月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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東方紺珠伝
第31話


 

 

 

 

 

 もう限界に近い。

 あとほんの少しの『後押し』があれば、私の仮説は仮説ではなくなってしまう。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない……いや、分かりたくもないが正しいだろう。

 

 時間にしてみれば数十年ほど、思っていたよりも短い期間だった。

 『最初』の時はそこそこの時間が掛かったと記憶していたが……やはり昔は昔ということかもしれない。

 もしくは自身という存在を消し損ねたか。

 

 尤も、短くなった原因もあるのかもしれない。

 思わぬ『再会』があったからだ。

 まさか運命がここまで残酷だとは思わなかった。

 出来るのなら、彼女達には会わないことを願ってたのだが……

 

 しかし今更愚痴をこぼしても遅いだろう。

 むしろ因果というものに対しての認識を改めた方が良い。

 ここまで私を翻弄するとは、全くもって腹立たしい。

 …………嗚呼、やはりダメだ。

 もはや自然に、感情を言葉で表してしまっている。

 これが俗に言う、手遅れという奴だ。

 

 ……しかしまぁ、心の何処かではこうなる事を予期していた自身がいたようだ。

 不思議と諦めがついている。

 

 問題は、この先どうするかだ。

 尤も、何をするべきかは分かっている……が、どうした事だろうか。

 この状況をもっと楽しみたいと思う私がいる。

 

 ……まぁ、その時が来た時に考えれば良いだろう。

 今は大人しく眠っておこう、『最後の眠り』を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ鈴仙、貴女最近変わったわね」

 

『そう……ですか?』

 

 朝食後の食卓を布巾で拭いていると、姫様にそう言われた。

 

「えぇ、だって昔の貴女と今の貴女、雰囲気が全然違うわよ? 極端にいうと明るくなったってこと」

 

 そうなのだろうか。

 姫様がそう言うのであれば、そうなのかもしれないが……

 

「貴女がここに来てから、色んなことがあったわねー。もしかしたら、それのお陰かもしれないわね」

 

『……確かに、そうですね』

 

 幻想郷に来てから、実に色んな出来事が起きた、出逢いがあった。

 

 紅い霧が幻想郷を覆った(紅魔郷)

 冬が終わらなかった(妖々夢)

 謎の霧が幻想郷を覆った(萃夢想)

 夜が明けなかった(永夜抄)

 花と霊が咲き乱れた(花映塚)

 山に二柱の神がやってきた(風神録)

 奇妙な異常気象が起きた(緋想天)

 地下から怨霊が湧き出た(地霊殿)

 空飛ぶ船が現れた(星蓮船)

 神霊が突如現れた(神霊廟)

 宗教争いがあった(心綺楼)

 道具が意思をもった(輝針城)

 都市伝説が具現化した(深秘録)

 

 全てこの、幻想郷(東方)で起きたことだ。

 それに関わらないこともあれば、関わったこともある。

 そして様々な出逢いがあった。

 皆、各々の信念があり、それを調停する者達がいて、やがてこの幻想郷の一部となっていった。

 まるで誰かが作り上げた物語のように……

 

「だからさ、鈴仙。いつかその口で永琳の気持ちにちゃんと応えてあげてね」

 

『それは……どういう意味で?』

 

「そのままの意味よ、言葉っていうのはそう悪いものじゃないわ。人間っていう生き物はね、言葉でしか知る事ができないの」

 

 姫様は何故か楽しげにその場でくるくると周りながら言った。

 

『そうなんでしょうか? 言葉なんて無くても……人間は生きていけると思います』

 

「ふふ、果たしてそうかしらね?」

 

 クスクスと笑う姫様。

 しかし師匠の気持ちに応えるとは一体……具体的に聞こうとしたその瞬間、異変は起きた。

 

「きゃ! もう何よ……地震?」

 

 ズシン、と大地が軋みながら揺れた。

 

『姫様はそこに居てください。少し様子を見てきます』

 

 揺れはしたが、これは地震なんかではない。

 何か大きなものが、衝突した時に生じる揺れ方だった。

 つまり幻想郷に、隕石か何かが降ってきたという事だ。

 

 そのまま飛び出した勢いで、竹林の外に出て空から様子を探る。

 するとその原因はすぐに分かった。

 

(……あれは)

 

 妖怪の山に、蜘蛛のような大きな物体が地面を踏み荒らしながらその猛威を振るっている光景が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、貴女達に調査をお願いしたいんだけど……聞いてる?」

 

「聞いてるわよ、要はあのデカブツとその親玉をぶちのめせば良いのよね」

 

「なんだ、結局何時ものようにやれば良いわけだぜ」

 

「まっかせてください、師匠の師匠さん! この私がいればノープロですよノープロ! というかあの蜘蛛みたいなロボット、正直心惹かれます!」

 

 はぁ、と溜息をつく師匠。

 あの後すぐに師匠に報告をしたところ、あの蜘蛛モドキロボットは月のシロモノだという事が判明した。

 そしてそのロボットは、どうやら妖怪の山の木々や草木を枯らして荒らし回っているようだ。

 一体どんなわけがあるかはまだ分からないが、これは要するに月から幻想郷への侵略行為だ。

 早急にソレを破壊し停止させる。

 そして黒幕を突き止めて、あとは何とかすれば良いわけだ。

 

 本当は自分だけ行こうとしたのだが、心配性の師匠が助っ人を必要としたので、博麗の巫女である霊夢ちゃんのところへ急行した。

 そして霊夢ちゃんと、ついでにそこに居た魔理沙ちゃんと早苗ちゃんを助っ人として連れてきたのだが……

 

「……いっとくけど、今回のは何時ものような異変解決というわけにはいかないわよ。何しろ相手が月の連中……いや、きっとそれだけじゃないわ。だから幻想郷のルール(スペルカード)が適用されるわけがない。だから充分に気を付けて……本当に聞いてる?」

 

「うっさいわね。スペルカードがあろうがなかろうが博麗の巫女()がやる事は何一つ変わらないのよ。むしろスペルカードなんて無い方が正直やり易いわ」

 

「へへ、魔理沙様だって伊達に魔法使い名乗ってないぜ。別に命のやり取りに今更怖気付いたりしないぜ」

 

「え、お二人のその自信はどこから……? けどそれなら私だって、奇跡の力がありますから平気です!」

 

 その理屈はおかしい。

 とまぁこんな感じで、助っ人の人選を間違えたかもしれない。

 

「……もういいわ、兎に角無茶はしないで。本当は今回役立つ薬を処方したかったけど、時間がないから……」

 

「別に風邪なんて引いてないわよ」

 

「ドーピングは主義に反するからノーサンキューだぜ」

 

「あ、うち怪しいお薬はちょっと……」

 

「…………余計なお世話だったようね、さっさと行きなさいもう!」

 

 あ、師匠が拗ねてしまった。

 

『……まぁその、いってきますね師匠』

 

「…………」

 

 あら、無反応。

 これは相当拗ねてらっしゃる。

 仕方ないと、他の三人を引き連れて外を出ようとしたときだ。

 くいっと、服の裾を引っ張られた。

 

「……その、ちゃんと帰ってきてね」

 

『……えぇ、必ず』

 

 では行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変ですねー、あの蜘蛛ロボットが居なくなってます」

 

 四人並んで幻想郷の空を飛ぶ。

 目指すは妖怪の山……なのだが、一番の手掛かりであった巨大ロボットが気が付けば影もカタチも無くなっていた。

 自分達が永遠亭で話している間に別の場所に移動したのだろうか。

 

「けどあれは山火事か? 黒煙が立ち上ってるぜ」

 

 魔理沙ちゃんの言う通り、妖怪の山からは煙が上がっていた。

 何かしらの動きか、進展があったのは間違いないだろう。

 

 不思議に思いつつも、妖怪の山に近づいていくと理由がすぐに分かった。

 

『待ってみんな、あそこ……』

 

「なんだなんだ、天狗どもが集まってるな……」

 

「それと蜘蛛ロボットの残骸らしかものが辺りに散らばってますね……」

 

 ……そうか、よく考えてみたら妖怪の山にはある妖怪が居たんだった。

 何となく察しがついて、とりあえず天狗が集まっている場所に近づく。

 

「おや、霊夢さん達ではないですか」

 

「おうブンブン丸、もしかしなくてもあの蜘蛛っぽいやつ、もう倒しちまったのか?」

 

「射命丸なんですけど……えぇ、あんな見掛け倒しの奴なんて我ら天狗にかかれば楽勝ですよ。というか、今回は天魔様がお一人で一瞬で片付けてしまったのですけど……」

 

 成る程、やはりそうなるか。

 となると、あそこにいるのはやはり……

 

「なぁ兎ども、儂も鬼じゃない……お前さん達にも事情があって、こんな事をしたというのは何となく理解できる」

 

「そ、そうなんですかぁ……あの、じゃあ見逃して」

 

「え、私助かるの?」

 

「しかしだ、其方にも事情があるように、儂にも譲れぬ事情がある。あそこを見てみろ、大きな木があるじゃろ?」

 

「「……あります」」

 

「うむ、お前さん達のせいで見事に枯れてしまったが、立派な木だった……あの木の木陰に座るとな、とても風が心地よくて、昼寝をするのに最適なんじゃ」

 

 そこには、天魔さんと、見覚えのある玉兎二匹が簀巻きにされた状態で天魔さんの説教らしきものを受けている姿があった。

 

「それとな、酒を飲む時もあの木には何度も世話になった。よく鬼神の奴と一緒に飲み明かしていたし、今度長耳の奴も連れてきて、一緒に楽しもうと思っていた……」

 

 あ、そうだったのか。

 

「……しかし、その願いも今日で潰えた。他でもないお前達の手によってな」

 

 ——そして天魔の雰囲気がガラリと変わった。

 その姿はまさしく、『妖怪』と呼ぶに相応しかった。

 

「さぁ、どうしてくれる? どうしてくれよう? 私の楽しみを奪った愚か者には何を与えるべきか。————はんっ、そんなのは決まっているよな……」

 

 それ以上は口にしなかった……が、その先どんな事を言いたいのかはこの場にいる全員が理解できただろう。

 そう、愚か者には罰を、とても単純で明確な『死』を与えるのだ。

 

『ストップです、天魔さん』

 

 ……まぁ、そんな事はさせないのだが。

 

「……お、おぉ。長耳、いつのまに来たんじゃ? もしかして心配で儂の所に来てくれたのか!? なに、この通り多少山が荒れた程度じゃよ」

 

 自分の呼び掛けに効果があったのか、いつも通りの天魔さんに……いや、逆か。

 本性を隠した、別の天魔さんに再びなったのだ。

 

「うぅむ、なんか急に頭が冷えてきたな……とりあえず此奴らをどうするべきか」

 

 既に気絶しかけている玉兎二匹を睨みつけながらそう言う天魔さん。

 

「ひえぇ……あ、あれ? そこにいるのはもしやレイセン?」

 

「え、あ、本当だ! 久しぶりレイセン、そして助けてくださいお願いします何でもするから」

 

 久しぶりの再会でいきなり助けを乞うとは、余程切迫詰まってると見える。

 確かこの二匹には名前というか、ニックネームがあった筈……確か『静蘭』と『鈴瑚』だったか。

 

「いやマジでお願いします、こっちのいつも団子ばっか食って、安全圏からただ眺めているだけの脳味噌団子バカはどうでもいいんで、私だけでも助けて下さい」

 

「いやいや、私という優秀な兎の方こそを助けて、こっちの幾らでも替えがきく役に立たない方を犠牲にするべきでしょ」

 

 そして二匹とも、『イーグルラヴィ』という月の一組織に属している兎なのだが……既に同僚の蹴落としあいが始まっている。

 ある意味で仲が良いのかもしれないが。

 

「なんじゃ、長耳の知り合いか?」

 

『まぁ、一応は』

 

 まともに話した事は少ないが、一応赤の他人というわけではない。

 

「というかなんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ! 今回はただ地上に別荘を作るだけだから簡単だって聞いてたのに!」

 

「あー、何も知らないって幸せ者だね静蘭。まぁ、知り過ぎてもロクな目には会わないけどさ」

 

 ……ふむ、どうやら得られそうな情報がいくつかありそうだ。

 となると尚更、この二匹を死なす訳にはいかない。

 

『天魔さん、この二匹は殺さないであげてください。代わりに良い提案があるので』

 

「む、興がそれたし、お前さんの知り合いなら殺す気はとうにないが……良い提案とは?」

 

 なに、誰も損しない提案だ。

 

「……なに、結局私らどうなるわけ?」

 

「流れ的には、打ち首獄問かな」

 

「…………」

 

 

 

 




サクサクっと進めていきたいです。

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