懐かしい夢を見ている。
そう自覚できたのは、夢の内容が過去の出来事で、何度か同じ夢を見たことがあるからだ。
夢の中で私は走っていた。
呼吸が乱れ、肺から空気を出し入れするのがとても辛い。
心臓の鼓動がスピードを増し、胸が苦しい。
脚もじくじくと痛みが増してくる。
今すぐにでも脚を止めて、涼しい木陰で休憩をしたい気分だ……しかし、私の背後から追いかけてくる四足獣の妖怪がそうさせてくれそうにない。
迂闊だった。
いつも『都』の外を出歩くときは、妖怪除けの護符を持ち歩いているのだが、どうやら薬草探しに夢中になっているときに気付かず落としてしまったようだ。
お陰様で、こうして全速力で走って逃げなければならない羽目になった。
「あっ……!」
普段はあまり走らないのもあり、ついにはバランスを崩してしまい転んでしまう。
すぐに立ち上がろうとするが、疲労と痛みによって身体がうまく動かない。
そしてこの絶好のチャンスを妖怪は見逃さず、その大きな牙と爪で私を引き裂こうとする……
ぐっと目を閉じ、せめてやってくるであろう痛みに耐えようとする……
しかし、いつまで経っても痛みはやってこなかった。
その答えを知ろうと、ゆっくりと瞼を開けていく……そして視界に入ったのは、妖怪の牙や爪なんかではなく、『薄紫色の綺麗な髪』だった。
正確に言うと、薄紫色の長い髪をしている誰かの背中だ。
その背中は、私と妖怪の間にいつのまにか存在していたのだ。
「去れ」
目の前の背中の持ち主のであろう、その声が発せられた途端、私をあんなにもしつこく追いかけてきた妖怪は、何かに怯えるような様子でその場から逃げて行ってしまった。
いきなりの展開に、脳の処理が追いつかないでいると、目の前の背中がくるっと回転した。
「……兎?」
そして無意識的にそう呟いてしまった。
何せこちらに振り返ったそれは、一見すると成人女性のようだが、真っ赤な瞳をしていて、頭頂部には兎のそれと似たような耳が二つ生えていたからだ。
しかし普通の兎ではなく、人型だ。
つまりこれも妖怪……兎の妖怪という可能性があるということだ。
しかも知性があるということは、それなりに力のある妖怪ということでもある。
「大丈夫か?」
妖怪兎はそう言って、すっと倒れてる私に手を伸ばした……手を掴めということなのだろうが、果たして掴んで良いのだろうか?
「何もしないよ、ほら」
私の警戒心を読んだのか、そう付け足してくる……
「きゃっ……!」
おそるおそるその手を掴むと、思っていたよりもぐっと勢いよく引っ張られたため、小さな悲鳴を漏らしてしまった。
しかし、引っ張った張本人である妖怪兎がしっかりと支えたため、バランスを崩すことなく立ち上がれた。
「……なんのつもり?」
「助けてやったのに開口一番がそれかい、普通そういう時は最初にお礼の言葉を言うのが良いと思うけど?」
もちろん、助けてもらったのならお礼の言葉くらいは言うのが正しいのだろう。
もっとも、相手が妖怪でなければの話だが。
「なんで妖怪が私を助けたのかって意味よ、あの獣妖怪のように私を襲うのが普通ではないかしら?」
妖怪、それは人智を超えた力を生物が手にした存在ともいえる。
基本的に妖怪は自身の種族やその保護下にある者以外とは敵対する傾向がある。
さっきの妖怪がとても良い例だ。
故に解せないのが、その妖怪であるこの兎は、私を見殺しにするのでも、襲うのでもなく助けたということだ。
「別に、妖怪は必ず敵対者を襲え……なんて決まりは無いだろう? 強いて言うなら単なる気紛れだよ、なんとなく助けたかったから助けただけさ」
なんとなくか……実に妖怪らしい考え方ではあるが。
「なんだ、まだ疑ってるのか? 生憎と私は他者を嬲ったりする趣味はないんでね、ましてやお前さんみたいな子供を……」
「ちょっと、今のは聞き捨てならないわ」
頭で考えるより、反射的にそう言ってしまった。
私の言葉に妖怪兎は『何が』といった様子で首を傾げる。
「私は子供なんかじゃないわよ、少なくともあなたよりは年数を重ねてるわ」
私が私としてこの世に存在し始めた頃は、妖怪という種はまだいなかった。
つまり必然的に、この妖怪兎よりも私は長い時を過ごしていることになる。
何が言いたいのかというと、歳下のやつに子供呼ばわりはされたくないということだ。
「えぇ? でもなぁ……」
妖怪兎は私を頭のてっぺんからつま先までじっくり見た後こう言った。
「……どうみても小娘にしかなぁ」
なんて失礼なやつなんだろう。
確かに妖怪兎に比べたら、背とかその他諸々は私の方が小さい。
しかし見かけで判断しないでほしいものだ。
「小娘じゃないわ、私には八意XXってちゃんとした名前があるの!」
何故かは知らないが、自分でも不思議なほど感情が溢れてしまった。
気が付けば、小娘呼ばわりされたことにちょっとだけ苛ついてしまい、つい声を張り上げてしまった。
「それで小娘、お前さんはあれだろ? あの変な建築物が沢山集まってる所に住んでるんだろ?」
しかし妖怪兎は何事もなかったかのように私の発言を無視し、逆に質問をしてきた。
……変な建築物とはおそらく都のことを指してるのだろう。
確かに妖怪とかからみたら、私たち人間が住んでいる都は風変わりなものに見えてしまうのも無理はないかもしれないが……
「……それがなによ」
「いや、どうしてこんな所で一人で妖怪に襲われてたのか気になってね」
成る程、当然の疑問だろう。
基本的に都にいる人々はあまり外部との接触をとらない。
かくいう私も、薬作りに使う材料を集めるためぐらいにしか都から出たりはしないし。
「……薬に使う材料を集めてたのよ、そしたら妖怪に襲われただけよ」
「材料集めねぇ……たった一人でか? なんでそんな危険を冒すんだい?」
もちろん、危険なのは重々承知している。
しかし、こちらにも事情というものがあるのだ。
自分で言うのもなんだが、私は天才だ。
数々の発明品や薬を私は数え切れないほど作ったし、都だって私が一人で設計したといっても過言ではないほどだ。
それ故に、周りの者達からは尊敬や信頼といった念を集めてしまっている。
……正直、鬱陶しいと思ってしまうほど。
私はそれはもう重宝されている。
頼んでもいないのに、家に護衛が何人もいるし、少し家の外に出るだけでも護衛が勝手に追いてくるときたものだ。
お陰様で、一人で安らぐ時間というものが全く無い。
孤独を望んでいるわけではないが、常に他人に監視され続けるのは神経が擦り減る。
だからこうして、結構な頻度で家をこっそりと抜け出し、一人で都の外を出歩くのだ。
確かに危険は多いが、それでもストレス発散にはなる。
「ふーん、成る程ねぇ……それで今日はその妖怪除けの護符とやらを落っことして妖怪に襲われたと」
大まかな事情を説明すると、妖怪兎は私をじっと見つめた。
「なんていうか……天才を自称するわりには間抜けな所もあるんだな、小娘」
「なっ……!」
私はこの時少なからず衝撃を受けた。
間抜けなんて言葉を言われたのは初めてだったからだ。
しかし事実なので何も言い返せない。
そんな私の様子を見て、妖怪兎は何が可笑しいのかケタケタと笑っている。
「まぁお前さんの気持ちもわからなくはないよ。けど、今日学んだ教訓を元に、これからは一人で出歩くのはよしなよ」
まさか妖怪に身の安全を心配されるとは思ってもいなかった。
「余計なお世話よ……一応お礼は言っとくわ、助けてくれてありがとう」
少し早口で言う。
そして踵を翻し、その場をさっさと去ろうと歩みを進める……
「小娘」
「? ……なによ?」
そして妖怪兎に呼び止められた。
まだ何かあるのかと、少し苛つきながらも振り返る。
「一人で帰れるのか?」
「…………」
そしてそのままの姿勢で固まってしまった。
首だけを動かし、辺りを見回してみる。
既に日は落ち始め、夜になりかけていた。
辺りは暗闇に染まりつつあり、何処からともなく獣の遠吠えが聞こえてくる。
そして極め付けに、全く見覚えのない景色だ。
きっと妖怪から逃げるのに必死で、来たこともない所まで来てしまったのだろう。
それらを踏まえて、もう一度妖怪兎の言葉を思い返してみる。
『小娘、一人で帰れるのか?』
「…………」
私は天才だ。
当然、既に答えには辿り着いている……辿り着いてはいる。
「……と、当然よ」
「声、震えてるぞ」
それが彼女との出会いだった。
結局あの時は、妖怪兎に都近くまで護衛してもらったのだが、本当に変わった妖怪だと思った。
気紛れとはいえ、あそこまでして私を守ろうとするなんて妖怪らしくない。
それが彼女に対しての印象だった。
そして次に彼女に再会したのは、それから一週間後だった。
またいつものように都を密かに抜け出し、散歩がてら薬の材料集めをしていると彼女はいつのまにかそこに居た。
「覚えのある波がすると思って来てみれば……おい小娘、前に私が言ったこともう忘れたか?」
「あら、あなたこそ忘れたのかしら? 余計なお世話だって私は言ったわよ」
私の言葉に妖怪兎は呆れたように息を吐いた。
しかし私だって馬鹿ではない。
しっかりと前回の失敗を反省して、護身用の品をいくつも用意してきた。
新しい妖怪除けの護符だってこの通り、落とさないように首にかけて……
「む、なんだ小娘? 私の顔に何かついてるか?」
おかしい、ちゃんと護符は機能をしている筈なのに、何故かこの妖怪兎は私の眼前にいる。
「……あぁ、その程度の力しかない御守りなんかじゃあ私は怯まないよ」
私の考えを読んだのか、あっさりとそう言い放った。
正直言って、この妖怪兎からは大きな力は感じ取れない。
しかし彼女のこれまでの行動が普通の妖怪ではないことを物語っているのも事実だ。
となると導き出される答えは限られてくる。
「何か特殊な力でもあるのかしら?」
ふと心に思った事が口に出てしまった。
そして妖怪兎にも聞こえてしまっていたのか、呆気にとられたような表情をしていた。
「……驚いた、よくわかったな小娘」
どうやら正解だったようだ……それにしても。
「隠そうとはしないのね」
「まぁ別に元から隠そうとする気もないからな。大体隠したところで何かあるわけでもないし」
そう言ってから、よっこいせと近くの大きな岩に腰をおろす妖怪兎。
「私は『波長』を操れるんだよ」
「波長……? それは空間内を飛び交う信号のことかしら?」
「し、しんごう? ……まぁ正直自分でもよく分かってないんだが、兎に角私は波長っていうのをいじれるみたいなんだよ」
「自分でもよく分からない能力なのに使ってるの?」
「そうだが、結構便利なんだなこれが」
はっはっはっ、と豪快に笑う妖怪兎。
しかし波長を操る能力か……とても興味深い。
波長というのは磁場や電気信号といった三次元のものに限らず、『これとは波長が合う』といった概念に近い二次元的なものを表すのにも使う言葉だ。
仮にこの妖怪兎の能力が、次元に関係なく波長というものを操れるのならそれはつまり波長という概念そのもの自体が実は現実的なものに近いという証拠にも……
「おい、どうした急にブツブツと……」
「ねぇ、もっと詳しく教えてくれないかしら!」
「うぉっ!? な、なんだ急に……」
私は天才だ、それは間違いない。
しかし天才といえど、知らない知識はまだまだ山ほどある。
私は天才である前に、知識の探求者でもある……いや、探求者だからこそ私は天才なのだろう。
だからこそ私は知りたいと思った。
この
それからは、大体三日に一回のペースで彼女に会いにいった。
「……また来たのか、小娘」
「だから小娘じゃないわよ! ……まぁこの際何でもいいわ、それよりその能力についてまた教えてね」
私が会いに行く度に彼女は私を小娘呼ばわりした。
けれど不思議と慣れてしまったのか、途中から嫌な気はしなかった。
「……気でも狂ったのか?」
「私はいたって正常よ、ただあなたの一日の行動パターンを知りたいのよ」
ある時は、彼女に一日中ついて行くと言ったこともあった。
「ほら、ここが私の住処だよ」
「……兎がいっぱいね!」
「私の子分達だよ……だからそろそろ離してやれ、子分の首が絞まってるから」
根負けした彼女の住処に連れて行ってもらい、モフモフの兎を思いっきり抱きしめたこともあった。
「これは何だ?」
「それは煙草っていう名前でね、読んで字のごとく火をつけて薬草からでる煙を吸ったり吐いたりして楽しむ娯楽品。私は煙たいの嫌いだから吸わないけど、結構都では人気なのよ」
「ふーん……おぉ、確かになんか楽しいなこれ」
「ちょっと、近くで煙吐かないで……けほっ!」
またある時は、基本的に暇を持て余している彼女に娯楽を教えてあげたりもした。
「それでなぁ、そいつは向こう岸に手っ取り早く渡りたくて、鰐を騙してそこに一列に並べさせたんだ」
「なかなかズル賢いわねその子分兎……それでそれからどうしたの?」
「まぁあいつは子分達の中では一番知性が育ってるからな、確か最後の最後で嘘をばらしちまって、痛いしっぺ返しをくらったらしい。それで大怪我して動けないところを、大変な美男子に助けられたとかなんとか言ってたな」
またまたある時は、他愛もない雑談に花を咲かせたりもした。
そんな生活を続けて、気が付けば数十年も経った。
最初は単なる興味からくる知識への欲求だったが、彼女と交流を重ねる内に、私は彼女に対して友情というべき感情を抱き始めた。
最初こそ、その理由は分からなかった……しかし後に私は理解できた。
私の周りには、私を慕うものしかいなかった。
正直それが煩わしかった。
だからこそ私は無意識に欲したのだろう、『友人』という対等の立場の者を。
楽しかった、彼女と会うのが。
嬉しかった、彼女と話せるのが。
……こんな毎日が永遠に続けば良いと思った。
しかし別れは突然訪れた。
「……月に行く?」
「えぇ……この地上はもうすぐ穢れによって完全に汚染されるわ。穢れがあれば生物に寿命ができてしまう……だから穢れがない月に行くことになったの」
「穢れ……ねぇ。よく分かんないけど、つまり死にたくないから月に行くってことか?」
「概ねそんな感じよ」
ふーん、とつまらなそうに彼女は空を見上げた。
「もうすぐに行くのか?」
「そうね……遅くても三日後には出発するわ。予定では穢れによる汚染は数年先までもつはずだったんだけど、思ってたよりも速かったみたい。本来なら既に成長しきった私の身体がさらに成長……老化ともいうけど、成長したのが良い証拠ね」
「なんだ、私の身体に憧れて意図的に成長させたのかと思ってたぞ」
「ち、違うわよ!」
確かに彼女の身体つきは良いし、全く憧れてなかったというと嘘になるが……
「それにしても人間は変わってるな、死ぬのがそんなに怖いのか?」
「そうね……いえ、死を知らないからこそ怖れているのよ」
私たち人間の知能はあらゆる生態系の中で一番高い。
それ故に、人間は恐怖を抱くのだ。
「浮かない顔だな小娘、お前さんも怖いのか?」
「……分からないわ」
「……じゃあ質問を変えよう、迷ってるのかお前さん」
「…………」
彼女は何に対して迷っているのかは言わなかった。
しかし何を指してるのかはすぐに分かった……だから私はこの時答えられなかった。
「……もうここには来れなくなるわ、準備とかで色々と忙しくなるだろうから」
「そうか」
「それと、月に行くためのロケットのエネルギーにはこの土地の地脈を使うの。普段は都の防衛に回しているエネルギーだから、ロケット打ち上げの日には都の防衛機能は完全に停止する……」
「そうしたら、ここぞとばかりに妖怪達が攻め入ってくるな。あいつら普段からお前達を襲おうとうろちょろしてるし」
「……その通りよ、だから打ち上げが成功しても、妖怪の襲撃で失敗しても、どちらにせよもう貴女とは……」
会えない……その言葉を口に出せなかった。
「……そうだな」
けれど彼女にはしっかりと伝わった。
「……最後に、この辺りから避難した方が良いわ。最終的に、無理に酷使した地脈のエネルギーが暴発して、この辺り一帯を吹き飛ばすだろうから」
「ははっ、人間の最後の置き土産ってか?」
……彼女の軽口を聞くのもこれで最後になる。
「もう行くわ……貴女と会えて良かった」
「……じゃあな、小娘」
「八意様! はやくシャトルにお乗りください!」
「私は一番最後に乗るって言ったでしょう、シャトルの制御は私がやってるのだから」
「で、ですが……もうすぐそこまで妖怪共が!」
思っていたよりも妖怪達の進行が激しく、予定よりだいぶ時間をくっている。
一応私が乗る予定のシャトル以外は、既に打ち上げに成功しているのだが、妖怪の妨害によってなかなか打ち上げができない状況に陥っていた。
「も、もうダメだ! 妖怪がなだれ込んでくるぞー!」
どうやら最後の防衛線も突破されたようだ……
私と護衛達はあっという間に囲まれ、追いやられた。
もはやここまで……そう思った途端、妖怪共の動きがピタリと止まった。
まるで何かに押さえつけられているかのように、肉を痙攣させている。
「よ、大丈夫か小娘?」
そして気が付けば彼女が目の前にいた。
「は……え? な、なんでここに……!?」
「まぁまぁ落ち着けって。……とりあえず邪魔者は退出してもらおうか」
彼女の赤い瞳が輝いた。
すると私たちを襲っていた妖怪達は来た道を引き返し、私の護衛達は何かに操られたかのようにフラフラとした足取りでシャトルの中へと入っていった。
きっと彼女の能力によるものだろう。
「……な、なんで来たのよ。この辺にいたら危ないって……」
「なに、またあの時みたいに危険な目に遭ってそうだから助けに来ただけだよ。それに部下達はちゃんと避難させたから」
その言葉に、私は唖然とするしかなかった。
「ほら、とりあえずお前さんも早くあの長筒に入れよ。あれで月に行くんだろ?」
「え、いやちょっと待っ……きゃあ!」
呆然としていると、彼女に抱き抱えられた。
「流石に私もあの数を抑えておくのはキツイからな、さっさと行ってもらわないと無駄骨になっちまう」
「……どうして? どうしてそこまでしてくれるの?」
気が付けば目頭が熱くなってきた。
「ん? 前にも言ったろ、助けたいから助けたんだよ」
気が付けば涙が溢れていた。
「わ、私……本当は貴女とずっといたかった! 月になんて行きたくなかった! 貴女とずっとずっと……」
「そうかそうか、けど本音を言うには少し遅かったかな」
そしてシャトルの中に降ろされた。
「うぅ……」
彼女の言葉が突き刺さり、後悔の念に駆られさらに涙が止まらなくなった。
そんな私の頭に、彼女の手がフワリと乗った。
「だからこれからは迷うな。自分の心に素直になれば良い」
「…………」
「……大丈夫だよ小娘、きっとこれから先も良い事はある。私以上の友人が出来るかもしれないし、護ってあげたいなっていう大切な人ができるかもしれない。そしたら、迷わずその人達とずっと一緒に居られるよう努力すれば良い」
「……うん」
シャトルが揺れ始めた。
シャトルの制御は私しかできないはずなのだが、きっとこれも彼女が能力を使って発車させているのだろう。
「……ほら、これやるから泣き止め」
彼女はそう言って、自身の髪の毛を数本千切って、私の人差し指に巻き付けた。
「すまんな、それくらいしかあげるもんないんだ」
「……うぅん、大事にするわ」
彼女がシャトルから出ると、扉が閉まりシャトルは上昇し始めた。
『元気でな、小娘』
そして最後に、扉越しからそんな彼女の声が聞こえた。
「……最後くらい名前で呼んでよ」
私の声が聞こえたのか、扉越しの彼女はいつものように笑っていた。
ふっと目を開けると、見慣れた自室の天井が目に入った。
しかし何故か視界がボヤけてる……
取り敢えず上半身だけを起こすと、部屋の襖がすっと開き、『彼女』が入ってきた。
「……おはよう、ウドンゲ」
まだ脳が覚醒しきっていないが、なんとか挨拶の言葉だけは捻り出せた。
そして何故か、ウドンゲは私を見るなり少し動揺した様子を見せた。
「? どうしたの……え、泣いてる?」
筆談で書かれた彼女の文章をみると、どうやら私は涙を零しているらしい。
……確かに指を目元に近づけると、液体が流れていた。
「……いえ、大丈夫よ。なんでもないから……」
心配そうに私を気遣うウドンゲの姿は彼女そっくりだ。
「ただの生理現象よ……あぁもう、大丈夫だって言ってるでしょ」
しつこいくらいに心配する彼女を何とか説得し、着替えてから洗面所に向かう。
「……あ、忘れ物」
ふといつも首に下げているお守りを部屋に置いてきたのを思い出し、慌てて引き返す。
机の上に置いてあったそれを手で掴み、何気なく袋から中身を出してみる。
そこには『薄紫色の髪の毛』が数本入っていた。
「……えぇ、私はもう迷わないわ」
そして丁重に中身を袋に戻し、しっかりと落ちないように首にかけた。
次回も永琳編です