熱中症には気をつけてください。命に関わりますぜ。
夢を、見ていた。紅い夢。
一夏が、箒が、セシリアが、鈴が。
簪が、本音が、立花が、嶋田が、千冬さんや束さん達が。
血の海の中に倒れている。
皆苦悶、絶望、痛みの顔に歪んでいる。
その中心に立つのは、血塗れの俺。
天高く輝くは、紅き月。侵魔の証。
赤い水面に映る俺の顔は、牙を剥き、三日月のように口を歪めて・・・。
「はあっ!?」
そこで目を覚ます。
なんて夢だ・・・。
ここしばらくで最悪の朝だ。
なぜあんな夢を見たのだろう。
俺は、人間だ。たとえ『凶獣』と呼ばれようと、俺はウィザードだ。
紅い月の下で、あのように嗤うなど・・・。
「くそったれ!」
こんな時はトレーニングだ!汗を流して忘れよう。
ただでさえ今日は大事なクラス対抗戦。あいつらの決着の日だ。
俺がしっかり見届けないでどうする。
いつもより長めのトレーニングを終えると、既に簪はいなかった。彼女はいつも何処に行っているのだろうか。
「旺牙さん、顔色が優れないようですわよ。なにかありまして?」
「・・・夢見が悪かったんだ。あまり詮索しないでくれ・・・。」
セシリアが心配そうに尋ねてきてくれる。箒も口には出さないがこちらを見ていた。
その気持ちはありがたかったが、今はそれに応える余裕が無かった。
トレーニングを終えてもシャワーを浴びても、飯を食っても気が晴れない。
こんなことは初めてだった。
どうしちまったんだろうな、今日の俺は。
アリーナでは一夏と鈴がISを纏い対峙している。
鈴のIS、甲龍といったか。随分と攻撃的なフォルムだ。
非固定浮遊部位がやけに特徴的だが、もしかしたらあれが例の。
『それでは両者、試合を開始してください。』
ピットの中にいる俺達にもアナウンスが聞こえる。
瞬時、白式の雪片弐型と甲龍の異形の青龍刀『双天牙月』が交差する。
はじけ飛ぶ白式、だがそこはセシリア直伝の三次元躍動旋回で持ち直した。
その直後である。白式が見えない何かに『殴られたように』地表に打ち付けられた。
「なんだあれは・・・?」
モニターを見ていた箒が呟く。
それに答えたのは俺とセシリア。
「あれが『龍咆』か。」
「ええ。『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す。」
ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわと続いた言葉は、もう箒には届いていないだろう。
おそらく一夏のことを心配しているのだろう。
まったく、普段からこうしおらしかったら可愛げがあるのに。いや、それではもはや箒ではない別人になってしまうか。
「しかし一夏はよく避けてるな。」
「おそらくハイパーセンサーに空間の歪み値や大気の流れを探らせているのでしょう。でもそれもいつまで続くか、解りませんわ・・・。」
セシリアも一夏を心配し、言葉を詰まらせる。
バカヤロウ。よく見ておけ。あの馬鹿は調子にも乗りやすいが、追い詰められてからが本番の男だ。
なんのためにこの一週間で『瞬時加速』を覚えさせたと思っているんだ。
そして、遂にその瞬間がやってきた。
「往け!一夏!」
ズドオオオオンッ!!!
なんだ!?何が起きた!?ピットにすら衝撃が伝わる何かが、アリーナに入ってきた。ISと同じ遮断シールドで覆われたアリーナに、である。
煙が晴れたそこにいたのは、俺の凶獣と同じ『全身装甲』のISのようななにかだった。それが一夏たちを攻撃し始めたのである。
一体何が起こってやがる!?
その時、俺の携帯が鳴り出す。相手は『マイラブリーエンジェル束さん』。
正直無視したかったが、勘がその電話に出たほうがいいと告げていた。
「はい、旺牙です!束さん、今ちょっと大変なことが」
『おーくん!!大変だよ!束さんが作ったゴーレム、誰かにコントロールを奪われちゃった!』
はあっ!?あんたが作った!?なんでんな妙なモノを・・・ってそんな場合じゃない!
「あんたが作ったモンのコントロールが簡単に奪われてたまるかよ!」
『そういってもウンともスンともいわないんだよ~!』
こんのトラブル兎さんが!今度会ったら御仕置きだべ!
ん?まてよ。」
「束さん。コントロールがどうこうってことは、今降ってきたISみたいなの、無人機か!?」
『え!?おーくんたちの所に行ってるの!?』
「絶賛一夏が襲われてます!なんとかならないんすか!?」
『そ、そんなこと言われても全然言う事を聞いてくれなくて。』
言葉の応酬をしていると、辺りが騒がしくなっている。
やれ隔壁がロックされている。やれ一夏と鈴が戦う。やれ織斑先生が砂糖と塩を間違えた。って最後の何だよ。
「すいません、話は後で!今は目の前の事を解決しないと!」
『あ!おーくん』
そう言って電話を切る。
モニターを見ると、逃げ遅れたのであろう生徒達が観客席から隔壁に殺到している。
不味い。かなりパニックになっている。こうしちゃいられない。
「志垣。何処へ行く。」
「俺に出来ることをしに行くだけです。叱責は後で。」
三年生達が隔壁の開放に躍起になっているが、あのISもどきのハッキングで中々上手くいっていない。これ以上長引くと、取り残された生徒達に被害が及ぶかもしれない。
手段は選んでいられないか・・・。
「先輩方、下がっていてください。」
「え、志垣くん?なにを・・・」
「先生にも言いましたが叱責は後で。はああああああぁっ・・・。」
気を右足に込める。さて、修理代はいくらかね・・・。
「ドラアッ!!」
隔壁に向って『一閃』。扉が大きく凹む。これで隙間が出来た。
その隙間に両手を捻じ込み、思い切り左右に引いた。
嫌な音を立て、隔壁が勢い良く開いていく。
「今だ!ここから外へ!」
「し、志垣くん・・・」
呆然とする三年生を他所に、避難誘導を始める。
あらかたの生徒が避難したところで、俺もアリーナに飛び込む。
「一夏ぁっ!」
突如アリーナに声が響いた。中継室のほうに顔を向けると、箒がいた。あいつ、ピットにいないと思ったらあんな所に。
「男なら・・・男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」
再びアリーナにハウリングする箒の声。馬鹿!そんな目立つことをしたら!
案の定、ISもどきは中継室に興味を持ったように箒の方を見つめていた。
一夏と鈴はさせじと攻撃態勢に入る。
一夏が甲龍の衝撃砲のエネルギーを使い『瞬時加速』を行った事には驚いたが、その無茶が功を成し一気にISもどきに接近。『零落白夜』で切り裂いた。
それでも僅かに動く敵機を、セシリアが的確に狙撃。ISもどきは機能を停止した。
やれやれ。俺の出る幕は無かったな。俺も怒られるだろうが、無茶をした一夏と箒は俺が直々に説教してやる―
ゾクンッ
一瞬、悪寒が走る。この感覚、覚えがある。前世で何度も味わったあの感覚だ。
「なんで!?なんで外に出られないの!?」
「壁が!目に見えない壁があるの!」
「嫌ぁ・・・。もう嫌ぁ・・・。助けてよ!」
まだ避難しきれていなかった生徒達の声。それだけじゃない。
「え?なんで私達、ここにいるの?」
「外にいたはずなのに・・・。」
既に避難していた生徒や三年生の先輩方がアリーナに現れていた。
この現象、まさか!俺は空を見上げる。
そこには、この世界ではありえない物があった。
なぜだ・・・。なぜなんだ。なぜ空に。
「何で!紅い月が昇っているんだ!」
「ホッホッホッ。それはここがわたしの月匣内だからですよ。」
アリーナの中空に気配を感じた。忘れる事のできない、嫌な気配。
「馬鹿な・・・。何故お前のような存在がここに居る・・・。」
居るわけがない。だってここは、ファー・ジ・アースではないのだから。
「答えろ!何故貴様がここにいる!侵魔!」
そこには、二メートルを越える、仮面を被り杖を持った魔導師然とした痩せた男、侵魔がいた。
「貴方には言われたくありませんね、ウィザード。もっとも、貴方のお陰でわたしたちはここにいると言っても過言ではないのですがね。」
「どういう・・・ことだ・・・。」
この世界に侵魔がいるはずがない!この十五年間、気配も感じなかったんだぞ!
「気配を隠して行動する事など、わたしたちにとっては造作もないこと。まぁ、これからはその必要もないのですがね。」
「何を言っている!」
「ホッホッホッ!元気が有り余っているようですね。」
目の前の侵魔は飄々と俺の言葉を受け流す。
駄目だ。冷静になれ。奴のペースに飲まれるな。
「自己紹介が遅れましたね。わたしは偉大なる母、大魔王にして覇王ジーザの率いられる覇王軍が軍師『賢きトルトゥーラ』。覚えなくとも良いですよ。ここで貴方方には死んでいただきますので。」
覇王?聞いたことが無い。俺の知らない侵魔か?
それに貴方、方だと。
「貴様、俺が相手じゃないのか!」
「ご冗談を。侵魔が人間のプラーナを奪うのは当然の事。それに・・・。」
そう言って侵魔、トルトゥーラといったか、は一夏を見た。仮面を被っているためその表情は読めない。だが、そこに悪意があることだけは分かる。
「邪魔者には早々にご退場いただかなければなりませんからね。」
邪魔者?俺だけではないという事か?だがこの場にウィザードは俺しかいないはず。
「さぁ、お客様もいらっしゃるのです。盛大なパーティにいたしましょう。」
そう言うとトルトゥーラは指を鳴らした。
するとアリーナに山羊の頭を持つ異形が現れた。
レッサーデーモン!?それも二十体!
「ひっ!?なにこれ!?」
「ヤダッ!来ないで!」
下級悪魔とはいえ、普通の人間にとっては脅威だ!
早く倒さないと!
「おっと。こちらも忘れないでください。」
奴が、既に力を使い果たしている一夏と鈴に指を向ける。すると。
「う、うわあああああああああっ!!」
「ヤ、ヤダヤダヤダヤダァ!?」
「一夏!鈴!貴様、二人に何をした!」
「少し脳を弄っただけですよ。お二人とも、色々苦労なされているようで、それを少し過敏に、ね。」
この、こいつは・・・。
「さぁどうなさいます?無垢な少女達にはレッサーデーモン。大事なお友達はこの様。貴方はどちらを助けますか?」
「こ、の、外道があああぁっ!!」
「ホッホッホッ。これだから人の精神を揺さぶるのは止められません!」
腐ってやがる、この野郎!
だがどうする。レッサーデーモンを放っておくわけにはいかない。かと言って一夏たちをこのままには・・・、ええいままよ!
「一夏、鈴、もう少し耐えてくれ!すぐに雑魚は片付ける!」
「おやおや。大事なお友達を見捨てるとは。」
うるせえよこのカマ野郎!
今は戦えない人たちの救助が先だ。
「させませんよ。貴方も悪夢に沈みなさい!」
奴が指を鳴らす。
すると、俺の脳裏に今朝の夢が甦ってきた。
血に沈む大切な人たち。嗤う俺。まさに凶暴な獣のような・・・。
・・・いかん!
「フンッ!」
気合い一発、なんとか帰ってこれた。
「わたしの悪夢を払うとは・・・。中々面白いですね。」
こいつ、幻惑使いか。『夢使い』に通じるところがある。厄介だな。
だが、今は構っている暇はない!速攻で片付ける!
「旺牙さん!わたくしもお手伝いいたします!」
「止めろ!コイツラには普通の攻撃は」
バシュウッ。
BTから放たれたレーザーがレッサーデーモンの頭を貫き、一体を消滅させる。
そんな。通常兵器では、侵魔にダメージは通らないはずなのに。
「普通の攻撃は、何ですって?」
「お前・・・。」
「ブルー・ティアーズは一対多に長けていましてよ。こんな化物相手でも遅れはとりませんわ。」
なぜBTの攻撃が通ったのかは分からない。だが、攻撃が通る以上、これ以上ない味方だ。
「すまんセシリア。やっぱり手を貸してくれ!いくら雑魚でもこの数は骨が折れる!」
「よくってよ!」
手の平返しで悪いが、ここは協力してもらおう。
俺も凶獣を展開し、レッサーデーモンの群れに向う。
「ホッホッホッ。さて、この二人の精神が持ちますかね。」
「「ううっ・・・。」」
やっと侵魔登場です。
『夢使い』・・自らの夢を力に変えるウィザード。敵を状態異常にしたり自分を強化したり出来るぞ。
『朧月』・・トルトゥーラが使った特技。相手に悪夢を見せ、力を奪ってしまう。データ的には『放心』を与える。