

 何気なしに寄ってみると、見覚えのある妖怪兎がいた。

 

 ……あぁ、そういえばあいつもお母様と会ったことあるじゃないか。

 そして私の勘が囁く。

 あいつは長生きしそうだと。

 

 ならばあの妖怪兎にも協力してもらうとしよう。

 なに、仮にお母様の事を忘れてたら殴ってでも思い出してもらうだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇウドンゲ、もしかして私は余計な事をしてしまった?」

 

 宴会は既に終わりを迎え、周りは既に酔い潰れた者ばかりの中。

 追加の卵焼きを平らげた師匠が、顔を伏せがちにそう聞いてきた。

 

「こうやって全てが終わって、冷静に考えてみたんだけど……もしかして貴女は、本当は月に戻りたかったんじゃないかって……それを私は自分の我儘で邪魔してしまったんじゃないのかってね」

 

 その声は震え、今にも消えそうだった。

 

「貴女にも月には友達とかがいるのでしょう? だから、私となんかいるより月に居た方がずっと幸せだったのかもしれない……そう思うと、私は貴女に酷い事を……」

 

 その声を遮るように、師匠の手を強く握った。

 それに対し、恥ずかしそうに動揺する師匠の顔を真っ直ぐと見つめる。

 

『師匠、それはないですよ。私、師匠と何年も一緒にいる内に気付いたんです』

 

「え……な、何に?」

 

『私たち、とっても「気が合う」みたいなんです。だから断言します……今の私にとって、一番大切な人は師匠です』

 

「っ……!?」

 

 さらに強く、師匠の手を握りしめて、その体温をじかに感じていく。

 

「だから、私もあなたと一緒に居たい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永琳がまた気絶してる!? 一体何したの鈴仙!?」

 

 この人でなし!

 

『い、いえ……師匠の気分が落ち込んでたみたいなんで、励まそうと『手を握っただけ』なんですが』

 

「手を握っただけ!? 嘘でしょ、どんだけウブなのよこの賢者様は!

 

 

 

 

 




イチャイチャさせたい……もっと師匠とイチャイチャさせたい。

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