月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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短いですがおまけ話で、少女えーりんのお話です。


第20話

 

 

 

 

 

 走る、走る、大地を蹴り上げその両脚で地を駆ける。

 規則的に肺から息を吹き返し、新しい酸素を取り込んでいく。

 既に走り慣れた道なので、転ぶ心配はあまりない。

 そのため全力ではないが、そこそこの速度を維持しつつ走り抜けていく。

 

 次第に目的地に近づいてきたため、速度を少しずつ緩めていき、呼吸をゆっくりと整えていく。

 最後に深く息を吐き出し、口ではなく鼻での呼吸を再開する。

 

 そして目の前にある、岩肌にぽっかりと大きな穴が開いた、所謂洞窟の中へと足を踏み入れる。

 洞窟の中は外の光が差し込んでくるため、思っていたよりも明るく感じる。

 やがて洞窟の出口が見えてくる。

 出口を抜けると、そこは木々に囲まれ、少し広がった草原が現れた。

 そして何匹かの兎が優々と駆け回ったり寝転がっていたりと、まるでそこは兎の楽園のようなものになっていた。

 

「……いない」

 

 そして呟く。

 何時もなら、大量の兎に囲まれながらのんびりとしている彼女がそこに居るはずだ。

 だというのに、いない。

 

「ねぇ、彼女がどこに居るか知ってる?」

 

 足元にいた兎を一匹拾い上げ、そう訊ねてみた。

 彼女という奇妙奇天烈な存在のせいか、この辺の兎は多少の知恵を持っているため、簡単な質問くらいならその意味を理解できる。

 

「……そう、知らないのね」

 

 しかし返ってきた答えは望むものではなかった。

 首を小さく横に振った兎を地面に降ろしてから、これからどうするか悩みだす。

 

 彼女と知り合ってそこそこの年月が過ぎ、気が付けば二日に一度は彼女に会いに行くペースになっていた。

 そのため、『八意XX』は二日のうち一日は家で趣味という名の研究に明け暮れ、もう一日を彼女との時間に当てるという日々を過ごしている。

 とどのつまり、彼女が不在で会えないとなると一日中暇になるのだ。

 予定していた通りに進まないと気が済まない性格なため、他の事をする気にもなれない。

 もう一度言おう……このままだと一日中暇になってしまう。

 

「ん? どうしたの?」

 

 すると兎が自身の脚にしがみ付いて、何かを訴えかけてきた。

 

「何なのよ……そっちに行けば良いの?」

 

 グイグイと引っ張ろうとするその姿は、此方を誘導しようとしているように見えた。

 大人しくそれに従い兎について行くと、見覚えのあるモノが二つ、草原の片隅にボロ布のように放置されていた。

 

「……何やってるのよ、あなた達」

 

「…………ん、なんだコムスメか。見ての通り昼寝だが……おい、はやく私の上から退いてくれ『角付き』。重い」

 

「んむぅ……まだ眠いです」

 

「そのまま永遠に寝かせてやろうか?」

 

「……『翼付き』ちゃんには無理だと思うので、長耳ちゃんが良いです」

 

「おうおう、生意気な言葉を覚えおって……おいコムスメ、こいつ退かしてくれ」

 

「やだ」

 

 生憎と労働をする気は更々ない。

 それに人の事を小娘呼ばわりする輩の頼み事に応える義理など持ち合わせていない。

 もっとも、彼女は例外にしても良いかもしれないが。

 

「冷たい人間だな、人間って奴はみんなそうなのか?」

 

「さぁ」

 

「……まぁ良いか、それならこのままもう少し寝るとするか。長耳の奴もまだ帰ってこないだろうし」

 

 そう言って翼が生えている妖怪は、起こしかけていた身体を地面に付けた。

 

「ちょっと、彼女が何処に行ったか知ってるの?」

 

「んぁ? いや知らんよ、むしろ私達も知りたいくらいだ。ただ、長耳の奴はこうやって時々何処へふらっと行っちまう。数日すると何事も無かったかのように戻ってくるがな」

 

 ふむ、放浪癖でも彼女にはあるのだろうか。

 私よりこの妖怪共の方が彼女と長い時間を過ごしているらしいので、全くの出鱈目と疑う事はできない。

 つまり、今日だけでなく数日間彼女と会えないかもしれないという事だ。

 

「行き先を知ろうとした事は?」

 

「もちろんあるよ、ただ毎回巧みに撒かれるか、昨日みたいに何処へ行こうとする長耳を止めようと躍り掛かったら、逆に意識を刈り取られたりしてな。結局今の今まで分からずじまいなのさ」

 

 成る程、道理でこの妖怪共はボロ布のように地面に転がっていたわけか。

 

「本人に直接聞いても、『ただの散歩だよ』ってはぐらかすし……まぁ数日もすれば戻ってくる、ならば待つのみよ」

 

 それでは困る、待つだけだなんて私のスケジュールが暇だらけになってしまうではないか。

 

「……探しに行きましょう」

 

「は?」

 

 どうせ二日に一回の研究も暇つぶしみたいなものだ。

 ならば何日かけようとも、彼女を見つけるために費やした方が余程有意義というもの。

 

「探すってお前……あてはあるのか?」

 

「ない……けど、ないなら『あてごと』探せば良いのよ。あなた達だって、このまま待ち続ける日々はもう懲り懲りでしょ?」

 

「そりゃそうだが……」

 

 彼女には秘密が多すぎる、故にその秘密の中から一つくらいは暴き出そうとするくらいは構わないのかも……いや、構わないだろう。

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁ……まだ眠たいです」

 

「それでコムスメ、先ずはどうするんだ?」

 

 欠伸をしながら愚痴る妖怪と、なんだかやる気があまり感じられない妖怪。

 多分だが、彼女の行き先を知るのは無理だろうと決めつけているが故に、やる気を出せないのだろう。

 

「良い? どうせあなた達のことだから、隠れて彼女の後をつけるとかそういう発想しかできないのだろうけど、こういう時は『痕跡』を探すのが一番なのよ」

 

「「こんせき?」」

 

 ……あぁ、この反応は言葉の意味すらわからないといったものだ。

 基本的な用語は知っているというのに、なんともお粗末なものだ。

 まぁ面倒臭がり屋の彼女のことだから、最低限の言語しか教えていないのだろう。

 

「そうね……例えばあなた達の足元にある草、あなた達に踏みつけられてるから痕がついて萎れてるでしょう? これは自然的な現象ではなく、生物がその上を歩いて通ったという証拠になるの。つまり、頻繁に何かしらの生物が通っていそうな痕が付いている証拠を探して、辿っていけば良いのよ。もしかしたらそれが彼女の歩いて通った道に繋がるかもしれない」

 

 おぉ、と感嘆な声を上げる妖怪達。

 いや、そんな事で一々驚かないでほしいのだが。

 

「じゃあ、あなた達が彼女の後をつけた時、最後に見失った場所に案内して頂戴」

 

「はい! 私が案内しまーす!」

 

 すると突然元気な声でそう言ってきた角付き妖怪。

 そしてこちらの返事を聞かずに、走り出した。

 ……大丈夫なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、迷っちゃいました」

 

「うん、何だかそんな気はしてたわ」

 

 馬鹿正直について行った自分も相当アレだが、この妖怪の頭というか記憶力も相当アレなのかもしれない。

 

「ふむ……しかも更に悪い状況かもしれないな」

 

「え?」

 

 翼付きの妖怪の呟きの答えを聞く前に、その答えが現れた。

 四方八方から、異形の姿をした生物……つまるところ『妖怪』の群れが私達を取り囲むように現れたのだ。

 

「どうやら縄張りに入ってしまったようだな、しかも余程腹を空かしてるのか、随分と殺気立ってる……くく、久しぶりに暴れられそうだな」

 

「あらあら、私達を『殺したい』のですかぁ? 歓迎しますよ……うふふ」

 

 しかも何故かこいつらまでヤル気を出している。

 そして十秒も経たずに、闘いの幕が上がった。

 

「ち、ちょっと! 私がいるの忘れてない!?」

 

 そこそこ自衛はできる……が、戦闘能力はそこまで高くないのが私こと八意XXだ。

 なので、こんな乱戦に混ざる事はおろか、隙を見て離脱する技術なぞ持ち合わせていない。

 

「きゃあ!」

 

 そして案の定というべきか、群れの一匹が私に踊り掛かってきた。

 反撃も防御も間に合わない。

 

「おっと」

 

 するとそこら辺を飛んでいた小さな羽虫を叩き落とすような感じで、翼付きの妖怪は一瞬でそれを肉片にした。

 

「危ない危ない、お前さんに怪我でもさせたら長耳の奴に嫌われてしまうではないか……」

 

「そ、そう思うならもっとスマートに助けてくれないかしら……けど、ありがとう。助かったわ」

 

 素直に礼を述べると、何故か意表を突かれたような顔をしてから、照れ臭そうにそっぽを向く翼妖怪。

 

 そして血と臓物が辺りに散乱していくなか、この妖怪達は返り血のみを身体に浴びながら確実に群れ妖怪共を蹴散らしていく。

 

 そしてものの数分で、屍の山が出来上がった。

 

「いやはや、何だか久しぶりの勝利という感じがするな。いつも長耳の奴には負けっぱなしだったし」

 

「嗚呼、やっぱり闘争とは良いものです……あぁでも、折角長耳ちゃんから貰った服が汚れてしまいました……」

 

「あ、こら! なめても血の汚れは取れないし、不衛生だからやめなさい!」

 

 この妖怪達はもちろん、私もそこそこ返り血を浴びてしまった。

 なので、優先事項を変更し、まずは体と服の汚れをどうにかしなくてはならない。

 

「あなた、空を飛べるのなら上から川か湖を探して」

 

「えぇ……空を飛ぶのは好きだが、正直面倒だしこのままでも……」

 

「いいから探せ、はやく」

 

「……はい」

 

 誰のせいでこんな目にあったと言うのだろうか……まぁ、事の発端は私の所為かもしれないが、それはそれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ではサッパリしたところで長耳の奴を引き続き探すとするか」

 

「おー」

 

「ちょっと! 裸体のまま歩き回ろうとしないでよ! 羞恥心っていうのはないのあなた達!?」

 

 体と服の汚れは落ちたが、必然的に服が濡れるわけで、現在進行形で乾かしてる最中だ。

 だというのに、こいつらはそのまま平然と何処かへ行こうとする。

 

「羞恥心……確か恥ずかしいとかそんな意味だったか? 一体何を恥ずかしがる必要があるんだコムスメよ」

 

「あなた達の状態よ! は、裸でそこら辺歩き回るだなんて信じられない! このケダモノ!」

 

「……? なぁ角付きよ、あやつはなんで顔真っ赤にして怒鳴ってるのだ?」

 

「さぁ……人間って不思議な生き物ですよね。服を着ないと歩く事ができないだなんて」

 

 だめだ、多分こいつらに羞恥心を教えるのは天才の私でも無理かもしれない。

 

「と、とにかく服が乾くまで大人しくしてなさい」

 

「しかし……日が暮れてしまうぞ? 私や角付きは兎も角、コムスメは人間だろう? 人間は私達のように夜中に活動をするのは向いていないって長耳から聞いたんだが」

 

「良いのよ、確かに夜中は視界が暗くなるから動き回るのは危険だけど、それなら日がまた昇るのを待てば良い……何よ、その不満そうな顔は」

 

 待つのはやだ、といったような表情だ。

 しかし私は人間、こいつらとは違って休息を取らなければ活動に支障が出てしまう。

 

「……まぁ良いか、たまにはこうして誰かの言いなりになるのも悪くはない」

 

「あら? 翼付きちゃん頭でも打ちました?」

 

「違うわ……ただ、この前長耳の奴にな、『どんな理由でも方法でも良いから、誰かの役に立ってみろ。そうしたらきっと、楽しいって思える』と言われてな。何かを害する以外の方法でそう思えるのなら、試してみても良いかもと思っただけだ」

 

「翼付きちゃん……」

 

 ……あぁ、何となくだがこいつの心情が理解できた気がする。

 

 そして案の定、服が乾いた頃には既に辺りは闇に染まりつつあった。

 今日の所はここで野宿をして、朝がきたら再開という計画にして、近くの木に背中を預けて目を閉じる……なに、何かあったらこの妖怪達が真っ先に気付くだろう。

 

「……ねぇ、まだ起きてる?」

 

「なんだコムスメ、排泄か? 暗くて怖いから付いて来いってことか?」

 

「違うわよ!」

 

 しかし中々寝付けないため、眠くなるまで暇を潰そうと近くで同じように木に背中を預けている妖怪達に声を掛けてみた。

 角付きの方は既に爆睡しているようだが、翼付きの方はまだ起きていたためそんな返事をしてきた。

 

「……彼女って不思議じゃない?」

 

「長耳のことか? まぁ確かにそうだな」

 

 話題に選んだのは彼女について。

 そもそもこうやって野宿する羽目になっているのも、彼女の秘密を少しでも知りたいと思ったからだ。

 

「そもそも彼女って本当に妖怪なの? だとしても、あなた達と同じように誰かから知恵をもらったからあんな風に……?」

 

「さぁな、何回か訊ねたりしたこともあったが、あやつ自分の事は語ろうとしないしな……そういうコムスメは長耳の奴についてどこまで知ってるんだ?」

 

「多分あなた達と大差ないわよ……あ、でも」

 

「でも?」

 

 ふっと少し前の事を思い出した。

 

「『貴女って名前とかないの?』って聞いたら彼女、『あるよ』って言ったの」

 

「ほうほう、名前か……そういえば『長耳』は私達が勝手に呼んでるだけで、本当の名ではなかったな。して、あやつは何と?」

 

 そう言われて、少し返答に困った。

 

「…………分からないわ」

 

「は?」

 

「だから、分からないの。確かにあの時彼女の口から名前を聞いたはずなんだけど……どうしても肝心な部分が思い出せないのよ」

 

「いやいや、それはなしだろ。そこまで話を引っ張っておいて、忘れたとかいう締めはないと思うぞ」

 

 私もそう思う、しかし思い出せないのだ。

 確かにあの時彼女の名前を知った、しかし聞いた次の瞬間からその名を思い出す事が出来なくなっていたのだ。

 聞き逃したかと思い、彼女にもう一度訊ねても『一回言ったからもう充分だろ』とか言ってはぐらかされた。

 どうしてだろう……記憶に障害があるわけでもないというのに、彼女の名前だけ思い出せない……という……のは。

 

「…………」

 

「おいコムスメ? ……なんだ、寝たのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふっと意識が覚めていく。

 ゆっくりと目を開けると、綺麗な夜空が目に入った。

 

「……あぁ、いつのまにか寝てたのね」

 

 どうやら話の途中で寝てしまったようだ。

 周りを軽く見渡すと、翼と角付き妖怪は既に夢の中、しかもまだ時間的には夜中らしい。

 中途半端な時間に目を覚ましてしまったようだ。

 

 まだ起きるには早過ぎる、再び意識を沈めるべく目を閉じようとした瞬間、それに気が付いた。

 

「……光?」

 

 薄っすらと、森の奥に光が見えた。

 そして不思議と、自然に体が動いた。

 まるで光に寄せ付けられる昆虫のように、私はその光へと足を運んでいったのだ。

 

 やがて目前に光が現れる。

 私は寝惚けた頭で『これは何だろう』と光に手を触れた。

 

「……ここは」

 

 次の瞬間、景色が大きく変わった。

 さっきまでいた森は消え失せ、夜だったというのに空は青い大空へと変貌していた。

 夢でも見ているのだろうか、とても信じられない現実に私の頭はようやく目覚めてきた。

 

 ゆっくりとその場で辺りを見回すと、全く見覚えのない光景が広がっている。

 生い茂る草花、立派に聳え立つ木々、綺麗な空……とても幻想的で美しかった。

 しかしこれだけ綺麗な場所だというのに、生き物の気配が全くしないのがとても不思議だった。

 

「……あれは……誰かいる?」

 

 そして一つだけ、他の木々よりも大きく立派な木が丘の上に鎮座しているのが視界に入った。

 しかもその木の下に人影が一つあった。

 

 その正体を確かめようと、丘に近づきながら目を凝らしていく。

 人影はどうやら、木の幹に手を触れ、背中側をこちらに向けている状態のようだ。

 何だかその様子が、祈りを捧げているように見えた。

 

 そしてその人影に声を掛けようとしたその瞬間、人影がゆっくりとこちらに振り返った。

 

「……あなた……は」

 

 そこに居たのは、『真っ赤な瞳をした人間』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きたか、小娘」

 

「……ふぇ?」

 

 ハッと目を開けたら、彼女がいた。

 しかも位置的に、どうやら私の頭は彼女の膝の上にあるらしい。

 

「あ、あれ……ここって貴女の寝床? 私確か……」

 

「ここから少し離れた場所で、アイツらと一緒にスヤスヤ寝てたぞお前さん。危ないから私がここまで運んでやったんだ」

 

 少し離れた場所で寝息を立てる妖怪達を指差しながら彼女はそう言った。

 ……そうだ、私とあの妖怪達で、彼女を探そうとして最終的に野宿をしていたはずだ。

 それで途中で目が覚めてしまって……

 

「……あれ、それでどうしたんだっけ?」

 

 どうにも記憶があやふやだ。

 寝惚けていたからだろうか……

 

「どうしたはこっちの言葉だ、何でまたあんな場所で寝てたんだ? しかもアイツらと一緒に……いや、仲が良いのは別に構わないが」

 

「…………」

 

「ん? 何だじっと見つめて」

 

「……秘密よ」

 

「なんだいそりゃ」

 

 ……まぁ良いか、こうして彼女の近くに居られるだけで私は充分だ。

 

 

 

 

 




ちょっと暫く更新止まるかもです。
連載中のもう一つの小説の完結と、新しい小説の構想をするので多分一ヶ月は更新できないかも……

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