旺牙)本編始まるよー。
※誤字脱字報告、ありがとうございます!
「本当によかったのか、遠くまで着きあわせちゃって。」
「うん、暑いからって籠ってると体に良くないから。」
最近、簪が健康的になってきている気がする。
初対面のころはもやしのようだったし、互いに緊張が解けたあともアニメ鑑賞会が行われることがざらだった。
それがここ最近、一緒に出掛けることが多くなった。もちろん時間がある時はアニメ鑑賞会は続いているが、朝のランニング、散歩、簡単な買い物にも付いてくる。なんだか子犬を引き連れてる感じになってくる。
子犬な簪・・・、は!いかんいかん、また煩悩が。
「ところで、買い物ならレゾナンスで全部そろったんじゃない?食品ばっかりだし。」
「んー、レゾナンスは確かに品揃えは完璧なんだけどな。下町の商店街だと顔馴染みが多くてよくおまけしてくれるんだよ。」
「そういえば、お肉屋さんも分量より多くしてもらったし。八百屋さんだって。」
普通に買った量の倍くらいの野菜を押し付けられた。
なんでも『おー坊が彼女作りやがった!』とか言ってやがった。商店街のみんなが温かい目で俺たちを見ていたのは気のせいだ。
「・・・これからはレゾナンス一択にしよ。」
「だめだよ旺牙。馴染みの人たちをないがしろにしちゃ。」
ははは、そっすね。でも次に行ったときは彼女から『嫁さん』にグレードアップしてるかもしれないぞ。彼女って言われただけで顔真っ赤にしてたのに。
「しっかし暑いな。ちょっと涼んでいくか。」
「そんなところがあるの?」
「ああ、ここから近いんだ。」
そう言って携帯を・・・取れない。
簪に片手の荷物を持ってもらい、改めて携帯を取る。
『もしもし、旺牙か?』
「よう一夏。今からお前の家にカチコミするぞ。」
『いや普通に来いよ・・・。あとどれくらいだ?昼飯食っちまったぞ。』
「俺たちも食ったから問題ない。五分くらいで着きそうだ。」
『じゃあすぐだな。待ってるぞ。』
なんか後ろでワイワイ声が聞こえたが、声の感じ、人数からしておりむラヴァーズも揃ってるようだ。
「一夏の実家?」
「ああ。おっと、荷物有難うな。」
「大丈夫。私も日本代表候補生だよ。これくらい平気。」
「俺が大丈夫じゃないの。簪はこっちの軽い方持ってくれ。」
別に大丈夫なのにと言われるが、流石に女の子に重い物を持たせるのは忍びない。
「ほう、感心だな。紳士的だ。だが持つなら全部持つくらいの気概を見せろ。」
「お、織斑先生!」
「千冬さん、今お帰りですか?」
「織斑先生だ。」
「今はプライベートでしょう?」
まったく、揚げ足取りが上手くなりよってと言われる。
実際今はワイシャツにジーパンという若干ラフな服装をしている。完全にオフの格好じゃないですか。
「家に来る気か?」
「ええ、ちょっと休憩がてらに。」
「家は喫茶店ではないぞ。」
「わかってます。『帰ってくる場所』ですよね。」
「・・・ふん。」
昔千冬さんに言われた、『ここを我が家だと思え』の一言は、今でも胸の奥にしまってある。だから容赦しない。こんな時くらいは全力でその言葉に甘えようと思っている。
『家族』と言ってくれた人たちのために。
「なんだか家の中が騒がしいな。」
「お客さんがいるんでしょ。」
「あの、私もお邪魔しても・・・。」
「無論だ。入っていけ。」
そう言ってドアを開ける。
「なんだ、賑やかだと思ったらお前たちか。」
俺たち参上。
「千冬姉、おかえり。」
「ああ、ただいま。」
無視されている、だと・・・?
いや、無視というか、最優先事項が千冬さんなのだろう。
しかしすぐさま駆け寄り、カバンを受け取ってかたづける様は、執事か何かのよう。これで、別に訓練されてるわけじゃないんだぞ?自主的にこなしてきて、いつの間にかこの領域にまでたどり着いたんだ。なんなんだこの男。
「昼は食べた?まだなら何か作るけど、リクエストある?」
「バカ、何時だとだと思っている。さすがに食べたぞ。」
「そっか。あ、お茶でもいれようか?熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
「そうだな。外から戻ったばかりだし、冷たいものでも―――」
と、そこまで言ってから千冬さんは気がついた。教え子のどうにも圧迫された雰囲気と、一夏の世話を羨ましそうに眺める視線にと。
ついでに後ろでぼーっと突っ立ってる俺と簪に。
「・・・いや、いい。すぐにまた出る。仕事だ。」
「え?そうなんだ。朝に作ったコーヒーゼリー、そろそろ食べれるのに。」
「また今度もらうさ。では、着替えてくる。」
「あ!スーツ、また別の出しておいたから。それと、秋物とかも。千冬姉の部屋にバッグで置いてあるから、忘れないで持って行ってくれよ。」
やだ、何この夫婦感・・・。結婚何年目かな?
バタンとドアが閉じる音がして千冬さんがリビングが出て行く。そこでやっと呼吸が出来るようになったのか、おりむラヴァーズはぷはっと息を吐いた。
「・・・あんた、相変わらず千冬さんにべったりね。」
「え?そうか?普通だろ。姉弟なんだし。」
「「いや、それはおかしい。」」
やっと口が挟めた。
「あ、一夏。買い物置いといてもいいか?すぐ帰る気だけど。」
「おお、気にするなよ。簪もゆっくりしていってくれ。」
「お、お邪魔します・・・。」
果物や生物を冷蔵庫に入れさせてもらい、野菜はどかっと机に置く。
(ねえ旺牙。)
(どうした簪。)
(一夏と織斑先生って、休みだといつもああなの?ふたりの世界に入ってたけど。)
(・・・年々ひどくなってるな。)
あの姉弟はシスコンとブラコンを両方が拗らせてるからな。・・・結婚できるような相手が現れるかな。千冬さんは見合う男がいないし、一夏はこんなだし。
女子たちも似たようなことを考えているのか、リビングの空気が重く停滞する。
「え?あれ?なんだよ、どうした?」
「・・・ゼリー。」
「ん?」
「ゼリー、出しなさいよ!ああもう、三時のおやつも出さなかったくせに、腹立つ!」
「な、なにキレてるんだよ、鈴。大体お前、コーヒー嫌いだろ?」
「コーヒーゼリーは好きなのよ!」
「ええ?前にいらないってお前・・・。」
「好きになったのよ!最近!文句ある!?」
「いや、ないけどよ・・・。」
急に暴君のようになった鈴をなんとか回避しようとしたが、今度は逆サイドの箒から言葉をかけられる。
「ゴホン!その、なんだ。私もコーヒーゼリーはそれなりに好きで・・・な。」
「え?」
「あ、味見をしてやろう!」
「味見・・・そうか、味見は必要だな。教官におかしなものは食べさせられまい。」
「う、うん?どうした、ラウラ。」
「食べてやろうと言っているのだ。持ってこい。」
「そ、そうですわ!わたくしも味見をして差し上げます!」
「じゃ、じゃあ僕も・・・。」
「お、おいおい、シャルまで・・・。はぁ、まずくても文句言うなよ?」
嵐のような女子たちの言葉に押され、一夏は冷蔵庫からコーヒーゼリーを取りだす。
「六つか・・・。千冬姉と旺牙たちの分がないな。」
「俺は食べたことあるから、簪に一つやってくれ。」
「いいの?」
「俺はアイスコーヒーを所望する、一夏。」
「ハイハイ。」
「なんだ、揉め事か?この家にいる限りは仲良くしろ。」
パリッとスーツ姿が決まっている千冬さんはその同姓ですら憧れる格好良さで女子全員の言葉を詰まらせる。
そしてそのまま、テキパキと出かける用意をして玄関へ通じるドアに向かう。
「一夏。今日は帰れないから、後は好きにしろ。ただし、女子は泊まるんじゃないぞ。」
布団が無いからなと付け足して、そのままリビングを出て行く。
「緊急の仕事なのか?うーん。それじゃあ、まあ、仕方ないか。」
そう言ってコーヒーゼリーをテーブルに運んだ一夏は、男子以外の全員の前に並べていく。
「千冬姉好みで濃いめにしてあるから、ミルクいるやつはどうぞ。あと、砂糖も入ってないからシロップもな。」
全員がそれぞれに必要な分を手にして、ゆっくりと食べ始める。
最初、格好をつけてブラックで食べようとしたセシリアとラウラも、すぐにシロップとミルクを手に取った。
「ふむ、これはなかなか。」
「一夏と言い旺牙と言い、男のくせにデザート作りもうまいわけ?呆れるわねー。」
「男のくせには余計だ。」
「ふたりとももしかして、ケーキとかも作れたりする?」
「ん~、簡単なスポンジケーキくらいならな。果物と生クリームを混ぜたヤツとか。」
「それはおいしそうですわね。いつか振る舞ってくださいな。」
「機会があったらな。旺牙は結構本格的なの作れるよな?」
「物が揃ってればな。」
「喫茶店やケーキ屋さんにあるようなものも作れるもんね。」
「教官は毎日手料理を味わっていたわけか。羨ましいな。」
「そんな大したもんじゃないって。ああ、そういやみんな何時までいる?夜までいるんなら、夕飯の食材を買ってこないと―――」
その一夏の言葉を聞いて、女子ズの目が光った。比喩じゃない。音まで鳴った気がした。
「夜は私が料理を作ってやろう!なに、昼とゼリーの礼だ。」
「そうね!あたしの腕前も披露してあげちゃおうかしらね。」
「じゃ、じゃあ僕も作り側で参加しようかな。」
「無論、私も加わろう。軍ではローテーションで食事係があったからな、期待しろ。」
「俺たちはどうする簪。」
「せっかくだから、ご一緒させてもらおう。」
「そういえば、前にわたくしのお弁当を食べてからずいぶん経ちますわね。そろそろ恋しくなってきたのではなくて?」
いや、それはない―――という声が聞こえてきそうなんだが、なにがあった?
「それじゃあ五時くらいに出るか。近くにスーパーがあるから、そこに行こうぜ。」
そうか一夏はスーパー派か。なんて考えてると話がまとまり、雑談に花を咲かせていると、時間はすぐに過ぎ去っていった。
◆ ◆ ◆
「おい、俺は待たずに山田先生とだけ始めるのは酷くないか?」
「お前ならすぐ来るだろうと思ってな。」
「あはは・・・。お先に頂いてます、安東先生。」
一樹が訪れたのは、『バー・クレッシェンド』。千冬の行きつけの場所の一つである。
最初は千冬に真耶と一緒に誘われたのだが、着いてみるともうグラスを傾けていた 自分が愉悦に浸るのは好きなくせに、ハブられると少し拗ねる一樹の性格を、千冬が知っていたからだ。
ムスッとしたまま千冬の隣に座り、グラスビールを注文する。
一樹が一杯目をグイっと飲み込み、早速二杯目を注文する。そこで真耶は質問を切り出した。
「今日はどうしたんですか?お休みだから、帰省されたんじゃ?」
「そのつもりだったんだがな、家に女子がいてな。」
「女子!?おおー、もしかして織斑君のですか?」
「ああ、そうだ。うちの生徒―――というか、いつもの面々だ。旺牙と更識妹もな。」
「ということは専用機持ちが八人ですかぁ。戦争が起こせる戦力ですね。」
「小国相手なら滅ぼせるぞ。」
「冗談にならないぞ、それは。」
そう言いながらも、くっくっと千冬は笑いながらチーズを頬張る。
「織斑先生としては、気になりますか?弟さんや弟分?さんがガールフレンドといるのは。」
「それなんだがなぁ・・・。」
そこでちょうどビールが底をついて、千冬はマスターにおかわりを頼む。
四杯目になる黒ビールを一口ごくりと飲んでから、千冬は話を続けた。
「先月のな、臨海学校があっただろう?」
「ええ、はい。もちろん覚えていますよ。色々ありましたからね。」
「まあ、福音事件のことは置いておいて。そのだな、あのときに少し私は余計なことを言ってしまってな。」
「・・・と言いますと?」
興味津々の顔で真耶が尋ねる。こうも歯切れの悪い千冬を見るのは初めてで、何が理由なのか気になって仕方がないのだ。
一樹も興味を示したのか、黙したまま聞いている。
「例の女子六人にな。」
「はい。」
「一夏と旺牙はやらんぞと言ってしまった。」
「・・・はい?」
きょとんとして、真耶は聞き返す。反対に一樹は肩を震わせ、静かに笑いだした。そうすると珍しく狼狽した千冬が、アルコールが入っていることもあってか饒舌にしゃべり出した。
「いや、その・・・違うんだ。別にあいつらがどうとかそういうのではなくだな、なんというか・・・弟は姉のものだろう?」
「だろう、と言われましても・・・私一人っ子ですし。」
「なんだそのよくわからんジャイアニズムは。」
「と、とにかくだな、私は何もおかしな意味で言ったわけではない。しかし、どうにも・・・女子連中がな、私をライバル視したせいで動きづらくなったようでなぁ・・・。」
「旺牙は最近更識妹―――面倒だな―――簪とよく一緒にいるぞ。はよ付き合えと言いたくなるぐらいな。」
「むぅ・・・。」
ちょうどそこで真耶のグラスも空になり、おかわりが来るまでの間、沈黙が続く。唯一響くのは一樹のくっくっという笑い声だった。
「えっと、織斑先生は織斑君―――あぁ、紛らわしいですね―――一夏君が、女子と付き合うのには賛成なんですか?反対なんですか?」
「それは賛成だ。あいつは色々と知るべきだ。他人のことも、女のことも。」
「じゃあいいじゃないですか。」
「いや、よくない。」
ええ~・・・と心の中で突っ込む真耶。笑いが噴火寸前の一樹。
「よくない、というか、変な女に引っかかりはしないかが気がかりだ。あいつ、女を見る目がかなり無いからな。」
「はぁ。じゃあ、織斑先生は一夏君が心配なんで―――」
「いや、心配ではないぞ。あいつの人生だ。好きにさせるさ。」
再度、ええ~・・・と心の中で突っ込む真耶。ついにはっはっはっと笑いだす一樹。
「じゃあ、何がそんなに引っかかるんですか?『私が認めた女でないと許さん!』とかですか?」
「それも微妙に違うんだが・・・。ああ、どう言えばいいのか自分でもよくわからんな。」
「要は、お前もブラコンを拗らせてるんだよ。」
「なんだと。」
「まあまあ、おふたりとも。」
真耶の仲裁が入るが、あまり険悪な雰囲気になっていないのに少々驚いた。千冬はからかわれるのが嫌いなはずなのに、である。
「まあ、なんだ。とにかく、今日外に出てきたのはそれが理由だな。十代女子の覚悟にも似た勇気であいつらはうちに押しかけてきたわけだ。それを邪魔はできんだろう。」
「ふふ、織斑先生って一夏君とそっくりですね。」
―――優しさに境界線が無いところが、特に。
「なにぃ?どこがだ。真耶、お前も男を見る目が無いな。」
「そうですね。うふふ。」
「むぅ・・・。」
「ふふっ。」
年下の真耶がくすりとお姉さんぶった笑みを浮かべたのが悔しいような、もどかしいような、それでいて可笑しい気持ちになって、千冬は残りのビールをぐぐーっと一気に飲み干す。普段なかなか見せない一樹の優しい笑みも、それを加速させていたのには本人も気づいていない。
「今日は朝まで付き合いますよ。」
「ふん。お前も、そういう台詞は男に言ったらどうだ。」
「そうですねぇ。目の前の人より男前な人が現れたらそうします。」
「こいつはどうだ?勧めはしないが、スペックは高いぞ。」
「う~ん、もう少し優しい人がいいですねぇ。」
「ははっ、振られちまったよ。」
だというのに、ふたりとも楽しそうにグラスを傾けている。臨海学校から、わずか数日で冗談を言い合える仲になったのか。少々むっとしていることに、千冬自身は気付かなかった。
「ではマスターだな。おすすめだぞ。」
「千冬さん、年寄りをからかうものではありませんよ。」
言いながら、マスターが出したのは黒ビールではなく、ソルティードッグだった。グラスの縁につけた塩が、まるで雪化粧のように美しい。
「・・・まだ頼んでいない。」
「そろそろ飲みたい頃だと思いまして。」
「ふん・・・私の周りはお節介ばかりだ。」
憎まれ口を叩きながらも満更ではないような千冬だったが、先読みされているようなムードに少しでも抵抗したくて唇を尖らせてから一口味わう。
それはまるで子供が拗ねているかのような顔だったが、真耶も一樹もマスターも何も言わない。
「愛されてるってことですよ。ね、マスター、安東先生。」
「そうですとも。」
「そうそう。」
「お前はからかっているだけだろう。」
「おや、お気づきで。」
「何年来の付き合いだと思っている。」
まだ子供じみた様子で拗ねている千冬は、残っていたチーズを全部一気に口の中へと放り込んだ。
「みんな成長していくんですよね、色々やって、色々あって。」
「ぷっ。年寄り臭いぞ。」
「山田先生にはその台詞は早いんじゃか?」
「な、なんですかっ。もう!笑うなんてひどいですよ。」
「悪かった悪かった。」
はっはっはっと笑う千冬と一樹、むすーっと頬を膨らませる真耶。
そんな三人をソルティードッグの中の氷が、かららんと音色を奏でて眺めていた。
◆ ◆ ◆
えー、こちら志垣、こちら志垣。
ただいまリビングで一夏と一緒に、女子ズが料理を作るのを待っている。
いるんだが・・・。
「このっ、ジャガイモ、切りにくいっ。」
「おかしいですわ。写真と色が違います。赤色が足りませんわね。」
「―――斬る。」ダン!
ところどころ妙な声が聞こえる。
いや、鈴は見た目が悪いだけ、たしかそうだった気がする。
セシリア、色が足りないって何してんの?
ラウラ、すごい音してるけど大丈夫か?
一夏も様子が気になるのか、何度もキッチンの方を振り向く。
俺がキッチンに入るとデカいせいか邪魔にしかならないので待っているが、なんだか凄い不安になってきた。
一夏が前に言っていた、とある小説家の残した言葉を思い出した。
『時間のいいところを教えてあげよう。必ず過ぎていくことだ』
そしてもう一つ。
『時間の悪いところを教えてあげよう。必ず訪れることだ』
そう、訪れた。その時が。
「・・・・・・。」
テーブルに並べられた六人六色の手料理。その中に異彩を放つものがあった。セシリアとラウラの料理だ。
「どうですか、一夏さん、旺牙さん。こう言ってはなんですが、自信作でしてよ。」
見た目『だけ』は完璧なハッシュドビーフなのだが・・・。
(この匂い、まさかタバスコか!?微かにトマトケチャップの酸味が。赤色を出すためにそれらをぶっこんだのか!?セシリアまさかのメシマズ女子!?)
「おでんというのは中々に珍妙だな。バーベキューによく似ている。」
ラウラよ、なぜこの暑い日におでん?まあ夏でも鍋をつつく人はいるけど、なにより大根、卵、ちくわ、こんにゃくを串刺しにした『マンガおでん』になっている?お前は〇ビ太か?
「どう、あたしの肉じゃが。最高においしそうでしょ?」
うん、もうちょっとジャガイモが大きかったらよかったのにね。見た目で損するタイプだ。
そして隣の『安心ゾーン』に視線をやる。
シャルロットの作った唐揚げは食べやすいよう一口サイズにされており、箒のカレイの煮付けは純粋に美味そうだった。
そして簪。適度に甘い香りが漂ってくる卵焼き。これまた食べやすいよう一口大に切りそろえられている。まさか前に俺がオムライス好きだと覚えていたから?いやまさかな。そうだとしたら・・・もう結婚しよ。
しかし明らかな危険物があっても、食べないわけにはいかない。嫌いなものを出されても食べる。それが『食』への感謝の気持ちだから。たとえ劇薬だとわかっていても、食わねばならんのだ!
「じゃあ、みんなで食べようぜ。待ってるだけってあんまり経験したことなかったんだが、結構腹が減るのな。」
「そうだな。それでは夕飯にするとしよう。」
「一夏、小皿どこ?取ってくる。」
「それでは、わたくしは飲み物を出してきましょう。」
「こうやってお互いに作った料理を食べるというのは、なんというか不思議な気分だな。・・・しかし、悪くはない。」
「そういう時は、楽しいって言うんだよ。ラウラ。」
「・・・・・・。」
「どうしたの旺牙?」
「いや、なに。なんか平和だなって。もしかしたらまだ夢の中じゃないかって思ってな。」
もう二度と手に入れられないと思った。友人たちとの騒がしくも楽しいひと時。
「夢じゃないよ。頬つねってあげようか?」
「いや、やめてくれ。」
今はこの幸福を楽しみたい。
食卓に料理と飲み物が並ぶ。全員が席に着いたところで、一夏はまず先に言った。
「いただきます。」
『いただきます。』
友人たちと囲む食卓。少し、だがとても大事な、心が温まる時間を過ごした。
◆ ◆ ◆
暗い、どこまでも暗い空間。そこに卓と椅子が並べられている。
しかし、椅子のうちふたつは空席になっている。
「テレモートとトルトゥーラが討たれ、もうどれだけ経ったか・・・。」
「兄様・・・。」
「母様、これからいかがいたしましょう。かのウィザードも『覇王を討つ者』も健在ですが。」
「・・・ISに関する組織、実験場を叩く。そして何よりIS学園。かの地を優先的に攻撃する。それは今までと変わらない。」
「しかし、例のふたりを逃してしまったのは・・・。」
「小物ではある。が、愚者ではない。それこそIS学園に接触するだろう。」
「では泳がせますか。」
「うむ。いずれ私もかの地に赴くつもりだ。」
「母様自ら、ですか?」
「うむ。彼奴らの力、この身で体感してみたい。」
「・・・母様、わたしに機会を。」
「いいのか?お前は戦いが嫌いだ。無理をせずとも。」
「いえ、これでも四天王の席に身を置く者。戦いは・・・避けられませんから。」
「・・・愛しきマリア、無理はしないでおくれ。」
「はい、お母様。」
「・・・。」
「パツィア。私たちは今後の動きを練るぞ。」
「はっ!」
闇は、更けていく。