月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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というわけで最終章です。
本編を読まれる前に少し注意書きを見て欲しいです。

注意!
今回の章は、今までよりもシリアス成分沢山盛り込むつもりです。
また、残酷な描写や猟奇的な表現など、もしかしたら読んでいて不快に思われるかもしれません。
作者自身決してキャラをぞんざいに扱うつもりはありません。

今回のお話を執筆する上で、表現方法をどうするか結構悩みましたが、悩んだ末に今回のような方法を最終的に取りました。
読んでいて気持ちが良いものとは言えないかもですが、それでも良いという方は最後まで付き合ってくださると幸いです。
それでは本編をどうぞ。







東方失楽園
第39話


 

 

 

 

 人間を見た。

 人間を見続けた。

 感情なんて余計なものを手にした、失敗作をそれでも見続けた。

 それがせめてもの償いになると思い込んで、それが唯一自分が出来る事だと信じて見続けた。

 

 もう自分という存在が曖昧になっている。

 だから忘れないために、この人間が生み出す悲劇の数々は自分の所為だと、自らの心を杭で打ち続ける。

 もうやめたい、楽になりたいという本心をねじ伏せ、それでも自分は人間を見続ける。

 既に思考する事しか出来ない肉の塊、動く屍。

 死ぬ事が出来ない筈の自分は、既に死んでいる。

 もはや燃え尽きた薪のように、自分の心は灰になって消えていく。

 

 これではダメだ。

 まだ自分にはやる事がある。

 自分の罪を、原罪を見届けなくては。

 だから私は『殻』を被る。

 かつてはある人間だったその魂、それを使って殻を被る。

 これで暫くは持つ。

 まだ自分を保っていられる。

 そして私は人間を見続ける。

 

 

 

 

 ある日人間に懐かれた。

 ちょっとした散歩のつもりだった。

 楽園から出て、地上(地獄)にいた時、何を血迷ったのか私はその人間の命を救ってしまった。

 やめとけばよかった、あのまま見捨てた方が正解だった。

 私に人間という失敗作を助ける義理も理由もない。

 むしろ勝手に数が減って絶滅するべきだ。

 そんな、本来なら私の役目である事を、他人任せのように述べた。

 

 けれどこれはチャンスだ。

 もし私が自分で命を救った人間、これを自分で処分する事が出来たら?

 そしたら私は失敗作ではない。

 この世界が描いた理想の生き物、ニンゲンとしての役目を果たせた事になる。

 それならばまだやり直せる。

 今回は何かの偶然で失敗作が生まれてしまっただけ、そんな話で終わらせられる。

 ……どうやら私はまだ諦められないらしい。

 

 その手を触れるだけでいい。

 無防備なその身体に触れるだけでいい。

 そんな簡単な事だ。

 

『今日も来たわよ!』

 

『だから私は小娘じゃない!』

 

『ねぇ、今日は何をしようかしら』

 

 …………簡単な事なのに、どうして壊れかけの私はそんな事も出来ないのか。

 どうして聞きたくもないその声に耳を傾けてしまうのか。

 何故こんなにも錆びついた心に響くのか。

 その理由は暫くしてから気付いた。

 嗚呼、これが楽しいという感情か。

 

 結果としては、私はチャンスを逃した。

 正直に告白すると、私はあの日々が楽しかったんだ。

 気まぐれで知恵を、器を与えた妖怪二匹と人間が一人。

 アイツらと過ごす何でもない日々が、どうしようもなく楽しかったんだ。

 できるなら終わらせたくない、このまま続けて何もかも忘れてしまいたい。

 そんな幻想を私はいつしか抱いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし忘れてはいけない。

 目を逸らすな。

 逃げるな。

 己の使命から背を背けるな。

 感情があるからどうしたというのだ。

 罪悪感なぞ噛み砕いてしまえ。

 この世にはそんな人間なんて山程いる。

 人間にできて、ニンゲンの私ができない道理などない。

 

 もう手遅れ?

 だからどうした。

 例えこの星が死のうと、己の使命は変わらない。

 失敗作を全て……いや、失敗作によってつまらない幻想から生まれたモノ全て、丸ごと消し去ってしまえ。

 そして新しい生命を再誕させるのだ。

 今度は失敗作なんてできないように、徹底的に管理をして。

 『私』がそれをできないと拒むのなら、代わりに『自分』がその役目を担おう。

 それが自分の唯一の存在意義なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 いつも通りの時間に。

 今日もいつも通りの日常が続くのだろう。

 そう思いながら起き上がろうとすると、違和感を感じた。

 ……何か、無くなっている気がした。

 己の中から、何かが……

 忘れてはいけないもの、あって当然のものが無い気がした。

 

 それに疑問を感じながらも、とりあえずいつもと同じように朝を過ごす事にした。

 先ずは朝食の支度、そして姫様と永琳を起こしに行く。

 ほら、いつも通りだ。

 二人ともいつも通りじゃないか。

 後は悪戯兎ことてゐを呼びに行って、みんなで朝食を取る。

 するとしばらくして天魔と鬼神が遊びにやってくる。

 その後は人里に行って買い物等を済ませ、後は適当にダラダラと過ごす。

 変わらない日常だ。

 今日もいつも通りの日常が過ぎていくのだ。

 

 違う

 

 何も違わない、いつもの景色。

 てゐの寝床まであと少し。

 

 違う

 

 どうせ今日も無駄な悪戯を仕掛けてくるのだろう。

 意味がないと分かっていながらそれを続けるその根性だけは認めよう。

 

 違うだろ

 

 今日はどんな悪戯なのか、少し楽しみだ。

 そして悪戯が失敗したというのに、楽しそうに笑うてゐを見て釣られて私も笑う。

 これがいつも通りのやり取り。

 

 気付いている筈だ

 

 ……だから、さっきから聞こえる声も単なる気のせいだ。

 それを証明すべく、息を整えながらてゐの寝床へ一歩、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして視界には、残酷なまでに美しい『赤色』が。

 その赤色に沈むてゐの姿が。

 

「……はは、何だまだ寝てるのか? こんなに辺り一面真っ赤にしやがって、まるで血が吹き出たみたいじゃないか」

 

 よくできている。

 まるで本物みたいだ。

 

 これは本物だ

 

 これが今日の悪戯だろう。

 『死んだふり』とは今までにない悪戯だ。

 危うく騙されそうになったじゃないか。

 

 これは本物だ、本当に————

 

「おい、充分驚いたよ。今日は私の負けだ、だから早く起きろ」

 

 いくら呼びかけてもピクリともしない悪戯兎。

 仕方なしと思い、無理矢理その身体を起こしてやった。

 てゐの浮いた身体から地面に向かって滴る赤色の液体は、不気味なほど本物の血のようだった。

 

 あと数秒もしたら、『嘘だよー』と叫ぶてゐの姿が見られるのだろう。

 全く可愛い奴だ。

 

「ほら、さっさと起きて飯を……」

 

 ……だというのに、何故てゐの顔には生気がないのだろうか。

 何故てゐの身体には風穴が空いていて、そこから赤色の液体がドロドロと出てくるのだろうか。

 気のせいだ。

 朝からてゐの波長が消えて感じ取れなくなっているのも、目の前のこの景色も全て気のせいだ。

 そうじゃなかったら、これじゃあまるで、本当にてゐは……

 

 本当に死んでいる?

 

「————永琳!」

 

 嫌な予感がする。

 嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な嫌な予感が。

 

 既に冷たくなっていたてゐを抱えたまま走り出す。

 何故こんなにも動揺してしまうのか。

 『死』なんて等に見慣れたモノだ。

 なのになんで、私の心は落ち着きを無くしているのだろうか。

 

 駆け出した勢いのまま、永遠亭の玄関の戸を蹴り飛ばして開ける。

 もはや行儀良くしている場合ではない。

 

「きゃっ!? ち、ちょっと、何で戸を蹴り破って…………え、一体何を抱えて……?」

 

 するとタイミングよく永琳と出くわした。

 予想通り困惑を見せるが、今はそれに付き合ってる時間なんてない。

 

「永琳、落ち着いて聞け。今すぐここから姫様も連れ出して……」

 

 逃げよう。

 そう言いかけて、永琳の背後から何処からともなく伸びてくる物体に気が付いた。

 

「ぐっ……!」

 

 反射的に永琳を抱えて、その場から飛び退ける。

 そして物体は標的を逃し、そのまま床に突き刺さって動かなくなった。

 

「いきなり何を…………何よこれ、木の根っこ?」

 

 永琳がさっきまで自分がいた場所を見るなり、そんな事を言った。

 そう、永琳を貫こうと伸びてきた物体は、確かに木の根っこのようなものだ。

 そして私はコレに、心当たりがある。

 

「というか……てゐはどうしたの? さっきから動いてないけど大丈夫」

 

「大丈夫なものか。コイツは……もう『死んでるよ』」

 

「え……?」

 

 認めたくはない。

 しかしこれは現実だ。

 認めなくてはならないことだ。

 

「それより姫様は?」

 

「い、居間にいると思うけど……ねぇ、一体何が起きて」

 

「説明は後だ、お前は先に逃げ……いや、私から離れるな絶対にだ。じゃなきゃお前も死ぬぞ」

 

 てゐの亡骸を一度床に寝かせる。

 そして混乱している永琳の手を引っ張って居間に走って向かう。

 大丈夫、大丈夫だ。

 まだ姫様の波長はしっかりと存在していて……

 

「姫様、無事です……か」

 

 居間は既に地獄だった。

 部屋中には触手のように呻る木の根の数々。

 そして荒れた部屋の中心には、たった今その身体を貫かれたであろう姫様の姿が。

 

「……あ、ら。れいせんにえいりん。なんかね、わかんないだけど、さされちゃった。あとね……ふしぎとねむく……て」

 

 ……そして姫様の波長が消えた。

 それが姫様の最後の言葉だった。

 

「輝夜ッッッ!」

 

「よせ! ソレに近づくな!」

 

 姫様に駆け寄ろうとする永琳の肩を引っ張って、そのまま抱き抱えながら逃げるように走る。

 背後からは、永琳を狙おうと木の根が屋敷を破壊しながら追いかけてきていた。

 

「は、離して! 輝夜をあのままには……! せめて身体を回収すればすぐに修復して、生き返るわ!」

 

「違う、違うんだよ! 姫様はもう『死んだ』んだよ! 不老不死とか関係なく、アレに殺された時点でもう死ぬんだ!」

 

「何を訳の分からない事を……!」

 

 腕の中で暴れる永琳を押さえ込みながら、走る。

 てゐの亡骸の回収もこの状況では無理だろう。

 今はとにかく逃げよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ……あれ」

 

 永琳がそんな言葉をこぼす。

 当然だ、永琳と私の視線の先はあるものに釘付けになっていた。

 

 それは例えるなら巨木。

 天を突き抜け果てのない宇宙まで伸びていそうなくらい、巨大な木。

 明らかに人の手にはどうにもできない、手出しすらできない力強さを感じさせる聖なる木。

 楽園(エデン)と地上を繋ぐ楔の木。

 それが幻想郷の中心に鎮座していた。

 

「……バカな」

 

 何故あの木がここにある?

 ある筈が無い。

 けれどあれば紛れも無い現実だ。

 そして間違いなく、てゐや姫様を殺した存在はアレだ。

 

「……ウドンゲ、貴女何か知ってるの?」

 

「……あれは、あの木はそうだな。名前を付けるとするなら『世界樹』ってところか。地上と楽園を繋ぐための楔であり、地上の全ての生命を虚無へと送る処刑具でもある。ありえん、何でアレが顕現してる? 私はそんな事を望んで……いや、望めなかった筈だ」

 

「ウドンゲ……?」

 

 あそこに私がかつて『夢』にみていた光景がある。

 それは果たすべき使命を果たせずにいた私が、本来するべき使命。

 

「はは、ハハハハハッ! 何だか知らないけど良かった! これで私は失敗作じゃない! ちゃんと使命を果たせているじゃないか! そう、これだよ。これで良いんだ。もっと早くにこうなるべきだったんだ! だって私はそういう存在、その為に私は……!」

 

「…………」

 

 そう、この光景は喜ぶべきものだ。

 喜んで祝福をするべきだ。

 いや違うな。

 何も感じず、淡々とその光景を眺めるべきだ。

 …………だというのに、何で。

 

「何で……こんなにも『悲しいんだ』? 教えてくれ永琳、涙が止まらないんだ」

 

 胸が苦しい。

 この胸が内側から締め付けられるこの痛み。

 この感覚は知っている。

 これは感情だ。

 

 てゐや姫様だけじゃない。

 今まさに、幻想郷中の生命の波長が次々と消えていくのが分かる。

 その現状を私は『悲しんでいる』。

 

「……ッ!」

 

 永琳は答えなかった。

 否、答えられないのだろう。

 

「…………いや、今のは忘れてくれ。ちょっと目にゴミが入っただけだった。とりあえず行こうか」

 

「……行くって、どこに?」

 

「博麗神社」

 

 どうやら博麗神社にはいくつか見知った波長が集まっている。

 おそらく避難所的な役割を果たしているのだろう。

 なのでとりあえずそこに向かうことにする。

 呑気に歩いて向かうのは悪手だろう。

 あまり好きではないがここは飛んで行くとしよう。

 

「……ねぇ」

 

「ん、何だ」

 

「まだ私はこの状況を理解しきれてないけど、何となく……貴女が関わってるのは察しがついたわ」

 

「…………そうだな」

 

 当然、あれ程までに思わせぶりに話していたのだから、そこに行き着くだろう。

 

「私、貴女と再会してからずっと勘違いしてたわ。貴女の秘密はこれで全て知ったつもりでいた。けど違うのね……貴女、まだ何か秘密があるんでしょ」

 

「あぁ、その通りだ」

 

 私の出生については確かに全て話した。

 しかし私の使命については何も話していない。

 多分怖かったのだろう。

 自らの使命を知って、どんな反応をするのか想像することが。

 その事実を目の当たりにするのが。

 

「だから……いつでも良いから、絶対に教えて。もう知らない事に私は耐えられないの」

 

「……あぁ、約束しよう」

 

 とはいえ、あと少ししたら嫌でも知る事になるだろう。

 むしろ頭の回転が早いこいつの事だ。

 薄々、気付いているのかもしれない。

 

 そんな事を話しているうちに、博麗神社が見えてきた。

 

「……ふむ、霊夢ちゃんの結界かなこれは。まぁこんな状況なら当然といえば当然だが」

 

 多分この結界で外敵から神社を守っているのだろう。

 しかしこのままでは入れない。

 仕方ないので、壊さないように丁重に侵入させてもらおう。

 

「……前から気になってたんだけど、貴女って器用よね」

 

「あーそう見える? 天魔のやつにもこの前言ったんだが、実の所私は特別強いってわけでも器用ってわけでもない。単に、『人間』という生命、そして人間が生み出した概念とかに対して無条件に介入できるというか……あれだ、ゲームで言うなら、人間という敵に大ダメージを与える能力を持ってるみたいな」

 

「よく分からない例えね……」

 

 そうこうしてるうちに結界の内側に入れた。

 

「……お、やはり無事だったか長耳」

 

「きゃー長耳ちゃん! 良かったです!」

 

「…………よぉ」

 

「ちょっと、勝手に入ってこないでよ。一声掛けてくれたら普通に通したのに」

 

 そして神社には、天魔と鬼神。

 そして霧雨魔理沙と博麗霊夢がいた。

 

「……まさかこれだけか」

 

 波長で分かってはいたが、生存者は少ないようだ。

 事態は思っている以上に深刻だ。

 

「おい鈴仙、これだけとか決めつけるなよ。まだ探せば生存者はいるかも……」

 

「いいや、『これだけ』だよ魔理沙ちゃん。今この世に生きてる知的生命体はお前らだけだ」

 

「……なんだと?」

 

 本当は伝えるべきではないが、ここで嘘を付いても意味がない。

 真実とは時に残酷だが、ここは飲み込んでもらうしかないのだ。

 

「ここに来る途中確認してみたが、この惨劇は幻想郷だけじゃない。外の世界や月の都、ありとあらゆる世界に起きている。そして残念なことに、人間の生き残りはもうここにいる三人しか居ないんだよ。博麗霊夢、霧雨魔理沙、八意永琳……お前らが最後の人類だ」

 

 

 

 

 




『月の兎は何を見て跳ねる』

『東方失楽園』

気が付いたら(最初の人間が)月の兎になっていた。
(それは己が失敗作か否かを確かめる為)そんな元人間(だと思い込んでいるニンゲン)が幻想郷で過ごして(様々な影響を与え、与えられて)いくだけのお話。


というわけで真のタイトルとあらすじでした。

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