月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第30話

 

 

 

 

「行っちゃったわね」

 

「えぇ、行ってしまいました」

 

 たった今、お姉様の力で鈴仙と地上の巫女……あといつの間にか混ざっていた幽霊達を地上に送った。

 他の玉兎達は最後までぐずっていたが、また会いに来るという約束を鈴仙がしたため何とか落ち着いた。

 

「……一緒に行きたかった?」

 

「そのようなわけが……いえ、その気が全く無かったといえば嘘になります」

 

 当たり前の想いだ。

 自身の憧れ、好意を抱く者達が地上で一緒に暮らしてるなんて聞いたら、私もそこに混ざりたいと思うだろう。

 

「しかし、今の役目を放り出すことはできないです。だから、いつか……もしいつの日か自由になれたのなら、私は……」

 

 共に歩めるだろうか。

 何気ない日常を、過ごすことはできるのだろうか。

 

「……そうね、その時は私も付き合うわ。だって、依姫は私の妹なのだから」

 

「えぇ、私もお姉様がいるのなら心強い」

 

 夢を見るくらいは悪いことではないだろう。

 もしかしたらやがて訪れるかもしれない未来を夢見て、姉と二人で穢れない海を眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、お帰り鈴仙」

 

『ただいまです、姫様』

 

 数日振りの永遠亭に戻ると、姫様が出迎えてくれた。

 

『……師匠はもう寝てるのですか?』

 

 そこで少し違和感。

 いつもなら師匠が出迎えてくれることが殆どだったので、今この場に師匠が居ない事に対しての違和感だ。

 

「いえ、起きてるわよ……ただ、その……」

 

 何とも煮え切れない返事をする姫様。

 

『……ちょっと待ってください、私の気の所為でなければ屋敷の中に沢山の波長が感じられるのですが』

 

 というか、何故気付かなかったのだろうか。

 屋敷の中からは見知った波長がパッと見でも十以上も。

 耳を澄ませば屋敷の中から物音や声が玄関まで聞こえてくるではないか。

 そして鼻を刺激するこのキツイ匂いは……お酒だろうか?

 そしてほんのりと、姫様からも微かな酒気が……

 

「あー……とりあえず入って。直ぐに分かるから」

 

 姫様に誘われるがままに、廊下を進むと、次第に音が大きくなっていく。

 やがて、今まで使う機会があまり無かった宴会用の部屋の前に辿り着き、嫌な予感を振り払って襖を思いっきり開け放った。

 

「うははははは! いいぞ! もっと飲め鬼神!」

 

「んぐっ……ふぁー、この『わいん』っていうお酒も中々いけますねぇ」

 

「ふふ、そうだろう? 普段なら貴様らのような鬼に飲ますものではないが……今日は特別だ、おい咲夜、追加をすぐに」

 

 するとどうだろうか、まるで我が家のようにくつろぐ連中が、宴会を開いているではないか。

 全くもって、理解が追い付かない。

 

『あの、これは?』

 

「んー、最初は違ったのよ? 鈴仙がどっか行った直後に天魔と鬼神が遊びに来て、貴女が暫く帰ってこないかもって伝えたら『じゃあ帰ってくるまでここで待ってる』って言い出してね」

 

 姫様は自分の問いに素直に答える。

 

「それで暫くして痺れを切らしたのか、『酒でも飲まないと待ってられない』とか言って、永琳を巻き込んでひっそりと酒盛りをしてたんだけど……妹紅を始め新聞屋とか色んな連中が今日に限って集まりだしてね。気が付いたらこうなってたのよ」

 

 何とタイミングの悪い……いや良いのか?

 どっちにせよ、こうなっては後片付けが大変な事は明白だ。

 

「あー! 長耳だぁ! やっと帰ってきたぞこの朴念仁!」

 

「あらぁ、あらあらあらぁ……長耳ちゃん、大好きです!」

 

(いきなりの告白!?)

 

 そして腹部への衝撃。

 言うまでもなく、鬼神さんがタックルしてきたのだ。

 

 くっ、このまま気付かれずに事が済むまで隠れてようかと思ったのだが……現実はそう甘くないようだ。

 

「おう、邪魔してるよ鈴仙ちゃん」

 

「おう、私も邪魔してるぜ」

 

「お邪魔してます師匠!」

 

「あやややや、言うまでもなく私もお邪魔させてもらってます」

 

「お台所借りてます、れっちゃん」

 

 そして他の面々も、気軽な挨拶をしてくる。

 ここにいる全員が、本当に単なる偶然で集まったのなら、これは奇跡に近いのではないだろうか。

 

「はい! もしかしたら私の奇跡()かもしれませんね!」

 

『早苗ちゃんは少し黙ってようね。あと奇跡をあまり安売りしない方が良いと思うよ』

 

 というか本当に早苗ちゃんは何故ここに?

 

「えへへー、もう離しませんよー」

 

『痛い、痛いです。私のお腹と腰から鳴ったらいけない音が……!』

 

「なんじゃ、面白そうだな。儂も混ぜろ!」

 

『更なる追撃……!?』

 

 もう身体が潰れるとかそんな次元ではない。

 このままだと捻り切られそうだ。

 

「…………うどんげ?」

 

『あ、師匠……! すいませんが助け……て?』

 

 とここで我らが師匠がようやく来てくれた。

 しかし何だろう、自分の勘違いでなければ数日振りの師匠の様子がおかしい。

 

「またそうやって私を放ったらかしにして、そいつらと戯れ合うなんて……もう許さないわ」

 

 ひぇ、目が座ってらっしゃる。

 

『もしもし、もしかして酔ってますか? 少し休んだ方が』

 

「うるさい! いいから脱げ!」

 

『何故!?』

 

 ダメだ、酔っ払いに何を言っても無駄だ。

 というか本当に服を脱がしにかかってきた。

 

『ちょ、別に私は羞恥とか感じないですが、こんな皆が見てるところで服を脱がすのはどうかと……ていうか天魔さんと鬼神さんそろそろ離して……!』

 

 しかし自分の訴えは、宴会の雑音に掻き消され、抵抗は無意味だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……疲れた)

 

 ふっと意識が覚めた。

 どうやら宴会の真っ最中に浅い眠りに入ってしまったようだ。

 ふと周りを見渡せば、皆誰もが床や壁にもたれかかり、死んだように眠っていた。

 きっと皆はしゃぎ過ぎたのだろう。

 

(……重い)

 

 目が覚め、次に感じたのは身体の重さだった。

 そしてあの理由はすぐに分かった。

 壁に寄り掛かって座っている自分の膝には師匠の頭、両肩には天魔さんと鬼神さんの頭が乗っかっていたからだ。

 

 ……仕方ない、起こすわけにもいかないし暫くはこのままでいよう。

 後片付けは皆でやればすぐ終わることだ。

 そう急がなくても平気だろう。

 

(……しかし何だろう、この感じ)

 

 ふと宴会の様子を思い出す。

 誰もが酒を飲み、子どものようにはしゃぐ。

 その中に混ざって共に飲み明かす自分。

 その様子を思い出すと、不思議と変な気分だ。

 

(……いや、そうか。これが『楽しい』ってことか)

 

 感情の起伏が薄い自分が明白に感じられたこの感情は、きっと嘘ではないのだろう。

 というより驚いた。

 まさかこんな自分が『本気で楽しかった』と思えるようになるだなんて。

 

(……なんだ、やっぱり私も皆と……人間や妖怪と同じだったんだ)

 

 ハッキリと感情を感じられた。

 それは知恵を持つ生物の特権だ。

 つまり、自分は皆と『同じだった』という事に他ならない。

 

 嗚呼、それは何とも……とっても————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘆かわしいことだな」

 

 これでハッキリした。

 やはり『私』は『失敗作』だったと。

 

 

 

 

 


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