月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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終盤だろうとサクサクと進めていきます!
というかモチベが第一なので、申し訳ないです……


第41話

 

 

 

 

「おい、起きろ永琳」

 

「……うぅ」

 

 彼女の声で目が覚めた。

 どうやら今の今まで軽く意識が飛んでいたようだ。

 多分というか、明らかに霧雨魔理沙の魔力砲による衝撃が原因だろう。

 

「……ここは?」

 

 まだ覚醒したばかりの頭で精一杯状況を読み込もうとする。

 確か彼女の言う世界樹とやらに向かった筈だが……

 

 周りを見渡すと、そこは幻想郷ではないのがすぐに分かった。

 雲一つない綺麗な青空で、辺りは草木が生え渡り、吸い込む空気は最高に澄んでいた。

 こんな楽園のような景色は幻想郷どころか世界中探しても無いだろう。

 強いてダメなところを挙げるとしたら、生き物の気配が全くしないというところだが……

 

「……あれ、ここって」

 

 そして気がついた。

 私はこの景色を知っている。

 見た事があるという事に。

 

「お前がここに来るのは『二度目』だな。全く、あの時は私が使ってそのままにしておいた出入り口を勝手に使って入ってきて……結構本気で焦ったからな」

 

「ぁ……」

 

 その言葉で思い出した。

 昔、彼女を探して変な場所に迷い込んだあの日の出来事を。

 

「ようこそ楽園(エデン)へ。この世で最も美しく、最もつまらない場所だ。そしてここが終着点、泣いても笑ってもここで全てが決まる」

 

 ———そして彼女は、いつもの笑みを浮かべた。

 

「さて、本来なら観光の一つでもさせてやりたいところだが、時間がない。立てるか?」

 

「……えぇ」

 

 彼女の手を取って、立ち上がる。

 

「……夢のあなたがここにいるの?」

 

「あぁ、というかほら。もう見えるだろ? あれだよあれ」

 

 彼女は右手の人差し指をある方向へ指した。

 その指を、目で追っていくと……

 

「……なに、あれ」

 

 ———視界に収まったのは黒色。

 美しい景色には到底合わないであろう、黒い物体がそこにあった。

 それは炎のように揺らめき、その禍々しさを強調するかの如く、巨大であった。

 

「……あれが夢の私だ。まさかニンゲンの形すら成してないとは流石に私も予想外。どれだけ溜め込んでいたというか……いやはや、恥ずかしい限りだ」

 

 彼女の言うとおり、それは人の形ではなかった。

 最早形を失った異形の存在。

 あれが彼女の内面だと、信じたくなくなるようなモノだった。

 ……あれを倒さなければ、人間は絶滅する。

 そんな事果たしてできるのだろうか。

 今になって心配になってきた。

 

「余計な心配をしてるな永琳。安心しな、所詮は『夢』だ。夢ならば夢から覚ましてやれば良いだけの話だよ」

 

「え……?」

 

「倒す、倒せないの問題ではないって事だよ。夢の私が私をこの楽園に入れてしまった時点で、あいつはもう何もできない。あいつの勝利条件は私を楽園に入らせず、人間を全員消す事だった。私という存在がこの楽園に居ない時でしか、夢は現実に干渉できない。当たり前の事だ、だって『現実』と『夢』は同時には見られないだろう?」

 

 ……つまり、もう解決したという事だろうか?

 

「あぁそうだよ。良かったな、これでみんな助かる……まぁ、世界樹の中に入ってからここに来るまでそれなりに苦労したわけだが、残念ながらお前は気絶してたから私の活躍を見る事はなかったわけだ」

 

 確かにさっきから気にはなっていた。

 あの黒い影のようなもの、彼女の夢は目の前に私という獲物がいながらも何もしてこない。

 その事実が示す事は、彼女の言っていることに当てはまる。

 

「……良かった」

 

 ふっと力が抜けた。

 せっかく立ち上がったというのに、また座り込んでしまった。

 それだけ緊張していたということだろう。

 

「後は夢の私を夢から覚ましてやるだけだが……永琳、一つ頼んでもいいか?」

 

「頼み……?」

 

 その言葉は珍しいというか、意外だった。

 

「少しの間、目と耳塞いでおいてくれないか? 何も見えず、何も聞こえないでいてくれ。これから私が言う言葉は、恥ずかしくてお前にだけは聞かれたくないんだ」

 

「……分かったわ」

 

 スッと目を閉じ、耳を塞ぐ。

 意識を少しだけ沈めて、私は待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、待たせたな夢の私。残念ながら、今回の勝負は私の勝ちだ……思っていたよりも呆気ない幕切れだったな」

 

『ァァァァァ……なぜ、なぜ。自分は間違ってない、何も間違ってない。間違ってるのは』

 

「そう、間違ってるのは私。正しいのはお前で、私は愚者だ。そして礼を言おう、私がいつまでも決心が付かずに、最後までできなかった役目をお前は果たそうとしてくれた……ありがとう。でも、もういいんだ」

 

『何がいいものか。この争いと醜さだけしか残っていないこの世界を正すには、根本から『やり直す』しかない。だから終わらせる、人間という生命を。そして我らが母に代わって自分が創る。新しい生命を、失敗作ではないニンゲンを!』

 

「それは無理だ。ニンゲンだろうとなかろうと、『知恵』を生命に与えた時点でもうそれは失敗だ。知恵と感情は切っても切り離せない……そしてこの世界を維持していく為には、知恵ある生命が必要不可欠。しかし知恵を持たせても失敗作として誕生し、いずれこの世界は終わる。どっちにしてもダメなんだよ……この世界がいつか終わる事はもう定められている」

 

『だとしてもだ。それならば出来るだけその終焉を引き延ばすのが自分の役目だ。その為には今の人間は不必要だ』

 

「……そんな事をした所で、私の罪は消えない。消せないんだ……お前もそれは分かってるだろう? 何だかんだ理由をつけて人間を滅ぼそうとしても、その根底にあるものは『罪悪感』という感情だ。その感情に従って動いたところで、後に残るのは後悔とか悲しいといった新しい感情にまた苦しむだけだ」

 

『そんな事は分かってる! ならば他にどうしろと、どうすればこの苦しみから逃れられるというのだ』

 

「さっきも言ったろ、それは無理だ。私はこの苦しみを永遠に背負うんだ。逃げるのではなく、飲み込め。それが唯一の罪滅ぼしだと、私は思う……」

 

『…………あぁそうか。それが永い時の間で見出した自分の答えか……なんとも、悲しいものだな』

 

「あぁ、悲しいな。だからそろそろ目を覚まそうか…………夢の終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったぞ、永琳」

 

「……そう」

 

 目を開けて、視界に入った彼女はどこか悲しげに見えた。

 

「今、消えてった者たちを再生させてるところだ。ちょっとばかし数が多いんで時間は掛かるが……」

 

「あら、丁度良いじゃない。その間に約束を果たしてよ」

 

「……あー、そうだったな」

 

 彼女の事を全て知りたい。

 それが約束だった。

 

「……じゃあ、何から知りたい?」

 

「私が決めていいの? ……そうね、じゃああなたの本当の姿とやら、今見せて」

 

 正直、彼女のこの姿が本来の彼女ではないと聞いた時、少しショックを受けたが……今はむしろその本当の姿とやらを見たくて仕方がないのだ。

 

「…………笑うなよ?」

 

「笑わないわよ」

 

 笑ってしまう要素があったのなら、話は別だが。

 

「……あ、あれ? どこに行ったの?」

 

 そして何故か、瞬きをした瞬間に彼女の姿が消えた。

 まさかここまできて逃げた……?

 

『こっち』

 

「え……」

 

 頭に声が響いた。

 何処から聞こえたのか分からないというのに、不思議とその声の出所が分かる。

 あの丘の上、他のより立派で大きな木がある場所からだ。

 

 さくりと、柔らかな大地を踏みしめて歩く。

 声に導かれるように、私は丘を登っていく。

 

「……何処にいるの?」

 

 そして丘の頂上、木の木陰の中に入った。

 消えた彼女が近くにいるのは分かる。

 しかしその姿は見えないままだった。

 

「……本当に笑わない?」

 

 ———そして今度は、ちゃんと耳から聞こえた彼女の声。

 同時に少し違和感を感じた。

 何だか普段の彼女よりも、その声は、声色は穏やかというか、大人しい感じがした。

 

 発生源からして、この木の幹の裏側にいる。

 ちょうど私の反対側に。

 

「……笑わない」

 

 若干の焦ったさを感じながらも、断言した。

 その言葉を彼女は信じたのか、スッと木の幹の影から人影が現れた。

 

 ———正直な話、眼を見張ってしまった。

 だって、予想よりも予想外だったからだ。

 

「…………一応、この姿も『二度目』なのかな。あの時は少ししか見られなかっただろうけど」

 

 一言で表すなら、『白』だろう。

 見慣れた彼女の姿とは全く違う。

 地面にまで届きそうな真っ白な髪に、少しだけ小麦色が混じった白い肌。

 今でいうワンピースに似た白い簡素な衣服を着て、その顔は美しくはあるが、どちらかというと博物館に飾ってありそうな芸術品のようなイメージ。

 いつもの彼女とは、百八十度どころか三百六十度以上も違ったその姿に、私は眼を奪われた。

 同じ所といえば、その特徴的な真っ赤な瞳だけだった。

 

 そう、それは確かに人間という生物の祖に相応しい姿だった。

 

「永琳……?」

 

「……ぁ。ご、ごめんなさい。ちょっと、というかかなり驚いてただけ」

 

 声を掛けられてようやく現実に戻れた。

 

「えっと……その姿も素敵……よ?」

 

「うん、ありがとう……そう言ってもらえて『自分』も嬉しいです」

 

「っ……!」

 

 なんだ、なんなのだ。

 姿どころか性格すら違う彼女に私は少し変な気持ちになる。

 ……いや待て、しかしこの感じは何処かで……

 

「……やっぱり変ですか? 自分がいつもの強気な感じじゃなくて」

 

「そ、そんな事ないわ。それより、ちょっと『何ですか師匠』って言ってみてくれない?」

 

「? ……何ですか師匠?」

 

 あ、やっぱりそうだ。

 この感じ、永遠亭に来て間もないころ……即ち己の意義も記憶も全て封じていたころの彼女(レイセン)と同じだ。

 ……もしかしてだが、記憶が無い頃の彼女のあの性格の方が『素』だったりするのだろうか?

 

「それは違いますよ。どっちも自分の『素』です……まぁ、順番的に言えば今の方が最初なんで、そういう意味ならまた違った解釈ができるかもなんですが」

 

「そうなの……? じゃあ何で二つあるのかしら?」

 

「昔……永琳と出会うより前にある人間達に出会った事がありました。その時色々とあって、人間達の一人の姿を『貸して』貰うことになったんです。それがあの姿で、気が付けばその借りた人間の性格に引っ張られたというか……」

 

「……そう」

 

 たった数分で、彼女の秘密が一つ明らかになった。

 しかし、それだけではないのだろう。

 彼女にはもっと秘密があって、私はそれを全て知りたい。

 

「……永くなりますよ?」

 

「もとより承知の上よ。私はあなたがどうやって生きてきたのか、何を思っていたのか、全部知りたい。あなたの全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日ニンゲンが誕生した。

 この星、遠い未来で地球と呼ばれるようになる惑星の意思によって。

 ニンゲンは地球を永遠のものにする為に生み出された。

 美しい大地を、海を、空を。

 全てを永遠のモノとし、地球という小さな惑星の『命』を永遠にする為に。

 そうしてニンゲンをもとに、人間が次々と生み出され、繁栄をしていった。

 ニンゲンはその使命を、役目を果たそうとした。

 人間はそんなニンゲンの使命の為に、日々繁栄を繰り返し、その美しい大地や海を守り続けた。

 

 全ては順調だった。

 しかしニンゲンはある日、気付いた。

 気がついてしまった。

 人間が『感情』という、想定していなかった機能を身につけ始めている事に。

 これにより人間は星を守るどころか、壊すようになってしまった。

 感情のまま怒り、嘆き、そして殺し合う。

 これではダメだ。

 そう判断したニンゲンは、人間を己が使命に従い処分しようとした。

 

 しかし、それは叶わなかった。

 何故なら、ニンゲンも感情を持ち始めてしまったからだ。

 鉄の歯車の一つが錆びて、その錆びが他の歯車に広がるように、感情も人間やニンゲンを汚染していった。

 そして、本来処分するべき人間を処分できなかったニンゲンは決して消せない過ちを、罪を背負うことになった。

 それはこの星を、この地球の意思を『殺して』しまったというものだ。

 人間同士の争いにより、この美しい星は汚され、やがて破滅へと進む未来を選んでしまった。

 その未来にならないように止めるのがニンゲンの使命だったというのに、ニンゲンは使命を果たせなかった。

 やがてニンゲンは、様々な感情の波によってその身も心も壊れ始めてしまった。

 

 永い時を経て、ニンゲンは己の罪と向き合う事を決意した。

 その擦り切れた己の心を癒そうとしたのか、己の罪をその目に焼き付けたかったのか、今となってはもはや理由すら思い出せないが、ニンゲンは汚れきった地上をその足で歩んでいくことにした。

 その過程で色々な事を感じ、試し、体験して、様々な出来事もあった。

 

 そしてニンゲンは、ある結論に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論? 一体何を?」

 

「うん、結論。やっぱり、自分……ニンゲンは失敗作だったってこと。生まれるべきじゃなかった、創られるべきじなかった。だから、自分なんかは『消えた』方が良いって」

 

「なっ……」

 

 声がうまくでなかった。

 だって彼女が言った言葉は、自己否定そのものだったからだ。

 

「それがせめてもの償い、罪滅ぼしになるんだって……まぁ消えるって言っても、自分はこの星の因果に深く刻まれてるせいで生物として死ぬ事はできないから、正確には自我を永遠に封じ込めるが正しいかな」

 

 それはつまり、『生きながら死ぬ』という事だ。

 それがどれだけ辛いものなのか、私は知っている。

 だって、そうなってしまったら、最早それは生物ではない。

 ただの物言わぬ肉塊と同じだ。

 

「……正直、記憶を取り戻した後、すぐに消えるつもりだった。けどなんでかな……もうちょっと、永琳や姫様やてゐ、それにあのお馬鹿さんな妖怪二匹と一緒に居たいなって思っちゃった。けどそれもここまで、こんなにみんなに迷惑をかけたんだから、自分は居ない方が良い。いつ同じ事を起こすか、自分にも分からないから……」

 

 そう言って、彼女は私に背を向けた。

 

「……今、全ての生命を元に戻した。だから…………これでお別れです」

 

「ッ……!」

 

 その言葉に、私は頭を思い切り叩かれたような衝撃を受けた。

 本当にお別れ?

 全てが唐突で、全てがこれで終わってしまう。

 突然のカミングアウトからまだ数分しか経っていない。

 まだ心の準備も何もできていない。

 そもそも私は認めてない。

 

 ……なのに、これで本当に彼女と永遠の別れになってしまうのか?

 

「……でも、自分との思い出があったら永琳も辛いですよね。だから、最後に全部消してあげます。地上にいるみんなからも自分の記憶は消しておくし、もう二度と、自分の事を思い出す事はなくなる」

 

 スッと彼女の手がこちらに差し向けられた。

 ———嗚呼そうか。

 忘れてしまえば今私を混乱させているこの感触も消えてなくなるのだろう。

 そうすれば、きっと楽になれる。

 この泣きそうなくらいに悲しい気持ちも、勝手な事を言わないでと言いだしたくなる怒りも、全てなくなる。

 この感情を出してしまえば、逆に彼女を苦しめる羽目になるのは目に見えている。

 だって彼女は優しいから。

 だから、私は彼女のこの手を受け入れるだけで良いのだ。

 それが最善。

 そしたら、誰も苦しむ事はなく、全ては完結する。

 そうだ、だから、私は彼女に笑顔でこう言うべきだ。

 『さようなら』……って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———え?」

 

 ———気が付けば、私は彼女の手を叩いて拒絶していた。

 

「……さっきから黙って聞いてれば。ふざけないで、私はあなたの懺悔とかそんな事を聞きにきたんじゃない!」

 

 気が付けば、私の口は勝手に動いていた。

 

「私はあなたの全てを知りたいって言っただけ! そんな別れ話をしに来たんじゃない! あなたがどんな人生を送って、どんな風に生きて、何が好きで何が嫌いなのか! そんな当たり前のことを聞きにきたのよ……!」

 

 気が付けば、私は彼女を押し倒して馬乗りの状態になっていた。

 

「ニンゲンだとか、使命だとかそんな事私の知った事じゃないわ! あなたが消えていなくなりたいって思ったところで、私はそれを絶対に認めない! だってあなたのことが好きだから!」

 

 気が付けば、自らの衝動を、エゴを、我儘を抑えきれずにいた。

 

「大体何よ、迷惑かけたからさようなら? ふざけないで、そう思うなら尚更、菓子折りの一つでも持ってみんなに謝りに行きなさいよ! 勝手に迷惑かけて、勝手に消えるなんて自分勝手にも程がある!」

 

 気が付けば、涙が溢れてきた。

 

「それに、一つあなたは思い違いをしてる。この星が自分のせいで死んだとか意味の分かんないこと言ってたけど、私から言わせればそれが何だって話よ! あなたは何も悪くない! あなただってニンゲンなら、被害者よ……悪いのはその星の意思とやら、勝手にニンゲン創って盛大に自爆したただの間抜けじゃない!」

 

 声が枯れてきた。

 それでも、私は続けた。

 

「あなたが人間を消せなかった理由? 気が付いてないなら私が教えてあげるわよ! あなたは単に『羨ましかった』だけよ! 互いを愛して、憎んで、慈しんで、汚しあう人間たちの在り方が! 自分もそうなりたいって感じたから、こうして人間たちの近くに来たんじゃないの!? それを恥じる必要なんてない!」

 

 彼女はその紅い瞳でジッと私を見つめている。

 

「……だから、行かないで。あなたが消える理由なんて何処にもない。私の側にずっと居て……」

 

「……永琳」

 

 彼女の声はどこか弱々しかった。

 ほら、予想通り私の我儘で彼女は苦しんでいる。

 

「…………自分は」

 

 ———彼女が何か言う前に、私は自分の口で彼女の口を塞いだ。

 初めてのキスの味は、ほんの少しだけしょっぱかった。

 

「……分かってる。あなたも私も譲れない事情が、信条がある。だから、今からやる事は一つしかないでしょう?」

 

 私は立ち上がり、少しだけ後ろへ下がった。

 そして懐から札状のものを出して、彼女に突き出した。

 

「スペルカード戦よ。何か困った時や譲れないものがある時、幻想郷ではこれで決着を、勝敗をつける。今の私たちにピッタリでしょ?」

 

「…………スペルカード」

 

「そう、スペルカード。私が負けたら好きに消えるなり何なりしなさい。ただし、私が勝ったらあなたは一生私の弟子よ……『ウドンゲ』」

 

「……ヒドイですね、『師匠』は。その条件全く釣り合ってないと思うんですけど」

 

 彼女も立ち上がり、スペルカード用の札を取り出した。

 ———多分これが、私の一世一代の弾幕ごっこになるだろう。

 嗚呼、だから、絶対に、負けられない!

 

 

 

 

 




次回最終回となります。

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