月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第33話

 

 

 

 

 

 一体何が始まりで、どうしてこうなったのかもう自分でも分からない。

 分からないし、思い出せない。

 ただ一つだけハッキリしているのは、この身を焦がす『執念』だけ。

 

 嗚呼、もう全てが憎い。

 何が憎いのかも思い出せないから、全てを憎む。

 だって仕方がないではないか。

 もはや自分でも分からないというのに、誰も私を止めようとしない。

 誰も分かってくれない、理解してくれない。

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?

 

 私はこんなにも苦しんでいる、なのに誰も助けてくれない。

 唯一私の味方だった息子ももう居ない。

 いつもそばに居た、あの子が居ない。

 どうしてだ、どうしてだっけ?

 いや、そうだった。

 アイツに殺されたからだ。

 

 許せない、許せない、許せない!

 だから私はやり返した。

 一度愛したアイツを私はこの手で殺した。

 

 けれどまだ許せない。

 私の憎しみはそれだけでは収まらない。

 じゃあ誰にぶつければ良い?

 答えは簡単だ、アイツに関わったやつ全員だ。

 

「嫦娥……あぁ嫦娥! お前だけは許さない!」

 

 嗚呼、嫦娥。

 アイツと結ばれた哀れな女神。

 私はお前が憎くて憎くて仕方がない。

 だから殺す。

 絶対に殺す。

 嫦娥、嫦娥、嫦娥、嫦娥、嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥嫦娥!

 

 この憎しみは決して消えない。

 もう消せない。

 私はもう戻れない。

 

 ……あれ、結局私はどうすれば良いのだろうか。

 まぁ良いか、私にとってこの世は既に憎むべきものだ。

 いっそのこと全て壊れてしまえば良い。

 跡形もなく、粉々に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一目で分かる。

 アレは異常だと。

 

(……まさかこんな存在がいるとは)

 

 静かの海には、たしかに黒幕らしき人物がいた。

 しかしアレはもう、人物と呼べるものだろうか。

 

 アレは既に『呪いそのもの』だ。

 何が原因かは知らないが、永い時の中で醜く歪んで成長した憎しみという『感情』が、既に手を付けられない程増長した結果がアレだろう。

 

「……だぁれ?」

 

 そして目が合って確信した。

 アレは、今の『自分』では対処できないと。

 

「嫦娥? 嫦娥なのね。 嫦娥、嫦娥、嫦娥……嫦娥ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ——瞬間、右腕が抉られた。

 何をされただとか、そういう事ではない。

 アレはもうどうしようもなく壊れている。

 誰かが止めなくては、アレはもう止まらないのだろう。

 

 あぁ、やだなぁ……

 嫌な役目をさせるものだ。

 この場合は押し付けられたとでもいうべきか。

 

 ……しかし、本格的にこれはマズイ。

 このままでは、このままでは……

 

 

 

 

 『私』が完成してしまう。

 あぁ、やめてくれ。

 そんな『純化』され、只々純粋な『感情』を私に近づけないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う、嫦娥では無かった。

 そう気付いたのは、既に全てが終わった後だった。

 もう肉片にしてしまった後だった。

 

 あぁ、でも別に良いか。

 私の前に現れたという事は、私の邪魔をしに来たということだろう。

 ならば何も問題はない。

 邪魔者は消さなくてはならない。

 

「嫦娥、嫦娥はどこ……?」

 

 もう何度目だろうか。

 嫦娥を殺しに月に攻め込んだのは。

 

 しかし今回はある女神の助けもあり、いつもよりも上手くいった。

 しかし後一歩というところで、逃げられてしまった。

 女神が今追い詰めているらしいが、未だに進展がないうえに、遂には変な邪魔者まで来てしまった。

 

「いつ、いつになったら私は……」

 

 終われるの?

 そう口にしようとした瞬間だった。

 

「……あなた、どうして」

 

 気が付けばソレはそこに居た。

 薄紫の髪に、真っ赤な瞳……ソレはたしかに先程、肉片にした筈の存在だった。

 

 さっきはよく確認する前に『潰して』しまったが、格好から察するに月の兎だろうか。

 月の連中の最期の悪足掻きとして送り込まれたのか?

 というかどうやって復活した?

 何故その伽藍堂な瞳で私を見つめる?

 やめろ、まるで『観察』するように私を見るな。

 消えろ、消えろ、消えてしまえ!

 

 そうやって、疑問ごと再びソレを潰した。

 

「……なんで?」

 

 だというのに、何故ソレは何事もなかったかのようにそこに居るのだ?

 確かにその肉体を潰した筈だ。

 もしや嫦娥のように不死の肉体を持っているのだろうか。

 しかしソレからは、不死の穢れは全く感じられ……

 

「……待て、なんだお前は。一体何者だ、何故お前からは穢れが感じられない? ……いや違う、穢れそのものがお前には『無い』のか……?」

 

 あり得ない、あってはならない。

 穢れが全く、一切無い生物なんてこの世界には存在しない筈だ。

 なのに、ソレは存在している。

 

 ——ここで私はようやく、目の前のモノを敵として認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁー、暇じゃな」

 

「暇ですね」

 

「暇だねぇ」

 

「ならとっとと帰りなさい。此処は暇をつぶす場所じゃないわよ」

 

「じゃあ何かい? お師匠様と鈴仙の愛の巣かい?」

 

「ば、バカなこと言ってるんじゃないわよてゐ!」

 

 私の怒号が部屋を満たす。

 

「愛の巣……とは何でしょうか?」

 

「あれじゃよ鬼神、永琳の奴は長耳の奴と体と体のぶつけ合いをしたいという事だ……ん? というか雌同士で交尾とかできたっけか?」

 

「まぁ、それなら私もしたいです。内臓が飛び出すくらい」

 

「うむ、多分お主が想像しているものは全く違うと思うぞ」

 

 もう何なのだ。

 みんなして私を弄りに来たというのなら、本当に帰ってほしい。

 できればこの世から。

 

「だ、大体こんな所で油売ってていいの? 妖怪の山メチャクチャにされたなら、色々とやる事があるでしょうに」

 

「儂がやれる事は全て終わったぞ、後は部下どもに任せておけば良い。何、荒らされたのはほんの一部分だし、新しい労働力が二匹程増えたしな。せめて山が元に戻るまではコキ使ってやるつもりじゃ」

 

「私の子たちも手伝いに出してるので、すぐに終わりますよぉ」

 

「何でそういうところだけ抜け目ないのよ……」

 

 こいつらもこいつらで、あの時よりは成長したということか。

 

「そういう永琳ちゃんは、あまり変わってませんよねぇ」

 

「え」

 

 しまった、つい声に出してしまって聞かれたようだ。

 

「そ、そんな事ないわよ。私だって色々と成長したわよ」

 

「本当ですかぁ?」

 

「本当かの?」

 

「本当かね?」

 

「何よ、そんなに信用ないの私!?」

 

 地味にショックだ。

 このバカ二人はともかく、てゐにまでそう言われたのは。

 

「だってお師匠様さ、姉御の時といい今の鈴仙といい、奥手過ぎない?」

 

「ぐっ……」

 

 ……分かっている。

 自分は臆病な性格だという事は。

 本心では前に進みたいと思っていても、今の関係を崩してしまうのではないかと怖がって、後ろへ下がってしまう。

 

「そうですよ、もっと私みたいにガツガツといっちゃいましょう」

 

「儂、お前は行き過ぎだと思うんだよね」

 

「そうさね、いつもいつも姉御は二人に対して呆れてたよ」

 

「むー、そうですかね。長耳ちゃんは何だかんだいって付き合ってくれるときもあったし……ハッ、もしや長耳ちゃんは私の事を好きだったのでは?」

 

「急に何を寝言をかましとる。長耳の奴は儂のことだけ好きだったと思うぞうん」

 

「それこそないね。姉御はいつだってあたしら兎のリーダーで、その愛情はあたしらだけに向けられてたよ」

 

「は?」

 

「はい?」

 

「何か?」

 

 気が付けばくだらないことで、くだらない争いが起きようとしていた。

 

 ……そういえば今此処にいる全員、『彼女』と関係があったモノ達だ。

 永い時を経て、こうして同じ場所に集まることができたのは、もしかして奇跡に近いのだろうか。

 

「大体さ、『長耳』とかセンス無さ過ぎない? そもそも姉御の何処が長い耳してるのさ」

 

「何を言っとるんじゃ、どう見たって長い耳じゃろあれ」

 

「そうですよー、立派なうさ耳じゃないですかぁ」

 

 気が付けば話題が少し変わってたようだ。

 確かに長耳というのは安直過ぎるかもしれないが……私はそもそも『彼女』呼びだし、他者の事をとやかく言える立場じゃないだろう。

 そう思い、特に耳に入れる必要もないと考え、軽く聞き流そうとしていた……しかし。

 

「え……? ははぁん、さてはあんたら知らないんだね」

 

「ん? 何が知らないというんじゃ?」

 

 てゐが突然、勝ち誇ったかのような表情で言い放った……耳を疑う程の事を。

 

「姉御のあの耳は本物じゃないよ、そもそも姉御はあたしのような『兎の妖怪じゃない』よ」

 

「「「……は?」」」

 

 ——その言葉に一瞬だけ思考がトんだ。

 まるで、今まで信じていたものが実は間違っていて、真実を突き付けられたかのように。

 

「……あー、どういうことだ?」

 

「どうもこうも、言葉通りさね」

 

「え? 長耳ちゃんって兎さんじゃないんですか……?」

 

 見事に他は動揺している。

 当たり前だ、私だって内心メチャクチャに動揺している。

 一瞬何時ものように、悪戯心からくる嘘か……と疑ったが、すぐにそれはないと思った。

 てゐが彼女の事で嘘をつくわけがない……その解釈はきっと間違いではないと確信できるほど、てゐもまた彼女の事を尊敬しているからだ。

 

「ち、ちょっと、どういうことよそれ!」

 

「うぉ! 落ち着いてお師匠様! 肩が潰れる……!」

 

 そして思わず、てゐを逃さないように力を込めて掴みかかってしまった。

 

「だ、だから言った通りだってば。姉御は兎の妖怪じゃないよ」

 

「じゃああの耳と尻尾はなんだったのよ! 兎じゃないっていうなら彼女は……何者なの?」

 

「そ、それは……あたしも姉御の正体は知らないよ。けれど、少なくともあたしが姉御と初めてあった時は、『耳も尻尾も無い普通の人間』の様だったんだ。だから、あの耳と尻尾は、姉御があたしら(兎たち)の事を気遣って付けてくれたものなんだって……」

 

「……なによ、それ」

 

 ——疑いもしなかった。

 確かに妖怪にしては変な奴とは感じていたが、彼女が妖怪だという事に疑問は抱かなかった。

 だって、そうでなくては彼女の存在に説明が付かないからだ。

 彼女は明らかに人間の域を超えていた、だから人外……妖怪だと信じてやまなかった。

 彼女は兎の妖怪で、それ以上でもそれ以下でもないと……

 

 けれど違う。

 てゐの話が本当なら、彼女は『最初から兎たちのリーダー役をしていた』のではなく、『途中からてゐ達兎の群れに加わった』事になる。

 

「…………あ」

 

 ——そして気が付いた。

 

『別に妖怪は必ず敵対者を襲え——』

 

『その程度の護符じゃ私は——』

 

『私の名前? ……あるよ。一回しか言わないからよく聞けよ』

 

『私はそこら辺の妖怪のように、暇な奴ではないんだけどな……まぁよく来たな小娘、今日も気が済むまで居ると良い』

 

「…………ない」

 

「ど、どうした永琳。なんか怖い顔しとるが……」

 

 今までの彼女と過ごした時間『全て』を頭の引き出しから引っ張り出して、一つ一つ確認していくと、ある事実がした。

 全くもって、考えてみれば物凄く単純だ。

 答えなんてわかりきっていた。

 そもそも、玉兎を作り出した時に気が付いていた筈だ。

 彼女の髪の毛の一部からは、兎の遺伝子が含まれておらず、結局本物の兎の遺伝子を混ぜて使った事に。

 そう、彼女は…………

 

「……言ってないのよ。彼女が『自分のことを妖怪』だって……今まで、一回も」

 

 自身が妖怪だと、宣言した事は一度も無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決心が付かなかった。

 明らかに異常が起きているというのに、私はそれをどうにかしなきゃいけない筈だった……だというのに、私はできなかった。

 

 地球という惑星にとって、感情を得た人間は、もはや汚染物質を撒き散らす病原菌のようなものだった。

 本来の役目を忘れ、只々己の欲望のために命を汚し、生命を犯した。

 それを人間は『穢れ』と呼んだ。

 そう、自覚していたにも関わらず、人間は感情というモノを捨てられずにいた。

 その結果、この星は穢れに汚染され、今ではその意識はもう殆ど無い。

 そう、人間は地球という死体の上で生きる生き物になってしまった。

 本来人間は、この惑星を維持、守る為にこの星の意思によって創られたというのに、逆に守るべきものを自分達で殺してしまうなんて、何という皮肉だ。

 

 そして私もまた愚かだ。

 私の役目はそうならないように、人間を管理する事だった。

 そして感情を得た人間がどれだけ危険なのか、気付いていながら私は……私はできなかった。

 『人間を処分』する事が。

 

 そう、私もまた『感情』という菌に感染したのだ。

 

 命の重みを知ってしまった、尊さを知ってしまった。

 喜びを、悲しみを、怒りを、嘆きを、哀れみを、恐怖を……

 私は知ってしまったのだ。

 

 結果的に言えば、人間は失敗作だったのだろう。

 完成した失敗作、それが人間の正体だ。

 つまり私も例外ではないということだ。

 

 そして気が付けば、もう取り返しのつかないところまで来てしまった。

 私が悩んでいる間に、この星は死んでしまった。

 

 それを知って暫くは罪悪感に苛まされた。

 そして私は開き直った。

 嗚呼、私は一生この罪を背負って行くしかない、見届けるしかないのだと。

 

 その後私は暫く地上にその身を降ろした。

 理由はあったような、ないような。

 そんな曖昧な状態で私は気ままに地上を旅した。

 そして色んな奴に出逢ったし、色んな事があった。

 

 その中で一番の思い出といったら、ある一人の人間の娘との出会いだろうか。

 結局そいつは月に行ってしまったため、それを機に私も一度地上から離れる事にした。

 

 そうしてどれくらいだっただろうか、暫くは地上の人間達を只々黙って観察し続けた。

 時には男を、時には女を、時には英雄と呼ばれる者を、時には平凡な者を。

 実にたくさんの人間を、私は楽園からただ観察した。

 そしてある日、何の脈絡もなくこう思った。

 

『本当に自分が失敗作かどうか確かめてみよう』

 

 そうと決まれば行動は速かった。

 一度自分という存在を真っ白に、リセットして自身を封じた。

 そう、ただ『封じた』だけだ。

 あるキッカケ、条件がそろえば、全てを思い出し、取り戻してしまうだろうが、自害もできない私が『生まれ変わる』にはこれしかなかった。

 

 そして私は、月に転生した。

 地上で転生しなかったのは、楽園から地上へ私が現界する為の肉体を用意するのが、地上より月の方が簡単だったからだ。

 何の因果か、私の以前の肉体の一部を使って複製した肉体……つまり玉兎という肉体が月にあったからだ。

 私はただ、生まれたての肉体に現界すれば良いだけの話だった。

 

 そしてそこからが問題だった。

 私が失敗作かどうかを確かめるのは、至ってシンプルなやり方で判明する。

 

『感情も自我も持ち得ない真っ白な自分が、再び感情を知り全てを取り戻したら』

 

 もしそうなったら、私は失敗作。

 いつまでたっても感情を得られなかったら、私は失敗作じゃなかった。

 実にシンプルだ。

 

 ……まぁ、正直言えばこんな事するまでもなく、結果は目に見えていた。

 なのにこんな事をする気になったということは、案外失敗作という事を認められていなかったからなのかもしれない。

 

 あぁ、でもやっぱり思った通りだった。

 もう認めざるを得ないだろう。

 私は、失敗作だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潰した。

 何回も、何回も。

 だというのにソレは私の苦労を、苦しみを嘲笑うかの如く、何事もなかったかのように何度も何度も蘇る。

 

「……何なのよ、あなた一体何なのよ」

 

 気が付けば、愚痴にも似た台詞が口から出てしまった。

 

「……嗚呼、お前さんがそんなにも私に『感情』をぶつけるからいけないんだ。お陰様で完全に『戻った』……なんだ、結局私も失敗作か」

 

 ——意外にもソレは、口で答えた。

 いや、よく見れば姿形も変わっている。

 さっきまであった筈の兎の耳はその頭から消え失せ、紫色を主体とした着物のような格好になっていた。

 身に纏う気配も、何もかもがさっきと違っていた。

 もはや別人といっても良い程だ。

 

「さて、折角だし質問に答えようか。一回しか言わないからよく聞いてくれよ?」

 

 ソレは大きく口を歪ませ、満面の笑みで答えた。

 

「私は『ニンゲン』っていうんだ」

 

 

 

 

 




まぁ、もう分かってしまった方も沢山いますでしょうが、漸く主人公の正体? が判明しました。
そして次の話で紺珠伝は終了となります。

あともう少しだけ続くのです。

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