月の兎は何を見て跳ねる   作:よっしゅん

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第9話

 

 

 

 

 

「ねぇ、私たちまだ分かり合えると思わないかしら。こんな誰も喜びもしないことを続けても無意味ということは、他でもない貴女が一番知ってるんじゃない?」

 

「そうね、けどこれは個人的な恨みでもあるのよ」

 

「復讐だなんて馬鹿げたことはやめなさい永琳、そんなの悲しみが増すだけよ。むしろ永琳は私に感謝すべきだと思うの、だって鈴仙と一緒に添い寝できたのは私のお陰じゃ……って危ない! ねぇ今の本気だった!? 完全に私の眉間狙ってたわよね!?」

 

「安心しなさい、矢じりはついてない非殺傷の矢よ。当たっても物凄く痛いだけで済むわ」

 

「そういう問題じゃないと思うんだけど!? いやー! 助けてれーせーん! もこたーん!」

 

 ……そんな悲鳴にも近い姫様の声が庭から聞こえてきた。

 

「……れーせんさんや、あれ止めなくて良いのかい?」

 

 そしてお腹を空かせてお昼を食べに来たてゐが、台所でお昼の用意をしている自分にそう聞いて来た。

 

 確かに側から見たらあれは行き過ぎた喧嘩に見えるかもしれないが……

 事の始まりは、再び気絶した師匠が目を覚まし、自分を師匠の布団に潜り込ませたのが姫様と知った師匠が、それを知るなり自慢の弓を片手に姫様を追いかけますというのが始まりだ。

 それから既に一時間ほど経過しているが、未だに姫様の助けを求める声が聞こえるということは、逃げ続けているのだろう。

 

 元はといえば今回の件は自分の責任でもあるし、助けてあげたいのは山々なのだが、別に殺し合いをしているわけでもないし、師匠も本気で怒っているわけではないようだ。

 要するにあれは単なる戯れ程度の喧嘩だ、それこそ姫様からしたら、いつも戯れ合う相手が妹紅さんから師匠に変わった程度のものだ。

 それに姫様も、師匠が恥ずかしがるのを見越した上で自分にあんな指示を出したのだ。

 それを見破れなかった自分も悪いが、それを差し引いても今回の事件は姫様の悪戯心が招いたものだ。

 ならばここは心を鬼にして、姫様には自分自身の力で試練を乗り越えてもらうしかない。

 

 ———それとお昼の準備で忙しいから今は手が離せないし。

 

「……それ最後の方が本音だったりしない?」

 

 何をバカなことを、そんな事あるわけ……ないよ?

 

(それよりてゐ、ちょっと手伝って欲しいんだけど)

 

「んー? 生憎とあたしゃ料理なんかできんけど……?」

 

 それは知ってる。

 故に手伝って欲しいのは調理ではない。

 

(ほら、この前二人で作った『あれ』。あれを庭に組み立てといて欲しいの)

 

「……あぁ、あれね」

 

 曖昧な説明だけでてゐが納得できたのは、それを作るときにてゐも関わっていたからだろう。

 暇そうにしてたから、自分が無理矢理手伝わせたともいうが。

 

「そうさねー、やってあげてもいいけど、やっぱ無償で……ていうのは性に合わないんだよねー。ほら、それ作るの手伝った時の報酬もまだもらってないしなー」

 

 すると、ニヤニヤしながらそんな事を言ってくる悪戯兎。

 まぁこの兎ともそこそこの付き合いだ。

 多分そんな事を言ってくるのではないかと予測はしていた。

 

「なっ……そ、それはまさか」

 

 当然対策もバッチリだ。

 あらかじめ用意していたある物体を手に持ち、てゐに見せる。

 

「その瑞々しい艶に、形が整ったフォルム……普通のものより洗練された大きさ……それは間違いなく!」

 

 興奮を抑えきれないてゐ。

 

「あの高級とも謳われた人参……王様人参!?」

 

 そう、今自分が持っているのは、普通のより明らかに大きい人参。

 さらに味も普通のより遥かに美味くて、そのまま齧っても美味しく食べれそうなくらいのものだ。

 そしてこれは庭で育てたものでも、人里で買ったわけでもない。

 以前知り合って仲良くなった、お花が大好きなある妖怪さんにお裾分けしてもらったものだ。

 つまり数に限りがある限定品、滅多にお目にかかることのない激レア食材だ。

 そんな人参を目の当たりにして、人参好きのてゐが食いつかないわけがない。

 

(手伝ってくれたらこの人参を、材料に加えてあげても……)

 

 気が付けば、てゐが目の前から消えた。

 そしてすぐに玄関の開ける音が聞こえたので、どうやらやる気は出してくれたようだ。

 というか今までにない程の超スピードだった。

 いつもあのスピードを出していれば、自分からのお仕置きを回避するのは容易だろうに。

 ……まさかわざとお仕置きを受けてるとかは……ないか、流石に。

 

 そして姫様の悲鳴を聞きながら、愛用の調理器具達の準備を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠とは何だろうか。

 ただ過ぎ去っていく『時』をその身に感じながら、私は時折そう考える。

 そして決まっていつも同じ結論に辿り着く。

 

『永遠とは、とても退屈なもの』

 

 そう考えるようになってから、私は『退屈』を実感し始めた。

 変わらない毎日、変わらない日常、変わらない景色、変わらない人生。

 嗚呼……変化がないとはこんなにも退屈で、とても虚しいものなんだ。

 『永遠と須臾』が、只々私の変化を邪魔をする。

 それがとても煩わしかった。

 

 何一つ不自由のない月での暮らし、それはとても魅力的でもあり、自由を奪う牢獄でもあった。

 もはや私の目には、月での生活は価値無きものになった。

 だからこそ、必然的に私は地上に興味を持った。

 

 地上は穢れている、私はそう教えられた。

 穢れているから地上へは行ってはいけない。

 穢れているから、地上にいると永遠ではなくなる……

 

 とってもバカらしい考えだ。

 そんなに死ぬのが怖いのか、そんなに永遠が失われるのが怖いのか。

 私はそんな人生を望んでなどいない。

 この狭い牢獄月から抜け出して、自由を手にしたい。

 

 そんなある日、転機が訪れた。

 最初は新しい家庭教師が私に教養を身につけてくれると聞いて、少し期待した。

 新しいこと、変化があることは唯一の楽しみでもあるからだ。

 さらに驚くべき事に、家庭教師はかの有名な月の賢者の一人、八意XXだったのだ。

 八意XXといえば、かつて月の民がまだ地上にいたころ、民達を月へと導いた大賢者だ。

 期待がさらに膨らんだ。

 何故なら、その大賢者から地上についての話を聞けるかもしれないからだ。

 私の周りの者は殆ど地上について知らないか、関心がなかった。

 だから地上について興味はあれど、知識を蓄えることは充分にはできなかったのだ。

 

 早速会った初日に地上について質問することにした。

 しかし何から聞こうか迷った。

 何せ聞きたいことが山ほどあるのだ。

 そして迷いに迷って、ようやく言葉を絞り出せた。

 

『ねぇ、地上ってどんなところだったの?』

 

 ひどく大雑把な質問だと自分でも思った。

 しかしこの質問は、八意XXが地上に対してどんな印象を持ってるかを知る意図もあった。

 他の者と同じ考えを持っているのか、それとも……

 

 私がそう質問すると、彼女は少し呆気にとられた様子を見せた。

 そして少し考え込む素振りをし、やがて口を開いた。

 

『とっても素敵なところよ』

 

 今まで無愛想な表情しかしていなかった彼女が、嬉しそうに……そしてどこか悲しそうな笑顔でそう答えた。

 その感情が入り混じった笑顔を見て、私は確信した。

 

 ————彼女は地上が好きなんだなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私達は無事に地上へと移住することができた。

 それまでの道のりは決して楽ではなかったが、同時にやはり地上に来て良かったと思う。

 なんといっても、地上での生活は新鮮でスリルがある。

 月では絶対に味わえないものだ。

 

 しかしあえて不満を挙げるとするなら、今私とXXが住んでいる場所が幻想郷というところなのだが、そこで隠れ忍んでいなくてはならないというところだろうか。

 別に幻想郷自体が悪いというわけではない。

 ただ単に、結界で隔離されている幻想郷とはいえ、下手にあちこちを動くと月の連中に感知される可能性があるらしい。

 もしそれが本当で、仮に二人とも捕まってしまったら、永遠に幽閉され続けるだろう。

 そんなことになったら、私なんて発狂しかねない……退屈すぎて。

 だからXXの言う通り、迷いの竹林の住処で大人しくしていなくてはならないのだ。

 月にいる時よりかは遥かに良いが、それでもこんな生活では不満の一つや二つ感じてしまうのも無理はないはずだ。

 唯一の楽しみと言えば、最近知り合った……あちらの方はどうやら昔から私を知っているらしいが、とにかく知り合った妹紅との殺し合いだろうか。

 少なくとも、その間は退屈を忘れることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして妹紅と出逢ってからどれくらい経った頃だったか。

 ある日一匹の玉兎がやってきた。

 最初は見慣れないイナバがいるなと思ったが、どうやら月から地上に降りてきた玉兎らしい。

 しかしおかしな事に、その玉兎は私達が目的というわけではなく、言ってしまえば家出をした、そんな感じの事情で地上に降りてきたようだ。

 

 ————嗚呼、なんと面白そうな兎なのだろう。

 久しぶりの変化、新しい出来事に私の心情の矛先はすぐにその玉兎……レイセンに向けられた。

 

「ねぇレイセン、あなたどうしてそんな顔してるの?」

 

 何故か用意されてあった、レイセンが用意したらしい食事を食べおえ、私はすぐに気になったことを口に出してみた。

 レイセンの顔……というか表情はお世辞にも良いと言えないほどの無表情、というか死んでいる。

 口角は重力に一切抵抗をせず垂れ下がり、その赤い瞳は眼球に反射され映し出された景色しか映しておらず、何の感情もこもっていない。

 まるで生命活動を停止した単なる死体ではないか、否、死体と何ら変わりはない。

 理由はわからないが、このレイセンは生物の基本的能力の一部を失いかけて……もしくは完全に失っている。

 そんな状態でよく、さぞ普通に生きているかのように振る舞えるものだ。

 何かしらの要因がそうさせているのか。

 それとも『苦痛』という概念すら感じないのだろうか。

 ……どちらにせよ、この玉兎は普通ではない。

 普通でないが故に、とてもとても面白そうな兎だ。

 そう……とっても私好みだ。

 

「……へぇ、能力の所為で。大変なのね」

 

 そしてレイセンは何の躊躇もなく、あっさりと質問に答えた。

 どうやら自身の能力を完全には制御できずに、能力のある一部分が暴走状態らしい。

 それにしても、玉兎が固有の能力を持っているなんて珍しい。

 基本的に仲間同士でテレパシーをする程度の力しかないと思っていたが、稀に特殊な個体も存在すると聞いた事もあるので、レイセンはその特殊な個体とやらなのだろう。

 

 そしてもう一つ疑問がふつふつと沸いてきた。

 このレイセンをここに住ませるのは良い。

 しかし、何故あの用心深いXXが月からのスパイかもしれない輩を普通に受け入れたのか。

 

「……成り行きよ」

 

 本人に質問してみるとそう返ってきた。

 ……それなりに付き合いが長いから分かるが、明らかにはぐらかしを含めた言い方だった。

 きっと他に理由があると思うが、追求しても答えは返ってこないだろう。

 何より、先程からレイセンをチラチラと見ながら、懐かしさと悲しさが混ざったような顔をしたXXにそれ以上何かを言うことはできなかった。

 

 沈黙がこの場を支配する。

 

「……そうだ、レイセン、私と勝負しない?」

 

 沈黙を破るために、私はふっと思いついたことを言った。

 

「XX……じゃなかった、永琳はここに住むことを許可したようだけど、ここ永遠亭の本来の主人は私なのよ? 当然私にも許可をもらわないとダメだと思わない? だから私と勝負したら私も認めてあげるわ」

 

「ち、ちょっと輝夜?」

 

 何か言いたそうにするXXに小声で耳打ちをする。

 

「もしあのレイセンがスパイだとしたら、私と勝負している最中に何かしら仕掛けてくると思わない?」

 

「それは……」

 

 仮にレイセンが月のスパイだったとしよう。

 そして今私たち二人の隙を窺っているとしたら、私と勝負をするという絶好の機会を逃すはずがない。

 必ず何かしらの動きを見せる筈だ。

 そしてその決定的瞬間を抑えれば良いだけの話。

 

「側には貴女が控えて、いつでもレイセンを捕縛できるよう準備しとけば何も問題はないでしょう? それにやっぱり物事ははっきりしとかないと気味が悪いじゃない?」

 

 私がそう言うと、ようやくXXも承諾した。

 ……正直な話、レイセンが本当にスパイだろうがそうでなかろうがどうだって良い。

 何故なら、どちらに転んでも面白そうではないか。

 最近殺し相手の妹紅も来ないし、丁度暴れたくてウズウズしていたところだ。

 ……別に後者が本音というわけではない、多分。

 

「どうレイセン、この挑戦受け立つかしら……そう、やる気満々……には見えないけど、やる気はあるようね」

 

 レイセンの無機質な瞳が少しだけ光を帯びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に言えば、レイセンはスパイでもなんでもなかった。

 『観察』が得意分野な私が、勝負の最中レイセンを観察し続けた結論だ。

 レイセンは一度も怪しい素振りはしなかったのだ。

 それだけの理由で結論付けには事足りる。

 

 そして勝負の結果は、スタミナ切れで私の負けだった。

 いくら攻撃を仕掛けても、巧みに躱される。

 ならば攻撃の手を増やそうと、これまた得意分野である霊力による術式を組んだりしてみたが、その術式はことごとく破られた。

 まるで術式そのものが『狂わされた』ように、レイセンが手をかざし、その赤い瞳を輝かせるだけで術式がバラバラになるのだ。

 攻撃の手段をいくつも封じられては、あとは持久戦のみ。

 しかしそれでもレイセンには数発程度しか当たらなかった。

 

「……強いのねレイセン、あなた本当に玉兎かしら?」

 

 レイセンは玉兎にしては……というか既に玉兎の域を超えていた。

 純粋な力とその技能でなら、幻想郷のあちこちにいる大妖怪にも引けを取らないだろう。

 

「え? 『毎日のように刀を振り回しながら勝負を挑んでくる戦闘狂(バトルジャンキー)に付き合わされたから』……?」

 

 成る程、つまり毎日戦闘経験を積んでいたというわけか。

 それならば、その強さも納得できるが……はて、月にそんな戦闘狂いただろうか。

 

「どうしたの永琳? 頭なんか抱えて」

 

「いえ……少し心当たりがあるだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー、今のが走馬灯ってやつかしら? 私死なないけど」

 

 庭の隅っこに追いやられた私は、真っ赤な顔でプルプルしながら弓を構えるXXを前にそんなことを呟いた。

 

「…………!!」

 

 非常にまずい、流石に少しからかい過ぎたようだ。

 しかしほんのちょっと鈴仙の話題で突っつくだけで年頃の乙女のような反応をするXXもXXだと思う。

 さっさとその無意識の心情に目を向け、認めてしまえば楽だというのに。

 

「……あー、お取り込み中の所申し訳ないけど、昼できたよって鈴仙が」

 

「ナイスタイミングよイナバ!」

 

 イナバの登場に気を取られた隙に、その場から逃げる。

 後は任せたわよ!

 

 背後から聞こえてくる声を無視し、そのまま中庭に出ると、そこには鈴仙がいた。

 

「……なにこれ?」

 

『流しそうめんです、姫様』

 

 中庭には、竹で組み立てられた物体が鎮座していた。

 ……流しそうめんとな、普通のそうめんとは違うのだろうか。

 

『こうやって、上から流れてくるそうめんを箸でとるんですよ』

 

「へぇ……あら、何か知らないけど楽しいわねこれ」

 

 試しにやってみると、意外と面白さを感じた。

 食べ方が違うだけというのに、不思議なものだ。

 

「むぐ……この天ぷらも美味しいわね。人参の身と葉っぱしかないのに」

 

 先程まで感じていた疲労が嘘のように消えていく。

 

『はい、師匠もどうぞ』

 

「え、えぇ……ありがとう」

 

「う、うめぇ! この人参うめぇ!」

 

 熱が冷めたであろうXXとイナバもいつの間にやら加わっていた。

 先程まであんなにカリカリしていたというのに、鈴仙を見るなり幸せそうな笑顔を浮かべるXX。

 その様子を見ている私もつられてほっこりする。

 

「……やっぱり面白い兎よね」

 

 鈴仙が来てからXX……いや、『永琳』がよく笑うようになった。

 無理矢理私の我儘に付き合ってくれた永琳にはとても感謝している。

 だから常日頃、何か恩返しをしたいと思っているのだが……

 

「ふふ、手伝ってあげるわよ永琳。必ず私が叶えてあげる」

 

 それにあの二人は見てるだけで退屈しない。

 嗚呼、きっとこれが夢にまで見ていた『自由』というやつなのだろう。

 

 

 

 

 




どのルートに入りますか?

 リグルルート
 みすちールート
 慧音ルート
 てゐルート
→永琳ルート
 輝夜ルート

私は永琳ルートまっしぐらですね!

追記
ややこしくして申し訳ないのですが、これはアンケートではありませんのでご注意を。

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