月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第3話

 

 

 

 

 

 永遠亭のとある一室、居間の役割を与えられたその部屋で、畳の上に正座して座りながら一心不乱に手を動かす。

 両手に一本ずつ棒針を持ち、それを動かして毛糸を編んでいく。

 何をやっているのかと言うと、マフラーを編んでいるのだ。

 

 もうそろそろ幻想郷にも冬の季節がやってくる。

 当然冬になれば気温は下がり寒くなる。

 そこで防寒着が必然的に必要になるため、永遠亭の面々とイナバ達全員の分のマフラーを冬が来る前に編むことにしたのだ。

 とはいえ何年か前にも一度全員分のマフラーを編んだことがあるのだが、流石に何年も使い続けているため結構ボロボロになっているのだ。

 この際だから新しいのにしようと、こうして編んでるというわけだ。

 

「ねぇ鈴仙、お煎餅ってもうなかったっけ?」

 

 すると同じく居間にいた姫様が、机の上に置かれていた最後であろうお煎餅を齧りながら聞いてきた。

 ……お煎餅なら確か台所の戸棚にまだあった筈だが。

 

(そんなに食べて夕飯ちゃんと食べれるんですか?)

 

 そんな感じの言葉を手話で姫様に伝える。

 それなりに永遠亭の面々とは長い付き合いなので、筆談でなくともだいたいのことは手話で伝わるようになっている。

 

「うーん? あぁ夕飯食べれるのかって? 大丈夫よ、鈴仙のご飯は別腹って言うじゃない」

 

 はて、そんな言葉あっただろうか。

 ……まぁ姫様は意外に大きめの胃袋を備えているようなので、お煎餅くらいなら大丈夫か。

 

(台所の戸棚にあるのでご自由に食べてください)

 

 台所の方角を指差す。

 その意味も悟った姫様が不満そうな顔をする。

 

「えー、取ってきてくれないの?」

 

 ぶーぶーと、可愛らしく頬を膨らませ抗議する姫様。

 もちろん自分が取りに行ってもいいのだが、できない理由が三つもあるのだ。

 一つ目は師匠に姫様を甘やかし過ぎだから少しは自重しろと今朝言われたから。

 二つ目はマフラー編みに忙しいから。

 そして三つ目は……

 

 自分の膝上を指差す。

 

「……? あぁ、さっきから静かだと思ったらそういうことね」

 

 ちょうど机を挟んで向かい側にいた姫様は机が死角になって自分の下半身らへんが見えなかったのだろう。

 立ち上がって改めてそれを確認した姫様は納得したように頷いた。

 

 そう、三つ目の理由は正座した自分の膝を枕にして寝息を立てているてゐがいるからだ。

 俗に言う膝枕というやつだ。

 最初こそマフラーを編んでいる自分の邪魔をしたかったのか、自分の耳を引っ張ったり尻尾を掴んだり、胸を揉んだりしてきたてゐだが、自分が特に反応を示さなかったのがつまらなくなって飽きたらしく、やがて自分の膝上に頭を乗っけて動かなくなった。

 そして今に至る。

 というわけで姫様、申し訳ないですけどご自分で取りに行ってください。

 

 それに対し、やれやれ仕方ないといった様子で立ち上がって台所へと向かおうとする姫様。

 すると突然立ち止まってこちらに振り向いた。

 

「そういえば鈴仙、今日の夕飯ってもう決まってる?」

 

 そしてそんな質問をしてきた。

 生憎と夕飯のメニューはまだ決まっていないので、首を横に振って答える。

 それにしても夕飯か……もうそろそろ夕方なので、ぼちぼちメニューを決めないといけない時間だ。

 

(そういえば昨日里芋収穫したな……)

 

 家庭菜園でもうすぐ季節が終わるというのに大量の里芋が収穫できたのだが、それを使っても良いかもしれない。

 里芋は煮物か煮っころがしにして……となるとそれに合わせられる料理といえば和食なので、自然と和食メインの夕飯になってしまうが問題はないだろう。

 永遠亭(うち)はだいたい和食メインだし。

 そうだなぁ……思い切って保存してあるとっておきの秋刀魚を塩焼きにして、それから味噌汁と和え物を少し加えれば充分かな。

 

 と、何を作るか考えていると再び姫様が口を開いた。

 

「ねぇ、まだ決まってないなら私からのリクエストいいかしら?」

 

 ……これは驚いた。

 まぁ一瞬だけど。

 これまで姫様が夕飯のリクエストをした事は数える程しかなく、『ご飯何か食べたいのありますか?』と聞くとだいたい『なんでもいい』と答える姫様が……まぁ姫様に限った話ではないが、まさかリクエストをしてくるとは。

 基本的に自分の作ったどんな料理も、みんなは美味しいと言って食べてくれるので嬉しくはあるのだが、やはりたまには『これ食べたい』とか少しは我儘を言ってくれても良いと思う。

 月にいた頃なんか、自分の主人みたいな人が二人いて、その人たちにもよく料理を振舞っていたのだが、一人は『レイセン、私はハンバーグが食べたいです。できれば毎日』。もう一人は『私は桃が食べたいわ、できれば毎日』……とよくリクエストを。

 ……いや、あの二人の場合はちょっと違うな。

 どっちかというとハンバーグと桃しか求めなかったなあの姉妹様は。

 まったく、ちゃんと今でも栄養バランスを考えた食事を取っているのだろうか心配だ……

 

「鈴仙?」

 

 おっといけない、ぼーっとしてたようだ。

 もちろん姫様のリクエストとなれば全力で応えよう。

 さぁ姫様、一体何が食べたいのです?

 何であろうと丹精込めてお作りしますよ!

 

「私あれが食べたいのよ。ほら、この前鈴仙がおみやげで買ってきてくれた……焼き八目鰻だっけ? あれあれ」

 

 ふんふん、姫様は焼き八目鰻を食べたいのですね。

 よし、じゃあ早速買いに……

 

(あれ……ということは私の手料理のリクエストではないということ……?)

 

 姫様のいう通り、以前知り合ったある妖怪が『焼き鳥屋撲滅運動のために八目鰻売ってるの』というので、折角ならということで買って食べてみたのだが、結構美味しかったので永遠亭のみんなにもと思いお土産にした事があった。

 どうやらその時の八目鰻の味はしっかりと姫様の心を掴んでいたようだ。

 

 姫様の久しぶりのリクエストが八目鰻に取られてしまったことに、ちょっと悔しさを感じながらも、任せてくださいと言わんばかりに頷いて答える。

 

「あら、良いの? じゃあ楽しみにして待ってるわ」

 

 そう言って姫様はトタトタと居間から台所へと小走りしていった。

 ……さて、てゐが起きたらぼちぼち準備を始めなくては。

 お土産は一人一本あれば充分だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷いの竹林の近くには、人里以外に『魔法の森』という場所がある。

 そこもわりと危険地帯ではあるらしいのだが、今のところ行く用がなく、実際に行ったことがないから詳しいことはわからない。

 そんな魔法の森と迷いの竹林の間にあるちょっとした草原があるのだが、そこが今回の目的地だ。

 その草原には何もないと言ってもいいほど特に何かがあるわけではないので、まず人が近づくことはない場所だ。

 ……だからこそなのか、そこはある妖怪の住処になっている。

 

 ——————。

 

 なんてことを思っていたら、いつの間にか目的地に到着した上にその例の妖怪の『歌声』が聴こえてきた。

 

「やつめやつめやつめー、八目鰻を食べようー、鰻じゃないのに鰻っぽい八目鰻〜。きっと〜鳥より美味しーいから〜」

 

 大きな石に腰をかけて自作であろう歌を歌っている、背中に鳥の翼を生やした彼女に気が付いて近づいてみると、歌の内容が耳に入ってきた。

 ……それにしても、相変わらず独創的な歌だなぁ。

 

「……ふー、今日は喉の調子が良いわ! ……ってあれ? そこにいるのはもしかして鈴仙さんですか?」

 

 すると彼女もこちらに気づいたようで、パタパタとこっちに飛んできた。

 

「どうしたんですかこんな所まで……あ、もしかして八目鰻、また食べに来てくれたんですか!?」

 

 彼女の質問に対し、頷いて答える。

 

「あ、ありがとうございます! ではどうぞこっちに!」

 

 嬉しそうにしながら飛んでいく彼女の後を追うと、やがて草原の景色に溶け込めていない物体が見えてきた。

 それを一言で表すなら『屋台』と言えるだろう。

 木製でできたそれは、屋根付きな上『焼き八目鰻』という暖簾まで付いている。

 普通に立派な屋台だ。

 

 屋台の側に備え付けられている椅子に座るよう彼女に促され、大人しく座りながら、屋台で捌かれた八目鰻を炭火焼きしている彼女……名前を『ミスティア・ローレライ』という夜雀の妖怪を見つめながら彼女との出会いをなんとなく思い出していく。

 ……正直言って出会いは最悪だったと思う、主に彼女からしたら。

 簡単にその時の状況を説明するとしたら、夜中に人里から永遠亭への帰り道に、彼女に人間と間違えられ襲われてしまったのだが、つい反射的に能力を使って反撃してしまったせいでミスティアをノックダウンさせてしまったという出会いなのだ自分たちは。

 うん、本当にひどい出会い方だな。

 

「あ、あの……そんなに見つめられると恥ずかしいというか……」

 

 ……けどまぁ、こうして美味しい八目鰻が食べれるし、彼女も焼き鳥屋撲滅計画とやらの資金集めができるらしいのでお互い出会えて良かったと自分は思う。

 それにしても見つめられて恥ずかしがるみすちーは可愛いなぁ。

 イナバ達とさほど背が変わらない彼女はどこか子供っぽさがあり、無性に可愛がりたくなる衝動に駆られる。

 

「えっと、一本焼けましたよ……鈴仙さん?」

 

 頭撫でるくらいなら平気かなとか考えているうちに、どうやら一本焼き上がったようだ。

 早速出来立ての焼き八目鰻を一口かじる……うん、めっちゃ美味しい。

 彼女の焼き八目鰻を食べるまで、一回も食べたことがなかったので比べることはできないが、多分彼女の焼き八目鰻はかなり美味しい部類に入るのではないだろうか。

 

 そして気が付けば三本も平らげてしまった。

 まだ夕食前だというのに……恐るべし八目鰻。

 しかし食べてしまったものは仕方ない。

 それより問題なのが、自分だけ三本も食べといてみんなのお土産が一本ずつというのはどうかということだ。

 ……しょうがない、師匠と姫様とてゐの分をそれぞれ3本ずつお土産用に買っていこう。

 ちなみにイナバ達は人参しか食べないので、イナバ達の分を買う必要はないだろう。

 

 そしてミスティアに計九本の八目鰻を焼いてもらい、それを持参してきた丈夫な紙袋に入れる。

 

「また来てくださいね!」

 

 さて帰ろうとミスティアに代金を渡したら、いきなりとびきりの笑顔でそう言われた。

 やばいなー、もう抱きしめたいこの笑顔。

 そんな欲望を抑えつつ、上機嫌な様子でまた歌を歌い始める彼女の声を背に、永遠亭へと向かう……

 

 ————。

 

 しばらくの間、この辺りは彼女の歌声だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と彼女の出会いは最悪の一言で表せてしまうほど最悪だったと思う。

 鳥頭の私でも、あの出来事を忘れることなんてできないのではないかと思うくらいの出来事だった。

 

 あの日は月明かりが辺りをよく照らしていて、とっても明るい夜だった。

 私は暇つぶしに人里周辺の上空を散歩するように飛んでいた。

 なんてことはない、本当にただの暇つぶしだ。

 何か面白いことはないだろうかと、少しだけ期待を胸に抱きながら空から下を見下ろしながら空をふよふよと飛ぶ。

 

 そして見つけた、こんな真夜中に外を歩き回る面白いもの(人間)を。

 その人間は人里から少し離れている舗装された道を一人で歩いていた。

 背中に大きな背負い籠を背負い込み、頭をすっぽり覆うほどの菅笠……人里で商売でもしている商人だろうか。

 ……まぁどんな人間だろうと関係ないし、何でこんな時間に一人でほっつき歩いてるのかも(妖怪)には関係はない。

 何故なら今から私は妖怪(狩人)で、あれは人間(獲物)なのだから。

 

 妖怪が人間を襲う目的は主に食事をするためだ。

 しかしその食事は妖怪によって食べ方が異なってくる

 大まかに分けると二つあり、一つは人間の肉体を餌とする妖怪。

 もう一つは人間の恐怖心といった感情の心を餌にする妖怪。

 そして私は後者の妖怪だ。

 

 つまり私はなにもあの人間を殺そうとしているわけではないのだ。

 ただちょっと恐怖心を与えて、その時の悪感情を頂くだけなので死にはしないだろう。

 

「—————!」

 

 少しだけ距離を詰め、人間へと近づいていく。

 そしてそのまま自慢の歌を歌い始める……

 

 私の歌声には、人を惑わす能力がある。

 これを聴いたものは、やがて判断能力が鈍っていき、些細な事でも大袈裟に過剰に反応してしまうようになる。

 そこに今度は夜雀であるが故の能力、相手を鳥目にする力を使えば、相手の視界は暗闇に染まっていく。

 暗闇は人間にとって恐怖の象徴でもある、そんな暗闇の中で、判断能力が鈍っている人間を脅かすだけでかなりの悪感情が食べられる。

 

「————……そろそろかなー」

 

 歌うのをやめ、上空から人間を観察する。

 その人間は立ち止まって辺りをキョロキョロと見回している……急に怪しげな歌が何処からともなく聴こえてきて、気が付けば辺りが暗く感じるようになっているのだ。

 無理もない反応である。

 

 そっと気付かれないように人間の背後に降り立つ。

 ……さて、どう脅かしてやるのがいいだろうか。

 背後から声をかけたり、押す程度ではあまり腹は膨れない。

 となると多少過激なやり方になってしまうが、まぁそれでも妖怪の中で私は比較的平和主義だ。

 命までは奪わないが、怪我の一つや二つは我慢してもらおう。

 

 そして私は自慢の爪で、背後から人間の腕を狙って爪を振り下ろした。

 いきなり暗闇の中、腕に痛みが走れば脆弱な人間なら絶対に恐怖を抱く。

 この人間の恐怖の味はどんなだろうと、楽しみに胸を膨らませる……

 

「え……?」

 

 しかし次の瞬間起きた出来事は、私の爪が人間の腕を切り裂く光景ではなく、人間の手が私の腕を掴んで止めている光景だった。

 ふと気が付けば、その人間は既にこちらに振り返っていた。

 大きな菅笠のせいで顔はよく見えない。

 しかし同時に私の本能というべき感覚が警報を鳴らしているのがわかってしまった。

 

 これには手を出すべきではなかった……と。

 

「あ……」

 

 そして菅笠の奥から、赤い光の様なものが二つ……私の視界に入った。

 次の瞬間、私の視界はブレ始めた。

 まるで重力がなくなったかの様に、視界がぐるぐると回転し始め、ぐちゃぐちゃに掻き回されているような感覚……

 

 そしてプツンと、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたとき視界に入ったのは、夜空だった。

 どうやら私は地面に仰向けで寝そべっているようだ。

 しばらく状況の把握が出来ずにぼーっとしていると、視界の端からすっと何かが飛び込んできた。

 

 それは薄紫色の髪の上に、兎の耳らしきものを生やした、真っ赤な瞳を持った人間の顔だった。

 いや、人間ではなく私と同じように妖怪だろう。

 兎の耳を生やした人間なんているわけがないし、妖力も感じる。

 そして何故か、私の頭はこの妖怪の膝の上に乗っているようだ。

 

「えっと……」

 

 状況が掴めずに、お互い見つめ合うこと数秒。

 私はようやく理解した。

 この兎妖怪の赤い瞳……それとその妖怪が着ている服が、さっき私が襲おうとしていた人間の物と同じだと気づく。

 間違いない、人間だと思っていたのは私の勘違いで、その正体は立派な妖怪だったということだ。

 

「ご、ごごごごめんなさい!」

 

 完全に正気に戻った私は、慌てて跳びのき土下座をかました。

 この兎妖怪が私に何をしたかはよくわからないが、少なくともその実力は私を一瞬でのしてしまうほどのものだ。

 つまり私なんかじゃ手も足も出ないほどの実力者、そんな相手に私は喧嘩を売ってしまったというのが今回の事件の真実であるのは間違いない。

 

 妖怪の世界にも弱肉強食がある。

 縄張りを取り合ったり、縄張りを他の妖怪から守る為にと様々な理由から、妖怪同士も時にはお互い殺しあったりもする。

 そして強者……勝ったものが正義なのだ。

 そんな弱肉強食の世界、私はどちらかというと弱者の方だと思う。

 

「えっと……その、てっきり人間かと思って、ちょっとお腹も空いてたし……ほ、本当にごめんなさい!」

 

 多分この兎妖怪は強者だ。

 少なくとも私から見たら充分なくらい。

 そんな強者に私は歯向かうつもりなんてこれっぽっちも思わないので、一先ず誠心誠意込めて謝ることにした。

 もしかしたら見逃してくれるかもしれないという淡い期待を持ちながら……

 

「…………」

 

 しかし返ってきた答えは静寂。

 まさか私の言葉が聴こえていないというわけではなかろう。

 となるとこの場面において静寂が示す答えは一つしかない。

 

(あぁ……せめて世の中から焼き鳥屋を一つ残らず撲滅してから死にたかったなあ……)

 

 この前知り合いのある妖怪達が手伝ってくれたおかげで、ようやく私だけの焼き八目鰻の屋台が完成したばかりだというのに、どうやら夢の一歩を踏み出す瞬間にさっそく転んでそのまま崖に落ちていく運命だったようだ。

 

 そして俯いたままの私の肩に、ポンと兎妖怪の手が乗っかる。

 ……恐る恐る顔を上げてみると、兎妖怪の無表情が視界に入り思わず身体が小刻みに振動する。

 

「あ、あのっ……?」

 

 しかし一向に何も起きない……兎妖怪はただこちらをじっと見つめて……

 そして赤い瞳が一瞬光を帯びたように見えた。

 

「あ、あれ?」

 

 気が付けば震えが止まっていた。

 それどころかさっきまで感じていた恐怖すらも何処かへすっ飛んだかのように感じなくなっていた。

 

 自身の状況を不思議に思っていると、突然目の前の兎妖怪が紙らしきものを差し出してきた。

 それには、『こちらこそ怖い思いをさせて申し訳ない』と書かれていた……

 ……んん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後は彼女と色々話し合った……まぁ鈴仙さんは喋れないらしいので筆談だったけど。

 結果わかったことは、鈴仙さんは私が思っていたような恐ろしい妖怪ではなく、かなり優しい性格の持ち主だということだ。

 そして今ではすっかり仲良くなり、私の屋台の常連さんになってくれている。

 だから鈴仙さんとの出会いは決して悪いものではないと私は思う。

 

「次に来てくれるのはいつかなー」

 

 最近もう一人の常連が来ないので、ここ数ヶ月は鈴仙さんしか客が来なくて暇なのだ。

 ……私も鈴仙さんを見習って人里とかで商売でも始めるべきだろうか。

 そうすれば暇もだいぶ潰れるだろうと、そんなことを考えていると、空から翼の羽ばたき音が聞こえてきた。

 どうやら、もう一人の常連さんが久しぶりにやって来たようだ。

 

「あ、文さん! お久しぶりですね、元気にしてました?」

 

「あややや……お久しぶりですミスティアさん。すいません最近ちょっと忙しくて来れませんでした。あ、とりあえず三本ほどお願いします」

 

 もう一人の常連さんである、鴉天狗の射命丸文さん。

 彼女もまた、私のように焼き鳥屋撲滅を願う同士でもあり、親友でもある妖怪だ。

 

「……おや、既に炭火が付いているということはさっきまで焼いてたんですか?」

 

「あ、はい……実は文さんが来てない間に、文さん以外の常連さんが一人増えたんですよ。それでさっきまでその方がここに……」

 

「な、なんと! まさか私が居ない間にそんな大スクープが起きていたとは……ちなみにその方は私達の同士ですか?」

 

「い、いえ……鈴仙さんは鳥じゃなくて兎の妖怪ですよ」

 

 ほうほうと、何やらメモを取り始める。

 

「その方は鈴仙さんというのですね、しかも兎の妖怪ですか……どんな方なんです?」

 

「うーん、口で説明するより実際に見てもらった方が……けど一つだけ言えることがあってですね」

 

 自らの力によって言葉と表情を失った妖怪。

 見た目は無表情の無口な妖怪。

 けれどその内面はとっても暖かい妖怪。

 そして相手が人間だろうが妖怪だろうが構わずに仲良くなってしまう妖怪。

 

 そんな彼女を一言で表すなら……

 

「ちょっと変わった妖怪……ですかね」

 

 

 

 

 




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