両の腕にかかる重み。私の身長と同じくらいもの長さを持つ剣。その切っ先を目の前にいるモンスターへ向けた瞬間、アレだけ震えていた手が――止まった。
確証なんてない。けれども、今なら戦えるって思ったんだ。
「嬢ちゃん、名前は!」
そして、手に持ったその剣から声が聞こえた。喋る剣なんて聞いたことがないし、それも気になるけれど、今はそれよりも大切なことがある。
「シャルルリエ! シャルでいいよ!」
「あいよ、シャル。そんじゃ、全力で斬りつけてやれ! せっかくのクエストなんだ楽しんでいこう」
とはいえ、剣なんて使ったことがないし、どうやって戦えばいいのかが全く分からない。私が急に武器を持ったせいか、相手は様子を伺っている感じだけど、いつまた私を襲ってくるのか……その前に一発くらいはお見舞いしてあげたいところ。
「よーし、シャル良い感じの集中だ。大剣を使ったことはあるか?」
「ないよ!」
あるわけないでしょうが。
「オッケー、ないんだな! えっ……? ないの?」
この剣は私をなんだと思っているんだろう。この世界で剣を使いモンスターと戦ったことのある人間なんてきっとほとんどいない。
だって、そういう世界になってしまったのだから。
「あーま、まぁ、アレだ。俺が動きの指示を出すから……っ! 突進来るぞ、避けろ!」
剣の人が何かを言っている途中、ついにアイツが動き始めた。
今までみたいに両翼を挙げトコトコと走ってくる動きとは違い、今回の動きはずっと速い。
そんな相手の突進をローリングすることでどうにか回避。ただ、手に持っている剣のせいで私の動きがかなり悪い。この剣が重いわけではないけれど、これだけ大きいとやっぱり大変。もうこの剣を捨てて逃げた方がいい気がしてきた。
「よし、ナイスローリング。えっとじゃあ、シャル。狩りの経験は?」
「ない!」
「あい分かった。つまり状況は最悪ってわけだな!」
そういうわけです。
剣に感情なんてものがあるのかは分からない。でも、この剣の人の声はどこか嬉しそうに聞こえた。それにきっと私だって――
「ただ、悪いばかりじゃあない。あのイャンクックもかなりの手負いだ。上手くいけば一発で倒せるかもしれんぞ」
なんて剣の人に言われ、初めて気づいた。
私への突進攻撃を外し、あの名前も分からない大きな大きな木へ激突したアイツの体は確かにボロボロ。切り傷のようなものもたくさんあるし、大きな耳みたいな部位も欠けている。
「ビビるな、怯むな、臆するな。狩りっていうのは相手に飲まれた瞬間負ける。虚勢でも良い。失敗することなんて考えるな。今ばかりは胸張って、前を向け!」
大丈夫、それだけは得意だから。自分に嘘をつけるほど器用な性格をしてないけれど、いつだって私は前だけを向いてきた。
目を閉じてから、短い呼吸を一度。
それは、私の中にある何かを切り替える行動。
目を開けた。
視界が広がる。
準備、完了。
目標は、目の前にいる私なんかよりもずっとずっと強いモンスターの討伐。
「振り向きを狙え! 力を込めろ、あのでっけえ嘴へ剣を振り下ろせ!」
剣の人の声。
前方へローリングをして相手との距離も詰める。走るよりも転がった方が速い。
「大丈夫、その斬れ味だけは保証してやる。ぶちかましてやれ! 勝利はもう直ぐ目の前だ!」
そして、相手が振り向くと同時に、渾身の力を込め、相手の頭目掛けて剣を振り下ろした。
ガキン――と、まるで石でも叩いたかのような音が響く。
すごい、はじかれた。めっちゃ手が痺れる。
「…………」
「…………」
「クエーッ!」
あー、えっと。い、一応ダメージは通ったみたいで、相手は怯んでくれた。怯んでくれはしたけれど……
「うそつきーっ!!」
「……いや、あれ? おっかしいなぁ。クックの嘴くらいならいけると思ったんだが……あー、ずっと刺さっていたからなぁ。やっぱり斬れ味が落ちてたかぁ」
よく分からないことを呟く剣の人。
何が勝利は直ぐ目の前だ! だ。期待したのに! あっ、なんかいけそう、とか思ったのに!
私の攻撃を喰らったせいか、相手はいかにも怒ってます、といった状態。両翼を動かし、その場でピョンピョンと跳ねる姿はちょっと可愛い。でも、そんな場合じゃないのだ。
こちらの状況はかなり悪い。
「よ、よし! とりあえず距離を取れ。あと、砥石! シャル砥石は持ってるか!」
「あっ、うん。一応、あるけど……」
もうなんか、この剣の人を信用できなくなってきた。じゃあどうするかっていうと、どうしようもないのだけど。
「よし、その砥石を使って俺を研いでくれ。それで今度こそ大丈夫だ! ……たぶん」
本当に大丈夫なのかなぁ。
オババからもらったナイフを研ぐために砥石は持ってきている。けれども、怒っているモンスターを目の前にゆっくりと剣を研いでいる時間はちょっと……
それでも、他に方法なんて私には分からなかったから、相手との間に大きな木を挟んで逃げることに。ただ、やっぱり剣が邪魔で動きにくい。
「背中に背負ってくれ! そうすれば走れるようになる」
剣の人にそう言われてから直ぐに剣を背中に。でも、背負い方なんて分からないからやっぱり時間はかかってしまった。
そんなんで走れるようになるのかなぁ、なんて思っていたけれど……あっ、すごい、めっちゃしっくりくる。たぶんだけど、そういうふうにこの剣は作られているんだろう。
そして始まる木を挟んでの鬼ごっこ。
相手はその嘴で啄いてきたり、炎を吐き出してきたりとそりゃあもうすごかったけれど、そんな攻撃は全部あの木が防いでくれた。この木がなかったらなんて考えたくもない。
……どれくらいの時間、そうやって相手から逃げ続けていたのかは分からない。緊張とかそういうものもあって、そろそろ私の体力も厳しくなってきている。でも、砥石を使っている時間なんて見つからない。これじゃあジリ貧だ。
私が逃げ続けている間、剣の人は色々とアドバイスをくれた。
閃光玉はあるか、とか。こやし玉は、とか。音爆弾や小タル爆弾は持ってきているか、とか。でも、私が持ってきていたのは、ナイフと砥石だけ。
まっずい状況だ。
それでも、そうやって生きることにしがみつき、逃げ続けていたのは無駄じゃなかったみたい。
「おっ、疲労状態! シャル、今だ! 砥石を使え!」
剣の人に言われてから相手の様子を見ると、嘴からよだれを垂らし、その両翼はだらんと垂れ下がっていた。疲れが溜まってきていたのは相手も同じだったらしい。
きっとこれが最初で最後のチャンス。生きるか死ぬかの分岐点。
私はオババみたいに砥石を上手く使うことはできない。だからこの剣を研ぐのには時間がかかってしまう。でも、今しかないんだ。
木を挟み、背中に背負っていた剣を手に取り、もう祈るような気持ちで砥石を使う。
燃えるような赤色をした刀身へ1回、2回、3回。緊張のせいで震える手で、色々な気持ちを込め砥石を使った。
そして、4回目。
燃えるような赤色の刀身がうっすらと白色に光った。
「突進! さけろ!」
白色に光ったのを確認してから、剣の人の声を聞き、相手の動きなんて見ないでがむしゃらにローリング。
そんな私をかすめるように、相手は私のすぐ横をものすごい速さで通り過ぎていった。
まさに、死と隣り合わせの状況。きっと、ずっとずっと昔にいたハンターって人たちは毎日がこんな状況だったんだろう。
そんなことを思ってしまった。
私はそんなハンターなんかじゃない。ハンターがどんな存在だったのかなんて分からない。けれども、今、この瞬間だけは私もハンターって存在になっていたと思うんだ。
「研げた!」
「ナイス! 反撃開始といこうか!」
自分よりもずっとずっと大きな相手へ立ち向かう。ただただ狩られる側から、今度は狩る側へ。それがハンターってものなんじゃないかな。今ばかりは私もそんな存在に。
砥石を使っただけで何かが大きく変わるなんて思えない。
ただ――もう負ける気はしなかった。
私に向かって突進をしてきたアイツはそのまま転ぶように地面へ倒れ込んだ。
「さっきと同じように、振り向きを!」
「りょーかい!」
やっているのは命のやり取り。私もアイツももうボロボロだ。
だから、この勝負の決着はもう直ぐ目の前にあるんだろう。
一度攻撃を当てた時と同じように、ローリングをして相手との距離を詰める。やっぱり心臓は暴れた。呼吸は乱れる。何故か目からは涙が溢れ、視界がボヤける。
でも、もう手は震えなかった。
「いったれぇえっ!」
そして、全力で――振り向きへ大剣を振り下ろした。
ガキンと弾かれたとさっきとは明らかに違う確かな手応え。
燃える赤色の刀身は一気にアイツの大きな嘴を切り下ろし――
「Bang」
爆ぜた。
自分でも何が起きたのかは分からない。石のように硬かった相手の嘴は面白いくらい簡単に斬ることができ、それでもって何故か爆発まで……
ただ、その攻撃を当てたところで、相手はもう動くことはなかった。今更になってまた震え始めた手。
「いよっしゃー! クエストクリアだな!」
心の底から嬉しそうに響く剣の人の声。
もう動くことのない相手を確認。その瞬間、私の身体から力は一気に抜けて、その場へ座り込んでしまった。
もう無理。疲れた。手にも足にも力が入らない。
ただ、気分は悪くない。
「ねぇ、剣の人」
「ん? どした?」
私はハンターなんて存在じゃない。普通の人間だ。今はまだ。
昔のハンターはきっと毎日毎日、こんな生活を続けていたんだろう。そんな人たちが昔はたくさんいたなんて信じられない。
そして、そんな存在に私も……
「私、ハンターになれるかな?」
「ああ……もちろん。なれるさ」
決めました。
私、ハンターになります。
★ ★ ★
・第1章
・青怪鳥
数多くのモンスターを討伐してきたシャルルリエであるが、その彼女が始めて討伐したモンスターはイャンクックの亜種――青怪鳥と言われている。
しかしながら、景色に溶け込むような体色のため発見は難しく、そもそも青怪鳥の存在数は少ない。そのため現在、青怪鳥の討伐は一流のハンターになるための登竜門であり、見つけること自体が幸運の兆しとも言われている。
また、青怪鳥だけでなく、イャンクック自体がシャルルリエを語るに当たり、なくてはならない存在となったが、それは第2章ドンドルマ攻防戦にしてその詳細を記述する。