私には両親の記憶がない。
だからといって、それを寂しいと思ったことはないし、そういうものなんだろうって思っている。それにオババを始め、この村の人たちは私のことをちゃんと育ててくれた。本当の家族っていうのがどういうものなのか、私には分からないけれど、私にとっての家族っていうのは、この村の人たちになるんじゃないのかなって思うんだ。
確かに、私は村の人たちとは容姿が全然違うし、あんまり良い子ではなかったと思う。それでも、今、こうして私が立っていられるのはこの村の人たちのおかげなんだ。だから、この村は私にとって本当に大切な存在。
そもそも、私はこの村を出たことがない。私の世界はこの村とあの山だけ。でも、それで私は満足していた。朝起きて、オババと一緒に朝食を食べ、畑の手入れをし、残った時間はオババや村の人たちとお喋りしたり、あの山へ探検に行って、夜はぐっすりと眠る生活。
そんな生活だけで私は十分満足していた。
けれども、私はあの剣と出会ってしまった。
私にとっておとぎ話の存在でしかなかった“ハンター”というものに触れてしまった。
初めて武器を手に持ち、初めて大型のモンスターと戦ったあの感覚。それを上手く言葉で表すことはできないけれど、強いて言うのなら――楽しかった。
そうなるともう無理。外の世界が……私がまだ見たこともない世界が気になってしょうがない。
つまり、私はハンターって存在になりたいっていうこと。
あの剣を手に入れ、イャンクックを倒してからもう二日の時が過ぎた。
ダメだって言われていた翼持ちのモンスターと勝手に戦った罰ってことで、山へ行くことはオババから止められている。だから、いつもなら山へ探検に行っている時間は村の皆に、あの剣を見せて回っていた。
村の人皆に見せて回っていたせいか、剣の人は疲れた、なんて言っていたけれど、剣も疲れることはあるのかな? てか、そもそもホント、この剣は何なんだろう。
そんな二日間を過ごした。
けれども、私の中にあるひとつの気持ちは揺れるばかり。ゆらゆら……ゆらゆら、と。
何かをしようと思ったらもう止まらないこの性格。でも、今回ばかりはどうしても悩んでしまった。安全が約束されていない外の世界へ私が行ったところでどうなるのかは分からないし、そもそも今のこの世界でハンターになれる保証もなかったから。それに、私がこの村から出て行ってしまったら……なんて考えてしまう。
それでも、私の気持ちは揺れ続けた。
「……シャル。飯も食べずに何を考えているんだい?」
オババと一緒に食べる、夕食の時間。
オババの作る料理は美味しい。私も一応、料理くらいはできるけれど、オババの料理と比べたら全然だ。そんなオババの作った料理を食べる時間は私も好きな時間。
そうだというのに、あの揺れ続ける気持ちのせいで、私の手は止まっていた。
「あっ、うん! なんでもないよ!」
なんでもないはずがない。
そうだというのに、どうしてか私の口から出た言葉はそんなものだった。
もし……もし、私がこの村を出てハンターを目指す。なんて言ったらオババはどんな反応をするのかな。いつものように、バカ言うんじゃないって怒るのか、それとも――
思わず何かを口走りそうになる。けれども、どうにかその衝動を抑え、オババの料理を口へ運ぶ。ただ、その時だけはオババの料理の味もよく分からなかった。
隠し事は苦手だ。そんなことができるほど、器用な性格じゃない。だから、オババも私の様子がおかしいことには気づいているんだろう。
「はぁ……」
そんな私の様子を見て、オババはため息をひとつ。
心臓が跳ねた。それはイャンクックと戦っていた時とはまた違う緊張感。ただ、この緊張感はちょっと好きになれそうにないかな。
「あのね、シャル」
「……うん」
オババは手に持っていたお皿を置き、真っ直ぐと私を見た。それに習って私もオババの方を真っ直ぐと向いてみる。
「どうせ考えたって分かりやしないんだ。難しいことは考えなくて良い。シャルはシャルのやりたいことをやれば良いんだよ」
そして、そんな言葉を私へ送ってくれた。優しく、微笑みながら。
……きっと、オババは分かっていたんだろう。私が何を思い、どうしたいのかを。それも、私よりもずっと私のことを分かってくれていた。
「……でも、私がいなくなったら、オババ寂しくない?」
「はっ、何かと思ったらそんなことを気にしていたのかい。大人を舐めるんじゃないよ。憎たらしく、可愛い我が子がそれで成長できるっていうのなら、それ以上の幸せなんてないんだ。それに安心しな、アタシだってあと300年は生きるつもりだよ」
いつものように厳しい口調。
「言ってごらん。シャル、あんたはどうしたいんだい?」
でも、その言葉の裏にはオババの優しさがしっかりと見えた。
「私――ハンターになりたい」
☆ ☆ ☆
――ハンターになりたい。
目の前にいる少女が老婆に対し、そんな言葉を送った。
今にも泣き出しそうな顔で……けれども、しっかりとした口調で。
シャルとの付き合いはまだ二日ほどしかないが、この少女がどんな人間なのかは理解できている。その性格をひと言で表すと、素直ってのが一番しっくりくるだろうか。
隠し事や嘘が苦手。面白いものは面白い、つまらないものはつまらない。シャルはそれをはっきりと伝えることができる。そして、他人を思いやることのできる心。それがこの少女の魅力。
シャルがどんな環境で育ってきたのかは分からない。けれども、此処まで素直な人間はなかなかいない。ひねくれネジ曲がり、嘘偽りだらけの俺とは正反対だ。
きっと、育った環境が良かったってことなんだろう。この老婆も含め、この小さく特殊な村に住む人々から受けた愛情のおかげといったところだろうか。
噂には聞いていたが、まさか本当にこんな村があるとはねぇ。
そして、ハンターになりたい、とシャルが老婆に伝えてから、物語が進むのは早かった。シャルやあの老婆が本当のところ、どう思っていたのかは分からない。けれども、あの少女を――シャルルリエを動き出させるのには十分だった。
シャルが自分の気持ちを打ち明けた次の日のこと。
「シャル、あんたに渡したいものがあるからちょっとおいで」
なんて老婆がシャルに伝えた。
そんな老婆のあとへ続くシャル。その背中には俺。
色々な景色を見ることができるのだし、何処かに放っておかれるよりは良いが、最近はシャルの背中がすっかり定位置となってしまった。
俺は大剣なのだし、別におかしなことではないが、やはり自分が大剣になったという実感が湧かない。これもいつか慣れてしまう日がくるのかねぇ。
そして、老婆に案内され、たどり着いた場所には――
「え? えっ、なにこれ! オババ、これなに!」
ハンターが身につけるようの防具が置いてあった。
青と黄色を基本とした配色。がっしりとした鎧のような形状。
「……ジンオウ防具か」
それは、雷狼竜――ジンオウガの素材を使った防具。
ジンオウガは無双の狩人なんて二つ名が付けられるほど強いモンスターだ。俺がまだ人間だった時代なら分かるが、ハンターっていう存在が消えかけているこの世界でよくまぁ、こんなものを用意できたものだよ。
装飾品だってちゃんと付けてあるし……すごいな、普通に羨ましいレベルだ。
「ああ、そうだよ。そのうちシャルに渡すつもりだったんだけどね。まぁ、丁度良い機会さね」
「これ、私がもらっていいの?」
そのジンオウガもこの老婆が倒したんかねぇ。ホント、何者なのやら。ジンオウガ、強いんだけどなぁ。
「ハンターを目指すんだろう? それなら防具くらいは身につけておきな。サイズはちゃんと合っているはず。そして、今のアタシたちに用意できる最高の防具だ。大事にするんだよ」
そういえば、シャルって今まで防具無しの状態だったんだよな。そんな状態でイャンクック亜種と戦っていたのか……俺は遠慮したいよ。
老婆から受け取ったジンオウ防具をシャルは早速装備。武器と防具を身につけたその姿はまさにハンターだった。
まぁ、その中身がどうかっていうとアレだが。
それにしても……
「なんで、頭はガンナー用なんだ?」
確かだけど、剣士用のジンオウ防具頭は、ジンオウガのソレをデフォルメした耳が付いていたはず。しかし、今シャルが装備している頭防具は耳がない。
「趣味だね」
誰の趣味だよ……
それから防具をもらえたことが嬉しかったのか、シャルはまた村人全員へ見せて回った。もちろん俺も一緒に。
老婆やシャルが言っていたように、この村は大きくない。それもかなり小さい方だろう。そんなこともあり、一日あれば村人全員のところへ行くこともできる。此処はそんな村だ。
けれども、この村一番の特徴は――村人が竜人族ということ。
俺も竜人族とは何度も会ったことがあり、世話になった者もいるが、竜人族だけが住む村というのは初めて見た。
噂に聞いたことはあった。竜人族だけの住む村があるということを。他にもこういう村があったりするのかねぇ。いやはや世界は広いものだ。
そんな中、シャルだけは竜人族でない普通の人間。ホント、謎の多い少女だよ。まぁ、一番謎なのは他の誰でもない俺なんだろうが。
そして、シャルが防具を受け取った次の日。
旅立ちの時が来た。
「よーし、準備完了だ! それじゃ、皆行ってくるね!」
シャルが旅立つということで、村人全員がその見送り。愛されているねぇ。
ジンオウ防具に、ハンターなら誰もが持っているナイフ。それと、背中に担いだ炎王龍の大剣。見た目だけならもう立派なハンターだ。
当たり前のように俺もシャルについていくことになったが、それに関しては何の文句もない。流石に何も知らない少女のひとり旅は無茶ってものだしな。まぁ、俺にできる限りのことはやるつもりだ。
それに、俺だってまたハンターっていう存在になりたかったんだと思う。こんな身体になってしまってもそう思ってしまうんだ。
「……シャル、最後に言っておくよ」
「うん? なに?」
お別れなんて言ってしまうと、何とも寂しく思ってしまうものだが、そんな悲壮感はない。それも、この少女の明るい性格のおかげなんだろう。
「あんたはアホだ」
「なんだとー!」
……いや、今は怒らずにちゃんと聞きなさいよ。たぶん良いことを言ってくれると思うから。
「お聞き」
「聞きます」
ふむ、これからこのシャルとふたり旅になるわけだが……だ、大丈夫だろうか。なんというか、俺じゃあこのシャルを止められる気がしない。いくら喋れるといっても俺、剣だしなぁ。
まぁ、そんなこと考えたって仕様が無い。せっかくの旅立ちなんだ。今くらいは明るく前向きにいくとしよう。
「どうせあんたじゃ何かを考えたって良いことなんて浮かばない。だからね、もし迷ってしまった時は難しいことを考えるんじゃなく、シャルが正しいと思うことをおやり。分かったかい?」
「えっと……つまり私のやりたいようにやればいいってこと?」
いや、なんか違うぞ。そうじゃない気がする。
ただ、今は口出しできるような雰囲気じゃない。此処は黙っている場面なんだろう。
「あー……まぁ、それで良いか」
老婆が妥協した。
良いのか? 本当にそれで良いのか? これからシャルと一緒に旅をする俺は不安しか感じないんだが。
「うん、それで良いことにしよう。やりたいことをやるのが一番ってことには変わらないのだし」
「分かった。そうする!」
ああこれはダメだ。大変な旅になる予感しかしない。
……ま、旅なんてそれくらいの方が面白いんだろうけどさ。
「さて、それじゃあ行ってきな」
「はい! 行ってきますっ!」
そして、老婆の言葉を受けた少女は、村人たちへ大きく手を振ってから歩き始めた。
目的地は俺が人間時代お世話になっていた場所でもあるドンドルマ。
天気は晴れ。突き抜けるような青空が何処までも広がっている。道のりは長いかもしれないが、少しずつ進んでいこう。
★ ★ ★
・第1章
・故郷
残念ながら、シャルルリエの故郷については不明とされている。また、幼少期にどのような生活を送っていたのかも分かっていない。
しかしながら、近年公開された探検家クィントゥス・ロロットの日記にその手がかりとなる一文が載っている。その内容は
ドンドルマから真東に進んだ場所、山奥の奥に竜人族だけの住む村へたどり着いた。
その村の住人から『シャルルリエという人間を知っているか』と聞かれた。
といったものである。クィントゥスのたどり着いたその村は現在でも確認されておらず、シャルルリエがその村とどのような関係なのかも不明である。また
信じられない。老婆が素手でアオアシラを倒した。ヤバい、この村ヤバい。
といった、明らかに嘘と思われる内容も記述されており、信頼性に欠けていることも否めない。それでも、その竜人族だけの住む村がシャルルリエと何かしらの関係を持っていた可能性は高く、彼女に関する貴重な情報だと我々は考えている。
シャルルリエの防具ですが、MHXXのEXジンオウ防具(頭のみガンナー用)をイメージしています。
頭だけガンナー防具なのは作者の趣味です。