旺牙)誇れるところなに一つないわ。
「海っ!見えたぁっ!」
トンネルを抜けたら、って、そういう冗談は置いといて。
臨海学校初日、よほど晴れ女がいたのか天候にも恵まれ無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。
しかし最初に声を上げた女子。もっと落ち着けないものかね?
「うおー、海だぁッ!」
ごめんなさい、俺もテンション上がりまくりです。
だって海だぜ!?生物誕生の場所だぜ?
空の色を映した青く透き通った海!白い砂浜!
海よ!私は帰ってきたぁっ!!
「ちょ、落ち着いて旺牙君。」
「む、すまん。少し太古の記憶が・・・。」
「そこまで戻らなくても。」
隣の席の沙紀に窘められてしまった。反省。
でもいいじゃないか。自然の水場で泳げるんだぜ?最高じゃん?
プールも悪くないんだけだが、俺の図体じゃろくに動けないからな。やっぱり偉大な大自然は違うぜ。
ほら、一夏たちの周りも騒ぎ始めてるぞ。一緒だ一緒。
「旺牙君って泳ぐの好きなんだ。意外かも。」
「しおーはクジラさんだね。」
前の席にいた萌と本音がひょっこり顔を出す。
まあまあ萌さんや、いいじゃないか。俺は運動でも遊びでも海は大好きなんだ。まさか筋肉が重いから沈みそうだってか?それじゃあ水のスポーツマンたちがみんみんな泳げないことになっちまうじゃないか。
あと本音はどういう意味だ?俺は潮吹きはしないぞ。
「海に着いたらかんちゃんも誘おうよ。」
「も、もちろんだ。仲間外れは良くないもんな。うん。」
いかん。先日のデートからいまだ感情が揺さぶられる。
ただでさえ毎日同じ部屋でそわそわしてるのに。
あ、そういえばあの時のごたごたのせいで簪がどんな水着か見てないや。・・・大丈夫か俺、見た瞬間ぶっ倒れたりしないか?とある海賊漫画のコックみたいにならないといいが。
(む~~~。)
(まったく、焼きもち焼くならもっと積極的になればいいのに。見てるこっちがモヤモヤしてくるよ。)
ん?沙紀からなにやら念を感じる。・・・気のせいか。
「あれ?そういえば萌あんまり泳げないって言ってなかったっけ?」
「ちょっ!沙紀!」
「そうなのか?」
「うう・・・、恥ずかしながら、五メートルくらいしか。」
それだけできれば、金づちじゃないな。
「じゃあ俺が泳ぎ方教えてやるよ。」
「ふえ!?」
「なに、教えるのには自信がある。俺にかかれば金づちも二、三時間で五十メートルは泳げるようになる。」
「え、いや、そうじゃなくて。」
「む~~~、む~~~!」
「沙紀も膨れないで。ああもう!」
なんだこの状況?
「しおー。」
「なんだ?」
「しおーもおりむーのこと言えないと思う。」
失礼な。あの歩くフラグメーカーと一緒にしないでいただきたい。
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ。」
織斑先生の言葉で全員がさっとそれに従う。調教、もとい指導能力抜群であった。
言葉通りほどなくしてバスは目的地である。旅館前に到着。四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出てきて整列した。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ。」
「「「よろしくおねがいしまーす。」」」
織斑先生の言葉の後、全員で挨拶をする。この旅館には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね。」
歳は三十代くらいだろうか、しっかりとした大人の雰囲気を漂わせている。仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その容姿は若々しく、実年齢以上に若く見えるだろう。実年齢知らないけど。
それにしてもふつくしい、もとい美しい。
((キュピーン))
(ゾクッ!)
な、なんだこのプレッシャーは!?どこからだ!?俺が気圧されている!?
「あら、こちらが噂の・・・?」
俺と一夏が目に入ったのか、女将さんが織斑先生に尋ねる。
「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません。」
「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ。」
「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者ども。」
え?今『ども』って言った?そりゃあないぜ先生。
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします。」
「志垣旺牙です。お世話になります。」
「うふふ、ご丁寧どうも。清州景子です。」
動作の一挙手一投足に無駄がない。全てが洗礼されている。この女将さん、出来る!
((ビシッ!))
だからさっきからこの刺さるようなプレッシャーはなんなんだよ。泣くぞ?
「不出来の弟たちでご迷惑をご迷惑をおかけします。」
「あらあら、織斑先生ったら、弟さんにはずいぶん厳しいんですね。」
「いつも手を焼かされていますので。」
・・・弟『たち』か。こんな俺でもまだ家族と呼んでくれてるのか。ちくしょう、別の意味で泣きたくなってきた。大勢の中じゃなかったら耐えきれてねえぞ。
しかし、いやだからこそ余計な迷惑をかけないようにしないと。主に保健室直行案件とか。
「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようにようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし。」
女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。とりあえずは荷物を置いて、そこからなんだろう。
ちなみに初日終日自由時間。食事は旅館の食堂にてとるようにと言われている。
「ね、ね、ねー。おりむ~、しお~。」
おおっと、この呼び方は間違いなく本音のもの。振り向くと、異様に遅い移動速度でこっちに向かってきた。眠たそうにしている顔は多分素だろうが、俺にはわかる。実は普通の速度で動けることを!
「おりむーたちって部屋どこ~?一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~。」
その言葉で周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのがわかった。君らあれかな?肉食系女子ってやつかな?まさか夜になったら雪崩れ込む気かな?怖いよ。
「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」
「わー、それはいいね~。私もそうしようかなー。あー、床つめたーいって~。」
何故俺は漫才を見せられているのだろう。しかも面白くない。あ、そうか。本気で言ってるからか。
ちなみに俺たちの部屋は、女子と寝泊まりさせるわけには行かないと、どこか別の部屋が用意されているらしい。らしいというのも、山田先生がそう言っていただけ明確には聞いていないからだ。
でもその理由だと、俺は今更じゃね?いまだに女子と同室ですよ?
「織斑、志垣、お前たち部屋はこっちだ。ついてこい。」
織斑先生がお呼びじゃ。待たせるほど失礼でも命知らずでもないので、俺と一夏は本音に一言言って別れた。
「えーっと、織斑先生。俺たちの部屋ってどこになるんでしょうか?」
「俺は別に倉庫とかでもいいっすよ。」
「黙ってついてこい。」
スルーですかそうですか。それはそれで寂しい。
しかしながら広い旅館だ。一学年丸々収容できる規模って言うだけで凄いが、内装は歴史と最新設備を見事に融合させている。女将さんが考案したのか、代々そういう考えなのか、とにかく良いセンスだ。って、俺が偉そうに言えることじゃないな。
「ここだ。」
「はい?」
「え?ここって・・・。」
ドアにばんと張られた紙は『教員室』と書かれている。あーと・・・?
「最初は二人で個室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな。」
はぁ、とため息をついて織斑先生が続ける。
「結果、私と同室になったわけだ。これなら、女子もおいそれとは近づかないだろう。」
「そりゃまあ、そうだろうけど・・・。」
虎穴に入らずんば何とやら、というが、この場合興味本位で鬼の住処に入る勇者はいるのだろうか。『ここにいるぞ!』『グシャ』で終わりそうだ。
「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな。」
「「はい、織斑先生。」」
「それでいい。」
そうして部屋の中に入る許可が下りた。中は二人部屋だというのに、俺が余分に寝ても十分な広さの間取りになっていて、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える風景はこれまた素晴らしいの一言。綺麗な海がばっちりと見渡せる。しかし。
「先生、やっぱり俺がいると狭くなりません?」
「・・・何かの拍子で傷を見られるかもしれんだろう?」
「あー、お気遣い感謝します。」
確かに、まだこの古傷を見せる勇気はない。織斑先生はそこまで汲んでくれていたのか。お礼に寝る時は丸くなって少しでも俺の面積を小さくしよう。お礼になるかわからないけど。
っと、そこに部屋の中を観察していた一夏が帰ってきた。
「一応、大浴場も使えるが男のお前たちは時間交代だ。本来ならば男女別になっているが、何せ一学年全員だからな。お前たち二人のために残りの全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え。」
「「わかりました。」」
だが織斑先生はいいのだろうか。実弟の一夏はともかく、一応他人の俺と同じ湯を使うかもしれないのに。
「さて、今日一は一日自由時間だ。荷物も置いたし、好きにしろ。」
「えっと、織斑先生は?」
「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ。」
ごほん、と咳払いをする織斑先生。
「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな。」
「そうですか。」
ほー。いつの間にそんな面白いことがあったのかね。ああ、簪と出かけた時、やけに騒がしかったあの日か。
まったく、一夏がシスコンなのは承知済みだが、千冬さんにもそういうほっこりするエピソードがあるんだからなあ。この人も十分ブラコンだよ。
「志垣、何か言ったか。」
「いえ、何も。」
もう平然と思考を読むのをやめてほしい。
「織斑先生、ちょっとよろしいですかー?」
この声、山田先生か。
「ええ、どうぞ。」
その返事を聞いて山田先生がドアを開ける。
「わあっ、織斑君!」
「いや、そんなに驚かなくても・・・。」
「せんせー、俺は無視ですかい?」
どうやら教員同士の確認のために来たようだ。ドアを開けるときもなにやら書類に目を通していて、そのまま入室。顔を上げたら一夏がいた、と。でも隣にいた俺は目に入らなかったのだろうか。別に気配は消してないが。
「ご、ごめんなさい。ついつい忘れていました。織斑君たちは織斑先生のお部屋でしたね。」
「山田先生。確かこれはあなたが提案したことだったはずだが?」
「は、はいぃっ。そうです、はいっ。ごめんなさい!」
山田先生ェ・・・。ちょっと押されすぎっすよ。・・・まあ、俺もあの威圧感を受けたらビビるかな。
「さて織斑、志垣、私たちはこれから仕事だ。どこへでも遊びに行ってこい。」
「はい。それじゃあさっそく海にでも。」
「同じく。」
「羽目を外し過ぎんようにな。」
一夏と一緒に部屋を出る。水着とタオル、替えの下着にワイシャツを軽めのカバンに詰めて。
さあ、行こう。あの青い海へ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
俺と一夏、箒は更衣室のある別館へ向かう途中でばったりと出くわした。それはいい。問題なのは目の前のナニ〇レ珍百景だ。
道端に、ウサギの耳が生えている。生物的なものではなく、バニーさんがしてるような人工物。色は白かった。
しかも『引っ張ってください』という張り紙がしてある。これ、珍百景になりませんかね?
「なあ、これって」
「知らん。私に訊くな。関係ない。」
知ってるか?関係ないって言い張るほど、関係あるって言っているようなもんだよ。そして間違いない。こんな奇行に出るのは、俺の知っている中でも束さんしかいない。というか他に居たら紹介してくれ。
「えーと・・・抜くぞ?」
「好きにしろ。私には関係ない。」
「あ、おい箒!悪い、一夏!そっちは任せた!」
「ちょ、旺牙!?」
一夏には申し訳ないが、俺にはやはり、この姉妹を放っておけない。
すたすたと歩いていく箒に追いつく。
「まだ許せないか?束さんのこと。」
「許せないとか、そういう感情ではない。」
そう言ってるが、怒っていることには間違いないようだ。
なんとかならんものか。
「旺牙は、なぜそこまで私たちを気に掛ける。ただの他人だろう。」
「おいおい、寂しいこと言うなよ。古い付き合いなんだ。幼馴染は気に掛けるもんだろ?」
「・・・なんだ、まるで兄にでもなったような言い方だな。」
「四月で誕生日は迎えてるんだ。年齢的には兄貴分だぞ。」
フンスと鼻息荒く言い切る。
一瞬ポカンとしていた箒が、クスリと笑う。
「今時そんなことを言うのは、お前くらいのものだぞ?」
「ふふん。小さい頃から俺はお前たちの保護者兼兄貴分なのだよ。」
ようやく力が抜けたな。さっきより良い顔だ。
「その顔でいれば一夏も落とせるだろうに。」
「い、一夏は関係ない!」
ははは、赤くなってら。なんだか小学校時代に戻ったような感覚だ。
「・・・姉さんのことは、まだ割り切れない。色々ありすぎたからな。」
「そうか・・・。だが胸の片隅でもいい、知っておいてくれ。束さんは、お前と仲直りしたいと思ってることを。」
「あ、待て!それはどういう―――」
「じゃ、俺は着替えてくるわ。後でな。」
箒を背後に、手を振る。
あの二人が仲良くやれるようなこと、なんとかならんもんかね。