ジャパリパークに広がる亀仙流の教え   作:塞翁が馬

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修業の表記なのですが、実際は”修行”という表記が正しい方だとは思うのですが、本作では”修業”表記で行こうと思っております。因みに言葉の意味は


修業…業を修める事。終わりがある。

修行…修める道を行く事。終わりが無い。


という感じに筆者は考えております。


しゅぎょうのはじまり

 ゆっくりとサーバル達に近づいてくる黒い影。だが、近づく事でその容姿が段々と明らかになってきた。

 

 大きさはサーバルの膝位までで、お腹辺りのみ真っ白で他の部位は青系統の色に染まっており、大きな尻尾と長い耳、そして円らな瞳をしていた。

 

「ボス!」

 

 その姿を確認したサーバルが、親し気に目の前の生物の名前…らしきものを叫ぶ。

 

「サーバルちゃん、知り合いかの?」

 

「うん! この子はボスって言うの! あ、そうだ!!」

 

 まだ目の前の生物を警戒している亀仙人の問いに、サーバルは軽快に応えるが、ふと何かを思いついたように目の前の生物に駆け寄った。

 

「ねえボス、ボスはこの二人について何か知って…ない…かな……?」

 

 亀仙人とかばんの事を目の前の生物に尋ねるサーバルだったが、その言葉が終わらない内に目の前の生物は近づいてきたサーバルをかわし、亀仙人とかばんの前に移動してしまった為、サーバルの言葉は知り切れトンボの様に終わってしまう。

 

「こんばんは。ボクはラッキービーストだよ。二人の名前を教えてくれるかな?」

 

「え、あ、か、かばんです…」

 

「…亀仙人じゃ」

 

 唐突に少し変わった音声で名乗る生物…ラッキービーストにかばんと亀仙人も少々呆気にとられながらも名乗り返す。

 

「分かった、かばんと亀仙人だね。じゃあ、ここ…ジャパリパークについてせつめ」

 

「しゃ……喋ったぁ~~~っ!!!?」

 

 そうして、言葉を続けるラッキービーストだったが、今度はサーバルが驚愕の大声でラッキービーストの言葉を遮ってしまった。

 

「へ…? 普段は喋らないの?」

 

「今までボスが喋っている姿なんて一度も見た事が無いよっ!!」

 

 大仰に驚くサーバルにかばんが不思議そうに聞き、捲し立てる様に答えるサーバル。両の拳を強く握っている事といい、どうやらサーバルは今まで知らなかった事実に大分興奮している様だ。

 

 そして、そんなサーバル達を気にせずに周囲を歩き回りながら、ジャパリパークという所について淡々と説明を続けるラッキービーストだったが、少ししてかばんが眠そうにしている事に亀仙人が気付いた。

 

「あ~、ラッキービーストとやら。説明はありがたいがちょっと後にしてくれんか? かばんちゃんが今にも眠ってしまいそうじゃ」

 

 まだまだ続きそうなラッキービーストの説明を制止する亀仙人。と、同時にかばんの肩に手を貸し、ゆっくりとかばんをその場に座らせる。

 

「ボ、ボクならまだ平気で…」

 

「しっかりと休むのも修業の内じゃ。明日からの修業の為にも、今日はもう寝た方が良かろう」

 

 気丈に振る舞おうとするかばんだったが、そんなかばんを諭す亀仙人。すると、間もなくかばんは亀仙人の膝を枕に眠ってしまった。

 

「…もう寝ちゃった。きっといろいろあって疲れてたんだね。でも、じっちゃんは辛くないの?」

 

「なぁに、これしきで音を上げる程やわな鍛え方はしとらんわい。それに、可愛い女子の寝顔が見れるというのなら、枕にくらい幾らでもなってやるぞい」

 

 ご満悦気味に大言を吐く亀仙人だったが、サーバルは「ふぅん…」と一応返事はしたものの視線はずっと寝ているかばんに向けられている。

 

 そのまま、誰も喋らずに少し時がたったが、不意にずっとかばんを見ていたサーバルが顔を上げた。

 

「じっちゃん! 私もじっちゃんの膝を枕にして寝てもいいかな!?」

 

「ん? 急にどうしたんじゃ?」

 

「ぐっすりと寝てるかばんちゃんを見てたら、私もぐっすり寝れるかなと思って!」

 

 首を傾げる亀仙人に元気よく答えるサーバル。どうやら、安眠しているかばんを見続けてそういう結論に至ったようだが、かばんがぐっすり寝ているのは先ほどサーバルが言った様にひどく疲れているからであって、別に亀仙人の膝枕が良い訳では無いだろう。

 

 とはいえ、亀仙人的にはこれは千載一遇のチャンス。断る理由などどこにもない。

 

「なるほど、そういう事か。ワシは構わんぞ。むしろ、可愛い女子なら大歓迎じゃわい」

 

「わーい! それじゃ早速…」

 

 亀仙人が許可を出すと、サーバルは即座に亀仙人の膝の上に頭を置く。すると、サーバルは本当に大した時間もかからずに眠り始めてしまった。

 

 かばんと違い、言動や仕草からまだまだ元気が有り余っていそうなサーバルだったが、そんな見た目とは裏腹に彼女も疲れていたのだろうか?

 

 などと考える亀仙人だったが、直ぐに思考を変える。そう、今はそんな事どうでもいいのだ。

 

「―――………。ま、まあ…枕になったお礼として、少しくらいはいいじゃろ…」

 

 不審者宜しく挙動不審に辺りをキョロキョロ見まわしながら、言い訳臭くそんな事を宣う亀仙人。その右手人差し指が、ゆっくりとサーバルの胸に近づいていく。

 

 だが、今まさにその指がサーバルの胸を突こうとする直前、亀仙人はいつの間にかラッキービーストが己の目の前に移動している事に気付いた。

 

 いや、それだけでは無い。先ほどまで何ともなかった耳が、まるでパトカーのサイレンの様に赤く点滅していたのだ。警報音こそ鳴っていないが、何かを注意しようとしているのは傍目からも明らかだ。

 

「警告します。フレンズに対し明らかに性的と見られる接触を行った場合、罰金10000ジャパリコインを没収します。警告します。フレンズに対し明らかな―――」

 

「な、ななななな…!?」

 

 突然の告知に明らかな動揺を見せる亀仙人。しかし、ラッキービーストの警告は止まらない。

 

「―――場合、罰金10000ジャパリコインを」

 

「ええい、分かった! 分かったから静かにせんか!」

 

 慌てた口調でそう言いながら、急いで右手をサーバルから離す亀仙人。すると、ラッキービーストの警報はゆっくりと収まっていく。

 

「…まあ、そう都合よくはいかないよね……はぁ……」

 

 少し悲しそうに夜空を見上げながら、ため息を吐く亀仙人だった。

 

 

 

 

 

 翌日、日の出とともにかばんとサーバルを起こす亀仙人。朝の準備もそこそこに、いよいよ本格的な修業に入るのかと少し緊張の面持ちのかばんと、興味津々そうなサーバル。

 

「では、早速修業を始めようと思うが、その前にお主たちに一つだけ言っておく」

 

 そんな二人と相対しながら、厳かな声色でそう宣言する亀仙人。すると、かばんの緊張の色がより濃いものになり、サーバルの顔にも緊張が走った。

 

「よいか! 武道を習得するのはケンカに勝つためではなく ギャルに『あらん。あなた、とってもつよいのね、ウッフーン』と言われるためでもない! ―――とは言ってもお主たちは女子じゃったな…」

 

 勢いよく言葉を切り出した亀仙人だったが、ここでかばんとサーバルを交互に見遣りながら尻込みしてしまう。どうやら、女性の弟子という存在の扱いにはあまり慣れていない様だ。

 

 しかし、ここで台詞の勢いを切ってしまえば自分の真意が伝えられなくなる。と、踏んだ亀仙人は、不思議そうにお互いの顔を見合わせていたかばんとサーバルに向かって一歩踏み出し、再び口を開いた。

 

「と、とにかくじゃ! 武道を学ぶことによって心身ともに健康となり、それによって生まれた余裕で人生を面白おかしく、はりきって過ごしてしまおうというものじゃ!」

 

 勢いに任せて、己の考える武道という物をかばんとサーバルに伝える亀仙人。すると、かばんは真剣な面持ちで何度か首を縦に振った…のだが、サーバルは呆けた顔で亀仙人を見つめるのみだ。

 

「しかし! 不当な力を持って自分…または善良な者達を脅かそうとする者にはズゴーンと一発かましたれ! ここまでは分かったかの?」

 

「はい!」

 

「―――全然分かんない」

 

 亀仙人の説法にかばんは元気よく返事をしたのだが、サーバルは変わらず呆けた顔で首を横に振る。

 

「………。ま、まあ、ようするにじゃな、修業をしっかりして、楽しく生きていこうという事じゃ」

 

「あ、そういう事かー! うん、分かった!!」

 

 そんなサーバルに、亀仙人は要点を超簡潔に纏めた上で、サーバルが分かりそうな言葉を選んで口にする。そうすると、サーバルは得心がいったとばかりに右手を高々と上げて大きく頷いた。そして、その一部始終を見ていたかばんはサーバルを見続けながら空笑いを浮かべている。

 

「よーし! じゃあ早速シュギョウをしようよ! まずは何をすればいいの!?」

 

 両手を握りしめて力むサーバル。そして、かばんもまた表情を真剣なものに戻し亀仙人に視線を移す。

 

 そんな二人の姿勢を受け、亀仙人は懐から葉で作った輪っかを四つ取り出した。大きさは二種類あり、かばんの手首を丁度覆えるくらいの物が二つ、足首を覆えるくらいの物が二つ。葉自体もその辺に生えている雑草で作ったと思しき、特に何の変哲も無い物だ。

 

「かばんちゃん。これらをかばんちゃんの両手首と両足首に着けてくれぬか?」

 

 そう言って、かばんに四つの輪っかを渡す亀仙人。受け取ったかばんは、言われた通りに両手首と両足首に輪っかを身に着ける。

 

「うむ。次にワシが動かす両手をじっと見つめるのじゃ」

 

 かばんの動作が終わったのを確認した亀仙人が、新たな指示を出すと共に両手をかばんに向ける。そして、

 

「―――さあ、両手両足を縛る葉っぱに意識を集中するのじゃ。………おや、不思議じゃな。何故かどんどん葉っぱが重くなっていくのう…。重ーく、重~~く……」

 

 と、両手を怪しげに動かしながら口走り始めた。すると、次の瞬間かばんは不思議そうに視線を亀仙人の手から自分の両手首に移動させた。

 

「―――あ、あれ? な、なんだか本当に葉っぱが重く感じる…?」

 

「へ? その輪っかが重いの?」

 

「う、うん…。急にズシッと重さを感じる様になって…」

 

 目を白黒させながら、両手両足に身に着けた葉っぱの輪っかを何度も丹念に見直すかばん。サーバルも不思議そうに顔を傾げている。

 

「ふう。どうやら、無事暗示をかける事に成功した様じゃな」

 

「じっちゃん、アンジって何?」

 

 かいていた冷や汗を拭いながら、誰にも聞こえない様に小声で呟いた亀仙人だったが、その小さな呟きをサーバルの鋭い聴覚は逃さずに”暗示”という単語にすかさず食いつく。

 

「き、聞こえておったか……。………えーと、そ、そうじゃなぁ…。まあ簡単に言えば、かばんちゃんにあの葉っぱを重いと感じてもらうためにあれやこれやと…その、ね……」

 

「全然分かんないよー!」

 

 困り顔で説明する亀仙人。しかし、言葉がだんだん尻すぼみになっていき、最終的に台詞自体があやふやになってしまっている為、当然サーバルは納得がいかず非難の声を上げる。

 

 亀仙人の行う修業と言えば、常に身体に重力負荷をかけながら行う厳しいものとして有名だ。

 

 そして、かばんとサーバルにも勿論この修業方法で行こうと亀仙人は考えていたのだが、いままで取ってきた弟子たちの様な、むさ苦しい上に既に下積みもある程度積んでいる野郎どもならともかく、武道については完全に素人なサーバルとかばん…特に身体能力も現時点では平均の女子以下というかばんでは、20kgの甲羅を背負って牛乳配達など出来る訳がない。

 

 そもそも、修業用の道具すら何も持っていないのだ。唯一使えるのは今亀仙人が背負っている甲羅だが、これも重量は100kgある。サーバルは分からないが、かばんは絶対に背負えないだろう。

 

 そして、環境も無い。修業を行うのにいつも使っていた牛乳屋も広い畑も工事現場も、やたらでかい蜂の巣が付いている木も何故か鮫が住んでいる湖も無いのだ。

 

 さらに言えば、今亀仙人はここで立ち止まっている訳にはいかない。これはかばんにも言える事だが、自分が今どういう状況に置かれているかを確認したいと考えているのだ。その為にも、修業をしながらでもジャパリ図書館とやらへ行かなければいけない。

 

 そこで亀仙人は考えたのだ。出来ないのであれば、もういっその事牛乳配達やその他諸々の修業は切り捨ててしまって、ただひたすら目的地に向かって移動する事を修業にすればいい、と。今のかばんならこれだけでもそれなりの修業にはなるだろう。

 

 無論、負荷をかける事は忘れない。これが、亀仙人が亀仙人と呼ばれる所以なのだから。

 

 だが、即席で重力負荷をかける方法がこれしかなかったとはいえ、その内容は客観的に見て色々不味い内容なのは間違いない。

 

 悪い見方をすれば、無垢な女の子に催眠術を掛けたという事になるのだ。下手をすれば案件内容だ。亀仙人も、それを理解しているからこそ、暗示をかける最中に冷や汗を掻いたり、サーバルに深く突っ込まれてしどろもどろになったりしているのだ。

 

 そして、亀仙人は気づいていた。この一部始終を黙って見ていたラッキービーストだったが、亀仙人が暗示という言葉を出した瞬間、その瞳が赤く光ったのを。

 

 間違いなく、ラッキービーストは暗示という言葉の意味を正しく理解している。その上で、瞳が赤く光ったという事は、亀仙人はブラックリスト…のような物に登録されてしまったのかもしれない。

 

「か、かばんちゃんどうじゃ? 重すぎたりはしないか?」

 

「あー! じっちゃん話を逸らそうとしてるー!!」

 

 なおも続くサーバルの追求とラッキービーストの赤い視線から背け、未だに両手足の輪っかを確認しているかばんに声を掛ける亀仙人。

 

「重さは、両手が各500g、両足が各1kgの合計3kg程度じゃが…」

 

「大丈夫です。重くはありますけど、これくらいなら動かしたり歩いたりするのに問題はありません」

 

 重さの具体的な数字を出す亀仙人に、かばんは微かな安堵を感じさせる表情を浮かべながら答える。それは、予想よりは厳しくなかったという感じの安堵だった。

 

「ふっふっふ…。そうじゃな、確かに体力気力を浪費する前なら、そう重くは感じんじゃろうな…」

 

 対する亀仙人は、何やら含みのある言葉をかばんに向ける。その不気味な雰囲気に、かばんは思わず固唾を飲んでしまう。

 

「ねーじっちゃん! 私は!? 私も何か身に着けるの!?」

 

 そんな二人の空気を呼んでか読まずか、いきなりサーバルが強引に割って入ってきた。どうやら、サーバルも早く修業をつけてもらいたい様だ。

 

「ううむすまんのう…。あの輪っかはかばんちゃんの分しか作る時間が無かったんじゃ。サーバルちゃん用のもそのうち作るつもりじゃから、今はこれで我慢してくれんか?」

 

 そう言って、亀仙人は自分が背負っていた甲羅を外し、サーバルに差し出す。

 

「うん、分かった! その甲羅を身に着ければいいんだね…って重っ!! 初めて触った時も重いと思ったけど、改めて持ってみるとやっぱり重いよ~!」

 

 受け取った甲羅を持ちながら声を張り上げるサーバルだったが、高々と掲げたり、重さを確認する為か揺さぶったりと、泣き言を言っている割には結構平然と持っている様にも見える。

 

「サーバルちゃん、それをワシがやっていたように背中に背負うのじゃ」

 

「うん! ―――よ、いしょっと。これでいいかな?」

 

「うむ、それでよい。どうじゃ? 重過ぎたりはしないか?」

 

「全然平気! 大丈夫だよ!」

 

 少し心配そうに声を掛ける亀仙人だったが、サーバルは満面の笑みを浮かべて返答する。一応、この甲羅は修業の最終段階で身に着ける物なのだが、それを初っ端に身に着けて問題無いと口にしたサーバルに、亀仙人はこの子ならかつての弟子たちのような修業をつけても問題ないかもしれん、と推考する

 

「…亀仙人さん。あの甲羅の重さはどれくらいなんですか?」

 

 その時、不意にかばんが亀仙人に尋ねてきた。

 

「約100kg…。かばんちゃんのつけている輪っか、およそ34個分くらいじゃな。じゃが、焦る必要はないぞい。何事にも手順という物がある。今のかばんちゃんではあの甲羅は背負えないというのは分かるじゃろ?」

 

 その質問の真意を察した亀仙人は、重さを素直に答えながらも、かばんを諭す様に言葉を紡ぐ。しかし、かばんは悲しそうに俯いたままだ。

 

「無理をして体を壊しては元も子もない。ゆっくりと、己のペースで登っていけばよいのじゃ。その弛まぬ努力は必ずやお主をより良い方向へ導いてくれる筈じゃ」

 

「―――はい」

 

 続く亀仙人の言葉に、かばんはやや間をおいてからゆっくりと首を縦に振るのだった。




本音を言えば、今話でじゃんぐるちほーまで終わらせる予定だったのですが、予想以上に修業の内容を考えるのに時間を食ってしまい、またそれに合わせて文字数も嵩み始めたのでここで一旦切る事となりました。次回からは色んなフレンズが出てくると思います。

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