月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第38話

 

 

 

 

 

「なぁ長耳、良いじゃろ別に。旧友を助けると思って引き受けてくれよ」

 

「やだよ面倒くさい。大体私には全く関係のない事じゃないか」

 

 縁側でのんびりしていると、突然やって来た天魔。

 そして珍しい事に、その要件はこちらに助けを求めて来たようだった。

 

 最近、幻想郷には新しい噂ができた。

 それは『完全憑依』というもの。

 相手の肉体を乗っ取り、共生する形で憑依する現象である。

 この現象だが、実は噂が流れる前に私はそれを目撃した事がある(霊夢と妹紅の完全憑依)ので、疑ってはいないし、これが今回の都市伝説異変を利用したものであるとも理解している。

 そして驚くべき事に、以前から問題とされていた妖怪の山に出没していた盗人が、この完全憑依を起こしている者と同一人物である事を、完全憑依の異変を通して天魔は自分なりに調べ、調査して突き止めたらしい。

 

 そこは素直にすごい事だと褒めよう。

 しかしその犯人退治に私を頼るのはおかしい。

 

「大体何で私なんだよ、確か鬼神の奴を完全憑依させて、黒幕を叩きに行ったんだろ? もしかして負けたのかお前ら?」

 

「う……む。そうじゃ、儂らは負けた。勿論スペルカードルールでじゃぞ? 普通の戦いだったらあんな盗人秒殺してやるんじゃが……それでは儂の気が収まらん。奴らがスペルカードルールで勝敗を付けたいと言った、そして儂はそれに乗った上で勝たねばならないとな」

 

「けど負けたんだろ?」

 

 別に不思議な事ではない。

 スペルカードルールとはそういうもの。

 どんな実力差があろうと、スペルカードルールでは誰もが平等の土台に立たされるものだ。

 

「ぐぬぅ……最初は儂らが押してたんじゃぞ? けど気が付いたら儂は鬼神の奴と殴り合ってた。そして負けた。何を言ってるのか分からないだろうが、儂にも分からん」

 

「なんだいそりゃ」

 

 何をどうしたら憑依させてた鬼神と殴り合う展開になるのやら。

 

「別に放っておけば良いじゃないか。霊夢ちゃんとかその他大勢もその黒幕の正体を掴んだんだろ? ならその内異変は解決するってことだよ」

 

「だからそれでは儂の気が収まらんと言っておるだろ。それにぶっちゃけお前さんに憑依してみたい儂は」

 

「なんでだよ……」

 

 天魔の言いたい事も分かる。

 しかしそれとこれとは話が別だ。

 わざわざ関わる必要がないものに、理由もなしに首を突っ込む趣味は私には……

 

「ただいまー」

 

 おっと、どうやら人里へ夕飯の食材のお使いを頼んでいた姫様が戻って来たようだ。

 しかもただのお使いではない。

 なんと姫様一人による初めてのお使いなのだ。

 今まで様々な事情から外へ出る事が少なかった姫様。

 そんな彼女の、初めてのお使い。

 これは記念すべき日になるだろう。

 そして私はそれを讃えるべく、腕によりをかけて夕飯を作って……

 

「お帰りなさ……い?」

 

 しかし帰ってきた姫様は少し変だった。

 本来あるべきものがないというべきか。

 そう、姫様の手には、空っぽの買い物かごだけが握られていた。

 

「……ごめん鈴仙、預かってたお財布、落としちゃったみたい」

 

 そして残念そうに、無念そうに声を落としていく姫様。

 成る程、財布を落としてしまい買い物ができなかったのか。

 それは残念だ。

 

「良いんですよ姫様、失敗は誰にでもあるし、私も昔に財布を落とした事があります。確かにお使いを達成できなかった事は残念ですが、チャンスはまだありますし、幸いにも食材はありますから、それで美味しいものを作ってあげますよ」

 

「そうね……明日また挑戦してみるわ! ……けどお財布の事は本当にごめんなさい、ライブを観る前までは確かにあったんだけども……」

 

「……ライブ?」

 

 あぁ、そういえば今人里では、亡霊三姉妹と付喪神によるライブが開催されていたっけか。

 しかもライブは一週間くらい毎日行なっているようだ。

 私はあまり興味がなかったので、観に行った事は無かったが、好奇心旺盛の姫様の事だから夢中になっていたのだろう。

 

「ふむ、ライブか……もしかしてライブ中に一瞬意識が飛んだりせんかったか?」

 

「え、えぇ。よく分かったわね、確かにライブ中に一回だけ意識が朦朧としたような……」

 

「それでライブが終わったら、財布は無くなっていたか?」

 

 天魔の言葉に姫様は頷く。

 

「……成る程な」

 

「おい、一人で納得してないで私にも教えろ。もしかしてお前、姫様が財布を落とした理由でも知ってるのか?」

 

「知ってるも何も、それはさっき話してた盗人どもの仕業じゃよ。彼奴ら、ライブに夢中になっている観客達に片っ端から憑依して金品を盗んでいるからな。観客達が精神的に隙だらけになるから、奴等にとっては格好の狩場なんじゃろうよ」

 

「……なんだと?」

 

 つまりあれか。

 姫様の初めてのお使いが失敗したのは、そいつらのせいだと。

 

「…………よし、決めた。そのライブは明日までだった筈。つまり奴等に遭う機会は明日しかないという事だ。うん、明日が楽しみだな全く」

 

「れ、鈴仙。何か言葉じゃ表現できないような顔してるけど……」

 

「あと少し支離滅裂だぞお主」

 

 別に私は怒ってはいない。

 しかし、やられたらやり返す。

 何より姫様の成長を邪魔した事が許せん。

 あと盗んだ物は返してもらわねば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、こんなところかしらね」

 

 博麗霊夢は一息をつく。

 

『あーやっぱり負けた。姉さんは本当にダメね』

 

「くっ……女苑、そう言う貴女が軽率に憑依交換をしたのも敗因だと思うけど?」

 

『はぁ? この期に及んで私のせいとかふざけないでよ』

 

 と、今回の完全憑依異変の黒幕達が醜い言い争いを始める。

 今ちょうど私にボコられた貧乏神の『依神紫苑』、そして私のスレイブ……つまりマスターである私に憑依中の『依神女苑』。

 スペルカード戦の最中に、貧乏神である紫苑を相手に憑依させる事で、確実に相手を負けさせるその戦法に、珍しく私は苦戦を強いられたが、紫のマスターとスレイブを逆にするという妙案でそれを攻略した。

 

『お疲れ様霊夢、後はこいつらから完全憑依の元となった都市伝説を取り上げれば一先ずは解決よ』

 

 現在紫苑のスレイブになっている紫からそんな声が。

 これでようやくこの異変も解決する。

 今までで一番長い異変だと感じたが、それなりに歯応えがあって久しぶりに楽しめたのも本音だ。

 

「あん? 何だ何だ、リベンジに来たらもう終わっちまった感じか?」

 

 するとそこに魔理沙が現れた。

 いや、魔理沙だけでなく、他にも何人か、次々とタイミングよく現れ始める。

 

『うわ、何かいっぱい来たと思ったら、全員私らに負けた負け犬どもじゃないか』

 

「……ふむ、何故博麗の巫女に其奴が憑依しているのだ?」

 

『太子様! 太子様は負け犬ではありませんぞ!』

 

 ひぃ、ふぅ、みぃ……新しく現れた連中は七人。

 しかもどうやら全員完全憑依をしているため、マスターとスレイブ、ついでに私や紫も合わせると、この場には今十八人もの人妖がいることになる。

 流石に目眩がしてくる。

 

「あーあんたら、異変の黒幕は見ての通り私が懲らしめたから、大人しく解散して」

 

 私がそういうと、不満そうな顔をする連中。

 当然といえば当然だろう。

 ここにいる全員が、一度は依神姉妹の策に敗れ、リベンジを果たしに来たのだから。

 

「それは困るなぁ霊夢ちゃん。私らはまだ其奴らに教えなきゃいけない事がある」

 

 ————するとまた新しい声。

 声がした方、つまり上空に顔を向けるとそこには……

 

「『人のモノは盗るべからず』……それを教えなきゃ私らは引き下がれんな」

 

 鈴仙がいた。

 不敵な笑顔で、まるで宣戦布告をするかのようにそういった。

 

「……あんたもリベンジに来た口かしら。けど見ての通り異変は解決よ、今日は諦めて帰りなさい」

 

『うわっ怖、あの兎の妖怪目が笑ってないよ。ちょっと姉さん、アイツに何したのよ』

 

「どっちかというと、女苑が何かしたんじゃないの。盗んだって言ってたから、ライブの観客からお金を巻き上げた被害者の中にあの兎が居たんじゃない?」

 

『えぇ……でも私あんな奴に憑依した覚えないんだけど』

 

 理由はどうあれ、ここにいる全員の目的はこの姉妹だ。

 引き渡しても良いが、そうなると面倒な事が起きて異変が長引く可能性があると私の勘が言っている。

 なので後日、各自で再戦なりなんなりして欲しいものだが……

 

「……なぁ天魔、盗人っていうのは、あそこにいるのと、霊夢ちゃんに憑依してる奴で良いんだよな」

 

『うむ、何で片方が博麗の巫女に憑依しているかは知らんが……あの二人じゃ』

 

 しかもどうやら鈴仙も完全憑依をしているらしい。

 スレイブは天狗たちの長である天魔のようだ。

 

「決まりだ、とりあえず面倒くさいから霊夢ちゃんも含めて纏めて叩くとしよう」

 

「ちょっと、何でそうなるのよ」

 

 巻き添えはごめんだ。

 さっさとこんな奴引き剥がして……

 

「……あんた、さっさと私から出て行きなさいよ」

 

『え、やだ。負けた腹いせにこのまま取り憑いてやる』

 

「女苑のそういうところ、お姉ちゃん好きよ」

 

 ……こいつら。

 

『しかもよく見たら沢山おるのぉ、祭りでも始まるのか?』

 

『うふふ、みーんなまとめて相手をするのも楽しそうですよね、天魔ちゃん、長耳ちゃん』

 

「おい、勝手に切り替わるなお前ら。マスターは私なんだから」

 

 ……今の彼女達のやり取りで、あり得ないものを見た気がした。

 彼女のスレイブは天魔な筈。

 だというのに、何故一瞬だけ鬼の頭領である鬼神も見えたのか。

 

「……まさか三人同時の完全憑依をしているのですか、我らが祖よ」

 

 すると私の代弁を聖人がしてくれた。

 

「え? あぁこれね。別にやろうと思えば誰でもできると思いますよ? 要はスレイブ達を自身の中に入れるわけですから、その居場所さえ大きければ、何人でも憑依させる事はできるってわけ」

 

 口では簡単に言う。

 しかし、実のところ完全憑依というものは思っていた以上に精神を擦り減らすものなのだ。

 何せ、スレイブ(異物)が自身の中に入ってくるのだ。

 普段とは違う感覚、異物を排除しようとする自己防衛機能を意志の力で抑える労力。

 完全憑依の後は、必ず来る嫌悪感と疲労感。

 一人憑依させただけでも結構なものだというのに、あのニンゲンはそんな事知るかと言わんばかりに、自己が強い大妖怪二匹を憑依させている。

 

「……そうだな、折角だからバトルロワイヤル形式でやろうか」

 

『おぉ、そいつは名案じゃな!』

 

『はいはーい、私先ずはあそこにいる、ピンク髪でシニョンしてる家出娘をやりたいでーす』

 

 その言葉に最近神社によく来る仙人が身体をビクリとさせる。

 そして驚くべきことに、私と紫以外の連中は既に鈴仙の提案に乗りかかろうとしている。

 確かにこれだけの人数で行うスペルカード戦はいつもと違い、刺激があるだろう。

 結局は全員リベンジというよりも、楽しみに来ただけではないか……

 

「……仕方ない、とっとと終わらせるには全員まとめてぶっ飛ばすしかないって私の勘が言ってるわ。あんたも手伝ってくれたら、少しだけ処罰を軽くしてやっても良いわよ」

 

『マジで? やるやる、博麗の巫女が味方なら怖いもの無しだ』

 

 決まりだ。

 やるからには勝つ。

 そしてその後はいつもの宴会を開くのだ。

 

 

 

 

 




え、短い?
長文はテンポの為の犠牲になったのだ……




次回で最終章に入ります。
このままテンポよく完結させていきたいです。

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