月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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雲の形
第21話


 

 

 

 

 神は最初に天地をお創りになられた、地は混沌……即ち深淵だった。

 神は深淵と対を成す光を出す事で、光と闇、昼と夜の境を創った。

 

 次に大空を造り、大空の下と上に分けられた。

 下を海、上を空と呼んだ。

 

 次は海の一部に乾いた場所を造り、それを大地と呼んだ。

 そして神は大地に草と樹を芽生えさせた。

 

 そうして神は、太陽と月、動物と鳥、そして土から『人』を創った。

 こうして七日目には、天地万物は完成し、神は安息をなさる。

 

 やがて最初の人間、アダムの肋骨からイヴという人間をお創りなった。

 二人は東の方、エデンの園で神の言い付けを守りながら楽園で日々を過ごす。

 

 しかし神が創られた生き物のうちで、最も賢かった蛇がイヴをそそのかし、善悪の知識の木の実をアダムとイヴに食べさせた。

 木の実を食べた二人は、知恵を、感情を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、神の言い付けを守れなかった二人は楽園を追放……蛇は一生地面を這うことしか許されなくなったね……不思議な話」

 

 一度目を本から離し、そう呟いた。

 本の文字に集中していた力が消え、大通りを歩く人の足音や話し声、交通車の行き交う音、自身が今いる喫茶店の店内に流れる曲……様々な雑音が段々と聞こえ始めてくる。

 

 目の前の、二人席用のテーブルの上に置かれたカップを手に持ち、中身を口の中へと注いでいく。

 いつも通りの味だ。

 

 数ヶ月前にこの喫茶店を見つけたのだが、中々思っていたよりも居心地が良い。

 客は多くなく、どちらかというと少ない。

 広過ぎず、むしろこじんまりとしている店内。

 そこそこ年季を感じさせる備品。

 家から徒歩五分程で来られる。

 そして何より、ここの紅茶の味が自身の味覚に見事にマッチしたのだ。

 

 全くもって、最高の場所だ。

 どうしてもっと早く気付かなかったのか、過去の自分に問いかけたいくらいだ。

 

「……三十分経過、そろそろかしらね」

 

 ふと店内に備え付けられている時計に目をやり、独り言を呟いた。

 すると店のドアが開かれ、来店を知らせるベルが小さく鳴り響いた。

 今どきどこの店も自動ドアが多いというのに、この喫茶店のドアは手動だ。

 それもまた魅力の一つなのだが。

 

 チラリと入口の方に目をやると、案の定というべきか、白いリボンが付いている黒い帽子をかぶっている人影が見えた。

 その人影は何かを探すようにその場で辺りを見渡し始めた為、軽く手を振った。

 するとこちらに気付いた人影が、スキップをするように近付いてくる。

 

「やぁ『メリー』、待った?」

 

「えぇ、いつも通り三十分も余計にね。遅刻癖は相変わらず直す気はないようね、『蓮子』」

 

 そして私達は、いつも通りの挨拶をする。

 

「それで、今日の言い訳は何かしら」

 

「今日は……着ていく服が中々決まらなかったから」

 

「いつも似たような格好じゃない」

 

 これも大体いつものやり取りになっている。

 そう、彼女『宇佐見蓮子』はまるでお手本のように、時間にルーズな人間なのだ。

 付き合い始めの頃からその悪い癖は効力を発揮し続け、今に至ってはもう気にしない事にした。

 

「じゃあショートケーキ二個ね、今回はそれで許してあげる」

 

「まるで私が遅刻するのを見透かしていたかのように素早い決断だね……太るよ?」

 

「貴女のお財布を痩せさせる事ができるのだから、多少太るくらい構わないわ」

 

「ひどいなメリーは、私の事がそんなに嫌いなのかい」

 

「いえ、大好きだからよ」

 

 好きだからこそ困らせたくなるという人間の心理は、本当に不思議なものだ。

 

「なら良かった……というか、その本は?」

 

「ん、『創世記』よ」

 

「……凄いチョイスだね、しかも今時デジタルじゃなくてアナログな紙の本とは」

 

「たまには全く違うジャンルを読んでみたかっただけよ、まぁ確かにこれは読書に向いているかと聞かれれば、ちょっとズレてると思うけど」

 

 それとアナログなのは、単に古いものが好きだからだ。

 

「それより、不思議だと思わない?」

 

「何がさ」

 

 店員を呼んで注文を取る蓮子に私は訊ねてみた。

 

「どうしてアダムとイヴは楽園を追放されたのかしらね、神の言いつけを守らなかったから? それとも知恵と感情を手にするのがいけなかったから?」

 

「あるいはその両方かもね」

 

 蓮子は窓の外を見ながら答えた。

 

「私はそっちより、どうして知恵と感情を欲しいと思ったのかが不思議だね」

 

「どうして?」

 

 私は聞き返す。

 

「だってさ、蛇に唆されとはいえ、最終的に知恵の実……禁断の果実を食べようと思ったんでしょ? 其れこそ不思議じゃない? 知恵もなければ感情もないのなら、そもそも『食べよう』なんて選択肢は出てこないと思うんだけど」

 

 蓮子の言いたい事は何となくわかった。

 

「それでも食べたという事は、そもそも果実を口にする前の時点で、知恵と感情を手にしたいという『感情』があったんじゃないかなって……まぁ主観的な見解だけど」

 

「そうね……仮にアダムとイヴが今も生きてるとしたら、是非聞いてみたいところね」

 

 ここで店員が追加の注文を持ってきたため、話は一度途切れてしまって。

 

「……さて、それじゃあ今日の『秘封倶楽部』の活動だけど」

 

「……ねぇ、本当にやるの蓮子?」

 

 私は確認の意を込めてそう言った。

 

「何を言うのさメリー、何のためにお泊まりセットをわざわざ持ってきたと思ってるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘封倶楽部、それは私こと『マエリベリー・ハーン』と『宇佐見蓮子』によるたった二人だけのオカルトサークルだ。

 活動内容は至ってシンプル、この世の不思議を解明……いや、味わう事だ。

 

「いやー楽しみだなぁ、メリーがこの前言ってた『夢の世界』に行けるだなんて」

 

「……貴女に素直に話した私も相当アレなんだと思うけど、本当に信じる貴女もアレだと思うの私」

 

「じゃああの話は嘘だったのかい?」

 

「……嘘ではないけど、単なる夢だったのかもしれないのよ? それに何でもう行ける前提になってるのよ」

 

 そんな秘封倶楽部の今日の活動は、以前私が夢の中で見た夢を解明すること……

 夢の内容は、よく子供が見る夢にありがちな、現実ではない不思議な世界へと迷い込んでしまう夢だ。

 やけにリアリティがあった為、蓮子にその事を話したのだが……当の本人がそれを本気にして、『私もその夢の世界に行ってみたい』と言い出したのが今回の活動の原因となった。

 

「さぁ準備は万端だメリー、いざ夢の世界へ! ……それでどうやっていけば良いのかな?」

 

「私が知るわけないでしょ」

 

 所変わって私の自宅の私室、蓮子は高らかに宣言してすぐさまつまずいた。

 

「うーん、とりあえずメリー、その夢を見た時と同じ姿勢で寝てみてよ」

 

「はいはい……」

 

 変に反発しても蓮子は止まらない、大人しく従うのが吉だ。

 指示通りに、覚えている限り夢を見た日と同じようにベッドに寝そべってみる。

 

「じゃあお隣を拝借して……」

 

「ちょっと、しれっと女のベッドに勝手に入らないでよ」

 

「私も一応女なんだけどな……別に良いじゃん、それにほら……密着してた方がメリーの夢の中に入れる可能性が増えるかもだし」

 

「……もう勝手にして」

 

 何か言い返す気力もない、不思議と眠気がいつもよりあるせいかもしれない。

 

 やがて私の意識はまどろみの中へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ん?)

 

 妙な感じがした。

 

「どうかしたの鈴仙?」

 

 自分の様子に気付いた姫様がそう言った。

 

『いえ……多分何でもないです』

 

「? なによそれ?」

 

 そう、何でもない……筈なのだが、何か妙だ。

 

(この波長……いや、少し違う? それにもう一つの方は明らかに初めてのだし……うーん?)

 

「なぁなぁ長耳、呆けてないではやく儂の耳も掃除してくれないか?」

 

「あ、違いますよ天魔ちゃん。輝夜さんの次は私だってさっき決めたじゃありませんか」

 

「おいおい鬼神よ、勝手に事実を捻じ曲げるでない。次は儂じゃったろ」

 

「むー、違いますって。絶対に次は私の番でした! もしかして遂にボケが……?」

 

「違うわ戯けが!」

 

 と、最近よく遊びに来る天魔さんと鬼神さんが何やら揉め始めた。

 ちなみに自分による耳掃除コースの次のお客は、さっきからそこでソワソワしながら待っている師匠なので、お二方はもう少し静かに座って待っていてほしいものだ。

 

「あぁ気持ち良いわ、鈴仙の耳掃除の快感と、永琳の『はやく私に譲りなさいよ』という妬みの視線が」

 

『姫様、あんまり師匠を揶揄うとまた追っかけ回されますよ?』

 

 姫様曰く、それが良いのだと訳の分からない事を言うが、これも師匠と姫様の友情という奴なのだろうか。

 

「というかそもそもだな鬼神よ、お前さんその頭の角が邪魔で長耳の膝に頭乗せられないんじゃないのか? 片方は綺麗に折れてるから問題はないと思うが、片側しか掃除してもらえないんじゃないか?」

 

「なん……ですって……確かにお布団で寝るときとか、うつ伏せか仰向けでしか私寝れませんでした……! くっ、こうなったら……!」

 

「おい、待て早まるな鬼神、角を抜き取ろうとするでない! 角がないお前は具の入ってない味噌汁のようなものだぞ! ……あ、なんか味噌汁飲みたくなってきたから今日の夕飯に出してくれ長耳」

 

 という事は今日も夕飯食べていくつもりなんですねわかります。

 別に自分は構わないが、天魔としてのお仕事とかは平気なのだろうか。

 あと正座した脚を少し広げれば、その隙間に角入りますから抜かないでくださいね。

 

「わっ、永琳がついに無言で私の頭をペシペシしてきたわ! これさっさとどけって言いたいのよね? そうよね永琳? 今の永琳『下の子に母親をとられて嫉妬してる上の子』みたいで可愛いわよ! あっちょ本当に痛いやめてえーりん」

 

「ぬぉぉぉぉ落ち着け鬼神、本当に残った方の角も取れてしまう……ぞ? ……あれ、なんか取れた……?」

 

「いやん天魔ちゃんったら、乱暴ですね……強引なのは嫌いじゃないですが、こんなみんなが見てる場所でなんて……えっち」

 

「待て待て、今の状況から何がどうなったら儂の手の中にお前さんの下着が握られてる状態になる? おかしくない? 儂脱がそうとなんてしてないぞ」

 

 うーん、騒がしいけど今日も永遠亭は平和なようだ。

 

「あー、お取り込み中悪いんだけどさ……」

 

 すると縁側の方からてゐが気まずそうにやってきた。

 

『どうしたの? もしかしててゐも耳かきして欲しいの? じゃあちゃんと順番に並んでね』

 

「あ、いや……別にそういうわけじゃ……うん、とりあえず後で頼もうかな。今は知らせを届けに来ただけだからさ」

 

 ほう、知らせとな。

 

「久しぶりの『お客さん』だよ、見慣れない人間が二人、竹林にいるよ」

 

 てゐがそう言うと、さっきまで頬を膨らませながら姫様の頭をペシペシしてた師匠が、警戒の色をあらわにした。

 

「あぁ安心しなよお師匠様、見た感じただの『外来人』っぽかったよ。まぁ確証はないけどさ……そいじゃ、あたしゃこれで失礼」

 

 そして、そそくさと退散していく悪戯うさぎ。

 

「……外来人ねぇ、もしイナバの言ってる事が本当だとしたら、助けてあげないとマズくない?」

 

 姫様の言う通りだ、こちらの助けがないと間違いなくこの竹林でのたれ死んでしまうだろう。

 運良く妹紅さんに会うという可能性も無くはないが、こちらから動いた方が確実だ。

 それに、個人的に気になることもあるし……

 

『じゃあ、ちょっと行ってきますね。耳掃除の続きは帰ってきたらでお願いします』

 

「ち、ちょっと待ちなさい! もし月の連中の関係者だったら……!」

 

 なに、大丈夫ですよ師匠。

 こちらからもその外来人とやらの波長は捉えてますが、月の関係者ではないことは確かですよ。

 いや、むしろここ(幻想郷)の関係者と言った方が近いかもです。

 

「それってどういう……」

 

「なんだ長耳、散歩か? 儂も行きたいぞ!」

 

「私も私も!」

 

 お二方は大人しく待っててください、お願いですからいや本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生がつまらない。

 生きている意味がよく分からない。

 人間は果たして何をする為に存在しているのだろう。

 そんな答えのない自問自答を何度も、何度も繰り返した。

 

 しかしこれは私がオカシイわけではないはずだ。

 人間誰しも、自分とは何か……そんな哲学的な疑問を持ち、答えを探そうとする時期があるはずだ。

 私の場合は、単にその期間が少し長いだけ。

 

 小さい頃、私は自分以外の人間が怖かった。

 それを実感したのは、ある晴れた日のこと……家の近くで犬の亡骸を発見してしまったときだ。

 幼いながらにも私は理解した、この犬は病気だとか寿命で死んだのではなく、『何者かに害されて◾️されたのだと』。

 

 この亡骸がどのような理由で私の目の前にあるのかは知らない、知りたくもなかった。

 ハッキリとわかっていたのは、犬を◾️す存在(人間)がこの世にいるという事実だけ。

 しかし同時に、犬を愛し家族同然に扱う存在(人間)もいる。

 

 愛情と憎悪、親愛と軽蔑、喜びと悲しみ。

 人間は相反する感情を誰しもが持っている。

 そしてそれは、時と場合によりアッサリと逆転することがある。

 その証拠に、犬という存在を愛せる人間と愛せない人間がこの世に矛盾して存在しているではないか。

 

 同じ人間なのに、同じ生き物なのに……どうして人間はみんな違うのだろうか。

 どうして、どうして、どうして。

 

 故に私は怖かった。

 同じな筈なのに、中身が全く違う生き物(人間)が。

 それが当たり前だとわかっていながら、私は怯えた。

 

 そんな私が積極的に人と関わろうとしないのは、もはや必然といえる。

 友達なんて全く居なかった、つくろうとも思わなかった。

 だから今までの間私はずっと、一人で生きる意味とやらを求め続けた。

 故郷を離れ、日本にやって来たのもその意味を知る事が出来るかもしれない……そう思ったからだろう。

 

 日本にやって来て数年経つ頃、私は日本の大学に通い始めた。

 特に何かしたかったとか、将来の夢があったわけでもない。

 只々、とりあえず何かをして居なければいけない気がしたからだ。

 

 そして相分からず、友達なんていない。

 ただ退屈な講義を受け、適当に過ごす大学生活。

 別に辛くはなかった、むしろそれが性に合っている気さえした。

 しかし少し不安もあった。

 このまま何事もなく大学生活を終え、社会に出て仕事をする……そんな当たり前の生活に私の生きる意味はあるのだろうか。

 もしくは、その過程で見事私は、自分の生きる意味を見出す事ができるのか。

 だとしたら、私はどんな私になっているのか。

 そんな事想像もつかない、だからそれが不安だった。

 

 そんな想いを胸の内に秘めながら、半年程大学生活を送った頃だろうか。

 私のなんて事ない日々に、変化が起きた。

 

『やぁ、隣失礼するよ』

 

 ソイツは、突然私の目の前に現れた。

 

『……どうぞ』

 

 大学の中庭、その隅っこの木陰が私のいつもの定位置だった。

 その日も一人で昼食をとっていると、ソイツは何を思ったのか私の隣に座った。

 見も知らぬ、名前すら知らない人間だった。

 

『なんだ、日本語上手じゃん。何処の国から来たの? アメリカ? イギリス?』

 

 ソイツは初対面のはずの私の心に、ズカズカと土足で入ろうとしてきた。

 とても馴れ馴れしいやつだった。

 

『やぁ、また会ったね』

 

 そして次の日もソイツと会った。

 

『そういえば君、名前なんて言うの? ……ま、まえ? えぇい、言いにくいし長いなぁ。私が呼びやすい名前を考えてあげよう!』

 

 次の日も。

 

『やぁメリー、今日も隣失礼するよ』

 

 次の日も。

 

『メリー、いやメリー様。この前の講義のノート見せてくれない? え、違う違う、決して居眠りしてたとかそんなんじゃ……』

 

 次の日も、次の日も、そのまた次の日も。

 気が付けば彼女が近くにいるのが当たり前になっていた。

 私が自分から他人を避けているのを彼女は知っている筈だ。

 それなのに、彼女は私に関わり続けた。

 

 不思議と嫌な感じはしなかった。

 未だに人間は怖いが、本当に不思議な事に、彼女だけは怖くなくなっていた。

 

「……リー…………メ……」

 

 メリー、メリー、メリーと、彼女は自分で考えた私の愛称を何度も呼ぶ。

 それが何だか気恥ずかしくて、不思議と落ち着く。

 

 ほら、こうして目を閉じているだけで、彼女の優しい声が聞こえてくる……

 

「メリー……メリーったら! はやく起きないとメリーの立派なお山さんの間に手を突っ込んじゃうぞ」

 

「…………もう突っ込んでるじゃない! やめなさいこのセクハラ蓮子!」

 

「容赦ない平手打ち……!?」

 

 そして意識がようやく覚醒する。

 ……そうか、確か蓮子を家に泊めてたんだった。

 

「あたたた……酷いなぁ、優しく起こしたっていうのに」

 

「何で貴女は女なんでしょうね、男だったら即刻訴えてやるっていうのに……」

 

「やだなぁ、女同士の軽いスキンシップというやつじゃないか」

 

 付き合い始めてすぐにわかった、彼女は単におバカなだけで、私に付き纏っていたのも単なる気まぐれだったのだろうと。

 

「もぉ……それで、何で起こしたのよ? もう朝な……の?」

 

 そして冷静になって、寝惚けていた頭が目覚めると、私はようやく現実を理解した……いや、現実味がなさすぎて、これは現実をなんかじゃないと脳が否定したかったのかもしれない。

 

「……うそ」

 

 でなければ、自分の家のベッドで寝ていた筈の私達が、『竹藪が生い茂った竹林の地面』にいるという現実を認めるしかないではないか。

 

「いやー驚いた驚いた、これがメリーの言ってた夢の世界ってやつかい? 確かに夢の世界っていうのが一番当てはまるかもね、今の日本にこんな立派な竹林はないもの」

 

 蓮子は冷静なのか、興奮しているのかわからない状態で状況を分析する。

 

「それでメリー、ここが君の言ってた夢の世界であってるかい?」

 

「……えぇ、確かに前見た夢と同じ景色だわ」

 

 まるで天まで伸びているかのように錯覚させる竹藪達、立ち込める深い霧……間違いない、私が以前見た夢の景色と同じだった。

 

「ふむふむ、つまり……成功って奴かな? 私はメリーの夢の世界に入れたというわけだね!」

 

 と、はしゃぎ始める蓮子。

 しかし、この蓮子は本当に蓮子なのだろうか?

 ここが私の夢の中だとするのなら、彼女も私が生み出した夢なのではないだろうか。

 

「うーん、他人の夢を共有できる……そんな現象があったとは驚きだね。しかしやけに現実感があるというか……私本物の竹なんか触った事ないのに、しっかりと竹の感触がわかる……あと踏み締めてる地面の感触もまるで現実のよう……」

 

 ……いや、この蓮子が現実だろうが夢だろうが関係ないか。

 蓮子は蓮子だ、どっちであろうと彼女には間違いない。

 

「メリーはどう思う? これ本当にただの夢だと思う?」

 

「え? ……そうね、とりあえず夢かどうか知りたいなら頬をつねれば良いんじゃないかしら?」

 

「えー、それでもし本当に夢で目が覚めたら勿体無いじゃないか……まぁ良いか、じゃあ一つ試してみよう」

 

 そして蓮子は、両手を突き出し、私の胸を掴んだ。

 

「だから何するのよこの変態!」

 

「二回目の平手打ち!?」

 

 訂正しよう、この蓮子は本物だ。

 私の作り出した夢の蓮子なら、都合を良くする為に私の嫌がることをさせない筈だ。

 それでもこうして、いつものようにセクハラしてくるという事は本物だ。

 

「あいたた、そんなに怒らないでくれよメリー。でもこれで夢じゃない事は確かかな? メリーの感触、まるで現実のようだったし、現に私の頬が痛むというのに夢から覚めないんだもの……」

 

 ……確かに蓮子の言う通りかもしれない。

 蓮子に……その、胸を触られた感触は現実の様な感触で、こうして息を吸い酸素を取り入れる事さえ現実と同じ感触だ。

 夢とやらが何処まで現実味を感じさせるのかは知らないが、これはただの夢ではない気がしたのは確かだ。

 

「うーん、となるとメリーには瞬間移動の能力があって、寝てる間に何処かへテレポートしたとか?」

 

「それこそ現実味がないわよ」

 

 大体今の世の中、こんな自然が残っている場所はない筈だ。

 

「……よし、とりあえず歩いてみようか。何かあるかもしれないし」

 

「そうね……ちなみに以前見た夢では、最後オオカミに似た動物に追っかけられて目が覚めたわ」

 

「ちょっと、何で今のタイミングでそんな告白をするのさ!?」

 

 答えは簡単、単に言い忘れてただけだ。

 

 そしていざ歩き出そうとしたその瞬間、草木をかき分けるような音が近くでした。

 

「……ねぇメリー」

 

「なによ」

 

 その音は背後からした、つまり草木の間を『何か』が通り抜けようとしてるということだ。

 

「せーのでいこう、この前のお化け屋敷行った時みたいにせーので後ろを振り向こう、一緒なら怖くない」

 

「そうね……じゃあ」

 

 せーので、私達は勢いよく後ろを振り向いた。

 

 ——そして気が付けばその場から走り出した。

 何故なら、私達の背後に怪しく、または妖しく、それでいて何処か綺麗だと思える紅いモノが二つ見えたからだ。

 

 あれが何なのかは知らない。

 しかし人間は未知を恐怖する生物、得体の知れないモノから逃げようとするのは当たり前の逃避行動だ。

 

「どうするメリー、もう一回後ろ振り向いてみる!?」

 

「いやよ!」

 

 走りながら、息をみだしながら私達は竹藪の隙間を走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変な感じがした、嫌な予感がした。

 だから眠っていた身体を無理矢理起こして、その予感の原因を探った。

 そうしたら、その予感が外れていないことに驚き、そして怒りを覚えた。

 

「……なんで、なんで『あなた』がここにいるのよ……『マエリベリー・ハーン』」

 

 だって、そこにはこの世で最も愚かな人間がいたのだから。

 

 

 


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