月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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東方憑依華
第36話


 

 

 

 

 

「……えーと、つまり鈴仙さんは人間で、今まで兎妖怪のフリをしていたと?」

 

「ん、極端に言えばそうだな」

 

「……でも、私が知る人間はその、鈴仙さんみたいに人外ではないと思っているのですが」

 

「失礼だな文さん、私は立派なニンゲンだよ。この世で一番最初に産まれたってことと、少し器用で色々とできるってだけさ……あ、そっちに置いてある洗濯カゴ持ってきてくれない?」

 

 納得ができない、理解できないといった顔をしながら、指定したカゴを手に持って近くに置いてくれる射命丸文。

 私はすぐさまカゴから洗濯物を取り出し、丁重に竿を使って干していく。

 

「まぁ無理に理解しようとしなくていいさ。自分の世界にない知識や常識を新たに得ようとする行為は思っているよりも複雑で難しいもの……だから文さんは今まで通り私に接してくれれば良いだけの話だよ」

 

「いえ、そうしたいのは山々なんですが……鈴仙さんのキャラが変わりすぎてですね……」

 

 ふむ、接し方がわからないと。

 確かに文さんの言いたい事はわかる。

 私もある日突然アウトドア派の姫様が、『はぁ、まじかったるい。ニート万歳』とか言い出してインドア派にジョブチェンジしたらきっと困惑するだろう。

 

「仕方ない……文さん、目をつむって三秒数えて、はいスタート」

 

「えっ、あ、はい」

 

 律儀に言った通りの行動をする文さん。

 そんな素直な子には、少しだけサービスを。

 

「……三。えっと、一体この行為は……あれ」

 

『これでどうですか?』

 

 少しだけ低くなった目線で、自分は文さんを見つめながら愛用の筆談具を使用する。

 

「お、おぉ……一応元に戻れるんですね」

 

『元に戻るというか何というか……まぁ良いです。これで話しやすいでしょう?』

 

 改めて取材をさせてほしいと彼女は言った。

 そしてそれを自分は了承したのなら、しっかりと付き合ってやるべきだ。

 

「えぇ、えぇ、やはり鈴仙さんといえば、ウサ耳ブレザー姿にその無愛想で死んだ魚のような目をしていなくては」

 

『今までそんな風に思ってたので?』

 

 まぁ別に良いけど。

 

「では次は無難なものから……ずばり、鈴仙さんの好きなものは?」

 

 ……ふむ、好きなものか。

 以前の自分だったら適当に家事とか言うだろうが、こうして全てを取り戻した自分ならきっと違う答えになる。

 

『そうですね……『花』とか好きですよ』

 

「……ほほぉう、花ときましたか。少し意外ですね、鈴仙さんにもそんな少女趣味があったとは」

 

 別にそんなつもりで言ったつもりではないのだが……

 ただ単に、印象的に残っているからだ。

 あの日、あの時、名も知らぬ小さな人間から送られた花が。

 

『あとは……人間も好きですよ。大好きです、特に子どもは良いですよね、無邪気で、欲深くて、感情的で、とっても可愛いです』

 

「ふむ、鈴仙さんは歳下が好みと……それはやはりあれですか、鈴仙さんからしたら全人類が自分の子どものように見えるからとか」

 

 全人類が我が子……?

 成る程、そういう解釈もできるか。

 

『だとしたら、文さんは私の孫になりますかね』

 

「はい? 孫ですか……?」

 

『だって、妖怪は人間が産み出したようなものでしょう? それなら、妖怪は人間の子ども……そして私は人間の親。つまり私にとって妖怪は孫にあたるのでは?』

 

 もっとも、文さんはあいつから生まれた眷属のようなものなので、少し違うかもしれないが。

 

「あやや……では鈴仙さんのことはこれからお婆ちゃんとお呼びした方が?」

 

『お好きなように』

 

 単純に生まれてからの日数で言うなら、自分は誰よりも年上だ。

 お婆ちゃんと呼ばれても別に構わない。

 

「まぁ冗談はさておき……では何か嫌いなものとかはありますか?」

 

 好きなものは何かと来たんだ。

 当然嫌いなものも聞いてくるだろうと、答えは既に用意した。

 だからスラリと自分は言い放った。

 

『人間ですかね』

 

「はー、そうですか、人間がお嫌いと……あやや?」

 

 首をコテンと傾ける文さん。

 

「えっと、人間はお好きだったのでは?」

 

『えぇ、好きですよ』

 

「……でも今お嫌いとも言いませんでしたか?」

 

『えぇ、嫌いですよ』

 

 頭に疑問符を浮かべる文さんだが、別におかしなことを言ったわけではないので、そこまで真剣に考えなくても良いのだが。

 

『私は単に、人間は好きだし(嫌いだし)嫌いなだけ(好きなだけ)と言っただけですよ。人間のその在り方が、生き方が、美しさが、醜さが……それら全てをひっくるめて、抱き締めたいほど愛おしくて、消したいほど憎いだけです。ほら、例えば思春期の男の子が、好きな女の子の気を引きたくて虐めてしまう……あれと同じようなものです』

 

「あ、あやや……分かるような分からないような例えをありがとうございます」

 

 それが私の出した結論だ。

 結局私は、自らの役目を放棄した人間達が憎いのに、そんな人間達をどうしても愛してしまうのだ。

 愛故に憎む、憎む故に愛する。

 その結果が今の私だ。

 全くもって笑い話にもならないただの出来損ないだ。

 

「うぅん、何か思っていた回答ではありませんでしたがまぁ良いでしょう。ご協力ありがとうございました」

 

「おや、もう帰るのかい? どうせなら昼食でも食べていかないかい?」

 

「急に喋らないでくださいビックリします……えぇ、お気持ちだけ頂いておきますね。私これから親友達と朝まで呑み明かす予定があるので」

 

 こんな昼間から酒とは驚きだ。

 何か嫌なことでもあったのだろうか。

 

「……折角なので鈴仙さんにはお話しておきますね。実はですね、最近妖怪の山で賊が現れるようになったのです」

 

「……賊? なんでまたそんな輩が妖怪の山に?」

 

 少し気になる内容だったので、聞き返すことにした。

 妖怪の山には、あいつ……天魔がいる。

 一応あれでも中々の実力を持っているため、賊の一匹や二匹を捕まえるのにそう苦労はしないと思うのだが。

 

「そこが謎なんですよね、その賊は天狗達の自室から金目の物を盗んでいくのですが、侵入した形跡はもちろん、脱出した形跡もないのです。つまり犯人の手掛かりも証拠もなーんにも見つからないのです」

 

 確かにそれは妙だ。

 妖怪の山には白狼天狗が見回りで巡回していて、その警備の隙をついて山の中に入ったとしても、出るときも同じ事をしなくてはならない。

 だというのに、手掛かりの一つもないというのは変だ。

 もしくは犯人が相当の手練れか、妙な技を持っているか……

 

「お陰様で最近色々と忙しくて……なので久しぶりの休暇は、親友達と酒に溺れることにしました」

 

「ふむ……目撃者とかも居ないのかい?」

 

「えぇ、一応何人か犯人の顔を拝もうと、徹夜で寝ずに番をしたのですが……少し意識を失った間に、家中の金品が消えてたそうです」

 

 ……意識を失っている間か。

 

「えっと、まぁつまり何が言いたいかと言いますとね……鈴仙さんも気を付けてくださいという事です。もしかしたら鈴仙さんの所にも例の賊が来て被害に合うかもしれませんからね」

 

「あぁ、忠告ありがとう。気を付けておくよ……」

 

 わざわざ妖怪の山という危険地帯で、妖怪相手に金品を盗んでいく賊。

 一切の証拠を残さず、家主の一瞬の隙をついての犯行。

 実に鮮やかで、大胆な輩だ。

 

「ただでさえ今の幻想郷は『都市伝説』のせいで混乱しているというのに……このタイミングに乗じてやったのか、それとも」

 

 その都市伝説に関係があるのか。

 

「……まぁ良いか、私には関係のないことだし」

 

 興味深いが、私がその賊の正体を突き止め懲らしめてやる理由も道理もない。

 こういうのは、身内で解決するか、博麗の巫女の仕事だ。

 そう、飛び去っていく文さんを眺めながら思った。

 仮に私も何か被害を受けたのなら話は別だが……

 

「ねぇウドンゲ、洗濯が終わったとならちょっと手伝って……え、なんでその格好してるの?」

 

 すると小娘……永琳が縁側からひょこっと現れた。

 そしてそんな事を口に出す。

 ……あぁ、そういえば姿を戻し忘れたようだ。

 十数年ばかりこの姿だったので、つい……という奴だ。

 

「なんだ永琳、この姿の私は嫌か?」

 

「い、嫌ってわけじゃ……ただ少し懐かしいなって」

 

「そんなに久しぶりって言うほど日数は経ってないだろ」

 

 照れているのか、顔を下に向けモジモジする永琳。

 かつて私がレイセンの時に感じていたあの凛々しさは、どこに忘れてきたというのか。

 

「…………」

 

 だから、この沸き上がる感情は仕方のない事だ。

 そんな態度を取られたら、つい弄りたくなるではないか。

 

「ひゃっ!? な、なに……?」

 

 すかさず詰め寄り、壁側に追い詰める。

 両手で壁に手をつき、逃げ場をなくす。

 

「……もう薬の作り方は教えてくれないのですか? 『師匠』」

 

 そしてかつての呼び名を口に出す。

 さて、どんな反応をしてくれるのか楽しみ……

 

「…………」

 

「……おい? どうした……え、気絶してる」

 

 立ったまま気絶とは器用な事をする。

 というか何故気絶する。

 普通この程度で気絶するわけがないと思うのだが……

 

「……人間って、本当に不思議だ」

 

 とりあえず気絶させた原因として、寝床に運ぶくらいはしよう。

 ……相変わらず、彼女は軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷は今や混乱状態にある。

 その原因は主に二つ。

 一つは、外の世界から幻想郷へ侵入しようとしたある少女が、パワーストーンと呼ばれるものを使って強引に外と幻想郷を繋げようとしたこと。

 もう一つは、月からの侵略行為。

 この二つの異変によって、幻想郷は大きなダメージを受けた。

 

 一見この二つには関係がないように見えて、繋がりがある。

 異変が始まる前、月が純狐からの侵略を避けようと、言霊の力を持つサグメを使って月のパワーストーンを生み出し、それを幻想郷に落とした。

 そして偶然にも、その時外の世界からのパワーストーンが幻想郷に落とされ、月のパワーストーンが混じり込んだ。

 

 その結果、オカルトボールと呼ばれるものによって外の世界の都市伝説が再現された。

 このオカルトボールの異変自体は一応解決はしたが、都市伝説が幻想郷から消えることはなく、むしろ浸透していった。

 つまり、都市伝説の異変はまだ続いている。

 博麗の巫女も解決に向けて色々と努力しているみたいだが、どうやら難儀しているようだ。

 

「あの霊夢ちゃんが手こずるなんてね……それだけ厄介な異変ってことなのかな」

 

 偶然に偶然を重ねた結果、未だ嘗てない程の大異変だ。

 博麗の巫女とはいえ、彼女もまだ子どもだ。

 もしかしたら、今回の件が彼女にとって良い刺激になるのかもしれない。

 

「本当、嫌になっちゃうわ。私の勘も何故か上手く働かないし、こうやってしらみつぶしにやってくしかないんだもの」

 

「お、噂をすれば何とやら。今晩は霊夢ちゃん」

 

「えぇ、今晩は」

 

 夜の竹林を歩いていると、博麗霊夢が何処からともなく現れた。

 

「単刀直入に聞くわね、この辺で『大きな白い物体』のオカルトを見たって情報があったんだけど、何か知らない?」

 

 そう言いながらも、彼女は真っ直ぐに私を見つめ、探るような視線で這いずり回る。

 多分というか、明らかに疑われているのだろう。

 

「うん、知ってるよ。この子(オカルト)、幻想郷に他の都市伝説につられて来たのは良いけど、上手く具現化できずにいてそのまま消えそうになってたから、可哀想で可哀想で……だから私が拾ってあげたってわけ。ほら、幻想郷には海がないから、誰もこの子の事知る事が出来ないのよ」

 

 ならば、隠す必要はない。

 ならば、知っている私がこの都市伝説を扱えば良い。

 

「あんたの事情はどうでも良いのよ。私が言いたいのは、すぐにそのオカルトを手放せってこと。オカルトボールは外の人間の仕業だって分かって消えたけど、都市伝説はむしろ浸透していっている……だから今の私にできるのは、都市伝説が悪用されないように見張ること」

 

「……そういう霊夢ちゃんも含め、何人かまだ都市伝説を所有してる輩が居ると思うけど?」

 

「私は良いのよ、悪用しないから。他の連中もまぁ……しないだろうし」

 

 成る程、実にシンプルな答えだ。

 

「じゃあ私は悪用すると? 酷いなぁ、私は善良な……善良かな? まぁ良いニンゲンだよ?」

 

「いいえ、実は私の勘がいつも言ってるのよ……その内貴女はとんでもないことをしでかすって」

 

「えぇ……」

 

 普通なら何の根拠もない言葉だと切り捨てるが、霊夢ちゃんの勘はそうはいかない。

 

 彼女は特異的な人間だ。

 常に周囲から一人『空を飛んでいる』。

 だから勘という形で、空から見下ろした光景を誰よりも早く知る事ができる。

 その勘は下手をしたら『予言』の域に近い。

 

「不吉な事を言わないでよ、まぁ忠告として受け取っておくから今日はもう帰りな。良い子はもう寝る時間だよ」

 

「子ども扱いはやめて。それと、貴女がオカルトを手放したらさっさと寝るわよ」

 

「うーん……言っとくけど、片っ端からオカルトを消したところで、この異変は解決しないと思うよ?」

 

「なに、あんた何か知ってるの? それとも黒幕?」

 

 何故すぐに黒幕認定をされなきゃいけないのだろうか。

 

「違うよ。それに私も詳しくは知らないし、知る気もない。だから一つだけ助言をしてあげる。霊夢ちゃんはいつも通り、気にくわないなーって感じた連中を叩きのめせば良いよ。そうすれば、いつのまにか異変は解決してる筈」

 

「そう、なら気にくわない奴第一号は貴女ってことで。カードは五枚、被弾は三回まで……さっさと始めるわよ」

 

「そうそう、その調子で良いよ」

 

 やはり博麗霊夢はこうでなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで博麗の巫女と朝まで弾幕ごっこしてたの?」

 

「あぁ。いやはや、まさかあそこまで長引くとは……だからさ永琳、そんなに怒るな。決してお前と一緒に居るのが嫌とかじゃないからな」

 

「…………」

 

 じとーっと絡むような視線を向けられるが、全然怖くもないし、むしろこれは不貞腐れているといったものだろう。

 多分夜中に二人で晩酌をするという約束をすっぽかして、霊夢ちゃんと弾幕ごっこを楽しんでいたのが原因だろう。

 

「仕方ないだろ、あの霊夢ちゃんの波長が竹林から反応してたら、何かあったんじゃないかと思って気になるだろ? 結果的に喧嘩をふっかけられただけなんだが」

 

「ふーんだ……とか言ってわざと長引かせてたんじゃないの? 貴女は他者を弄ぶのが好きみたいだし」

 

「酷い誤解だ、私は単に他者を揶揄って滲み出る感情を楽しみたいだけでだな」

 

「同じことよっ、ふん!」

 

 うむ、完全に拗ねたようだ。

 むくれながら部屋へと戻っていく永琳。

 一応理由があったにせよ約束を破ってしまったのは事実だが、こうも拗ねられると今更何を言っても無駄だろう。

 

「ダメよ鈴仙、永琳は案外デリケートなんだから。一度割れ目ができると簡単には戻せないわよ」

 

「おや姫様、そんな事昔から知ってますよ。だから面白いんじゃないですか」

 

 もっとも、今回は本当にその気は無かったのだが……

 

「ふふ……そうらしいわね。いつか貴女と永琳の関係もじっくり聞きたいわ」

 

「えぇ、つまらない話ばかりですが、暇つぶしにはなりますからね」

 

 過去を振り返るのは嫌いではない。

 昔話でよければいくらでも聞かせるとしよう。

 

「楽しみにしてるわ……それより鈴仙、貴女都市伝説を手に入れたって本当? ちょっと見せてくれない?」

 

 ふむ、流石は好奇心旺盛の姫様だ。

 得体の知れない都市伝説の力なんて知ったことかと言わんばかりの物言いだ。

 

「別に構いませんが……そんなに面白いものではないと思いますよ?」

 

「それは私が決めることよ」

 

「確かにそうですね」

 

 なに、霊夢ちゃんとの弾幕ごっこでコツは掴んだ。

 もうこの都市伝説は完全に支配できたし、今この場で出してやっても問題はないだろう。

 

「…………これは、何というのかしらね? 白い人間?」

 

 そして私の側に現れた都市伝説を見るなり、そんな感想をこぼす姫様。

 

「外の世界では『ヒトガタ』と呼ばれる都市伝説ですね。南極だとか北極の海に現れると言われてます」

 

「ふーん、海ね……で、これから鈴仙はどうする気なの? もしかして異変に関わるつもりかしら」

 

「まさか、この都市伝説は本当にただの気まぐれで手に入れたもの。別にこれを使って何かするだとか、関わろうだなんて全く考えていませんよ」

 

 いつもの異変より少し長引いてるだけのようなものだし、私がする事は特にない筈だ。

 こういうのはやる気のある者がやれば良い。

 

『ごめんください、誰かいらっしゃいませんか?』

 

 ————すると突然、聞き慣れない声と玄関を叩く音が聞こえてきた。

 

「……あぁ、なんか面倒ごとの予感」

 

 気が乗らないまま、私は玄関へと足を運んでいく。

 

 

 

 


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