モンスターハンター~紡ぐ者の想い~   作:発酵

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第1章:ハンター生時代
老人は千変万化


 花の頃が終わりを告げようとしている今日、周囲の雑木林は芽吹きの萌黄色から涼しげな若竹色へと移り始めていた。

 村中から景色を眺めているときに、季節はどこから僕たちの目の前に現れるのか疑問だった。開花とともに春が浮遊して世界を埋め尽くすのか、それとも天から射す陽光のように悠然と拡がるのか。思案してもわからない自然の強大さに胸が躍ることも少なくなかった。

 そんな摩訶不思議な世界に夢みていたときに今回の件は転がり込んできた。僕の実績を認めたドンドルマギルドからの招待状(村のみんながそう言っていた)が届いたのだ。

 実績といわれても僕自身に思い当たる節はなく、封を切って中を見ても、馬車を寄こす日にちと時間以外は何も記されていなかった。

 

 村から出発して数日が経過し、アプトノスが引く幌の屋台に揺られるのにもすっかり慣れてきた。

 後ろを振り返れば、切り拓かれた砂利道と道に沿って半人工的に木々が並んでいるだけの画が永く続いていた。そのまま見上げてみると、快い青の空に綿のような柔和な雲が帯状に広がって東に流れていた。

 無意識に口角はあがって、拳からは清々しい力が溢れていた。

 村を出てから昨日までは天上に灰色の雲が張り付いていて、いつか来る日の暗示のような圧力に、息が詰まりそうだった。自然と下を向く時間も増えていたような気がした。

 同乗者は誰もいなかった。道中で村に寄ることは2回ほどあったが休憩として寄っただけで、誰かが同席することはなかった(今思えば僕の送迎だけを目的としたものだったのだろう)。

 そうすると御者の老人との親交が深まっていくことに、なにも不自然なことはなかった。

「この先の道を曲がればドンドルマですよ。最後の右への曲がりは、少し急なので気をつけてください」

 老人は僕のほうに振り返り、伸びた白鬚を心地よく揺らしながらそう言った。僕はその言葉に操られるように、体の重心に意識をもっていく。

 屋台がカーブを曲がり終わると、眼前に巨大な岩山が現れた。周りを見渡せば先のような雑木林に囲まれた窮屈さはなく、解放感のある野原に出ていた。背中にたっぷりと当たるやわらかな陽差しと低木が大きく揺れる風が自然の壮大性をより実感させる。

 これがドンドルマですよ。屋台が揺れる振動に合わせた静かな物言いで老人は言った。

 改めて視界に「ドンドルマ」を入れると、その存在感に圧倒される。悪の権化の二つ名を垂らして迫りくる巨悪なモンスターと対峙したときの緊張感が湧いてくるようだった。

「すごいなー。これは首が痛くなりそうですね」と僕の口からは地味な感想しか出てこない。

 大自然の独特な粛々さと躍動の矛盾が創りあげる調和された世界に似ているのに、どこか人工的な仰々しさを感じる。調和に重きを置いた世界にしか見ることのできない重くて冷たくて、それでいて涼しいようなあの特殊な圧力はここにはなかった。

「物凄く人間臭いでしょう。一見すればどこまでもそそり立つような岩山に、詩のひとつでも詠いたくなる方もいらっしゃるかもしれません。ですが注視してみればその造形には、明確な意図が合理性をきちんと兼ね備えて、丹念に練りこまれているのですよ」と老人は自身の作品を愛でるように言った。

 僕は老人の言うことがあまり理解できていなかった。

「明確な意図…ですか?」と僕は訊いた。

「ええ。ドンドルマは遥か昔に暮らしていた先住民たちが開拓した地といわれていて、今ほどにモンスターとの関係性が確立されていない頃にできた都市とされています。開拓というより逃げ込んだ、と表現するほうが正しいのかもしれません」

 未だに話が見えてこなかった。不規則な揺れに身を任せすぎていたためか、あるいは久しく浴びていなかった眠気を誘う陽光のせいなのかもしれない。

 会話の空白から、老人の後ろ姿は察したように話を続けた。

「北と東西が険しい山々に囲まれた特殊な地形の中にドンドルマはあるのです」と老人は言って黙っていた。

 老人の言葉を迅速かつ丁寧に整理し、要約した答えを口に出す(僕は物事を要約して、相手との認識の差をなくそうとするくせがある)。

「……なるほど。つまりは自然の地形を利用して、自分たちにとって有利になる場所に定住したということですね」と僕は一つ一つ言葉を丁寧に選んで言った。

 ここ数日の付き合いでわかったのが、時折この老人は僕を試すように会話を進行するときがある。普段の会話では藹々としているのに、その瞬間だけは別の誰か、誠実性の極めて高い人物と対話しているような錯覚に陥ってしまう。

「実はもう一つあります」と老人は言って少し考えていた。

「そういうと語弊があるかもしれませんね。あくまで副産物的に見出されたものなのですが」そこでまた老人は言葉を切った。彼の、事実を普遍的にかつ正確に伝えたいという意思が手に取るようにわかった。

 そのために慎重に当たり障りのない言葉を選んでいるのかもしれない。しかしそれなら、彼の気質は誠実性が高い別の誰かとそっくりである。

 それなのに全く同じ面を持つ彼を別人のように感じるのはなぜだろうか。同じ作者が作る二つの作品について、相対的に異なった意図を組み込ませた作品たちが与える差異に似ている。つまり老人が別の意図をもとに、その老人を作り上げているのかもしれない。あるいは単に僕の思い違いというシンプルな答えなのかもしれない。

 当然、僕はその答えにたどり着けなかった。

 老人はおもむろに口を開いた。

「先ほど、私は北と東西は険しい山々に囲まれていると言いました。では今、私たちが通っているこの南の平野の先には何があるのか…。ご存知でしょうか?」ともう一人の老人が顔を出して言った。

 右手の人差し指先を額に当てながら、昔みたことのある大陸の地図を脳内に描き思案する。

「南側にはたしか…ジィ・クルーク海がありますよね」

「はい、そうです」

 どうやら海が関係しているみたいで、根拠はその反応が肯定的だったために明らかだ。彼は隠した答えを見つけさせるために、確認をとらせて、誘導してくれる。そうして、化石を発掘するときシグナルを見つけるように、大きな枠組みから検討していく。

「うーん…」

 しかし、探しても探してもそのシグナルが姿を現してくれない。

「私の言葉をよく思い出して、文字通り視野を広げてください。そうすれば答えは見えてきますよ」

 老人の言葉の中からヒントとなる情報を手繰り寄せていく…。

 思案を巡らせていくうちにドンドルマというモンスターはどんどん僕に迫ってきていた。そうしてドンドルマをぼんやりと視界におさめる。すると僕の嗅覚に、突然そのシグナルはやってきた。

「潮の香りがすごいですね」と僕は言って進行方向とは逆に視点を移してみる。

 するとそこには答えが最初から置かれていた。

「そうか! 風ですね!」合点がいった反動なのか、お目当ての化石を見つけて少し声が高くなった。

 そこには、鉛直方向に伸びた白い塔の先に3枚のブレードが付いた風車が数台見えた。特徴的なその巨大な羽根が海陸風を存分に浴びて、優雅で鞏固な振る舞いをしている。

「そうです。風力発電ですね」と老人は柔らかい声色で答えてくれた。

 彼が言った副産物的、という言葉の意味がようやく理解できた。

「海陸風ですね。昔は塩害などの問題が提起され、護岸などの建設が検討されていた時期もありました。ですが近年、防潮林という考え方が普及しました。それが後押しのきっかけになったのか、有効活用するべきだという声が多くあがり設置されるようになったのです」

「確かに風が少々強いですね」

「ええ。絶え間なく吹いていますよ」

 その声からは、いつの間にか普段どおりの老人が帰ってきていることに気が付いた。天気のこともあり、新天地に対する実感の高揚もあって、彼の変化は薄まっているような印象があった。

「あそこが入口ですよ」と老人は言って指をさした。

 その先に目を向けた。奥にある岩山とは対照的に、馬車の二回りほどの高さで野面積みされた塀が真横に存分に設置されていた。

「到着しましたよ」と老人が言うと、同時にアプトノスが言葉を理解したかのように歩みを止める。

 老人は座席から降りると左手に回って馬車の扉を開けた。僕は馬車から下りるためにゆっくりと腰をあげる。そこから段差に足を運ぼうとしたときに老人は口を開いた。

「予習はここまでです。さあ、新天地へ赴きましょう」

 老人の顔には、新しい老人がいたずら心を添えてやってきた。




豆知識1:海陸風って?
基本的に風というのは、気圧差と移流というものによって起こります。
特に気圧差というのが大きな力を持っていて、高圧なほうから低圧なほうに風は吹きます。
つまり風上が高圧に、風下が低圧になります。
そして気圧差というのは、原則的に気温差から生じます。

※ほんとうはそんなに単純ではなく複雑ですが、今回のことを「知ってもらう」という観点から見れば問題ありません。

気温差に関してですが、空気と水を比べてみると、空気のほうが比熱が小さいです(簡単に言うと空気の方が暖かくそして冷えやすいです)。
つまり陸のほうが気温が高く(低圧になる)なり、海上のほうが気温が低く(高圧になる)なります。
なので昼間では、陸に風がいっぱい拭くのです!
因みに夜は逆で、陸風が吹きます!


高いとか低いとか打ちすぎてごっちゃになっていたらすいません。
これからも豆知識シリーズやっていきたいと思います。
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