たまには釣りでもいかが?
何が楽しいのかは分からないが、ふんふんとよく分からない鼻歌を口ずさみながら、道のような場所を進むシャル。途中で拾った木の枝を振り回し、目に止まった草を採取したりと道草も多い。相も変わらず呑気なものだ。いや、まぁ、陰鬱とした状態でする旅なんかよりもよっぽど良いことなんだが。
そんなこの旅の目的地はドンドルマ。詳しいことはあの老婆も分からないと言っていたが、どうやらドンドルマなどの大都市ではハンターを復活させようとしている動きがあるらしい。つまり、ドンドルマへ行けばシャルもハンターになれるかもしれないってこと。
ハンターという存在が消えかけてしまっているこの世界でハンターを目指す少女。その道のりは険しそうだ。
んで、じゃあ、あの村からドンドルマまでどれくらいかかるのかってことだが……
『そうさねぇ……ひと月も歩けば、ドンドルマへ通じる道くらいにはたどり着けると思うよ』
とのことだそうだ。やはり道のりは長い。てか、長すぎる。あの村は大都市から見て外れの方にあるだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは……
一応、道っぽいものがあり、それを進んでいけば良いそうだが、その道を使う人間がいなかったせいか、今シャルが歩いているこれを道と呼んで良いのかは分からない。
ほぼほぼノリと勢いだけで旅へ出てしまった。とはいえ……これ、大丈夫か? 残念ながら、俺が人間だった頃も旅というものを経験したことはない。狩場へ行くのだってギルドが手配してくれたものを使っていただけだ。つまり俺は旅ってものに関して完全な素人。アドバイスなんて何もできない。
唯一の同行者である俺がそんな状態。あの村人たちは温かくシャルの旅立ちを見送ってくれたが……もう少し考えた方が良かったんじゃないだろうか。女の子のひとり旅なんぞそんなに簡単なものじゃないだろうに。この旅はちょいとばかし難易度が高いぞ。
「あっ、そういえばさ。剣の人って何ていう名前なの? 剣の人、じゃおかしいもんね」
そうだというのに、シャルはどこまでも明るかった。自分の置かれている状況を分かっているのだろうか……
一応、食料なども持ってきているが、流石に一ヶ月は持たない。問題は山積みだ。
「あー……名前かぁ」
そりゃあ、ある。
とはいえ、今はこんな状態。今更人間だった頃の名前にこだわる必要はないだろう。じゃあどうするかってことだが……
「じゃあ、師匠と呼んでくれ」
旅に関しては何のアドバイスもできんが、狩りに関してならいくらかのアドバイスができる。これでも長い間、ハンターを続けていた身だ。シャルがハンターを目指すっていうのなら、それも丁度良い。
「えー……」
不満そうな顔。
なんだよ、良いじゃないか。俺だって一度くらいそう言われてみたかったんだ。
「狩りのことだったり、ハンターってものはしっかりと教えてやる。だから、その呼び名が合っていると俺は思うぞ」
「うーん、そこまでいうのならそうするけど……んじゃあ、よろしくね、ししょー」
酷い棒読みだった。
いかにも、仕方無いなぁ、といった感じ。敬う気持ちが微塵も感じられない。なんだろうか、この遣る瀬のなさは。
「……ああ、よろしく。それでシャル。これからはどうするつもりなんだ?」
ドンドルマを目指すのは良いとして、目下の目標は食料の調達だろう。何をするにおいても腹が減ってはどう仕様も無いのだから。
「そりゃあ、もちろんハンターになるよ!」
ああ、うん、それは良い心がけだと思うぞ。ただな、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな、とりあえず今のこの絶望的な状況をどうにかした方が良いと思うんだ。
旅をしたことのない俺がいうのもアレだが、旅ってのは想像以上に過酷なものなんだろうから。
「いや、そういうことじゃなくてだな。今後の食料とかはどうするつもりなんだ?」
とりあえずの問題はそれだろう。
アプトノスと竜車でもあれば良かったが、現在は身体ひとつの旅。多くの持ち物を運べるわけでもない。必要な物を必要な分だけ。そういう旅だ。
「そりゃあ魚とかお肉を食べようと思ってるけど……あっ、ちゃんと野菜も食べるよ!」
おう、栄養バランスまで気にするとは流石だ。
いや、違う。そういうことじゃない。だから、その食料をどうするんだって俺は聞きたいんだ。運良く草食竜と出会えたとしてもソレを上手く解体し、生肉を手に入れることだって難しい。
モンスターから素材を剥ぎ取る関係上、ハンターなら当たり前のようにできることだが、それを普通の人間ができるかというと……
「むっ、水の音。それじゃあ今日のご飯は魚にしよう」
そんな俺の心配を余所に、やっぱり元気な様子のシャルルリエ。元気なのは良いことだけど、お兄さんはそんな君が心配でなりません。
まぁ、そんな心配は全て杞憂に終わったわけだが。
この少女、俺が思っていた以上にハイスペックなんだ。
水の音が聞こえた、といったシャルは道から外れ山の中へ。
俺にはそんな音なんて聞こえなかったし、道から外れて大丈夫なのかも心配だった。しかし、シャルの予想は当たり、目の前には川が流れていた。
「よーし……釣るか!」
アイテムポーチの中から釣竿を取り出し、さらに石の下などの地面を探索。そして、見つけた何か(たぶん釣りミミズ)を針へつけ、糸の先を水面へ垂らした。
それは明らかに手馴れている動作。
「釣り、よくやるのか?」
「あー……うん。私が生きるためには必要だったからなぁ……」
俺の言葉に対し、シャルは遠い目をして答えた。
いや、お前の人生に何があったんだよ。俺だって釣りくらいやったが、その釣りに自分の人生を懸けたことはないぞ。てか、そんな奴見たことがない。
「おっ、かかった!」
早速、シャルの竿に当たりがかかり、何かを釣り上げた。その見た目的に……ハレツアロワナか? 確か、絶命時に破裂する特性を持っていたはず。そんな特性もあり、徹甲榴弾などの調合素材に使われることが多かった。食べたことはない。
「あー……爆発する奴かぁ、これはなぁ、ちょっとなー……お前は美味しくないからなー」
……食べたことあるのか。どんな味なのだろう。
「ほら、川へお帰り。もう釣りには引っかるなよー」
そして、ぶんぶんと手を振りながら、釣ったばかりの魚をシャルはまた川の中へ戻した。どうやら、本当に釣りをやったことがあるらしい。今回みたく魚を釣ることのできる場所さえ見つければ、食料も多少は安定してくれるだろうか。
それからもシャルは釣りを続けたが、釣れるのはハレツアロワナやキレアジばかり。シャル曰く、キレアジは焼けば食べることができるらしいが、食べることのできる部位は少なく、あまり美味しくないと言っていた。あと、生でキレアジを食べるのは本当に無理らしい。まぁ、砥石の代わりに使われるような魚なのだし、それはそうだろうが。
そして、釣り始めてもう何匹目か分からないくらいのこと。
「よっしゃー、今日のご飯だー!」
ついに、シャルが食用の魚を釣り上げた。
その全身は黄金に輝き、神々しさすら感じる。つまり、黄金魚を釣り上げました。
「え? それって食えるのか?」
「うん。生だとあんまり美味しくないけど、焼くと美味しいよ」
マジか、それは知らんかったわ……
そもそも黄金魚を食べようなんて思わないのだし、それもそうだが。俺が釣った時は直ぐ売ってしまっていたんだ。黄金魚を一匹売れば、腹いっぱい食べてお釣りがくるくらいのお金が手に入る。
それにしてもホント、シャルはどんな人生を歩んできたのだろう……
釣り上げた黄金魚。シャルはそれにナイフを使って鱗と内蔵を取り、木の枝を使って作った串で突き刺した。さらに、火まで起こし調理の準備は完了。その手つきはやはり手馴れていた。
「やけに手馴れているんだな」
「そう? これくらいなら村の人たち皆できるよ?」
……あの村ってなんなんだろう。
確かに、此処までできるのなら、ひとりで旅に出てもどうにかなりそうではある。
そんなわけで、この旅を始めて最初の料理は黄金魚の丸焼きとなった。
贅沢ができるような状況ではないというのに、すごい贅沢だ。俺もこんな身体じゃなければひと口いただきたいんだがなぁ。
まぁ、今ばかりは美味しそうに焼けた黄金魚を頬張るシャルを見るだけで満足しておこう。
これからも旅は続く。決して楽なことばかりではないだろう。
そんな中、この明るい少女の笑顔が曇ってしまわないことばかりを俺は願っているよ。