霧雨魔理沙は今驚愕に満ちている。
いや、きっと私だけじゃなく、一部を除いたこの場にいる全員が同じ気持ちだろう。
現在博麗神社で何度目かもわからない宴会が行われている。
今更ながら、以前の異変の解決祝いを込めた宴会だ。
何故一ヶ月も前の異変の祝杯を今しているのか、その理由は黒幕のもとへ向かった鈴仙が帰ってこなかったからだ。
そして今それを行なっているということは、鈴仙が帰って来たということでもある。
実際、鈴仙は今回の異変の黒幕らしき人物を二人連れて幻想郷に帰ってきた。
それだけならまぁ、めでたい事で終わるのだが……
「どうした魔理ちゃん、そんなに私を見つめて」
「い、いや……なんでもないぜ。というか魔理ちゃんはやめてくれ」
しかし、それだけではなかった。
なんと鈴仙が喋っている。
あの鈴仙が、口を使って喋っているのだ。
しかも常に死んでいたその瞳も、光を帯びて生き生きとしてるし、常に無表情だったその表情はしっかりと喜怒哀楽を示している。
ついでに色々と部位が成長している。
兎の耳は相変わらずだが、その服装は天魔や鬼神母神と似たような変わった着物姿になっている。
一言で言ってしまえば、鈴仙は別人のように変わった。
そう、それが驚愕の理由……ではない。
確かにその事実も驚愕に値するものだ。
しかし我々が本当に驚愕している理由は別にある。
「……そんなに私を見つめても、背は伸びないぞ?」
「ち、違うわ!」
別に身長を羨ましがっていたわけではない。
……確かにまぁ、もう少し背は欲しいのだが。
「そうなの? ……あぁ、大丈夫だよ。まだ成長期じゃないか、きっと大きくなるよ」
「おい、何故私の胸部を見つめて言うんだぜ」
——とまぁ、真の驚愕の理由はこれだ。
以前の鈴仙は、無口かつ無表情でも、他者への気遣いだったり、優しさを全面的に出していた。
しかし今の鈴仙はどうだろうか、先程から他者を揶揄ったり、冗談や地味な皮肉だったりを飛ばしてくる。
さっきは別人のように、と言ったが……本当に別人なんじゃないかと言うくらいの変わりようだった。
以前の鈴仙と今の鈴仙、そのギャップの差が私たちが驚愕している理由なのだ。
一体行方不明の間に何があったというのか。
「なに、私も子どもから大人になったというべきか。誰だって成長すれば性格の一つや二つ変わるものだろ?」
「お前は変わり過ぎだと思うが……」
「そう? そういう魔理沙ちゃんもそうだと思うけど。昔は泣き虫で、人見知りで、臆病な子どもが今では立派な家出魔法少女じゃないか」
「分かった、この話は終わりにしよう」
痛い所を突かれそうになった。
「おっと、つまみがきれそうだな。魔理沙ちゃんもまだ飲むだろ? 何か追加をパパッと作ってくるから待ってな」
「お、おう。助かるぜ……」
……前言撤回だ。
鈴仙は確かに変わったが、お節介とか気遣いの在り方は何も変わっていない。
言うなれば、今まで『ただ優しかった』のが、『少し意地悪な優しさ』に変わっただけだ。
それが良い事なのか悪い事なのかは私には分からないが。
「……けどまぁ、今の方があいつにとっても楽しいのかね」
私からすれば、言葉も話せない、笑う事も泣くこともできないのは相当辛いと思う。
それが出来るようになったのなら、それは喜ばしい事なのではないか。
「のぉ長耳ぃ、こっちもつまみが足りないんじゃが……というかなんだ、喋らない遊びはもう止めたのか?」
「うふふ、長耳ちゃんもこっちで一緒に飲みましょうよぉ」
「えぇい、離れろ酔っ払いども。私は見ての通り忙しいんだ」
そして腰にしがみ付いた妖怪二匹を引きずりながら、鈴仙は神社の厨房へと向かっていった。
結果的に言えば、異変の黒幕は純狐だけではなかった。
そもそも、月の都が逃げ惑うしかなかった理由としては、生命力溢れる妖精に攻め込まれたからだ。
しかし仙霊の純狐が大量の妖精を用意出来るツテがある訳がなく、必然的に協力者がいるはずだった。
何日か時間をかけて、ようやく純狐の処置を終えた私はすぐさまもう一人の黒幕を探した。
そして見つけた。
そいつは夢の世界にいた。
その正体は、女神だった。
「いたいた、やっと見つけた」
「……あなたは? 月の兎……じゃないわね。何者か知らないけど、ここに来たってことは、もしかしてあの純狐を倒したの?」
女神は驚愕を露わにする。
「ん、倒したってわけじゃないけど、大人しくはさせたよ。今は安全な場所で療養させてるから、あとは残った黒幕をしょっぴいて終わりってわけさ」
今更話し合いで解決するとは思えない。
霊夢ちゃんの真似をするわけではないが、ここはもう手を出した方が賢明だろう。
「……私の部下の妖精達も気が付けば一匹も居ない、そして純狐の進行もいつのまにか止まっている。となれば、今回も失敗というわけか……全く、月の連中もこんな隠し球を持ってたなんて」
「そう気を落としなさんな、次はきっといけるさ」
「え、そこ応援するところなの? 私を止めにきたんでしょあなたは」
そりゃごもっともだ。
「なに、応援するのは別に悪いことではないだろ。それより自己紹介といこうか、私はニン…………いや、今更これで名乗っていくのも恥ずかしいなうん。改めて私は鈴仙……鈴仙・優曇華・イナバっていうんだ」
「変な名前ね」
「私もそう思うが、まぁ好きに呼んでくれ」
どうせこの名前も私にとってはあだ名みたいなものだ。
今更気にする必要もない。
「名乗られたからには名乗り返さないとね。私は『ヘカーティア・ラピスラズリ』見ての通り、三つの世界の女神よ」
女神ヘカーティアは、そう言って己の背後に三つの球体を出現させた。
「ふむ、やっぱりそういう類の奴だったか」
「あら、神様に向かって失礼な物言いね」
ヘカーティアはそう言うが、その表情と口調から怒っている様子はなかった。
「すまんな、白状すると私は『神様』っていう存在が『嫌いなんだ』」
私がそう言うと、少し興味深そうに態度を示すヘカーティア。
「それは残念ね。昔に神から天罰でも食らったのかしら? 逆恨みでもしてるの?」
「いや、別に嫌いとは言ったけど、憎いわけじゃない。ただ可哀想な連中だなって思ってるだけさ」
「……可哀想?」
私の返答が意外だったのか、顔をしかめた。
「元々この世界に神なんて居なかった。元を辿れば神っていうのは、人間が生み出した幻想に過ぎない。『こうであれ』、『こうなって欲しい』、そんな人間の抱いた幻想が形になって生まれたのが神様って奴だ。言うなれば神は人間が作った存在だ、人間は神の生みの親だ。それなのに『自分は人間達よりも偉い』って、信じて疑わないのが何だか可哀想だなって……本当はそんな神様を想うだけで創造できる力を持つ人間の方が偉いのに…………あぁいや、すまない。悪く言うつもりは無かったんだ。神だって同じ世界に生きる存在だ。そこに誰が偉いだとかは関係ないもんな」
いかん、つい喋り過ぎてしまった。
私にとって神は、人間にとって都合の良い道具にされているだけだと感じてしまうのだ。
それを疑いも抗いもせずにいる神が、何だかとても愛おしいだけなのだ。
なので、幻想郷でも何度か神を見かけたが、無意識のうちにその感情を露わにしてしまったことが多々ある。
今度お詫びにでも行こうかな。
「……まるで見てきたかのように言うのね」
「あぁ、見てきたよ。人間の都合で勝手に創造され、人間の都合で勝手に忘れ去られる連中を何度もね」
「そう、確かにそれは可哀想って思うわね……けど私からしたら、あなたもそうなんじゃないかって思うのだけど。あなた、妖怪でも人間でもないでしょ」
「え、よしてくれよ。確かに毛色は違うかもしれないけど、私も立派なニンゲンだよ……まぁ確かに解釈の仕方によっては、神格化される立ち位置なのかもしれないけどさ」
私はニンゲン、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「あなた、面白いわね。気に入ったわ、私と友達にならない? 今のところ友人が純狐しか居ないから、寂しいのよ」
「うーん、友人になったら投降してくれるかい?」
「いえ、私に勝てたら友人になってあげるわ。つまり月への侵略を止めて欲しいなら、私から勝利をもぎ取ってみなさい!」
「それ私にメリットなくない?」
まぁ良いか。
いきなり勝負に持ち込もうとする輩は知り合いにいるし、慣れていないわけじゃない。
「とまぁこういうわけで、私と鈴仙は友人になったのさ」
「へぇー……長耳ちゃん、私には最近構ってくれないのに、ヘカーティアさんとは随分楽しんでたんですね…………ずるいです」
「お前は昔散々相手してやったろ……まぁ気が向いたらまた付き合ってやるよ」
「ほ、本当ですね!? 言質とりましたよ、嘘ついたら許しませんよ!? 嘘ついたら針千本飲ませて四肢をもぎ取りますよ!」
それ、針千本飲ませる意味は果たしてあるのだろうか。
「なぁなぁ、それより長耳。お前さん長耳じゃないって本当か?」
「は? いきなり何を……あぁ、あの悪戯兎か。今思えばアイツだけは私の正体知ってたしな」
それに今のヘカーティアの話で流石に勘付いただろう。
「……別に好きに呼べば良いよ。お前達のしたいようにすれば良い」
「む、そうか? 今更呼び名変えるのもなんだしな……助かるよ長耳。それよりつまみがもう無いんじゃが」
……あれだけ追加を用意したというのに、こいつは遠慮を知らないのだろうか。
「ほら、私の分やるから今度はゆっくり食べろよ? いいなゆっくりだぞ、フリじゃないからな」
と言ってはみたが、どうせ数分たらずでまた食い尽くすのだろう。
何を隠そう、意外かもしれないが
さて、つまみは無くなったがお酒はまだある。
せっかく用意したのだから、全て飲み干す勢いでいかなくては。
「お、いい飲みっぷり! ほら純狐も鈴仙に負けるな。力勝負で勝てないのなら、こういう勝負で勝っとかないと友人とは言えないぞ」
既に酔いが回り始めているヘカーティアは、隣にチョコンと座って静かにお酒を楽しんでいる純狐の背中をバシバシと叩く。
「……言ってる意味がわからないわよヘカーティア。それに私と……う、『うどんちゃん』はそんな事しなくても友達だし」
「……恥ずかしいなら無理して呼ばなくてもいいぞ? というか私が適当に言ったのを真面目に受け取ってるし」
——純狐は救えた。
その身には既に呪いはなく、本来の人格に戻り始めている。
もう少しリハビリが必要かもしれないが、この分ならもう問題はないだろう。
ヘカーティアの方も一応月の民……嫦娥に恨みはあるらしいが、必ずというほどのものではないらしい。
今回もただ気まぐれに、純狐の手助けをしただけと本人は言っていた。
「おめでとう、こうして予言された厄災は人間達の手により退けられたのであった」
「? 急に何を言っとるんじゃ長耳、ボケか?」
失礼なやつだ。
確かにこの世で一番の年上は私なのだが、私は憎たらしいほどいたって健康だ。
「それよかさっきから違和感があったんじゃが……今日永琳の奴は来てないのか? いつもお前さんに引っ付いてるというのに」
「あぁ、あいつなら後先考えずに勢いで言ってしまった自らの発言に対して、羞恥に囚われているところだからまた部屋に閉じこもってるよ」
因みに
「というかみんな私に対しての反応酷くないか? 霊夢ちゃん以外の連中が殆ど『誰だお前』とか、『前の方が良かった』みたいな反応するんだが……」
「それは自業自得というやつですよ。ほら、本性を隠して偽り続けるからそうなるんですよ長耳ちゃん……嘘はいけませんよ嘘は」
「……別に隠してたわけでも、嘘をついていたわけでもないさ。ただ、『アレ』も私の一面に過ぎないというか、どっちかというとあっちの方が————」
「? 何か言いましたか?」
「————いや、なんでもないさ」
あれ、ここはどこだろう。
一瞬そう思ったが、すぐに理解できた。
どこも何も、ここは自分の部屋じゃないか。
見慣れた光景、見慣れた内装。
そして見慣れた自分。
何も変わらない、何もおかしな事なんて無い。
けれどこの違和感は何だろうか……
そもそも私は自室で何をしていたんだっけか?
どうして部屋の真ん中で何をするわけでもなく、私は立ち尽くしているのだろうか。
部屋の戸からは綺麗な赤とオレンジ色が漏れ出し、明かりのついていない筈の部屋を少しだけ明るく照らす。
多分今は夕暮れなのだろう。
まさか朝からずっと部屋でぼけっとしていたのだろうか。
いや、流石にそんなわけはないか。
暇なら暇で、何かしらの暇つぶしをしている筈だ。
となると私は今の今まで何をしていたのか、疑問に思うがいくら頭をひねっても答えは出てこない。
……けどまぁ、別にどうでも良いか。
こうして部屋に差し込む夕日が魅せる景色は、見慣れた部屋を少しだけ変えてくれる。
それがとても新鮮で、美しい。
可能なら、このまま時間を止めてこの光景をいつまでも楽しんでいたいくらいだ。
————耳を澄ませば虫の音も聞こえてくる。
いつもは雑音にしか聞こえない筈が、不思議と今はその音色が心地よい。
外から聞こえてくる風の音、草木が揺れる音、様々な環境音が私を刺激してくれる。
まるで自然の合唱だ。
そんなよく分からない感想を抱くほど、私は何故か満ち足りている。
意識がまどろんでいくなか、私は部屋の床に大の字になって倒れ伏した。
別に眠たいとか、疲れたというわけではない。
単にこうした方が、今の状況がより気持ち良く感じれるのではないかと思ったからだ。
そしてそれは正解だったようで、床から見上げる天井は夕日のお陰でより幻想的に見えた。
————このまま溶ろけてしまうのではないか、そう感じるほど心地が良い。
いっそのこと眠りについてしまおうか、そう思った瞬間、部屋の戸が静かに開いた。
「……あ、れ?」
上体を少しだけ起こして、部屋の戸を確認するとそこには誰かが立っていた。
はて、何処かで見たような。
その薄紫色の髪に、綺麗な真紅の瞳、私は彼女を知っている筈だ……しかし頭がうまく動かない。
そしてその誰かは、私が何か言う前に、何かをする前にこちらに静かに歩み寄ってきた。
「…………」
「きゃっ! ……え、え?」
そして私の前まで来ると、何も言わずに倒れかかってきて、私の上に覆いかぶさってきた。
完全に馬乗りの状態だ。
そして圧迫されている筈の身体からは、痛みなどは出なかった。
しかし、この状況では何もできなくされた。
乗っかった誰かは、そんなに重いわけでもないのに、不思議と退かそうとしても力が入らなかった。
まるで私の意思が反しているかのように。
「え、あぅ? ……う、うどんげ?」
————ここでやっと思い出した。
誰かではなく、間違いなく私の知っている彼女だった。
その無表情ながらも、伽藍な瞳には力強いものを感じさせる。
もう何十年も一緒に暮らしてきた家族じゃないか。
しかし疑問なのは、何故彼女がこんな事をするかということ。
こんな事をされる覚えはないと考えていると、彼女の手が私の頬に触れた。
「うどんげ……?」
その触れた手にはどんな意味があるのか。
再び名前を呼んで反応を確かめようとするが、残念ながら答えは返ってこない。
……けどまぁ、嫌ではない。
低体温の私の頬に触れた彼女の手は、とても暖かく感じた。
「んっ……」
そのまま数回頬を撫でられると、その手は徐々に下へ下がっていく。
頬から首筋に、首筋から胸に、胸からお腹……お腹からさらにその下へ。
突然、そんな場所を触られては変な声の一つや二つ出してしまうというもの。
そして、たったそれだけのことで私の身体は熱を帯びた。
まるで全身の血液が沸騰でもしてお湯になったようだ。
内側から発せられる熱に私は少し息苦しさを感じる。
心臓が破裂する勢いで鼓動しているのを感じる。
その熱が私の意識と理性を犯していくのを感じる。
彼女の手から伝わる熱が、さらに私の身体を熱くするのを感じる。
「…………っ!」
もはや言語という声は出せなかった。
出せるのは呼吸の音と、吐息だけ。
もう何も分からない。
何も考えられない。
それだけ思考が鈍っているというのに、意識だけがまだ残ってる。
「…………あ」
ぼやける視界の中で、彼女の姿だけはハッキリ見えた。
彼女はただじっと、私の顔を見つめていた。
それがとても恥ずかしくて、目を背けたいのに、私の顔と視線は動かなかった。
「あっ……なに、を」
困惑と羞恥で、もはや涙が出そうなくらい動揺していると、突然彼女が私の腕を優しく掴んだ。
その理由を知りたくて、一生懸命に声を捻り出すが、意味は無かった。
そして彼女は掴んだ私の手を、自らの胸に押し当てる。
「—————!?」
これ以上熱くはならないと思っていた身体が、さらに熱くなる。
お湯どころではなく、もう溶岩の中にいるのではないか、そう感じるほどの熱さ。
そして私の右手からは、柔らかな肉の塊の感触と、彼女の心臓の鼓動が伝わってくる。
「…………小娘」
そして彼女の声が、私を呼ぶ声がする。
気が付けば彼女の姿は、さっきとは少し変化していた。
光を帯びたその赤い瞳は、さらに力強く、私を逃さないとばかりに見つめている。
————そして、その顔を私の顔へ近づけていく。
考えるまでもない、このままいけば、俗に言う接吻をしてしまうということに。
私はそれを拒否するか、受け入れるか、ただそれだけの話。
当然、私は…………
と、ここで目が覚めた。
「………………ふぐぅ」
なんて、なんて夢を見たのだろうか。
事もあろうに彼女と……その、色々しそうになる夢なんて。
もはや羞恥は上限を超え、思わず涙が出た。
「あぁぁぁぁぁ……」
誰がいるわけでもないというのに、トマトのようになっているであろう自身の顔を隠そうと、布団を頭から被る。
————ウドンゲは彼女だった。
その事実は既に受け入れてる。
案外すんなり受け止められたのは、心のどこかで同一人物として捉えていたのか、そう願っていたからか。
どっちかは分からないが、別にこの際どっちでも良い。
問題なのは……
「うぅ、どうしてあんな事言ったのよぉ」
思わず、感極まって、血迷って……その理由を探れば該当するものはいずれ分かるが、問題は人生で一番恥ずかしい事をしでかしたということ。
……確かに私は彼女のことを、その……好きだ。
しかしあの場面でいきなり告白をするのは、どう考えても速……いや、場違いだ。
もっとシチュエーションとか、まずは友達から始めるとか、交換日記をするとか色々と順序が……とかでもなく、そんな事いきなり言われては彼女だって困るだろう。
何より、私が一番恥ずかしい。
折角彼女とまた近くにいれるというのに、あの一件のせいで顔を合わせられない。
しかもよくよく考えてみれば、今までの数々の失態を知らず知らずのうちに彼女の前で……
「…………顔、洗わなきゃ」
もう、いいや。
今更悶絶しても過去には戻れない。
ならば気にしていても仕方のないことだ。
今は過去よりも未来を考えるべきだ。
とりあえず火照った顔を冷やすため、洗面所へ向かうことにしよう。
「あ」
部屋から洗面所へ、洗面所から部屋へ戻ろうとしたら、夜の縁側に彼女がいた。
私があげた煙管を片手に、縁側に腰を掛けてそこに居た。
確か博麗神社に行っていたはずだが、もう戻ってきたようだ。
……どうしよう、この後私はどうすれば良いのか。
気軽に挨拶?
それともかつての事を反省して謝る?
「どうした小娘、そんな所で突っ立って……隣、空いてるぞ?」
「え、あ……うん」
どうするべきか悩んでいると、彼女からそう言われ、大人しく隣に座った。
チラリと横目に彼女の顔を覗き見る……
「ッ……!」
するとようやく冷えた身体が、また熱くなってくる。
彼女の顔を見ただけで、さっき見た夢と勢い余った告白の事を思い出してしまい、死にたいほど恥ずかしいのだ。
「…………」
「…………」
そして静寂、聞こえてくるのは風の音と虫の音だけ。
このまま時だけが流れるのか、けれどそれもそれで良いものかもしれないと思った。
「……一応弁解しておくが、騙してたわけじゃないからな」
「え?」
すると静寂を破った彼女の口からはそんな言葉が。
「正直、お前とまた会う気は無かったよ。本当に偶然なんだ、私が幻想郷に来たのも、そしてお前やアイツらと再会したのも……あの日、あの時、お前とは今生の別れにするつもりだった」
彼女はまるで何かを懺悔するかのように語る。
「……因果なものだ。月にはもうお前は居ないってことも知ってたから、わざわざ月に転生したというのに。存外、記憶を封じたとしても、実のところお前に会いに地上に降り立とうとしたのかもな、
彼女はクツクツと笑う。
「だからなんだ、許せ小娘。今まで別にお前を馬鹿にしてたとかそんなんじゃないからな」
そして彼女は私の頭を軽くポフポフと叩く。
————その態度が、なんだかムカッときてしまった。
「ダメ、絶対に許さないわ」
私はハッキリとそう言った。
彼女は私の言葉が意外だったのか、目をパチクリとさせる。
「……だから、これから私が言うお願いに応えてくれたら、許してあげる」
「お願い?」
これはチャンスだ。
今まであえて触れてこなかったが、この機会にそれを改めよう。
それに……私と彼女は、当たり前のある儀式をしてないじゃないか。
「自己紹介、しましょう」
「は?」
「だから、自己紹介。今まではお互いの名前を一方的に名乗るか、訊ねたりしただけだから」
思えば彼女に初めて助けられたあの日も、私は小娘呼ばわりが嫌で無理やり名乗っただけだ。
彼女の名前も、一度聞いたが何故か思い出せない。
そんなの、私は自己紹介とは認めない。
だから今ここでするのだ。
「じゃあ私からね。私は『八意永琳』、小娘じゃなくて永琳って呼んで、じゃないと許さないから」
「……XXじゃなかったか?」
「違うわ、今の私はもう『永琳』よ。そんな名前、もう捨てたわ」
というか、ちゃんと私のかつての名前を覚えていたのか。
つまり、覚えていた上で小娘呼ばわりしていたのだ。
「……そうか、わかったよ」
次はそっちだ、そんな私の視線が通じたのか、彼女は苦笑しながら口を開いた。
「私は『ニンゲン』って言うんだ。好きに呼べ……『永琳』」
「えぇ、そうするわ」
そうして私は、彼女の右肩に頭を預け、嫌いな煙の匂いを感じながら、大好きな彼女……『ウドンゲ』の感触を楽しんだ。
もうこれが最終回で良いんじゃないかな、と思いながら最終回に向けて執筆を始める作者です。