第25話
一つ搗いてはダイコク様ー。
二つ搗いてはダイコクさまー。
百八十柱の御子のため、搗き続けましょーはぁ続けましょ。
そんなイナバ達の歌声が、満月の夜に響く。
『ねぇてゐ、前から思ってたんだけど、イナバ達がいつも歌ってるこの歌は?』
「『これらの餅は大国様とその百八十の子供のため』にって」
毎月、満月の日に行うお祭り、例月祭。
その為のお餅をイナバ達は一生懸命に搗いてくれるのだが、毎回のように同じ歌を歌いながら搗くのだ。
最初は鼻歌みたいなものだと思っていたが、こうも毎回歌われると気になって気になって仕方がない。
なので一緒にイナバ達の様子を見にきたてゐに訊ねてみると、そんな答えが返ってきた。
『大国様……?』
「大変な美男子、兎たちの憧れ」
と、てゐが珍しくその頬を赤らめる。
……あぁ、『思い出した』。
確か昔この悪戯兎が、命を助けられたとか言ってた……
全く、あれだけ大怪我を負って帰ってきたとき、どれだけ私が心配したと思っているのだろう。
それなのにこの兎は、自分が大怪我した事も忘れ一柱の神に惚れ続けている。
「鈴仙?」
『……ん、ごめんぼーっとしてた』
……何の話をしていたっけ。
あぁ、大国様とやらが美男子とかそんな話だったか。
『まぁそれなら別に良いか、何ならてゐも一緒に歌ってくれば?』
「いやぁ、あたしはちと遠慮しとくよ……恥ずかしいし」
変なところで奥手だなこの悪戯兎は。
「それよか鈴仙、この前言ってた『月の新勢力』とやらはどうなってるんだい?」
『ん、特に大きな動きはないみたいだけど……まぁ玉兎たちは噂好きで、大げさな性格してるのが殆どだから、どこまでが本当なのやらって感じだけどね』
最近、月はちょっとした騒ぎが起きているらしい。
これは友達のみっちゃんからの情報だけなので、詳しいことはわかっていないが、最近月ではある噂が絶えないらしい。
それは、『月に新しい勢力が生まれ、月を支配しようとしている』という内容だ。
「万が一それが本当だとしたら、それって結構ヤバイ感じなの?」
『うーん、まだ何とも言えないけど、下手したら月だけじゃなく地上もその争いに巻き込まれる可能性も無くはないかな』
月に住んでいる月人の殆どは、穢れたと称する地上の事なんてどうとも思っていない連中ばかりだ。
思わぬ飛び火が地上に落ちてこないとも限らない。
「ふーん……そういえば月といえばさ、この前鈴仙を月に連れ戻す命令が出されたとか何とかあったじゃん?」
『あったね、まさかそのせいで異変を起こす事になるとは思わなかったけど……それがどうかした?』
異変を起こした罰として、人里の利用とか禁止されたらどうしようかと内心少し焦ったくらいだ。
それは本当に困る。
「だからさ、今回のその噂と、鈴仙の捜索命令……この二つが何か関係とかしてたりなーって。だとしたら鈴仙も少しばかり気を付けた方が良いんじゃない? いつ背後から襲われるか分かったもんじゃないからね」
『……そうだね、気を付けておくよ』
何故月の連中が自分を探してるのかは分からない、しかし確実に何かしらの理由があるのは間違いないだろう。
「……お、流れ星かね。こりゃ縁起が良い」
と、てゐが空を指差す。
(……あれって、もしかして)
空から地上へ落ちていく光に、自分は覚えがあった。
そしてその日の夜、『怪我をした兎がいる』と霊夢ちゃんが永遠亭にやって来た。
「やはり玉兎だったわ、どうやら仕事に嫌気が差して、地上にいると噂されてる革命のリーダーに会いに地上まで降りて来たみたい」
『そうですか、やっぱり昨日のあれは月の羽衣の光だったんですね』
そして何かを予感した師匠が、怪我をした兎とやらに翌日会いに行った。
どうやら予感は的中で、月の羽衣を使って月から逃げ出した玉兎だったらしい。
「全く、地上に逃げる為に厳重保管されてる月の羽衣を盗むなんて……度胸があるくせに臆病ね」
『? 別に月の羽衣は厳重保管なんてされてませんよ? 普通に博物館に何のセキュリティもなく飾ってあるだけなので、あんなの誰でも盗めますよ』
「え?」
師匠は予想外だったのか、珍しく呆けた顔をする。
「……そうなの、確かに今時月の羽衣に価値はそんなにないとは思ってたけど……一応あれを開発した当初はそれなりに重宝された筈なのに……」
そして少し落ち込む師匠。
まぁ、月の羽衣も既に古い、流行が過ぎた車のようなものだ。
プレミアとかが付かない限り、扱いはそんなものだろう。
『それで師匠、その玉兎は月に帰したんですよね?』
「え、えぇ……どうせなら、私の使者としてね。最近幻想郷も少し騒がしいわ、明らかに何者かが何かを企んでいる……月には何の未練も思い入れもないけど、このまま犯人の思い通りに事が進むのも嫌なの。だから、あの兎にはちょっとした預言書を渡したわ」
『……まさか師匠』
「大丈夫よ、後は
……本当に大丈夫なのだろうか。
大通りの真ん中を、玉兎達を掻き分けながら走る。
リズミカルな足音を立て、それに合わせるかのように息を適度に吐いていく。
額には既に汗が出始めているが、そんな事は気にならない。
今私がすべき事は、ある方からの封書を早く届けることだ。
やがて一つの大きな屋敷が見えてきた。
迷う事なくその屋敷の外門を開けて中に入る。
すると門の先には、扉を守るように門番が二人そこに立っていた。
この封書はこの屋敷に住んでいる『綿月姉妹』に渡すよう言われてる。
そしてその綿月姉妹は月の使者と呼ばれる組織のリーダーで、当然玉兎の私からしたら遥か上の位にいるお方たちだ。
屋敷に守衛の一人や二人いてもおかしくはないだろう。
「……っ」
思わず息を呑んだ。
緊張しているからか、走って温まった身体はさらにその熱を上昇させていく。
「大丈夫、大丈夫、私ならできる」
軽い自己暗示をしてから、覚悟を決め脚を踏み出す。
「止まれ、玉兎がここに何の用だ」
と、まぁ分かっていたが当然門番二人に止められた。
「えっと……綿月様に用事があってきました!」
「綿月様に……? おい、お前は何か聞いてるか?」
門番の一人が、相方に聞く。
相方は此方を睨んだまま首を横に振った。
「……もう一度聞こう、玉兎が綿月様に何の用事があるって言うんだ?」
「き、緊急の用事なのです! ある方からの命令で……」
「だったらその証拠を出せばいいじゃないか」
「それは……その」
それはできない。
ある方とは、あの有名な『八意様』なのだ。
今この場で八意様の名前を出しても、むしろ状況が悪化しかねない。
「それに、お前は誰に仕えている兎なんだ? 仕事はどうした?」
身分も明かすわけにはいかない。
何故なら、『一度地上に逃げた』ことがバレてしまうからだ。
かといって、八意様の封書は綿月姉妹以外、誰にも見せるなと言われてる。
一体どうすれば……
そう思った瞬間、私の目の前に何かが音を立てて落ちてきた。
それは、『桃』だった。
何故桃の木すら無い門前に、桃が落ちてきたのだろう。
その答えを知るために、顔を上げて視線を上にすると……
「むぎゅ」
『人が落ちてきた』。
そしてその下にいた私は当然その下敷きになった。
「「と、『豊姫様』!?」」
門番二人が驚きの声を上げる。
「桃を拾いながら運動をしていたら、何やら表門が騒がしかったので見に来たの……で、何を揉めてたのかしら」
豊姫様——そう呼ばれた者は、私を踏んづけながらも可愛らしい声でそう言った。
「いやその、豊姫様の足元で寝ている兎が、どうしても豊姫様と依姫様に会いたいと……」
「あら、そんな事で揉めてたの?」
……どうでも良いから、早く退いてほしい。
重い、潰れる。
「あらごめんなさい、つい踏んじゃったわ……立てるかしら?」
「え、えぇ……何とか」
危うく臓器が口から出るのではないかと思ったが、そうならずに済んだようだ。
というか、この人が豊姫様……?
「私に何か用なの? それとも依姫の方? ともあれ、ここでは何ですから中に入りましょうか。あ、桃いるかしら?」
「え、あぁ、ありがとうございます?」
その腕に沢山抱えた桃を一つ渡された。
「と、豊姫様……幾ら何でも不用心では……」
「大丈夫よ、あなた達はいつも通りここを守ってくれれば良いから」
門番二人は、少し呆れたように互いの顔を見合わせ、その扉を開けた。
豊姫様はニコニコしながら扉の中へ、それに続く様な形で私はその後を追った。
「全く豊姫様は……」
「まぁ本人が良いと言ってるならいいだろ。それより新しい玉兎がここに来るのは久し振りだな。確か数十年前の『あいつ』以来じゃないか?」
「あぁ、『レイセン』か。確かにそうだな……あいつがここを出てってもうどれくらいだっけか」
「思い出したら、何だかあいつの飯が恋しくなってきたな……」
「あー……確かに毎日のように差し入れ持ってきてくれたっけな。何故か知らんけど美味かったよなぁあの握り飯」
と、門番達のそんな会話を後ろに聞きながら、私は前を歩く豊姫様の後を小走りで追いかけ続ける。
「それで、一体何の用かしら?」
「あ、はい……実は綿月様宛の封書を預かっていまして」
思い出したかのように、ポケットから封書を取り出して豊姫様に見えるように差し出す。
「…………え」
するとどうだろうか、間の抜けた声をあげて豊姫様は封書と私の顔を交互に見る。
「……あなた、これをどこで?」
「えっと、話すと長く……はならないですが、少々混み合った事情がありまして……」
軽く私についてこの事を説明しながらも、少し長い廊下を歩く。
「お姉様?」
すると暫くして、豊姫様と共に桃を食べ歩きしているとそんな声が前方からした。
「また新しいペットですか? もう、いい加減にしてくださいよ」
「残念ながら、ペットじゃないわよ」
「ペットじゃありません」
確かに玉兎の階級は低いが、ペット扱いは幾ら何でも許容できない。
というか、もしやこの方が豊姫様の妹、『綿月依姫』様なのだろうか。
さっきお姉様って言ってたし、間違いないと思うが……
「……それにその桃、庭に成っていた奴ですか? もうちょっと熟れたら、全部取って宴会を開こうと思ってましたのに」
「まぁまぁ、それよりこれを見てよ」
「手紙?」
豊姫様が私の手から封書をひったくる。
するとどうだろうか、豊姫様から封書を渡された依姫様は、先ほどの豊姫様と同じような反応をした。
成る程、この二人は姉妹だ。
「成る程ね、八意様は地上で元気にしているようで何よりです」
概ねの事情を話すと、アッサリと納得してくれた。
「地上に逃亡した八意様を許されるのですか?」
そして素朴な疑問が湧いたので、正直にぶつけてみた。
「許すも何も、あの方は私たちの恩師です」
「私たちから見たら地上に追放された形になってるけど、間違った事をする方じゃないからね」
「もちろん、建前上は月の使者のリーダーである私たちが討伐しなければならない相手、という事になっていますが……きっとその日は永遠に来ないでしょう」
そう聞いて、私は内心ホッとした。
理由は色々とあるが、取り敢えずは自分の使命を果たせた事による安堵の息だろう。
「……でも、あなたが地上に逃げた罰は与えなければいけません」
「……え、あ、なんで!?」
そして、その安堵は次の瞬間何処かへ吹き飛んだ。
「月の兎には課せられた仕事があるはずです。それが嫌だからと言って逃げてしまえば、罰があるのは当然のこと」
全くの正論だった。
理由はどうあれ、私は本来の使命を一度投げ出して逃げ出したのだ。
一体何をされるのだろう、と未知の恐怖に怯える私を見てお二人は笑いを堪えながら言った。
「あなたへの罰は、この宮殿に住み私たちとともに月の都を守ること……餅つきの現場にはもう戻れないでしょ?」
私は耳を疑った。実質それは罰などと呼べるものではないからだ。
この人は私に『月の使者になることが罰』と言っている。
それはつまり、餅つきの仕事から遥かにランクアップした仕事に就くということだ。
「晴れて新しいペットになれたわね」
「え、っと……はい、よろしくお願いします……?」
わーい、何故か知らないが再就職できたぞ。
ペットという単語には少し引っかかるが、まぁこの際気にしないことにしよう。
「じゃあ新しいペットには相応しい名前が必要よね……依姫は何か良い案ある?」
「お姉様に任せますよ」
「そう? じゃあそうね……『レイセン』にしましょうか」
レイセン、豊姫様がそれを口にした途端、明らかに場の空気が変わった。
「……お姉様、その名前は」
「だって依姫ったら、レイセンが此処を出て行ってからずっと落ち込んでるじゃない。なら、名前だけでも同じにして、気を紛らわせるかなって」
「余計に虚しいというか、変な気分になるのですが……まぁ良いです。というわけであなたの名前は今日から『レイセン』です」
「正確にはレイセン二号ね」
どうやら私は今日から『レイセン』になるらしい。
「……あの、そのレイセン? ていうのは一体……?」
私がそう聞くと、お二人は一度お互いの顔を見あってから、思い出したかのように優しく笑い出した。
「そうね、気になるわよね……じゃあ少し昔話をしましょうか」
今から数十年前程、月の都でちょっとした事件が起きた。
月のある上流貴族の屋敷が、襲撃を受けた。
被害は襲撃犯を取り抑えようとした警備兵が十六人、そして貴族の一人息子が軽い軽傷とトラウマを負ったくらいだった。
「あ、その事件なら私も聞いたことが……確かその襲撃犯は」
「えぇ、あなたと同じ……いえ、アレを同じと言っていいのかは微妙な所だけど、犯人はある一匹の玉兎だったわ」
そして警備兵だけではどうにも出来ないことが判明するなり、私たち月の使者に応援要請が来た。
大した力もない玉兎一匹に何を手間取っているのか……その時はそう思いながら、現場へ駆け付けた。
すると、思っていたよりも早くソレと出会えた。
ソレは、口から泡を吹き出しながらみっともなく気絶している貴族の一人息子をただ見下ろして佇んでいた。
そして、いざその玉兎と対面した時、その理由が直ぐに分かった。
『…………』
ソレは明らかに『違った』。
何の感情もこもっていない瞳で、応援に駆け付けた月の使者達を真っ直ぐに捉え、事務的に、機械的にソレは識別を始めた。
……敵か、そうではないのかということを。
『……あなたが襲撃犯ですね? 大人しく投降なさい、そうすれば可能な限り罪を軽くします』
『…………』
ソレは答えなかった。
元から言葉を話す、なんて機能が無いのではないかと思うくらい、その口は固く閉ざされていた。
そして不思議なことに、その玉兎の姿を私は何処かで見たような、そんな気がした。
『うぅ……依姫様ぁ、あの玉兎何かメチャクチャ怖いですよぉ』
と、一応連れてきた月の使者の玉兎達は見事に怖気付いている。
実戦経験もなく、普段から訓練もサボっているので仕方ないといえばそうなのだが……
『あなた達は下がってなさい、あとは私が……』
どうやら相手の方は投降するつもりはない様子、ならば手っ取り早く、気絶でもさせて事を収めるべきだ。
正直に言うと、こうした実力行使は嫌いではない。
私は戦うのが好きだし、それを否定するつもりもない。
『では……参ります』
『…………』
あいも変わらず、ソレは何の反応もしない。
只々こちらを見つめるのみ。
先ずは一歩踏み込んだ。
そしてそのまま、愛刀でソレの首元を狙う。
勿論刃が付いていない方、つまり峰打ちだ。
ここ月では、穢れの汚染に繋がってしまうため生命を害してはならない。
普通の玉兎ならこの時点で終わりだ。
自慢ではないが、私の戦闘の腕はかなりのものだ。
特に刃物の扱いについては、月一番の腕前だと自負できる程に。
そんな私の一閃を、ただの玉兎が避けられる筈もない……
『……そうですか、やはりあなたは違うのですね』
にも関わらず、現実としてソレはいとも簡単に私の太刀筋を見切った。
まるで箸でつまむように、手で私の刀を受け止めたのだ。
ゾクリと背筋に得体の知れない感覚がした。
それがこの玉兎という未知の恐怖によるものなのか、思わぬ強敵と戦える興奮なのかは分からなかった。
『少し……本気を出させてもらいます』
そして私は、愛刀をその場に突き刺す。
すると玉兎の周りを囲むように刃の柱が現れた。
私は神々をその身に降ろして、その力を借りる事ができる。
これもその力の一端だ。
『それは女神を閉じ込める祇園様の力……先程のように簡単には』
いかない、そう言い切る前に事は終わっていた。
『へし折った』のだ。事もあろうにあの玉兎は、祇園様の力をまるで草を毟るかの如くへし折った。
『……あなた、玉兎ではないわね。一体何者……?』
『…………』
やはり答えない。
しかし先程と違うのは、敵意が薄っすらとこちらに向いている事だ。
つまり、ようやく私の事を明確に『敵』とみなしたということだ。
『っ……ふふふ、そうでなくては面白くない。あなたのような強者は以前地上から攻めて来た『妖怪』以来です』
愛刀を地面から引き抜き、構え直す。
今の私にとって、任務だとか使命だとかはどうだっていい。
今はただ、純粋に闘争を楽しみたい。
一体どれだけの時間が流れただろうか。
数分かもしれないし、一日過ぎたかもしれない。
自分でも分からなくなるほど、私は楽しんでいたのだろう。
『ぐっ……しまっ』
疲れからか、刀を握る手が弱まっていた。
その為、弾かれた刀はあっさりと私の手から溢れた。
そんな私の隙を逃すまいと、ソレは一気に私の懐まで飛び込んで、私の両手首を掴む形で拘束した。
次の瞬間、ソレの真っ赤な瞳が私の視界を覆った。
そして、私の意識は徐々に薄れ始めた。
(これは……催眠? 何にせよ、やはりコレは玉兎なんて生易しいものじゃない! もっと別の……)
思考が鈍っていく。
このままだとあと数秒で私の意識は完全に消えるだろう。
何とかしないと、そう思った瞬間それは起きた。
『やめてぇぇぇぇ!』
ドン、と何かが私とソレの間に割り込んだ。
それに伴い、一気に私の意識は覚醒した。
『やめて『なっちゃん』! これ以上無意味な事はやめて! 私ならもう大丈夫だから……』
『…………』
割り込んだのは玉兎だった。
しかし連れて来た月の使者の玉兎ではない、一般の普通の玉兎だった。
『なっちゃん』と呼ばれたソレは、その玉兎の言葉で我に返ったように敵意を消し去った……
「それで、その後は形式的には貴族の屋敷を襲った罪で身柄を拘束したんだけど、依姫ったら余程気に入ったのか『レイセン』って名前まで付けてここに連れて来たのよ。それから暫くは
「はぁ……まさかそんな事が」
感想としては、衝撃の事実に驚きしかなかったと言ったところだろうか。
「……あの、そもそもそのレイセンさんって、何で貴族の屋敷を襲撃したんです?」
そして次にきたのは疑問だった。
「……後から分かったんだけど、その襲われた貴族の息子はとんでもない罪を犯してたの」
「罪……ですか」
「えぇ、どうやらコッソリと屋敷に玉兎を連れ去って、暴力を振るっていたようなの」
豊姫様のその言葉を聞いて、私は再び驚いた。
確かに玉兎は言ってしまえば奴隷階級のような立ち位置だ。
しかしある程度の権利はあり、いくら貴族といえど正当な理由もなく暴力を振るえば罪に問われる。
「遊びのつもりだったんでしょうね……勿論殺しまではいかなかったみたいだけど、詳しく調査してみたら被害に遭った玉兎は沢山いたわ……その殆どは心に大きな傷を負ってた」
それを聞いて、言葉に出来ない怒りと悲しみが沸き起こってきた。
ただ立場が上だというだけで、理不尽に暴力を振るわれるのは許せない行為だ。
「そして事件の日、連れ去られた玉兎の中にレイセンと親しい間柄の玉兎がいたの。レイセンはその子を助けようとした……ただそれだけの話よ」
「そうだったんですね……」
勇敢な玉兎だ。
レイセンは友の為に罪を犯したのだ。
それはきっと、善き行いなんだと私は思う。
「さて、昔話はこのくらいにしておきましょう。『レイセン』、ここでこれから暮らすのだから、特別に私が一通り案内してあげましょう。それと他の玉兎達とも顔合わせもしなくてはですね」
「あ、はい」
スッと椅子から立ち上がった依姫様を慌てて追いかける。
(あれ、じゃあなんでそのレイセンさんは今居ないのかな……?)
ここにきて新たな疑問が出たが……後で聞く事にしよう。
今は早歩きで進む依姫様の後を追いかける事が先決だ。