「今日のご飯はー、香りのする草とケルビの内蔵焼きー」
旅を始めて二日目。
一応、道っぽい場所を歩いているものの、相変わらず景色は山の中なため、進んでいる気はしない。そうだというのに、シャルは今日も今日とて楽しそうだった。
そして、たまたま出会したケルビを倒し、今はその解体中。魚をさばいていた時もそうだったが、その手つきはやはり手馴れているように見える。また、やたらとよく分からん草や木の実を集めていると思っていたが、それも食用だそうだ。
そしてどうやら、今日の飯はホワイトレバーらしい。腐りやすいのが少々アレだが、脂の乗ったホワイトレバーって美味しいんだよなぁ。
「解体の仕方とかはあの老婆から習ったのか?」
「うん、基本はそうだよ」
まぁ、そうだろうな。流石に自分ひとりの力だけでここまではできないだろうし。
あの村は外部との繋がりがなく、自給自足の生活を強いられている。きっとそんな背景もあったのだろう。物に溢れ、恵まれていた俺にはそんな生活なぞ想像くらいしかできない。
「昔さー、オババにね。このナイフ一本だけ渡されて山の中で一ヶ月過ごせって言われたことがあるんだー」
ごめん……想像以上だった。恐ろしく過酷な生活を送っていた。
「死ぬかと思った」
いや、よく生き残れたな。本当に。
なるほど、それで釣りをしていた時、生きるために必要だったとかなんとか言っていたのか。あの老婆だって何もそこまでしなくとも良いだろうに……そんな経験が今、こうして活かされているわけだが普通なら……ああいや、違う。そうじゃないのか。あの老婆のことだ。きっといつの日かこうしてシャルが旅へ出ることを考えていたのだろう。多分だが。
「自分の好きなものを、お腹いっぱい食べることができるのってさ、すっごい幸せなことなんだよね」
ヤバい、俺、泣きそう。剣だから泣けないけど。
シャルのことはただのアホな少女だと思っていたが、そんなことはなかった。このままでは好きになってしまいそうだ。
もし俺の身体が元に戻ったら、お腹いっぱい好きな物を食べさせてあげるからな。
「おっし、解体終わり! うむうむ、私の糧となる食材に最大限の感謝をし、いただくとしよう!」
お前、たまに難しい言葉を使うよな。言葉の意味を理解しているのか分からんが。まぁ多分、理解していないだろう。
解体作業も終わり、手に入れることのできた素材はホワイトレバーに生肉とケルビの角、あと毛皮も手に入れたが、今は鞣す道具もないため、持っていかないことに。
生肉という食料が手に入ったのも美味しいが、ケルビの角も有り難い。ハチミツにニガ虫。あとはマンドラゴラも必要になるが、それらが手に入ればいにしえの秘薬を調合することができる。調合に関する知識をシャルがどの程度持っているのかは不明だが、良い物を手に入れた。
「うーん、火起こすの面倒だなぁ……あっ、もしかして、ししょーを使えば簡単に起こせる?」
木の枝を集め、その上に薄い大きな石。そんな石の上には手に入れたばかりのホワイトレバーにシャル曰く、香りのする草が山盛りに。後は火を点け、焼くだけだ。
そんな状況で、シャルがなんとも不穏ことを呟いた。
いや、待てシャル。確かに、俺を使えば爆発を起こせるが、あの爆発は無属性であって炎が出ているわけじゃ……なんて言おうとしたが、一度動き始めたシャルはもう止まらない。
「うーん、こう……ちょっとだけ当てる感じにすれば――」
優しい手つきでそっと、集めた木の枝に俺を当てる。
その結果、せっかく手に入れた食材が消し飛んだ。
集めた木の枝は爆ぜ散り、薄い大きな石は反転。その上に乗っていた食材が宙を舞う。
「…………」
「…………」
言葉が出なかった。
こんな時、なんて声をかけてあげれば良いのかが分からない。
「わ、わたわたしの……か、糧となる食材……」
その……なんか、ごめん。今回は別に俺が悪いわけじゃないけど、ごめん。
失敗から学ぶことは多いが、どうせなら成功から学びたいものだって俺は思うんだ。
因みに、飛び散った食材はその後、ちゃんと洗ってからシャルが美味しくいただいた。
旅生活3日目。
昨日手に入れたケルビの生肉はどうやら干し肉にするらしく、今は塩水に漬けているところ。最初は色々とダメな気しかしなかったこの旅だが、この調子ならなんとかなりそうだ。それも、シャルが想像以上に生きるための知識があったおかげだろう。
とはいえ、今までは危険なモンスターとの遭遇がなかったというのも大きい。生態系の頂点であるモンスターが蔓延るこの世界。このままで何処まで行けるのやら。
それに、シャルがハンターを目指すというのなら、モンスターとの戦い方も覚えなければいけない。そう考えると難易度の高い旅ということに変わりはないだろう。
「むっ、なんかいる。んー……ししょー、アレなに?」
そして、旅を始めて3日目にして、漸く危険度の高いモンスター遭遇した。
「ああ、アレはブルファン……いや、体毛が白いし大きいな。あれはそのブルファンゴの親玉であるドスファンゴっていうモンスターだよ」
攻撃方法は突進とあの大きな牙を使ったものだけ。危険度も高くなく、装備が整っているのだし、今のシャルでも倒すことは可能だろう。
ただ、ドスファンゴがいるってことはどうせ、ブルファンゴもいるよなぁ。それも決して少なくない数が。一頭一頭と戦う分には問題ないが、集団で来られるとちょいと面倒くさい。
「あー……なるほど! つまり、倒せばいいってことか!」
いや、なんか違うぞ。そうじゃないと俺は思うぞ。
いつか話そうとは思っていたが……ふむ、せっかくの機会だ。シャルにハンターというものを教えるとしよう。
「ちょっと待て、シャル」
「どうしたの?」
今にもドスファンゴへ向かって走り出そうとしているシャルをどうにか止める。今はまだ俺たちの存在に気がついていないが、いつ気づかれてもおかしくない位置。
「あのドスファンゴと戦うのはダメだ」
「えー、なんでさ」
俺の言葉を聞き、やはり不満そうな顔をしたシャル。
ハンターという存在が消えかけてしまっているこの世界。もうそんなことは気にしなくとも良いんじゃないとも思う。けれども、このシャルの目指しているものが、俺がそうであったハンターというのなら、言わなければいけないことがあった。
俺みたいな人間が、ハンターってものを声高々に謳うのはおかしいかもしれない。しかし、今のこの世界、ハンターという存在をちゃんと教えてあげられる者はもう俺しかいないんだ。そうだというのなら、役目ってものがある。
「とりあえず、ドスファンゴから離れよう。この場所じゃそのうち見つかるかもしれん」
ドスファンゴと戦うことを止めたせいで、ブーブー文句をいうシャルであったが、どうにか俺の言うことを聞き、素直にドスファンゴから離れてくれた。
「なぁ、シャル。ハンターってどんな存在だと思う?」
「モンスターを倒す人」
十分にドスファンゴから離れたところで会話を再開。内容はハンターについて。
まっさか、俺なんぞがそんなことを教える日が来るとはねぇ。昔の俺を知っている人間が今の状況を見たらどんな表情をするか分かったものじゃない。
「まぁ、それもある。ただな、それだけじゃないんだ」
……俺のいた時代、ハンターはたくさんいた。
そして、そんなハンターになる理由ってのは人それぞれ。きっとハンターの数だけその理由があっただろう。ただモンスターを狩ることを目的とした者。富や名声を求める者。モンスターに対して何かしらの想いを抱える者。きっと色々な理由がそこにあった。もしかしたら、女の子にモテたいって理由でハンターを目指した人間だっているかもし……いや、流石にそれはないか。
それは良いとして、だ。こうしてハンターってものが何かを教えている俺だって、金を稼ぐことができるっていう理由でハンターになった。
「モンスターを倒し、モンスターの脅威から人間たちを守るってのは大切な役割だ。けれども、ハンターがやらなきゃいけないのはそれだけじゃない」
「んー……じゃあ、なにをするの?」
ハンターになっていた時代、そんなことを意識したことはなかった。ギルドを通してクエストを受注し、あとはひたすらモンスターを倒すだけ。そんな生活だった。
だから、俺にこんなことをいう権利はないかもしれん。でも、このシャルには俺のようなハンターじゃなく、立派なハンターになってもらいたい。
それこそ、ハンターを称える言葉の中でも最高である
「ハンターってのはな。人間のことだけじゃなく、モンスターのことも……つまり、この世界全てのことを守ってやらなきゃいけない存在なんだ」
あの時代、ハンターはギルドから依頼されていないモンスターを狩ることは御法度とされていた。小型種や乱入など、例外はあったものの、ギルドに所属していたハンターはそのルールを守っていたはず。
じゃあ、なんでそんなルールがあったかっていうと、自然を……この世界を壊さないためってことなんだろう。絶妙な生物バランスで成り立っているこの世界。特定のモンスターを乱獲すればそれだけで生態系は乱れてしまう。それだけは防がなければいけない。
確かに、俺たちへ依頼されたクエストのほとんどは人間のためのものだった。けれども、それだけではなかった。イビルジョーや狂竜化モンスターなど、人間だけではなく他のモンスターの脅威となる存在だって俺たちの依頼対象だったんだ。
それは、この世界を守るために。そして、きっとそれがハンターの役割だったんだろう。
「よく、わかんない……」
まぁ、そうだろうな。
正直、こんなことを言っている俺だって分かっていないのだから。それに、きっと俺がいくら考えたところで、じゃあどうすれば良いのかっていう答えは浮かばないだろう。
でも、シャルにはそうなってもらいたくない。今はまだ分からないことだらけかもしれないが、いつの日かそれを分かってくれる日が来てくれることを願っているよ。
それに、シャルならきっと……俺はそう思うんだ。
「ああ、今はそれで良いさ。きっといつの日か分かる時が来るだろうから。ま、アレだ。倒す必要のないモンスターは倒さないようにしろってことだよ」
「うん、それならわかる。がってんです!」
ホント、素直で良い子だ。それもあの老婆たち村人のおかげなんだろう。こりゃあ、下手なことを教えて俺みたいにならないよう気を付けないとだな。
俺なんかにそんな役目が務まるかは分からんが……まぁ、やるだけやってみよう。この身体でできることは少ないが、きっとそれくらいなら俺でもできるだろうから。