「ふぃ~…。やれやれ、一体ここは何処なんじゃ?」
そう言って額の汗を拭う杖を持った老人。髪の毛は無く、代わりに口元に白い髭をもっさりと生やし、目にはサングラスをかけている。
小柄な体に中華風の武道着を纏っているが、なぜか背中に亀の甲羅を背負っている。見た感じ中々重そうな甲羅だ。
「ん~………。―――ん? あれは…」
額に右手を付けて、周囲をぐるりと見まわした老人だったが、ふとその動きが止まる。老人の視線の先には人影の様な物が二つあったのだ。
「…むむ! あのシルエットは………
そう言うや否や、老人は人影に向かって一目散に走っていく。その速さたるやまさしくチーターの如し! あっという間に二つの人影の前に到着してしまった。
「うみゃみゃみゃ!? なになにー!? かりごっこかなー!?」
「た、食べないで下さーい!?」
突然駆け寄ってきた謎の老人に獣の耳を生やした少女は驚いて、大きな帽子を被った少女は怯えながら大きな声を出す。
「ままま待て待て! 食べたりはせんよ! わしゃ人畜無害なただのジジイじゃからの!」
二人の少女の内、明らかに老人に怯えの視線を向けている帽子の少女に向かって、老人は慌てて自分に害意が無い事を言葉と両手を上に上げることで示す。
「…ほ、ホントですか?」
「うむ、本当じゃ。ワシの名は亀仙人…人によっては武天老師と呼ぶ者もおるのぉ」
まだ少し怯えている帽子の少女に向かって老人…亀仙人は朗らかな笑顔を向けながら二人に向かって名乗った。
「私はサーバルだよっ!!」
「あ、えっと…か、かばん…です」
すると、獣の耳を生やした少女…サーバルと帽子の少女…かばんも釣られる様に名乗る。ただ、サーバルの方は元気一杯だったのに対し、かばんの方は自分の名前だというのにやけに自信がなさそうだ。
「ふむ? 何故そんなオドオドしとるんじゃ?」
そこが気になった亀仙人は思わず尋ねてしまう。
「その、ボク自分の名前が分からなくて…」
「かばんって名前も私が付けてあげたの! おっきなかばんを背負ってるからかばんちゃん!」
悲し気に呟くかばん。サーバルが元気よくフォローを入れるが、場の雰囲気は少ししんみりしてしまっている。
「おっと、これは聞いてはいかん事じゃったかの…」
その雰囲気を察し、亀仙人も頭を下げるが、
「いえ、大丈夫です。手がかりはありますから」
「えっとね、かばんちゃんが何のフレンズか調べるために、これからじゃぱりとしょかんへ向かうところなの!」
表情こそ悲しげなままだが、それでも気丈に振る舞って見せるかばん。と、同時にサーバルがその手掛かりについて簡単に口にする。
名前が分からないという事は記憶喪失か何かだろうが、それでも目的が定まっているのなら現状は問題ないだろうと亀仙人は一つ頷く。
「そういえば、貴方は何のフレンズなの? やっぱり甲羅背負ってるし亀のフレンズ? そう言えば私、亀のフレンズって初めて見るな! …わー、本当に甲羅って固いんだねー! それにすっごく重ーい!!」
その時、不意にサーバルが不思議そうに亀仙人に聞いてくる。そのままテンションが上がってきたのか、亀仙人がこの質問に答える前に、背中の甲羅を弄り始めるサーバル。
「…フレンズってなんじゃい?」
「あ、いや、ボ、ボクもよく分かってなくて…」
しかし、”フレンズ”という言葉の意味が分からない亀仙人はかばんに尋ねるが、期待した返答は返ってこなかった。
「それで、貴方はどこのナワバリから来たの!?」
そんな二人の小声でのやり取りを気にする事もなく、引き続き亀仙人の背負っている甲羅を弄りながら、サーバルが好奇心にあふれた瞳で亀仙人に更なる質問をする。
「ナワバリじゃと…? ふぅむ、ワシのナワバリと言えばカメハウスになるのかの…?」
「かめはうすちほー? そんなところ聞いた事が無いよ」
思案顔で答える亀仙人だったが、その言葉にサーバルも少し困惑する。
「なんと言えばよいかのぉ…。いつも通りカメハウスで寝ておったんじゃが、気が付けばワシはここにおったのじゃ。ところで、ここは何処じゃ?」
「ここはさばんなちほーだよ!」
「さばんなちほー…サバンナという事かの? もうちょっとはっきりした地名を言ってほしいのじゃが…」
「そんな事言われても、さばんなちほーはさばんなちほーだよ」
「うむむ、困ったのう…。西の都やキングキャッスルとかは聞いた事が無いかの?」
「に、にしのみやこちほー? キ、キング………?」
サーバルと亀仙人、二人して困っている表情を見せる。どうやら、二人の地域に関しての知識には著しく差がある様だ。
「あの…、お困りのようですし、もしよければ亀仙人さんも一緒に図書館へ行きませんか?」
「あ、そうだねかばんちゃん、そうしようよ!!」
そんな中、少し遠慮がちにかばんが二人に提案する。そして即座にその案に乗るサーバル。
「…そうじゃの、ワシもご一緒させてもらうかの」
そして、少し考えた後亀仙人もかばんの案に頷いた。
「よーしけってーい! としょかんへ行くにはまずじゃんぐるちほーへ行かないとね! がーいどー、がーいどー!」
それを見届けるや否や、サーバルは図書館までの道のりを口にするとともに、謎の歌を上機嫌に口ずさみながらずんずんと歩き出してしまった。そして、その後に続くかばん。
(ふーむ…。まだ成熟はしとらんが、二人とも中々かわゆい女子じゃのう。将来はとびっきりのナイスバディな美女になると見た! ぬふふ、今から楽しみじゃわい…)
更にその後を、前を行く二人を煩悩の視線で見つめながら追う亀仙人だった。
道中、改めて”フレンズ”という物をサーバルに聞いた亀仙人。詳しくは分からなかったが、どうやら”フレンズ”とは動物が人の姿になった物を指す言葉の様だ。
その言葉を裏付けるかのように、十数メートルはあろうかという崖を一気に飛び降りたりするサーバルの能力は大したものだ。とはいえ、亀仙人もそこまで驚いたりはしない。街中に行けば人語を解する人型の動物などいくらでもいるし、それ以前に国王が犬型の人物なのだから。
しかし、サーバルに比べてかばんの運動能力は完全に並程度だ。人なら普通はこんなもんだと亀仙人は考えているのだが、サーバルにナマケモノのフレンズなどと呼ばれてしまったあたり、この付近では亀仙人の考える普通では駄目なようだ。
今も、先行気味なサーバルとその後ろを肩で息をしながら付いて行くかばんという図式が成り立っており、二人の距離は少し開いている。因みに亀仙人はかばんのすぐ後ろだ。
と、その時だった。突然岩場の陰から謎の青い一つ目の生物がかばんの目の前に飛び出してきたのだ。
「…あ。貴方もフレンズなんですか?」
「何じゃお主? 不気味な奴じゃのう…」
ゆっくりと近づいてくる青い生物に、かばんは礼儀正しく、亀仙人は怪訝そうに言葉を掛ける。そして、その気配に気づいたのかサーバルも振り返り、途端に目を見開いた。
「二人とも、それはセルリアンだよ!! うみゃみゃみゃみゃーっ!!」
そう言ったと同時に、青い生物に向かって高く飛び上がるサーバル。そして、いつの間にか伸びていた爪で、青い生物の頭と思しき部分にあった石のような物を切り裂いてしまった。
その直後、青い生物はバラバラにはじけ飛び、その一つ一つの欠片が謎のオーラを発散させながらゆっくりと消滅していってしまう。
「う、うわっ!?」「何じゃ何じゃ一体!?」
唐突かつ不可解な一連の流れに、かばんは驚き亀仙人も目を見開きながら青い生物がいた場所とサーバルを見比べている。
「今のはセルリアンっていうの! 私達フレンズを食べちゃう危険な生き物だから、かばんちゃんも亀仙人も気を付けてね!」
そんな二人に、先ほどの青い生物…セルリアンに対して注意を促すサーバル。その注意に二人は少しの間をおいて行からおもむろに頷いた。
「やれやれ…。とんだトラブルじゃったが、先に進むとしようかの…。―――ん?」
一つ溜息を吐いてからそう言う亀仙人だったが、ふとサーバルがじっと亀仙人を見ている事に気付く。
「ねえねえ。もうちょっと違う呼び方をしても良いかな? 亀仙人って言う呼び方、何だかしっくりこないんだよね…」
「…そ、そうかの?」
「いえ、ボクは別に亀仙人さんで良いと思いますけど…」
難しい顔で唸りながらのサーバルの言葉に、亀仙人はかばんに意見を求めるが、かばんは問題ないようだ。という事は、サーバルの感覚的な問題なのだろう。
「う~む…。と言われても、他の呼び方は武天老師か…後は、弟子の一人が”じっちゃん”と呼んでおった…くらいかのぉ…」
腕を組み、天を見上げながら過去に自分が呼ばれた名を羅列する亀仙人。正直、呼ばれ方などと言われても困るし、最後の一つも苦し紛れに出したというのが実際のところだ。だが…
「―――じっちゃん…。じっちゃん…! じっちゃん!!」
その苦し紛れにサーバルが物凄い反応を示す。
「うん、これ! これがいいよ! 貴方は今日からじっちゃんね!!」
「…う、うん、まあ、好きな様に呼べばいいんだけどね…」
今にも飛び上がりそうな勢いで、亀仙人を指差しながらそう宣言するサーバルに、亀仙人は困惑気にポツリと漏らすのだった。
「うひょー! とびっきりのナイスバディな美女ではないか! ええのうええのう、最高じゃのう!!」
「…サーバル、何かしらこの不躾なフレンズは?」
上機嫌に周囲をくるくる回る亀仙人に向かって、その中心にいる大人の色気を漂わせる巨乳の女性が率直な物言いでサーバルに尋ねる。
「え、えっとね、亀仙人って言う名前なの…」
女性の言葉に返答するサーバルだったが、その声は若干引き気味だ。流石のサーバルも今の亀仙人の狂態にはついて行けない物があるのだろう。無論、かばんなどは言わずもがなだ。
今サーバル達がいる場所は水辺だ。きつい日差しに喉が渇いたところに水辺があった。そして、そこで水を飲んでいると件の女性が現れ、それを見た亀仙人が一目散に飛びついたという訳だ。
「のうのう! もしよければツンツンさせてもらえんかの!? あわよくばパフパフなんてものも…!!」
「…あら、この胸に触りたいんですのね?」
「うむ、うむ! たわわに実った見事なおっぱいじゃ!」
「うふふ、お褒め頂き光栄ですわ。さて、どうしたものかしら…」
身を引いているサーバルとかばんを他所に、亀仙人の要求はだんだんエスカレートしていく。対する女性はウーンと考え込んでいたが、やがて顔を上げ、
「お断りいたしますわ」
と、きっぱりと断った。
「そ、そう言わずに、この老い先短いジジイの我儘を叶えては」
「あんまりしつこいとひねりつぶしますわよ?」
なおも食い下がろうとする亀仙人であったが、女性の容赦の無い言葉が亀仙人に突き刺さる。口調こそおしとやかだが、女性の目はマジだ。
「…も、申し訳ありません」
そんな女性の剣呑な雰囲気を前に、亀仙人は一気に意気消沈しながら謝罪の言葉を口にするのだった。
「もー! 流石にあれはやりすぎだよじっちゃん!」
「だからさっきから謝っとるではないか…」
図書館への進行を再開した一行だったが、サーバルは亀仙人の先ほどの女性への行いに対し未だに苦言を呈している。
「カバがあんな怖い雰囲気を漂わせるなんて初めてだったんだから!」
「…た、確かにあの時の雰囲気は凄く怖かったです」
尚も言及するサーバルに、かばんも落ち込み気味に同意する。因みに、かばんも例の女性…カバに自分の正体を探る為と色々質問を受け、「何もできないフレンズ」という厳しい烙印を押されてしまった。今少し落ち込んでいるのもその所為だろう。
そんなかばんをサーバルが励ましながら更に一行は道中を進んで行く。すると、次の目的地である「じゃんぐるちほー」なる場所の境目が見えてきた。
のだが、その道を先ほどのセルリアンという生物が占拠していた。先ほどよりもかなり大きく、今度は一筋縄ではいかないようだ。
「うわー、確かにおっきいね…」
「ど、どうしましょう…?」
実を言うと、この道をふさいでいるセルリアンの情報はカバから聞いてはいたのだが、想像を遥かに上回る大きさに、かばんは大きく震え、サーバルも少し冷や汗を掻いている。
「どれ、ここはワシが出てみようかの」
その時、不意に亀仙人が一歩前に出る。
「じっちゃん、危ないよ!?」
「亀仙人さん、ここは何か方法を考えてから…!」
当然サーバルとかばんは亀仙人を止めようとするが、
「ふぉっふぉっふぉ。若い女子に心配されるのは嬉しいのう。じゃが、ここは先ほどの名誉挽回という事で譲ってはくれぬか? ワシ自身の力があのセルリアンとかいうのに通用するかも試してみたいしの」
朗らかに笑いながらそう言って、二人を宥める亀仙人。と、同時に武道着の上着のボタンをはずし、そのまま上着を脱ぎ去ってしまった。
「ワシ、セクシーじゃろ?」
上半身裸になった亀仙人がサーバルとかばんに問うが、
「………はあ」
「セクシーってなーに?」
呆けたように生返事をするかばんと、不思議そうに首を傾げるサーバル。
「よし、ではいくぞ」
そんな二人に一つ頷いてからセルリアンの前に移動する亀仙人。すると、セルリアンの身体にある一つの目が亀仙人を捉えた。
「んんんんんん……」
サーバルとかばんの心配そうな視線と、セルリアンの警戒の視線が亀仙人に注がれる中、亀仙人は体中に少しずつ力を籠める。
「はっ!!」
そして、裂帛の気合の声を発する亀仙人。すると、それまで老人らしくほっそりとしていた肉体が、筋肉により急激に膨張してしまった。
「へっ!?」「わわっ!?」
あまりの出来事に驚きの声を上げるかばんとサーバル。セルリアンも突然の事に驚いている様で、ひとつしか無い目が、限界まで見開かれている。
「……か~」
そんな周囲を他所に、両手を上下に開いた構える亀仙人。
「……め~」
そして、その上下に開いた両手をゆっくりと合わせる。
「……は~」
合わせた両手を腰だめに持っていく。この間、サーバルとかばんは何が起こるのかと亀仙人に目が釘付けになっていたが、流石に相対しているセルリアンはいち早く我を取り戻したようだ。
「……め~」
さらに深く腰だめに両手を持っていく亀仙人だが、我を取り戻した以上セルリアンも黙ってはいない。今行っている”何か”をされる前に亀仙人を叩き潰すべく、その巨体を利用した体当たりを仕掛けてきた。
「亀仙人さん!」「危ないっ!」
セルリアンの行動を見たかばんは悲鳴を上げ、サーバルは思わず飛び出してしまう。が、
「波ーーーっ!!!」
という気合の掛け声とともに、腰だめに持って行っていた両手を、今まさに向かってきているセルリアンに一気に突き出す亀仙人。と、同時に、その両手から凄まじいエネルギーの奔流が迸った!
「ひゃあっ!?」「うみゃあっ!?」
その奔流が巻き起こす余波に、かばんは身体全体を庇い、亀仙人に近づいていたサーバルは己の身体をひっくり返してしまう。そして、セルリアンは巨大な衝突音と共に、その奔流に飲み込まれてしまった。
「……ぷひゅー。どうやら、効いた様じゃの」
一息ついた亀仙人がそう言葉を放つ。そして、その言葉に釣られてサーバルとかばんも伏せていた視線を上げると、先ほどまで道をふさいでいたセルリアンの姿は跡形もなく消えていた。
「わ、ああああ…」「…すっごーい!」
感嘆の声を上げるかばんとサーバル。特にサーバルの方は感極まっている様で、一目散に亀仙人の傍にまで駆け寄り、
「ねえねえ今のなになに!? あ、もしかしてじっちゃんの野生開放かな!? それにしても、あんな大きなセルリアンを、石を狙わずに一発で倒しちゃうなんて凄い威力だねー! それに、なんだかすごーくカッコよかったから、私も使ってみたいなーとか思っちゃった! あ、それとさっきの筋肉もりもりの姿をセクシーって言うの!? だったら、すっごーくセクシーだったよ!!」
「ふぉっふぉっふぉ。何を言っとるのかよく分からんが、かめはめ波を習得するには五十年は修行せんとの」
サーバルの瞳をキラキラ光らせながらの質問攻めに、亀仙人も答えられるところだけ答える。嬉しそうな笑い声をあげるのを見るに、どうやら若い女の子に褒め殺しにされてご満悦の様だ。
「…そ、その修行というのをすれば、さっきの奴が出来るようになるんですか?」
その時、いつの間にか亀仙人の横にまで移動していたかばんが、何やら思いつめた表情で亀仙人に問うてくる。
「む? 出来る出来ないはその者次第じゃな。まあ、先ほど言うたように長い年月の修行がまず必要不可欠じゃが…」
「…そうですか」
そして、亀仙人の返答に、かばんは顔を伏せて考え込むのだった。
作者自身が、アズールレーンというアプリゲーの赤城・加賀とかいうドロップ沼にハマっている上に、今更ながらイース・セルセタの樹海というPSVITAのゲームを最高難度でプレイしている為、次回の投稿はかなり遅くなると思います。