月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第16話

 

 

 

 

 

「やっぱり足技より、拳を使った方が良いと思うのですよ」

 

「ふむ、同感だな。拳の方が殴った感触が伝わるからな、けれど鬼神よ、お前なら頭突きもありじゃないか? きっと拳よりも感触が心地良いかもだぞ」

 

「あらあら、それもそうですねぇ。お互いの頭蓋が砕けるまでしたいです」

 

 ……生きた心地がしないとはこの事だろう。

 背後から聞こえてくる物騒な会話を出来るだけ耳に入らないよう意識しながら、天魔様と鬼神様を連れて空を飛び続けるのはもはや一種の拷問のようだった。

 いつもなら感じられるはずの、風の心地良さなどが全く感じない。

 

 よし、案内を終えたらすぐにお暇させてもらおうそうしよう。

 

「……あの、改めてなんですけど、天魔様と鬼神様は鈴仙さんといつお知り合いになられたので?」

 

 気まずさと、好奇心を晴らすために質問することにしてみた。

 本当は鈴仙さん本人もいる場でこういった質問した方が良いのは確かだが、これくらいの質問なら片手間でやり取りできるので問題ないだろう。

 

「れいせんさん……? 誰ですかそれ?」

 

「鬼神よ、長耳のことだ。今はその呼び名で呼ばれてるらしいぞ」

 

「まぁ、そうだったのですか!」

 

 ふむ、先程から気になってはいたが、どうやら鈴仙という名ではなく、このお二方には『長耳』という名で通っているらしい。

 

「長耳ちゃんとは昔からの付き合いですよー」

 

「えっと、昔とは具体的にどれくらいで……?」

 

「……ずっと昔です!」

 

 しばらく首を傾げ、ハッと閃いたような様子で自信満々に言い放つ鬼神様。

 だめだ、この方は全くあてにならない。

 

「ふむ……儂も具体的な数は覚えとらんが、儂や鬼神の奴が生まれてまだ間もない頃だったかな。あやつと会ったのは」

 

 それならと思い、天魔様の方へアイコンタクトを送ると、そんな答えが返ってきた。

 

「え……それは本当ですか?」

 

「戯け、嘘を言ってどうする」

 

 まてまて、そうなると色々と話がおかしくなってくる。

 

 天魔様の証言が真実なら、鈴仙さんも天魔様や鬼神様と同じように『神代の妖怪』という事になってしまう。

 簡単に説明すると神代の妖怪というのは、現代の妖怪よりも遥かに途轍もない力を持つ妖怪だ。

 そして神代とは、まだこの地が誕生して間もない頃、ありとあらゆる生物が己の命を賭け、生存競争をしていた時代の事を指す。

 つまり神代の妖怪である天魔様と鬼神様は、そんな世紀末の時代を生き抜いた絶対的強者だ。

 

 何が言いたいかと言うと、ぶっちゃけあの鈴仙さんがこのお二方のような強い(恐ろしい)妖怪には見えないのだ。

 しかも鈴仙さんに以前直接聞いた話では、鈴仙さんは十数年前に月から来たと言っていた。

 生まれも育ちも月で、生まれてからまだ二十年くらいだとも聞いた。

 

 辻褄が全く合わない。

 

 しかし天魔様は勿論、スリーサイズを訊ねてみたら何の躊躇いもなく素直に答え、お風呂の時に一番最初に洗う所はどこかという質問にも普通に答え、酒に酔った勢いでセクハラをかましても笑……ってはいなかったが、普通に許してくれる善意の塊でもあるあの鈴仙さんが嘘をつくとは考え難い。

 

 つまりこれは……

 

「どういう事なんでしょうか?」

 

 もしかしたら全てが勘違いからくる何かの間違いかもしれないが、同時に真実である可能性もなくはないこの状況。

 いくら頭を捻っても答えが出るはずが無く、結局まずは鈴仙さんに会わなくては何も始まらないという結論がでた。

 

「のう射命丸、迷いの竹林とやらはまだか?」

 

「私、はやく長耳ちゃんに逢いたいです」

 

「まぁまぁお二方、焦らなくてももうすぐ……ほら、あれですよ」

 

 ようやく迷いの竹林上空にたどり着いた。

 しかしここからが問題だ。

 

「ほう……ただ竹藪が生えているだけではないようだな。薄っすらとだが、地脈の力を感じるな」

 

 そう、迷いの竹林は名前負けなぞしていないのだ。

 下手に踏み入れば、妖怪だって方向感覚を失う程の力がこの竹林にはあるのだ。

 そして目的の鈴仙さんは、竹林の何処かに存在する永遠亭という所にいる。

 おまけに天魔様達は勿論、私も竹林を迷わずに進める自信は全くないのだ。

 

「むぅ、面倒くさいですね。もう竹藪ごと全部吹っ飛ばしちゃいましょう」

 

「やめろ鬼神よ、この竹林だって幻想郷の一部だ。下手に壊せば八雲のやつが泣くぞ? それに『月にこっそりついてった』時、勝手な真似はもうするなと釘を刺されたろうに、儂らは」

 

「むー、そうでした……こんな事なら、あの時天魔ちゃんの誘いに乗るんじゃなかったです」

 

「なんじゃと、お前さんも結構乗り気だったじゃないか。それにあの刀を持った人間、あやつとヤりあってた時のお前さんの顔、まさにノリノリだったろうに」

 

「おやぁ、悔しいんですか天魔ちゃん? 本当は天魔ちゃんだってあの人間とヤりたかったんでしょ? ごめんなさいねぇ、私だけが楽しんじゃって」

 

「何、気にするな気にするな。何なら今この場で楽しませてもらうのもまた一興じゃが……どうする鬼神よ」

 

「ふふふ……売られた喧嘩は買うっていう言葉、私好きですよ」

 

 背筋が氷自体になったかのように冷たく感じた。

 全身から冷や汗が止まらず、自然と呼吸が乱れてしまう。

 

「お、落ち着いてください! ほ、ほら、私たちは鈴仙さんに会いに来たんですよ!」

 

 よく声を出せたと、自分で自分を褒めたくなった。

 すると効果があったのか、さっきまでのが嘘だったかのように凍りついていた空気が一瞬で消えた。

 

「うむ、そうだったな。今は何より長耳のやつの方が最優先だった」

 

「いけないですね、本来の目的を忘れるなんて……流石に歳だからでしょうか」

 

 多分私は今、幻想郷を救ったのではないだろうか。

 

「おや……あれは確か」

 

 ホッと一息をつくと、竹林の入り口周辺で見覚えのある人影が見えた。

 あの人影は……そう、確か藤原妹紅という人間だったはず。

 

「あやや、これはついてますね」

 

 そしてあの人間は、私の記憶違いでなければだが、迷いの竹林の地理を完全に把握しているはずだ。

 まさに今の状況にうってつけの案内人だ。

 

「なんだ射命丸、あの人間が……いや、人間か? 妙な気配だが……まぁ良いか、あの人間がどうかしたのか?」

 

「朗報ですよお二方、あの人間はこの竹林を迷わずに進める数少ない案内人なるものです」

 

「まぁ……! それは凄いですね!」

 

 そうとなれば、次にする事は決まっている。

 

「すいませーん、そこの藤原妹紅さん。ちょっとよろしいですか?」

 

「んあ? ……お前は確か……新聞丸だっけ?」

 

「いえ、射命丸です」

 

 そんな覚えにくい名前ではないはずなのだが……これは新手のいじめだろうか。

 

「なんだ、珍しく連れがいるんだな。助手でも雇ったのか?」

 

 何も知らないというのは本当に気楽で、愚かだと思う。

 いや、寧ろ今本当に助手なるものを連れていたとしたらどれだけ気が楽だったろうか。

 残念ながら現実は厳しく、助手ではなく天魔様と鬼神様という私が一生頭が上がらない妖怪達なのだが。

 

「……あなた、闘い慣れてますね。それも命の奪い合いに関して」

 

「へぇ、一目でそんな事まで分かっちゃうの? 妖怪ってのは本当不思議だな……まぁ昔の話だよ、最近は牙を抜きっぱなしなんだ」

 

「んふふ、それでも常に警戒を解かないその姿勢……私、そういう人間大好きですよ? えぇ、本当に滅茶苦茶にしたくなるくらい」

 

「さて、本当に滅茶苦茶にしてくれるのか? それなら大歓迎だ、ぜひ生き返れなくなるぐらいしてくれ」

 

 あーどうしてこう幻想郷には血の気の多い連中ばっかなのだろうか。

 寧ろ今までよく無事だったと不思議に思うくらい。

 あの八雲紫も、もしかしたら知らぬ所で色々と苦労をしているのかもしれない。

 

「だからやめろと言っておろうに。射命丸、儂らは邪魔にならんよう離れた所で待機しとるから、交渉は任せたぞ」

 

「うぅ、せっかく久し振りにヤりがいのありそうな人間なのにぃ。角引っ張らないでくださいよ天魔ちゃんー」

 

 ズルズルと鬼神様の角を掴んで離れて行く天魔様。

 よかった、天魔様が鬼神様ほど好戦的な性格じゃなくて。

 でなければ既に幻想郷は滅んでいただろう。

 

「その、なんだ……お前も苦労してるんだな」

 

「同情は結構です、その代わり一つ頼み事がありましてはい」

 

「頼み事? まぁ暇を潰せる内容なら良いぞ」

 

 つまり今暇を持て余してるということだろうか。

 まぁそれなら願っても無いチャンスだ。

 

「実はですね、我々永遠亭に用がありまして。それでこの竹林に詳しい藤原さんには道案内をと……」

 

 私がそう言うと、少し怪訝そうな顔をする藤原妹紅。

 

「永遠亭に……? 一体何の用なんだよ」

 

「まぁ永遠亭というか、鈴仙さんに用なんですけど……少しお話を伺いにですね」

 

「ふーん、鈴仙ちゃんに……ね。残念だけど、それは叶いそうにないかな」

 

「……それはどういう意味で?」

 

「あー、勘違いするなよ。別にお前が悪いとかそういう意味じゃなくてだな、実はさっきまで永遠亭に遊びに行ったんだよ私」

 

 成る程、つまり私達が藤原さんを発見した時、丁度帰り途中だったというわけだ。

 

「そしたら、鈴仙ちゃんは留守だったんだ。なんでも少し前に、薬の材料になる薬草を採りに出掛けたとかなんとか」

 

「……マジですか」

 

 なんとタイミングの悪いことだ。

 

「えっと、行き先とかは……」

 

「すまんな、聞いてない。というか私は輝夜の奴に用があって行ったんだ。鈴仙ちゃんの個人スケジュールなんて把握してないし、するつもりもなかったからな」

 

 まぁそうだろう。

 しかし困った……留守という可能性を考慮していなかった此方のミスでもあるのだが。

 

 選択肢としては、日を改めるか、永遠亭に行って鈴仙さんの帰りを待つという手がある。

 どちらにせよ、私個人で決めるわけにはいかない。

 

「えっと、申し訳ないですけど、少し待っててもらえません?」

 

「あぁ、別に構わないよ」

 

 藤原さんにはその場で待機してもらって、少し離れた所で待機している天魔様達の所へ向かう。

 

「……あの、天魔様」

 

「おぉ射命丸、話は聞こえてたぞ。まさか留守とはなぁ……儂としては出来る限りあやつに会いたいから、日を改めるのはなしにしたいんじゃが」

 

「いえ、そうではなく……鬼神様はどちらへ?」

 

 天魔様の元へ向かってすぐに気付いた。

 鬼神様の姿が見えなくなっていた。

 

「ん? 鬼神の奴なら儂の背後に……」

 

 天魔様が背後に振り向く。

 当然、そこには鬼神様なんて居ない。

 

「……ふっ、儂に気付かれず気配を完全に消して何処かへ行くとはな。力だけの脳筋馬鹿だと思っていたが、鬼神のやつめ……いつのまにか腕を上げたようだな。いやはや、流石だ」

 

「感心してる場合ではないですよ!?」

 

 おそらくだが、天魔様が聞こえていたように鬼神様も私と藤原さんの会話は聞こえていたのだろう。

 そして居ても立っても居られなくなったのか、鈴仙さんを待つのではなく、探しにこっちから出向こうという考えに行き着いたのではないか。

 

 そして間違いなく鬼神様は、野放しにしていてはいけないタイプだ。

 

「まだ遠くへは行ってないはずだ、連れ戻すぞ射命丸。儂を出し抜いて長耳の奴に先に会おうなんて絶対に許さんぞ鬼神め」

 

 あ、怒る所そこなんだ。

 

 というか、何故この二人はそんなに鈴仙さんにご執心なのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声のないクシャミがでた。

 誰か自分の噂でもしたのだろうか。

 

 現在自分は魔法の森入り口付近にいる。

 理由は幻覚作用がある植物の採取だ。

 師匠曰く新しい薬の材料に必要になるとのことで、こうして自分がその役目を担っているのだ。

 

 今日は少し嫌な予感というか胸騒ぎがしていたので、もしかしたら道中何かあるのではないかと身構えていたのだが、杞憂だったようだ。

 目的の植物も普通に発見できたし、後は帰るだけなのだが……

 

(確か魔理沙ちゃん、この森に住んでるって言ってたな……様子を見に行くのもありかな)

 

 大手道具屋の娘から、なんと家出魔法使いに転職した魔理沙ちゃん。

 しかしまだあの子は子供だ。

 今すぐ父親の元へ戻れなんて説教をする気はないが、自分だって顔見知りの子供が一人暮らしをしているとなれば、心配の一つや二つはする。

 

(さて、魔理沙ちゃんはと……んー、三つ反応があるな)

 

 波長のレーダーを意図的に広げ、少女魔理沙の波長を探る。

 すると魔法の森及びその周辺に三つの高度な波長を拾えた。

 一つは……あ、これアリスさんのか。

 そういえば彼女もこの森に住んでいるらしいし、不思議なことではないだろう。

 二つめは……知らない波長だ。

 けれども、どこか慧音さんと同じような感じがする。

 

(ということは三つ目が……よし、ビンゴ)

 

 三つ目は間違いなく魔理沙ちゃんの波長だった。

 

(この距離なら森の中を突っ切った方が速いかな……ん、あれ?)

 

 不意にレーダーが『四つ目の波長』を捉えた。

 出所は……

 

「長耳ちゃんみーつけた」

 

 背後から甘ったるい声がした。

 それと同時に、直感というべきか、本能というべきかは判らないが、『すぐにその場を離れろ』という声が自らの内側から聞こえた気がした。

 

「えいっ!」

 

 カラダが勝手に動く。

 右脚で大地を思い切り踏み、跳躍の勢いで横に逸れる。

 

 すると、着物のような衣服を身につけたサクラ色の妖怪(化け物)が、さっきまで自分がいた場所に、拳による突きを繰り出しているのが一瞬視界に入った。

 

 ーー轟音が響く。

 まるで暴風のように、妖怪の空振りした拳によって、直線上にあった木々が消し飛び、薙ぎ倒された。

 

「ふふ……ふふふふふ! 再会の挨拶くらい素直に受け取ってくれても良いじゃないですかぁ。ながみみちゃぁん……」

 

 息を荒くして、顔の表情を笑顔という表現によって歪ませるそれは言った。

 

「……長耳ちゃんは酷いです、私に一生忘れられないモノをあなたは刻んだというのに……それなのに、勝手にいなくなるだなんて。私、焦らされるのはわりと好きですけど、限度だってあるんですよ? ……けれど私待ちました、待ち続けました。またあなたと楽しい楽しいひと時を過ごす事を夢見て」

 

 この妖怪が何を言っているのか全くわからない……が、一つだけハッキリした。

 

「さぁ、賭けるは互いの命……私があなたを殺すか、あなたが私を殺すか、楽しみですね」

 

『嗚呼、面倒くさい奴に絡まれてしまった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「射命丸よ、鬼神の奴が怖いか?」

 

「え?」

 

 天魔様と共に、鬼神様の捜索をしていると、突然そう聞かれた。

 

「よい、正直に答えよ。あやつが怖いのだろう? 闘いに己の命を投げ出すあやつの行動、思考が恐ろしく、愚かだと思うのだろう?」

 

「えー……まぁ、そうですね。正直理解できないというか何と言いますか」

 

 妖怪だって死を恐れる事はある。

 いくら力を持とうが、死んでしまえば全てが無に等しくなる。

 そう考えると、そこは人間と何ら変わりはないのだなと感じる。

 

 しかし、中には変わり者もいる。

 妖怪として、自身の力を最大限に振るい、闘いにその命を燃やすモノもいる。

 それ自体は別に不思議な事ではないだろう。

 

 けれど、あの鬼神母神は何処かおかしいのだ。

 基本的に『闘い自体』が好きな妖怪は、自身のその力を発揮する事に快感を感じる。

 だから、そんな妖怪でも進んで死にたいとはあまり思わないだろう。

 死んでしまえば、もうその力を振るうことができなくなるから。

 

 しかし鬼神母神は、闘いによる『命の奪い合い』に快感を異常なまでに感じる妖怪なのだ。

 例えその結果が、自身の死だとしても、最期の瞬間まできっとあの妖怪は快楽を抱き続けるのだろう。

 

「ふ、まあ無理もあるまいて……現代を生きる妖怪には到底理解できんだろうしな。なに、別にそれを理解しろとは言わんが……ただ、否定だけはしてやらないでほしいんだ」

 

「否定……ですか?」

 

「あぁ、儂や鬼神、それと長耳の奴もか。神代と呼ばれる時代に生まれた儂らは、正確に言えば現代()の妖怪とは全く違うモノだ」

 

 今の妖怪とは全く違う……?

 

「神秘が薄れ、この世が人間の時代へとなったその時から、妖怪とは人の恐怖心といった概念から生まれる存在となった……しかし儂らは違う、神代の時代に生きる妖怪と呼ばれたモノは、純粋な生命体として存在していたのだ」

 

 純粋な生命体……それはつまり、人間のような『種』としてということだろうか。

 

「故に、儂らに人の恐れといった恐怖心などは必要なく、ただ一つの生命体として存在する事ができている。それこそ人間みたいにな……ただ、問題もあった」

 

 少し遠い目をする天魔様。

 

「あの時代に生きる妖怪とは、知性の欠片すらない獣同然じゃった。只々、自分以外の生命を害することしか脳がない……只の獣だ。だからだろう、必然的に闘争本能にしか愉悦を得られなかったのだ……相手をどう殺し、何処から糧にするのか。それだけが全てだった」

 

「……えっと、つまり天魔様も鬼神様もかつてはそうだったと?」

 

「そうじゃが……信じられんか?」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

 ただ単に驚いただけだ。

 しかしそれが真実なら、今のお二方はどうやって知恵を身につけ、今に至るのか……という疑問が次にやってくる。

 

「まぁつまりだな、何が言いたいかと言うと、鬼神の奴があんな風になったのは仕方の無い事だということだ。むしろ知恵を得てからは、大人しくなった方だしな……だから多少は許容してやってほしい、それに付き合ってみると中々面白い奴だぞ?」

 

 ……あれで昔よりは大人しくなったというのか。

 もしその頃の鬼神様に私が出会ったとしたら、きっと恐怖で気絶してしまうだろう。

 

「……えっと、それじゃあ天魔様も鬼神様のような考えをお持ちなのです?」

 

「儂か? そうじゃな、鬼神の奴ほどではないが……ぶっちゃけ闘うのは好きだ。何というか……今生きているって感じがたまらないな!」

 

 豪快に笑い飛ばす天魔様。

 すいません、私は笑えないです。

 むしろ上司の隠された性癖を知ってしまった新人社員のような、そんな後悔が残った。

 

「安心せい、儂は殆ど枯れとる。たまーに血がたぎる様な闘争をしたいと思う程度だ」

 

「たまにはあるんですか……」

 

 それが私の前で爆発する事がない様に祈っておこう。

 

「あれ……ということは鈴仙さんも?」

 

 ふとそんな疑問が湧いてきた。

 鈴仙さんが本当に天魔様達と同じだとしよう。

 となると、あの無表情の裏側には……あ、なんか怖くなってきた。

 次に顔を合わせるとき、どんな顔をすれば良いのかわからなくなってきた。

 

「ハッハッハ! それも安心せい射命丸、長耳の奴は儂らとは正反対だ。闘いなんてどうでも良く思っているだけでなく、むしろ面倒くさがるやつだ」

 

「そう……なんですか? あれ、でも鈴仙さんも神代に生きた方なんですよね?」

 

 それなら、否が応でも鈴仙さんも闘い大好きな戦闘狂になっていると思うのだが……?

 

「うむ……確かにそうなのだが、あやつはちと『変わった』奴でな。儂や鬼神の奴が初めて会った時から、既に知恵を得ていた……それだけじゃなく、『人間の真似事』をしていたんじゃ」

 

 人間の真似事?

 

「そう、真似事じゃ。人間の姿に身を変え、人間の言葉を真似て喋っておった……何とも異質な奴じゃったよ。しかもある時期には、何処から連れてきたのか、『コムスメ』と呼ぶ人間の子供を毎日の様に連れ添っていたな」

 

 あれを今で言うと、『家族ごっこ』をしている様に見えたと天魔様は最後に言った。

 

「まぁそんな奴の生き方に儂らも惹かれたんだがな! ただ暴れ回る獣より、こうして人間の真似事をしてた方が楽しいし、何より人間の姿は色々と便利だしな! いやはや、手足は二本ずつの方が使いやすいとは最初は思いもしなかったもんだ……今ではもう『本来の姿』に戻らなくても良いと思うくらいだな」

 

「は、はは……」

 

 苦笑いしか出なかった。

 その『本来の姿』とやらがどんなものか興味が無くもないが、好奇心猫を殺す。

 知らないでいた方が良い気がしたので、ここは自身の直感を信じるとしよう。

 

 しかしそうか……天魔様や鬼神様が何故鈴仙さんにあそこまで夢中なのか少しわかった気がした。

 

「む、これはまさか……」

 

「どうかしましたか?」

 

 天魔様が急停止をした。

 

「……鬼神の奴め、どうやら長耳の奴を見つけた様だな」

 

「え……?」

 

 神経を研ぎ澄ませ、風の流れを感じとる……すると風に乗って、気分が悪くなる様な妖力を感じた。

 間違いない、これは鬼神様のものだ。

 

「……方角的に魔法の森の方からですね、あっちの方角です」

 

「ちっ……当てが外れたか。見事に逆方向を探してしまったわけだな儂たちは……急ぐぞ射命丸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強くなければ、生きる事すら許されない。

 かつての私はそう思っていて、それを信じていた。

 

「あはは、楽しいですね長耳ちゃん!」

 

 ーー右の拳が、彼女の脇腹をえぐる。

 

 何故なら、そう信じなくては生きる意味を持てなかったから。

 

「ほらほら、どうです? 私、あの頃より強くなったでしょう!? いくら長耳ちゃんでも、油断してると本当に死んじゃいますよ!」

 

 ーー左脚が、彼女の右腕を砕く。

 

 けれど、ある時私は変わった。

 ある妖怪との出会いだけで、私の世界は大きく変わった。

 何より、その妖怪を『殺してみたい、殺されてみたい』と強く思った。

 

「反撃しないんですかぁ? ……いえ、いつも長耳ちゃんはそうでしたね、いつもいつも余裕な態度で、決して本気を出してくれなかった」

 

 ーー左の拳が、彼女の腹を突き破る。

 

 また逢いたい、今度こそ本気の殺し合いをしたい。

 ただそれだけを胸に抱いて、私は今まで生きてきた。

 

「けど、これで本気……出してくれますよね? 長耳ちゃん」

 

 ーー拳を引き抜き、彼女の中身をぐちゃぐちゃにして外に引っ張り出す。

 

 彼女の真っ赤な血を全身に感じながら、倒れ伏した彼女を見つめる。

 

 嗚呼、これでようやく本気の彼女に出会える……

 

「…………」

 

 しかしいくら待てど、彼女は動かない。

 おかしい、そんなはずはない。

 彼女がこの程度で死ぬ筈がない。

 何かの間違いだ。

 

 だからはやく起き上がって、私を殺してみて。

 

 

 雨が降り出した。

 冷たい水の塊が、血みどろの地面と混ざり合う。

 

「……えっ?」

 

 次の瞬間、腹部に久方振りの痛みが走った。

 血が口まで逆流するのを感じながら、自身の腹部に目をやった。

 そこには、砕いた筈の彼女の拳が深く突き刺さっていた。

 

「……ふふ、やっぱり長耳ちゃんは酷くて、優しいです。一度ガッカリさせながらも、期待を裏切らないだなんて……だから私はあなたの事が」

 

 ーー両手が砕かれた。

 ーー次に脚がズタズタにされた。

 ーー身体中が激しい痛みを訴える。

 

 時間にすれば一瞬の事だったろう。

 既に満身創痍にされた私は、激しい興奮を感じながらも、昔と全く同じように『口元をニヤつかせる』彼女に向かって突撃を繰り出す。

 まだだ、まだヤれる。

 残った力を、怪我の治癒ではなく、自らの両角に込め、彼女を貫こうとばかりに一直線に突進をした。

 

「あんっ……掴まれちゃいました」

 

 しかし、渾身の突進は角を掴まれ破られた。

 そして片方の角が彼女によって折られた。

 

「あっ……だめです、私まだやれ……ます」

 

 彼女の赤い瞳が私を見つめる。

 それと同時に意識が薄れていく。

 

 だめ……まだ、この楽しい時間を味わっていたい。

 一分一秒でも長く、彼女と触れ合いたい(殺しあいたい)

 

『気が向いたらまた相手をしてやる、だから今日はもうお開きだ』

 

 薄れゆく意識の中、懐かしい彼女の声が聞こえた気がした。

 

「ほんと……ですね? わたくし、うそはきらいで……す」

 

 意識が消える。

 暗闇の中へと落ちる感覚が、段々と心地良く感じ始めた。

 

 

 

 




だいぶ物語の核心へと近づいたかなと思います。
あともう一話執筆したら、番外編の方も投稿致します!

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