「……何だよそれ、意味がわからないぜ」
「言葉通りだよ。幻想郷や外の世界に今を生きる人間達……それらは全て、ここにいる三人を除いて『絶滅』した」
「だから、それが意味がわからないっていってるんだぜ!」
霧雨魔理沙の怒号が響く。
「お前何か知ってるのか!? この状況を理解しているのか!? 何でこんな事になったのか、何で、何で……!」
「魔理沙……」
八つ当たりにも似た魔理沙の苛立ち。
しかし誰も彼女の事を責めることはできないだろう。
人間として、一番正しい反応をしているのが彼女なのだから。
「…………スは?」
そしてさっきとはまるで違う、蚊が飛ぶくらいのか細い声で魔理沙は呟いた。
「……アリスは、どうなった? 朝からアイツの家に居て、気が付いたら例の木の根みたいのが襲ってきて……それでアイツは私を庇って」
「…………アリスさんも、魔法使いを名乗ってはいたが、根本のところは人間のままだった。つまり、今ここに居ないのならもう……」
「……そうか、取り乱して悪かった」
尤も、てゐも殺され、人間だけじゃなく妖怪や神の波長も消えてるということは、見境なし……いや、人間だけじゃなく、人間が生み出した概念も徹底的に消しているのだろう。
「……紫からの連絡はないし、繋がらない。ってことは、アイツもやられたってことか。全く、お陰で『大結界』が崩れかかってもうお手上げね」
珍しく、霊夢が弱音らしきものを吐いた。
「……つまり、儂の部下達も全滅……か。やれやれ、とっとと逃げろという忠告を無視しおってからに」
「…………ぐすっ」
感情は伝染する。
一人がある一つの感情に囚われると、周りもそれに引っ張られてしまう。
「まぁそう悲観するな。一応、まだ手はある」
だから私が、希望の矢を突き立てる。
「? こんな状況で何ができるっていうのよ」
「こんな状況でもだ。今この場にいる全員で最後まで足掻けば、何とかできるかもしれない……具体的に言えば、この惨劇を終わらせ、散っていった連中を『生き返らせる』」
その言葉に、誰もが目を見開いた。
「生き返らせるって……どうやってだよ。そう簡単に死者蘇生が出来るなら、人間は皆不老不死だぜ」
「もっともな疑問だ。だけどそれに答える前に先ずは状況理解をしてもらおうか……全員、アレの正体が気になっているところだろ?」
そう言いながら、世界樹を指差す。
「……長耳、お主は知ってるというのか?」
「あぁもちろん。というか本音を言うと知りたくはなかったが……アレはな、『私』だよ」
そして私は、自らの罪を告白した。
「…………言ってる意味がよく分からんぞ?」
「正確には『夢の私』だ。ほら、この前完全憑依異変の後、夢の住人が現実世界に抜け出して来た事件があっただろ?」
「……あれか、依神姉妹が幻想郷を駆け回って夢の住人を回収してたっていう」
「そうそうそれ」
完全憑依。
それは単に他者に憑依するだけのものではない。
マスターに憑依するスレイブは、待機場所としてマスターの精神世界……即ち夢の中に待機する事になる。
そして元から夢の中にいた『マスターの夢』は、スレイブが入ってきた事で押し出され、現実世界に出てきてしまう。
完全憑依の唯一の副作用だ。
その副作用は厄介な事に、現実世界で夢を再現しようとする。
普段から抑圧された欲求や願望を、夢の住人は曝け出してしまうのだ。
「……ってことは、あの大木があんたの『夢』ってわけ?」
「そう言う事になるな。いやはや、まさかこの私が夢なんて持っていたなんてな……いや、私もニンゲンなら当然なのかな?」
副作用がある事は知っていた。
しかし自身には意味がないものだと、夢なんて見ないと思い込んでいたが、どうやら違ったようだ。
あの日、私は天魔と鬼神を憑依させた。
その結果、夢の私が飛び出して、今の状況を作っているのは紛れも無い事実だ。
「…………ちょっと待てよ、じゃあ何か? 鈴仙、お前はいつも夢見てたのか? 『人間や妖怪を全員殺してやりたい』って? この状況を作りたいって夢に描いていたのか……!?」
「……そうだな、そういうことになるな」
「……ッ! お前! じゃあ今までのも全部嘘だったのか? みんなに優しさを振り撒いていたのも、私を助けてくれた事も!?」
「魔理沙、少し落ち着きなさい」
「霊夢は黙ってろ! 答えろ鈴仙、何か言ってみろよ!」
彼女は激怒する。
当たり前の反応だ。
人間はもはや感情で動く生き物となってしまった。
感情に支配され、自我を突き動かす。
「嘘じゃないさ、少なくとも私はお前達人間を『愛してる』。それこそ人間のオリジナルの私からしたら、我が子のようなものだ。けど、それと同じくらい『憎んでる』。生み出された恩も、意義も、在り方すら忘れたお前達人間を、私は愛し、憎んできた……その結果が今の私だ、外面では愛を与え、内面では憎しみを燃やしてきた。だからあの大木が、他でもない、私の」
そう、あれは夢の私であると同時に……
「私の
「……お前」
ふと気が付けば、液体が頬を伝う感触。
あぁくそ、また目にゴミでも入ったのだろうか。
「……話を戻そうか。アレの正体が分かった所で、次は解決策を話そう。とはいえ、やる事は簡単だ……あの大木の中に私が入る事ができたら解決だ」
「? あの大っきな木の中にですか?」
「あぁ、あの大木の中は……私の生まれ故郷? に繋がっている。そして夢の私もそこに居る筈だ。だから、あの中に入れさえすれば、あとは夢の私なんて私からしたら、どうとでもできる」
所詮は夢だ。
現実の私がその夢から覚ましてやれば良いだけの話だ。
「ただ問題がある。多分というか必ず夢の私は私を拒むだろう。だからきっと邪魔をしてくる」
「……ふぅん、話が読めてきたぞ。つまり儂らはお前さんの邪魔をするモノを邪魔すれば良いんじゃな?」
「そういう事……口では簡単に言ったが、実際は至難の道だろう。もしかしたら死ぬかもしれない」
比喩ではなく、本当のことだ。
「ここまでは理解できたな? じゃあ最後にもう一つ、夢の私にやられた連中を生き返らせる手段だが……これも私に全部任せてくれれば良い」
「任せろって……具体的にどうするんだぜ?」
「ふむ、何と説明したものか……簡単に言うと、新しい『器』を用意する」
「器?」
「あぁ、厳密にいえばやられた連中は完全には死んでない。死んでこのまま
器とは肉体だ。
そして私はそれを創れるチカラを持っている。
「一度は考えた事ないか? どうして自分達は肉の塊の中にいて、それを動かす事ができるんだろうって。答えは簡単、この世界に物理的に干渉する為には肉体が必要だからだ。そしてぶっちゃけて言うと、私のこの姿も実はこの世界に干渉する為の器なだけで、本当の姿じゃなかったりする」
「……なぁ長耳、お主一体いくつ秘密を持ったら気が済むんじゃ?」
「さぁ知らんな。ちなみに
「「え」」
今明かされる衝撃の真実。
別に騙すつもりとか無かったので笑って流してほしい。
「ただし一つだけ注意というか、ゲームオーバーになる可能性がある。ここにいる三人の人間が全員やられた時点でアウトだ。この世界から完全に人間が消え去ったら、私でももうどうしようもない」
それは人間がいたという証拠がこの世界から完全に消え去る事を意味する。
そうなれば、再誕させる事は不可能になる。
例えるなら、パズルのピースだ。
ここにいる三人の人間の死というピースをはめなければ、パズルは完成せず、それを廃棄する事が出来ないという状態。
「話をまとめよう。私達の勝利条件はたった一つ……あの大木に人間が絶滅する前に、私がたどり着く事。その為の手伝いをお前らに頼みたい」
「なぁ鈴仙、一つ聞かせろ」
「……なんだ?」
「なんでお前、私達人間を助けようとしてるんだ? この最悪でクソッタレな状況をお前が心の奥底で望んでいたのなら、お前は私達に手伝いなんて頼まず、踏ん反り返って座って待ってれば良いだけだろ?」
「あぁ、それね……至ってシンプルな答えだよ」
そう、答えなんて簡単……いや、最初からそんなものはない。
「答えは『私にも分からない』、ただ胸の奥が苦しくて苦しくて仕方がないだけなんだ」
この苦しみから、ただ逃れたいだけだ。
「……それじゃあ準備はいいか?」
「あぁ、派手に頼むよ魔理沙ちゃん」
「ね、ねぇ……本当にこんなんで大丈夫なの?」
「大丈夫だって、いいから永琳、お前は黙って私の腕の中で大人しくしてれば良いだけだよ」
霧雨魔理沙は少し……いや、かなり緊張している。
なにせこれから行う自身の役目が全人類を救う要となる……そう言われたからだ。
『作戦はこうだ。魔理沙ちゃんの自慢の魔力砲……確かマスタースパークだっけ? あれをあの世界樹に向けて全力でぶっ放してくれ。私達はそのマスタースパークをブースト代わりに使って、一気に世界樹に近づく』
『……お前確か瞬間移動みたいなの使えなかったか?』
『あれは今使えない。今までのは楽園を介して移動してただけで、その楽園は今や夢の私に支配されてる。取り戻すためにはあの世界樹を使うしかないんだ』
少し緊張を紛らわす為に、目を閉じてさっきまでのやり取りを回想する。
『まぁそれは構わんが……正直言うと神社からあの大木に届かせる程の魔力砲私はまだ撃てんぞ』
普段なら意地を張るが、今回ばかりはそうは言ってられない。
認めたくはないが、ここは事実を認めなければ全てが台無しになる気がした。
『何言ってるのよバカ魔理沙、そんなあんたを私がアシストするわけでしょ』
『霊夢……』
『私の霊力適当に分けてあげるから、アンタはいつも通り何も考えずに撃ちなさい』
あの面倒臭がり屋の霊夢がやけに協力的なのが珍しく思えた。
『霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんの護衛として、この天魔を置いてく事にする。死ぬ気で守れよ?』
『……それは構わんが、鬼神の奴はどうするんじゃ?』
『こいつは永琳と一緒に連れてく。こいつの馬鹿力が必要になるだろうからな』
『まぁ! 初めてじゃありませんか? 長耳ちゃんが私を頼ってくれるなんて!』
『あぁ、頼りにしてるよ……さて魔理沙ちゃん、覚悟はできてるか? 魔理沙ちゃんのマスタースパークに全てが掛かってると言っても過言ではないからね』
「じゃあ行くわよ魔理沙」
「おう……ッ!」
霊夢の手が自身の肩に乗った瞬間、まるで重たい鉛玉が身体の中に入った感じがした。
これが天才と言われた霊夢の霊力。
自身の中にそれが流れる事で初めて理解できた。
こんな莫大で、濃い霊力を彼女は身一つで抱え込み、それを飲み込んでいる事に。
「ぐっ……」
霊力の譲渡。
それは実際簡単な作業だ。
少し練習すれば誰だってできる。
問題は、それを受け取る側だ。
霊力というのは人それぞれ違うモノだ。
他者に己の霊力を分け与えたところで、受けると側がそれを受け入れようとしても拒絶反応が起きる。
まるで溶岩の中にいるようだ。
身体中が熱く、血液が沸騰しそうだった。
ブチブチと、己の神経がはち切れそうになるのが分かる。
内臓が破裂しそうだ。
とても痛い。
「……魔理沙」
「あん、なんだぜ霊夢……遠慮せずにもっとぶち込んでこい。遠慮なんてお前とは無縁の言葉なはずだぜ」
けれどここで折れるわけにはいかない。
懸命に負けまいと口を動かす。
「……なぁ霊夢」
「何よ」
「私はな、お前が羨ましかった」
不思議と、気が付けばそんな本音をこぼしていた。
緊張と身体中の痛みを紛らわす為か。
死ぬかもしれないから最後に言っておきたかったからか。
あるいはその両方だったかもしれない。
「生まれた時から才能があって、対して努力もせずに歴代最強の名を馳せたお前が、私は昔から羨ましかった。自由に空を飛んで、自由に生きてるお前が……私は羨ましかったんだ」
「……そう」
「対して私はやっとスタートラインに立てただけだ。しかもその為に数々のモノを犠牲にしてだ……だからさ、最近思うんだ。やっぱり私はお前みたいにはなれないのかなって」
あの日、初めて博麗霊夢という人間を見た日から、私は彼女のようになりたかった。
強くて、自由で、誰からも必要とされる人間に。
けれども近づけなかった。
どれだけ努力しても、彼女には未だに追いつけないでいた。
「はは、バカみたいだろ? 他人にはなれない。あくまで霧雨魔理沙は霧雨魔理沙のまま。そんな事、少し考えればすぐに分かる事なのにな……」
そう、それに直ぐに気が付いていれば、唯一の肉親とも喧嘩別れせずに、道具屋の娘としてそれなりに充実した人生を送れていた筈だ……
本当にバカな話…………
「……私もね、あんたが羨ましかった」
「……は?」
突然の霊夢の言葉に驚いた。
「私はね、生まれてこのかた努力なんてした事ないわ。いえ、する事が出来なかった。基本的に教えられたことはすぐにできるようになったし、大した苦労もしなかった」
なんだ、ただの自慢だろうか。
「……だからね、何かを犠牲にしてまで努力するあんたが羨ましかった。何かを掴み取ろうと必死になる人間のように、私も生きたかった」
「…………」
初めてかもしれない。
彼女が己のことを語るのは。
「人間ってのは自分に無いものを欲しがる。だから私もあんたも互いにあって無いものを求めようとする……それが意味のないことだなんて誰が決めたのよ? 別にそれを誇らしく思ってもバチは当たりはしないわよ……だからあんたも今まで通りにしていけば良いのよ」
「…………はっ、確かにその通りかもな」
……気が付けば痛みはなくなっていた。
霊夢の霊力を己の魔力に変換しきれた証だ。
……何だこんなにも簡単なことだったじゃないか。
「よっしゃ、いくぜいくぜいくぜいくぜいくぜ! この霧雨魔理沙、一世一代の晴れ姿。とくとその頭に刻み込んでおけよお前ら!」
愛用の魔道具を構える。
そして己の魔力を身体中に循環させ、それを一点に集中させていく。
「……合図したら結界を解くわよ。タイミング、外さないでよ」
「あったりまえだぜ。ここでドジをこく魔理沙様じゃないぜ」
手に持った魔道具が今までにない程の熱を帯びる。
ジュウジュウと音を立てて、自らの手が熱で焦げていくのが分かる。
しかし痛みは感じなかった。
「…………三、二、一、今よ魔理沙!」
……あぁ、そう言えば一つ重要な事を忘れていた。
今から解き放つこの技に、名前を付けなくては。
そうだな、スペルカード風に名付けるとするならば……
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
……『ラストスパーク』。
我ながら良い名前だと思った。
そして私が最後に見たのは、凄まじい光の熱量と、砕け散る愛用の魔道具だった。
「魔理沙!」
倒れこむ彼女を慌てて支えた。
どうやら魔力を全て使い果たした故の単なる気絶のようだ。
「おー、すっごいのぉ。れーざーって言うのか? 流石に儂もあれをまともに食らったら大怪我しそうじゃな」
魔理沙が放った渾身の魔力砲は、鈴仙と永琳、鬼神を飲み込んで遥か先の大木に一直線に向かっていった。
あと数秒もしないうちに魔力砲と大木は激突するだろう。
後はあっちの仕事だ。
「そこの魔法使いは目を覚まさんか? 長耳の言う事が正しければそろそろ……ほれ来たぞ」
天魔の言葉に反応して辺りを見回す。
すると今まで結界によって防いでいた木の根っこのような触手が、己の心の臓を貫かんと数多くうねっていた。
「……魔理沙はこのまま気絶させとけば良い。どうせ魔力を使い切って役に立たないだろうし」
「それもそうじゃな。さてさて……出し惜しみはしている場合ではないぞ博麗の巫女よ」
「あんたに言われなくてもそのつもりよ」
そして私は、気絶した魔理沙の目の前に立ち、お祓い棒を構えた。
『長耳ちゃん、それで私は何をすれば良いんですか?』
『なに、簡単な事だ。あの大木を全力で殴れ』
「いいか鬼神、幹をへし折るつもりで殴れよ?」
「はーい。というか長耳ちゃん、服が燃えてますけどどうしましょう」
「……あー、そこまでは考えてなかったな」
魔理沙ちゃんの魔力砲を使うアイデアはこれ以上にないものだ。
表面上は、わざとレーザー砲を浴びて吹っ飛ばされながら目的地へ飛んでいくという間抜けそうなものではあるが。
何よりスピードがある。
チンタラと目的地へ進んでいたら、触手の数の暴力を受ける羽目になるが、これならその心配はない。
しかし誤算だったのはその威力が思っていたよりも高かった事だ。
永琳はこうして私が抱えている事によってノーダメージで済んでいるが、私や鬼神は魔力砲を直に浴びている。
驚きなのが肉体に少なからずダメージがあるという事だ。
……初めてかもしれない。
人間に己の肉体を傷つけられたのは。
「まぁ今は気にするな。それより……出番だぞ鬼神」
気が付けばあっという間に大木が目前に迫っていた。
「はいはーい! それじゃあ行きます! せー…………のッッッ!」
魔理沙ちゃんの魔力砲の着弾と同時に、世界樹に鬼神の拳がめり込んだ。
そして響く轟音。
その音は空気を通して大地をも揺るがす。
ポロポロと、大木の幹から何かが落ちていく。
それは破片だ。
幹を覆う樹皮が衝撃で剥がれ落ちていくものだった。
そして微かに、幹の中に入れそうな隙間ができた。
「よし、突入するぞ」
「では行ってらしゃい長耳ちゃん。私はここで邪魔が入らないように見張っときますから……長耳ちゃん、必ず帰ってきてくださいよ? また嘘をついたら今度という今度は絶対に許しませんから」
「……善処するよ」
……嗚呼、あともう少しだ。